21話 冷蔵庫
少年漫画家とオッサンの凸凹コンビの所に漫画の神様がやって来た。
八重樫君は感激していたが、畑が違う俺としてはTVで見てた有名人にあった――ぐらいの感覚だ。
そりゃ大先生の作品は沢山読んださ。
絶筆になった、ファウスト物語も読んでいたぐらいだし。
好きな作品はあるが――書いている本人にはあまり興味がない。
そんな感じだろうか。
それに後年の伝記やら大先生のことを描いた漫画などを読んだりすると、正直俺の苦手な人――という印象が強い。
漫画家界の重鎮であり、多大な貢献をしたことについては認めているよ、もちろん。
八重樫君は、そんな大先生から描いてもらったサインを壁に貼って喜んでいる。
まぁ、励みになることはいいことだが、褒めてもらえるよりライバル視されて悪口を言われるぐらいにならないとな。
俺はそう思う。
――漫画の神様がやってきた数日あと。
相変わらずの水不足のまま、暦は8月に突入。
俺は、冷蔵庫を買いに金を持って秋葉原にやってきた。
本当は菊花賞で儲けた金で買うつもりだったが、文学全集の仕事をして金が入ってくる予定が立った。
洗濯機やらTVはいらねぇが、冷蔵庫は「欲しい」という場面が多い。
食材の保存もできるし、買い物の回数も減らせる。
それに、麦茶やらカ○ピスを冷やしておけば、いつでも冷たいものが飲める。
そのためにも、まずは渇水をどうにかしてほしいところなのだが。
今日は平日なので、この時代にいる俺の身内に会うこともないだろう。
それに上野で飯を食ったりせずに、まっすぐにアパートに帰るつもりだ。
路面電車が走る通りを横断すると、この前扇風機を買った店に向かった。
まぁ、どこでも一緒だし。
店の前に行くと、ハッピを来た店員に声をかけられた。
「いらっしゃいませ! お客さん、この前扇風機を買った人ですね」
「なんだ覚えているのか」
「色々と聞かれたりして、変わったお客さんでしたから。今日はなにを? TVですか?」
「いや、冷蔵庫だ」
「は~い、冷蔵庫毎度あり!」
店員に冷蔵庫を見せてもらう――といっても、そんなに種類はない。
全部1ドアばっかりだし。
中は開けても冷凍庫はなしで、冷蔵オンリーだ。
冷凍庫がつくのはもうちょっとあと、ということになるようだ。
「そうだなぁ。やっぱりモーターとコンプレッサーに強いというところで、ハイタッチかな?」
「お客さん詳しいですね!」
そういえば、この時代の冷媒はまだフロンだな。
「水不足だけど、店ではどうしてるの?」
「会社のトラックで水を運んできて、配ってますよ」
「やっぱりトラックがある所は強いなぁ」
電気屋に5万5000円を支払う――元時代の55万円相当だ。
ここに前と同じように物品税がかかる。
平成令和でワンドアの冷蔵庫なら、1万円ぐらいで買えただろう。
しかも電気代はかからないし高性能。
時代は進歩してた。
「ウチ、階段上がって2階なんだけど、そこまで運んでもらえるのかい?」
「もちろんですよ。お金をもらってますからね」
配達料は500円だが、ちょっと安心した。
この時代の家電は、とにかく鉄板が厚くて頑丈だ。
多分、一生ものと言って買うんだろう。
20年も30年も保つように作るもんだから、どこもかしこも分厚くてガチガチ。
当然その分重い。
そんなつもりで家電を買ったのに、すぐに新型は出るし、20年もたったら今度は使い捨ての時代だ。
年寄りたちは、時代の進歩についていけなくて大変だったろう。
ふと、店の隅にあったTVが目に止まる。
小型のポータブルTVで、曲線を帯びた銀色のボディが、まるで宇宙船のよう。
SFの世界から抜け出してきたみたいなデザインだ。
メーカーはZONY。
この頃からとんがってたのか。
「スゲー、めちゃ格好いいじゃん」
まじまじと見ていたところに店員がやってきた。
「あ、お客さん、それは止めたほうがいいですよ」
店員がすごい嫌そうな顔をしている。
「え? そうなのか? なんか問題があるとか」
「はは、めっちゃ壊れるんです、それ……だから、あまり売りたくないんですよね……」
「正直だな」
「いやぁ、手間が増えるのは嫌ですから」
デザインは最高だが、壊れるんじゃなぁ。
こんな時代から、ZONYタイマー伝説は伊達じゃねぇな。
ナイスデザインのTVはちょっと後ろ髪を引かれたが、冷蔵庫は買ったので任務は終了。
そのまま秋葉原駅から黄色い総武線に乗って国鉄駅まで帰ってきた。
アパートから遠いこちら側にやって来たのは、美味いコーヒーが飲みたかったからだ。
駅を出ると、クラシック喫茶に向かう。
水不足なので、やっているのか不安だったが、休業の看板は下がってない。
薄暗い店内に入ると食券を買った。
「水不足だけど、やっててホッとしたよ」
店員の女の子に話しかけた。
「昨日は、店主が水を探しに行ってたんで、休みだったんですよ」
「ここのマスターは車持ってるの?」
「人に頼んだみたいです」
そこまでして店をやるか。
根性あるなぁ。
まぁ、そのおかげで俺も美味いコーヒーが飲めるんだが。
俺は、階段を上がった一角にある小さなテーブルに陣取った。
薄暗い中でクラシック音楽を聞いていると、目が慣れてくる。
その頃にコーヒーが目の前に置かれた。
一口飲む。
「ンマーイ」
やっぱり、この非日常的な空間がいいんだろうな。
たまにこういう場所に来たくなる。
ここにいると、ここが昭和39年だと忘れそうだ。
1人でコーヒーを楽しんでいると、目の前に黒い影が現れて腰を下ろした。
「相席いい?」
デニムのジャケットとパンツを穿いた女だ。
真ん中分けのロングで、五○真弓みたいな髪型をしている。
顔は……まぁまぁ美人か。
すっぴんだし、整っているほうだと思われる。
「他に席が空いているだろ?」
俺の言うとおり、空席がある。
「話し相手が欲しくてさ」
「学生か? 今日は休みじゃねぇと思うが」
「一応そうだけど。今日日まともな授業なんてやってねぇし」
現在学生運動の真っ只中だが、普通に街にいる分には、なんの影響もないな。
「仮校舎とかあるんだろ?」
「そんなの山の中とかだぜ? 行ってられねぇっつーの」
女がタバコを出して火を点けた。
「ったく脛齧りが困ったもんだな」
「オッサンって、すぐに説教したがるよな」
女が上を向いて、煙で輪っかを出した。
「そりゃ、オッサンはお父さんお母さんの味方だからな」
「けっ!」
女は不貞腐れて、脚を組んだ。
そこに女のコーヒーも運ばれてきた。
マジでここで飲むのか。
一時の幸せな時間が台無しじゃねぇか。勘弁してくれねぇかな。
「そういうオッサンだって、こんな所でコーヒー飲んでて、仕事はどうしたんだよ?」
「俺は自営だからな。時間は自由になるし。さっき秋葉原に行って冷蔵庫を買ってきたところだ」
「冷蔵庫? マジで?」
「まぁな」
「ふ~ん……」
俺が金を持っているかも――と解って、女の態度が変わったように見える。
「オッサン、あたいちょっと金欠なんだよねぇ――ちょっと援助してくんない?」
「なんで見ず知らずの女に、俺が汗水垂らして稼いだ金をやらなきゃならねぇんだよ」
本当は汗水垂らしてねぇけど、はは。
「それじゃ、あたいを好きにしていいからさぁ」
彼女が指で輪っかを作って指を出し入れしている。
「……」
女の身体を見れば、中々よさ気な感じ。
一見美味しそうな話に思えるが、なんだか怪しい。
俺が金を持っていそうだと思ったら、突然手のひら返したし。
説教してくるオッサンが嫌いなら、金を持ってたって嫌いなはずだろ?
「どう?」
彼女が俺の顔を見てニヤニヤしている。
「どこでやるんだ?」
「いい所があるんだ」
彼女がニコリと笑うのだが、そういう場所を知っているということは、こういうことをなん回もやっているということだろう。
もしかして、美人局かもしれんなぁ。
怪しいが面白そうではある。
「……よし! 乗った」
「本当かい? それじゃ決まりだね」
俺と女はコーヒーを飲み干すと、茶店から出た。
女のあとをついていくと、小さなビルとビルの隙間に入っていく。
「この先にいい所があるんだ」
「へぇ~」
女が進む先が袋小路になっていて、ちょっと開けた小さなスペースがあるように見える。
溜まっているゴミらしきものが見えるから、割れ窓理論的なスペースか。
怪しい……。
俺は立ち止まると、一瞬だけ頭を出した。
「うぉぉ!」
そこにめがけて、なに者かが棒を振り下ろしてきた。
間一髪だが、俺がすぐに頭を引っ込めたので、盛大に空振りをしたようだ。
バランスを崩して転けそうになっていたのは、シャツとデニムを穿いた若い男。
やっぱり美人局だったか。
ここに引っ掛けたオッサンを引っ張ってきては、ボコボコにして金を奪っていたのだろう。
その手には乗るか。
令和最新型のオッサンは、その手の情報が豊富なのだ。
引っかかるやつなんていない――いや、いるかもしれんが、少なくとも俺はない。
「おっしゃ! おらぁぁぁ!」
俺は転けそうになっていた男の顔面を蹴り上げた。
こういうやつらは、少し痛い目に遭ったほうがいい。
ケリを食らった男が、もんどり打って溜まっていたゴミの中に突っ込んだ。
スペースに脚を踏み入れると、ゴミがうず高く積まれている。
ここは昭和だ、このぐらいの喧嘩で警察が出てくることはねぇし、そんなことをすればこいつらの悪行もバレるだろう。
追撃で3発ほど蹴りを入れて、俺は吐き捨てた。
「オッサンを舐めるなよ」
残った女がなにかされると思ってビビっている。
クソガキは解らせ棒で解らせたほうがいいと思うんだが――こんな所で深追いしてもロクなことがない。
――とはいえ、ムカついたので女の近くまで行く。
「お前さ、孕んでたりする?」
「は?! なんだよ、それ?」
「いやぁ、ボコボコにして、腹にガキとかいたらヤベーだろ?」
「ふざけんなぁ!」
女が掴みかかってきたので、右手で張って相手のバランスが崩れた所に蹴りを入れた。
「あぎゃ!」
胸ぐらを掴んで、右手で腹パンをする。
俺も中々昭和に染まってきたなぁ。
「うげぇ!」
女が長い髪を振り乱し、腹を押さえてその場にへたり込んだ。
それを蹴倒すと、女のデニムに手をかけた。
思っきり引っ張ると、パンツと一緒にズボッと脱げて丸い尻が顔を出す。
「お~、中々いい尻じゃん」
「ち、畜生!」
まぁ、ここまでだ。
俺は踵を返すと、来た路地を逆に走り出した。
「あばよ~とっつあぁん! ははは!」
まぁ、このネタは解らんと思うが。
「……くそぉ! 覚えてやがれ!」
マジでそんなことを言うやつがいるとは――昭和か?!
あ、昭和だったわ。
俺は商店街に戻ってきた。
あんなやつらを深追いするつもりはねぇし。
まったくロクでもねぇな。
おおかた学生運動崩れとかなんだろう。
俺はアパートまで無事に帰ってきた。
「ふう……美人局とか初めてだな、はは」
さすが昭和、色々と面白いことが起きるな。
――冷蔵庫を買って2日あと。
ヒカルコとちゃぶ台で仕事をしていると、外に車が止まったようだ。
網戸越しに見ると小型のオート3輪が止まっている。
荷台には毛布を被せられて、ロープで固定された冷蔵庫らしきもの。
多分、俺が買ったものだろう。
ここまで入ってきたのか。
まぁ、人力では運んでこられないからなぁ。
俺は慌てて階段を降りた。
「篠原さ~ん!」
「はいは~い!」
俺は、塀のドアを開けた。
「冷蔵庫お持ちいたしました」
「ここの階段を上った所なんだけど、大丈夫かい?」
階段は狭いし結構急である。
作業員は2人だけ。
ズボンにTシャツ、軍手をして、クビにタオルをかけている。
「ああ、大丈夫っす。慣れてますから」
まぁ、この時代はこういう所ばっかりだろうからなぁ。
4階建てとか5階建てでも、エレベーターがないとか普通だし。
手際よく固定していたロープが外されると、新品でピカピカな冷蔵庫が荷台から降ろされた。
「よいしょ!」「そりゃ!」
2人の持つ冷蔵庫が階段の下までくると、水平から斜めになる。
「俺も手伝おうか?」
こういう場合は下のほうが重いだろうから、下につく。
「あざーす!」
さすがに3人いれば、余裕で上がる。
上を見ると、ヒカルコが覗いていた。
「邪魔だから、部屋に引っ込んでろ」
「奥さんっすか?」「めちゃ若いじゃないっすか」
「違うっての、バカども! アホなこと言ってないで落とすなよ!」
「うぃ~す!」
難関は階段だけなので、廊下は特に問題ない。
「悪いが、奥の炊事場の所に置いてくれ」
「うぃーっす!」
薄暗い炊事場に真っ白な冷蔵庫が設置された。
ピカピカの新品で、分厚い鉄板製――車のボディのような輝きがある。
「お~、やったぜ」
「ハンコ、お願いシャース!」
「ああ、そうか」
部屋からハンコを持ってくると受け取りに捺す。
「あざーす!」
男たちと入れ替わるように、八重樫君がやって来た。
「篠原さん、冷蔵庫買ったんですか?!」
「おお、とりあえず、これは必要な気がしてな。八重樫君も使ってもいいぞ」
「ええ? いいんですか?」
「どうせ、ここの電気代は共用だろ? 麦茶でも入れて置けば、いつでも冷たいのが飲めるぞ」
「いいですね~、暑いですからねぇ」
「とりあえず、麦茶を淹れるための水を確保するのが大変だが」
八重樫君が、パタパタと扉を開けたり閉めたりしている。
そこにヒカルコもやってきて、一緒に覗き込む。
中は仕切りの棚があるだけで、冷蔵だけ。
野菜室もないが、冷えるだけでもありがたい。
「実家には冷蔵庫はあったんだろ?」
「ありましたけど……自分じゃ使えなかったですし」
さすが金持ちだ。
さっそく電源を入れる。
この時代、家電のコードは長い。
家にコンセントがあまりなかったせいだ。
――と思ったら、電源を取る場所がない。
炊事場にはコンセントがないのだ。
平成令和なら、壁にコンセントは必須なのだが、この時代には対応してない家が多い。
かつて電気製品と言えば、天井の裸電球だけだったのだから仕方ない。
ここは、二股ソケットの出番だな。
駅前の電気屋まで買いに行く。
近くに電気屋があるなら、電化製品を買いに秋葉原まで行く必要ないように思えるが、若干安いのである。
面倒だが、ソケットがないと使えん。
大手家電の創業者は、この二股ソケットで大儲けしたらしいな。
「私も行く」
「ついでに晩飯の材料と、麦茶と入れ物を買うか」
「うん」
冷蔵庫があるなら、肉や野菜を多少多めに買っても大丈夫だ。
買い物から戻ってきたら、電球のソケットに二股ソケットをねじ込む。
ソケットにねじ込むコンセントも買ってきた。
ここまでやって、やっと冷蔵庫の電源が入る。
扉を開けて、中にあるスイッチを入れると、コンプレッサーが回り出す。
結構音が大きいのだが、やっぱり部屋に入れないでよかったな。
さて麦茶だが――少々不安があるが、外にある大家さんのガチャポンプを使う。
近所の人たちも水をもらいに来ているのだが、話を聞くと飲んでいるらしい。
今のところ健康被害はないみたいなので、直ちに問題はなさそうだ。
それでも1回沸かさないと駄目だが。
ヒカルコが夕飯を作りながら、麦茶を作ってくれるという。
ついでに八重樫君の分も頼む。
彼の分の麦茶と容器も買ってきた。
あとで料金はもらうが。
彼女が料理をしていると、後ろのドアが開いた。
「あらぁ、冷蔵庫買ったのねぇ」
大家さんが首を出している。
「やっぱりあると便利ですからねぇ」
「そうねぇ」
「大家さんの所に冷蔵庫は?」
「あるわよ~」
「それじゃ、三種の神器揃い踏みですか?」
昭和の三種の神器は、白黒TV、冷蔵庫、洗濯機だ。
「そうねぇ」
「さすが、資産家ですねぇ」
「そうでもないんだけどねぇ」
そんなことはない、アパートを3棟も持っているんだから、1階に6人入っていたら2階と合わせて12人。
それが3棟あるんだから店子は36人。
俺と八重樫君を入れたら38人ってことになる。
一部屋3000円だから、1ヶ月11万4000円。
つまり家賃収入だけで、元時代換算で1ヶ月100万円以上の不労所得だ。
三種の神器なんて余裕――金の使い道がないから、旅行をしまくっているという話だったし。
――そして夜になると、相原さんがやってきた。
なぜか俺の部屋で、八重樫君の原稿の打ち合わせ。
「なんで俺の所でやるんだよ」
「篠原さんの所には、扇風機があるからですけど」
「まぁ確かに、はるばるやってきてくれた相原さんに悪いか……」
「いいえ、すみません」
彼女は謝っているが、一応俺とヒカルコも彼女からもらった仕事をしているからな。
用事はあるわけだし。
ヒカルコが、夕方に仕込んだ麦茶を人数分持ってきた。
「あ! 冷えてますね! 冷蔵庫ですか?」
「そうそう、冷蔵庫買ったんですよ。八重樫君と共同で使ってます」
「僕も使っちゃって本当にいいんですか?」
「いいよ、気にするな。ここにゃ俺と君しかいないんだから」
麦茶を配り終わったヒカルコが、俺の隣にストンと座った。
それを相原さんが、じ~っと見ている。
なんだか、見えない火花が飛んでいるような気がするんだが、気のせいか?
「あの……」
「どうしました? 相原さん」
「原稿料が入るのはかなり先なのですが、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫、はは」
金なら余裕で保つし。
「そうですか?」
相原さんが心配そうな顔をしているが、俺の競馬の秘密を知らないからな。
「容器をもう一つ買ってきて、アイスコーヒーも仕込むか~」
「あ、いいですねそれ!」
「やっぱり、夏は冷蔵庫があったほうがいいなぁ」
「そうですね」
ちゃぶ台の上に、八重樫君が書いた原稿が広げられている。
主人公が戦闘機で戦って、ムサシの近くに不時着するシーンだ。
「ここで、やっと宇宙戦艦ムサシが登場するんですね」
相原さんの言葉に八重樫君がうなずく。
「そうです」
「ちょっと引っ張りすぎのような気もするが大丈夫だろう。読者の反応も悪くないんですよね?」
俺の言葉に相原さんが反応した。
「ええ、すごくいいです。次の巻頭も3色カラーという話も出てます」
「それで相原さん、手伝ってくれる人を探していただきたいのですが」
八重樫君の言葉に、彼女が即答した。
「承知いたしました」
「俺たちが、こっちの仕事で手伝ってあげられないからなぁ」
「いやぁ、いつまでも篠原さんたちに、手伝ってもらうわけにはいきませんしねぇ」
「まぁ、俺たちは作画については素人だからな、はは」
彼と相原さんが、戦闘機について話している。
デザインはそんなに凝っておらず、尖ったボディに翼をつけたような形状だ。
アシスタントが常時いるわけではないので、作画カロリーを上げられないわけだが、今の時代ならそんなに凝った作画は必要ない。
「そうですよねぇ……」
「けど、ムサシが出てきて艦隊戦とかになったら、常時のアシスタントが必要になるかもしれないぞ」
「僕もそう思ってます」
「まぁ、心配するなって。売れるのが解かれば、多少経費をかけてもトータルで大幅なプラスになる」
「そうでしょうか……」
「けど、ムサシの格好よさや艦隊戦が肝になるから、そこは手を抜けんだろ?」
「はい」
「今までにないような漫画を描くんだ。困難はつきまとうと思うぜ」
「わかってます」
彼もやる気を出しているから、大丈夫だろう。
実際にかなり人気が出ているらしいし。
「ほら、漫画の神様に目をつけられたのが、業界が君のことを無視できなくなったなによりの証拠だ」
「そうだといいんですけどねぇ」
「そうに決まっているだろう」
彼は心配そうだ。
なんの根拠もない自信だけあるやつも困るが、あまり自己評価が低いやつも困る。
「頑張ります」
「ムサシが初めて姿を見せるところは――ドーンと見開きページにしたいな」
「読者の度肝を抜くわけですね」
「わかっているじゃないか、ははは――あ、そうだ!」
俺は、忘れていたことがあった。
「なんですか?」
「ムサシの電子頭脳の端末を忘れてたな。機械への入力などをサポートしてくれるロボットだ」
「形とかは決まっているのでしょうか?」
「もちろんズバリ! 女の子型のロボットだな」
元ネタは普通のロボットなのだが、ここでオリジナリティを出したい。
「女の子ですか?」
「それでな、ロボットなのに意思があるから――ムサシの長い航海で主人公に恋をしてしまう」
「ヒロインと衝突しそうですねぇ」
「そして始まる三角関係! ロボットのくせに人間を好きになるなんてイカれてるとか、散々バカにされちゃうわけだな」
「可愛いければ、ロボットでもいいと思うんですけどねぇ」
「ははは」
八重樫君は、性癖がなかなか未来志向だな。
いや、当時からこの手のフェチはいたのかもしれない。
この時代、虹色戦隊というアニメがあって、そこに看護婦型のロボが出てきた。
それで目覚めた爺も多かったとかいう話も聞いた。
俺たちの話を聞いていた相原さんが、小さく手を挙げた。
「あの~、いつもこんな会話を?」
「はい?」
「これじゃ、編集者として私の意味が……」
「そんなことはありませんよ。いつも相原さんにはお世話になってますし」
まぁ、色々とな。
「そうですよ。編集さんが相原さんでよかったと思ってます」
八重樫君の言葉に、彼女が頭を下げた。
「ありがとうございます」
実際にお世話になっているんだから、しゃーない。
八重樫君の担当としても相原さんは合っていると思うしな。