17話 特許も申請してみた
八重樫君のお姉さんに会った。
美人だと聞いていたが、マジで美人でびっくり。
あんな美人は元の時代でもいなかったわ。
本当に驚いたのだが、向こうは俺のことを嫌っているようだったな。
弟をたぶらかして、悪事に引き込んでいる――とでも思っているのだろう。
そもそも同じ出版社から出ているのに、小説は格式高くて漫画は俗というのが解らん。
そんなに違いはないだろう――と思うのよ。
違いがあるとすれば、ノーベル文学賞を取ってるか取ってないかの違いだな。
そういうことを言うと怒るやつもいると思うが。
八重樫君のお姉さんのことはさておき――俺の特許取得作戦が始まった。
これで金を稼いで、その金を投資に回す。
勝負は、オイルショックまでだ。
そこまでに資金を作って、オイルショックで暴騰するだろう原油の先物に突っ込む。
上手くいけば、一生食いっぱぐれないぐらいの金を手にすることができるだろう。
金さえできればコッチのもんだ。
そのあとに来るバブルに備えて、土地を買いまくればいいし、弾ける時期も解っている。
昭和の末期にデカくなる企業の株を買うという手もある。
たとえば某花札の会社とかな。
それではネット企業バブルや、仮想通貨バブルまでは生きていられないだろうなぁ。
有名ネット企業が出てきたときに株を買いまくれば、青空天井になるのに……。
やっぱりバブルが弾けるまでか。
「ありゃ~、駄目か」
俺は本屋で買ってきた、エロ漫画雑誌を見ていた。
俗にいう大人の玩具とかで、儲けられないか?
――なんて考えていたのだが、雑誌の広告などを見るとオリンピック前にすでに作られていた。
まぁ、モーターと電池があれば作れるからなぁ。
たとえ特許が取れたとしても市場規模が小さいし。
もっと大企業が買ってくれそうな特許じゃないとな。
俺と一緒に原稿を書いていたヒカルコだが、用紙300枚の作品は完成し、編集の相原さんの手に引き取られた。
彼女は漫画担当なので、そのまま使われることはないが、小説を扱っている他の部署に紹介をしてくれるようだ。
俺が読んでもよいできの小説だと思うので、相原さんも乗ってくれたのだろう。
ヒカルコも俺からネタをもらって、次の作品を自分の部屋で書いている。
やることができれば、先行きが見えなくて不安になることもないし、あそこを脱出する足がかりにすることもできる。
彼女とて、いつまでもあそこにいるつもりはないらしいし。
俺ものんびりとはしていられない。
特許取得計画を推進しなければ。
紙に図面や説明などを書いて、特許事務所に持ち込む。
紙袋の中には、俺が作った試作品もある。
事務所の応接室――所長の爺さんが俺の説明を聞いて、申請に使えるように手直しをしてくれた。
すでになん点か、思いついたものを持ち込んだりしている。
「篠原さん、この前に持ち込まれた、プルタブ、プルトップってやつね」
「はいはい」
「あれ、イージーオープナーって名前で、もう特許取られてたわ」
「あ~そうですかぁ」
「僕も面白いと思ったんだけどねぇ」
爺さんなのに僕っ子である。
いや、それは関係ねぇし。
これで料金が3万円パーであるが、仕方ない。
必要経費だ。
「それじゃ、これはどうですかね?」
俺は皮むきに使う、ピーラーの図面を出した。
「ああ、これは見たことがあるよ。皮むき器だよねぇ。これも戦後すぐにアメリカで特許が取られていたと思う」
さすがこの爺さん、特許に詳しい。
事前にこれだけ教えてくれれば、無駄金を使わずに済む。
金儲けだけ考えている事務所なら、黙って俺から金を毟って、「特許取られてました~」でOKなはずだからな。
「それじゃ、こいつはどうでしょうか?」
俺は袋に詰めて持ってきた、試作品を取り出した。
「こいつはなんだい?」
彼が持っているのは、パイプの中に棒が入っている器具。
「これは、開けてしまった袋を再度閉じるための器具ですよ」
一緒に持ってきた袋で、デモンストレーションをしてみせる。
開けてしまった袋を二つ折りにして、そこにパイプを差し込むと、閉じることができるわけだ。
元時代にあったものはプラ製だったのだが、俺が作ったのは細い竹の節を抜いて、針金を通したもの。
「へぇ~こりゃすごいねぇ!」
彼も袋をパイプに通したりしている。
「中々便利でしょ?」
「お~い、開けた煎餅の袋があったろ?!」
「は~い」
すぐに事務員の女性が、煎餅の入った袋を持ってきた。
「これ、すごいぞ? 袋を開けると煎餅が湿気るだろ?」
「はい」
「袋を折って、こいつを差し込むと、閉じることができるらしい」
「本当ですか?」
爺さんからパイプをもらった女性が、袋に差し込み試している。
「どうだ? すごいだろ?」
「これ! ほしいです!」
女性が欲しがるものってのは、需要が大きい。
買いやすい値段なら、主婦もほしいだろうと思う。
塩とか砂糖の袋を閉じたりとかできるし。
「もっと大きいものを作れば、セメントや肥料の袋なども閉じられると思います」
「うん、こりゃすごい。これは特許が取れると思うよ」
「よろしくお願いします」
「任せてよ」
やっと1個、特許が取れそうだ。
まぁ、未来の知識でインチキだけどな。
それと、外付けの網戸の特許を申請してもらった。
網戸じたいはすでにあるものだが、窓枠の外にレールを取り付けて、可動式の網戸を取り付けるのは特許が取れるらしい。
思い出したものを、こうやって登録していけば、いずれ金になるだろう。
――手応えを感じた俺は、特許事務所をあとにしてアパートに帰ってきた。
色々と試作していたので、部屋の中が大工道具やらで散らかっている。
いったん掃除をすることにしよう。
掃除をしていると八重樫君がやって来た。
カレーを食いたいとリクエストを受けたので作ってやることに。
こういうときにヒカルコが来たら作らせるのに。
まぁ、やつも小説を書いて頑張っているからしゃーない。
夕方、カレーができた。
また大家さんがやって来て、俺の部屋で飯を食っている。
暇なんだろうか?
ここの他にもアパートを3軒持っているので、金なら持っている。
金満老人だ。
時間もあるので、日本国中に旅行に行きまくり、もう行く場所がなくなったらしい。
「それじゃ海外はどうです? 今年から海外旅行が自由化されたそうじゃないですか」
「外国ってなんか怖そうじゃない?」
「まぁ、確かに治安は日本より悪い所が多いでしょうねぇ」
「そうよねぇ」
「ハワイぐらいなら大丈夫だと思いますよ」
「ハワイねぇ……」
カレーを食べている彼女は、まったく乗り気じゃないらしい。
平成令和なら、海外旅行も安くなっているが、昭和のこの時代はハワイに行くだけでも、高額の旅費を払わなくてはならない。
新聞の記事を読むと、第1回のハワイ旅行の費用は、36万円らしい。
元時代の360万円相当である。
マジで清水の舞台から飛び降りるようなもんだろう。
しかもジェットが就役していないからプロペラ機だ。
十数時間をかけてハワイまで飛んでいく。
俺なら絶対に無理。
旅行の話をしながら3人でカレーを食っていると、相原さんがアパートを訪れた。
「お夕飯どきにお邪魔して申し訳ございません」
「いえいえ、いいんですよ。相原さんならいつでもOKですから」
「ぐぅぅ~」
誰かの腹の虫が鳴った。
飯を食べている俺たちの腹が鳴るわけがない。
皆の視線が相原さんに向かう。
「え?! もしかして――今の相原さんの腹の虫ですか?」
「も、申し訳ございません」
「沢山作りましたから、相原さんもどうですか?」
「そ、そんなわけには……」
「篠原さん、料理もお上手なのよ」
「まぁ、男やもめで1人暮らしのプロですからねぇ」
「普通は蛆が湧くって言うんだけど……」
大家さんが呆れている。
彼女が言っているのは、「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」っていうことわざだ。
昔の常識なので、平成令和にはまったく当てはまらないけどな。
「よろしいのですか?」
「どうぞどうぞ」
「美味しいですよ!」
皆で話している間にも、八重樫君は黙々とカレーを食っていた。
どうやら美味いらしい。
「相原さん、八重樫君の所に来たんですか?」
「それもあるのですが、最初は篠原さんの所に」
「私の所に? 仕事ですか?」
「いいえ、お預かりしていた原稿の掲載先が決まりましたので、ご連絡を」
彼女の話では、学年誌の付録として4回に分けてあの小説が掲載されるらしい。
「学年誌ですか。ネタ的にはちょうどいい感じですかねぇ」
「学年誌の編集長もそう申しておりました」
「篠原さん」
なにやら、大家さんが俺の袖を引っ張るのだが……。
「なんですか?」
「奥さんがいるのに、こんな美人な方と付き合ってるの?」
「いやいや、大家さん勘弁してくださいよ。ヒカルコは女房じゃないって言ってるでしょ」
「あんないい子、中々いないのよ?」
「いやいや……」
「その割には――篠原さん、彼女と一緒に寝てましたよね?」
「ちょ! 八重樫君~!」
「……!」
カレーを食っていた、相原さんが固まっている。
「はいはい、人の私生活を暴かないでくれるかなぁ」
「意外だけど、篠原さんってモテるのねぇ」
「篠原さんって、本当に親切ですし……」
八重樫君までそんなことを言っているのだが、俺の生活のために彼を利用しているだけなのだが。
彼も漫画家になるために、俺を利用すればいいのだ。
「そんなことはないですよ」
「またまたぁ――あの人も、困っていたから小説を書かせたって言ってましたよね?」
「まぁな。今のままじゃ生活もできないみたいだったしな。だが、小説の才能があったのは、彼女の手柄だし。実際にそれが認められて、雑誌に載ることになったわけだけど」
「はい、学年誌の編集長も、あの小説に唸ってましたよ。付録にするだけではもったいないと……」
「時代に埋もれそうになっていた、漫画家と小説家を発掘できそうなのは、手柄として誇ってもいいわけだな、ははは」
俺の言葉を大家さんが、不思議そうな顔をして聞いている。
「それで~、篠原さんの本業ってなんなのぉ?」
「篠原さんって、本当にいろんなことに詳しいですよね? 漫画にも詳しいし、小説も書いていたって言ってましたし……」
「あら~、小説もお書きになるの? 今度、読ませていただきたいわぁ」
「勘弁してください。小説はねぇ、才能がないのが解ったので止めてますから。若いヒカルコに、あんな文章書かれたら、オッサンにはマジでキツイよね、はは」
「僕もその小説を読んでみたいです」
「ヒカルコのやつか? それなら、相原さんから献本がもらえるだろうから読めると思うぞ」
「はい、それは間違いなく」
彼女がフリーズから復帰したようだ。
そんなにショックかな?
ヒカルコとの関係にショックを受けるということは、少々期待してもいいのだろうか?
ああ――でも今ので、その可能性がなくなったとも考えられるし。
八重樫君め~、そんなこと相原さんの前でバラすか?
彼がヒカルコに相手にされてなかったのに、俺が簡単に寝てしまったから意趣返しのつもりだろうか。
まぁ、俺としては美人編集者とゴニョゴニョできたので、それで満足なんだがな。
「結局、篠原さんのお仕事ってなんなの?」
「私ですか? 今は発明家ですよ。エジソンみたいな」
「発明家なの?」
「ええ」
「そんなの初めて聞きましたけど……」
八重樫君が訝しげな顔をしている。
「言ってなかったしな――ほら、こういうのを考えたりしている」
俺は、この前に特許の申請をした、袋閉じの道具を皆に見せた。
サンプルを特許事務所にあずけてあるが、机の上には俺が作った試作品がある。
「これはなぁに?」
大家さんに使い方を説明してあげる。
「塩や砂糖の袋を開けたりしたら、閉じるの面倒ですよね。そういうときに――」
サンプルの袋を折って、そこに竹で作ったパイプを通す。
「こういう具合に袋を閉じられるわけです」
「まぁ、これは便利ねぇ。私にも作ってくれないかしら?」
「こいつの特許をどこかが買ってくれれば、そのうち商品化されますよ」
「篠原さん、これってすごいですね!」
「ははは、俺がこんなにすごいのも、あたり前○のクラッカー」
「私もすごいと思いますよ」
相原さんも、俺が作った袋とじを眺めている。
「才女の相原さんにもそう言っていただけると、励みになりますなぁ」
「……」
ちょっとご機嫌をとってみたが、むくれは治らないらしい。
こりゃ目がなくなったかな?
俺の特許を企業が買ってくれれば――と話したが、正式に特許が取れたら、プラ製造企業などを巡って営業をしてみようかと思っている。
面倒なら人を雇ってもいい。
どの道、特許が買われたりパテント料が入ってくれば、収入がでかくなるから起業せざるを得ないし。
会社名はどうするか。
篠原発明研究所とかかな~。
まぁ、あとで考えればいいか。
結局、大家さんにねだられて、細い竹を使い袋とじを作ってあげた。
砂糖の袋などに蟻が集まってきて大変らしい。
慌てて俺の部屋の砂糖の袋を見たが、ここは二階なので、まだ大丈夫らしい。
自分で作った袋とじを使って砂糖を密閉した。
これで大丈夫だろう。
――後日、ヒカルコを呼び、相原さんと原稿についての契約をした。
原稿は買い取り、校正や作る本の構成などは出版社に任せる。
120Pの単行本を4回に分けて出す形になるらしい。
原稿料は、ページ数で計算するので、1Pあたり2000円――つまり24万円。
元世界換算で240万円である。
この時代の小説家って儲かるんだな。
これプラス印税もあるが、買い取りだと印税はないけどな。
「やったじゃないか。あのアパートからも脱出できるぞ?」
「コクコク」
ヒカルコがうなずいている。
「原稿料が入るのは半年後なので、それまで俺が援助してやらんといかんけどな」
普通は掲載される雑誌が出てから金が入るが、これは買い取りだから、買い取った日から半年後になると思う。
「……」
話を聞いて、彼女がスススと俺のほうにやってきた。
それを相原さんが目で牽制しているように見える。
「とりあえず、出る本の評判を聞いてみないことには、次の仕事もないだろうしなぁ」
「そういうことになると思います」
どこの誰かも解らん新人の原稿を、文芸誌とかに載せるわけにもいかんし。
その点を考えると、学生向け雑誌の付録というのは、ちょうどよかったかもしれない。
相原さんが、話しながらちょっとムッとしているのだが、ヒカルコの文章力は認めているのだろう。
そうなれば彼女が持っている手駒も増えるわけだから、邪険にはできないはず。
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――6月のデカいニュースといえば、新潟の大地震、某国の核実験、太平洋横断海底ケーブルなどがあった。
太平洋に海底ケーブルが敷設されたことで、国際電話などもかけられるようになったらしい。
池ノ内とかいう総理大臣が電話を持ち、国際電話をかけている写真が新聞に載っていた。
「あち~!」
部屋を締め切っていたので、暑い!
汗だくだ。
そろそろ7月だからな。
梅雨に入っているはずなのだが、あまり雨も降らず太陽が出ると気温が上昇する。
窓を開けると、網戸を取り付けて扇風機を回した。
「は~、涼しい」
冷たいものでも飲みたいところだが、冷蔵庫がないから無理なんだよなぁ。
冷蔵庫ぐらいは買ってもいいか?
6畳だからスペースはあるし――いや、炊事場に置いたほうが便利か。
特許で儲けるのには時間がかかりそうだし……シンシンザンの菊花賞で冷蔵庫代を稼ぐか。
シンシンザンが2冠を取ってしまったから、菊花賞の単勝はかなり低くなるだろう。
下手をしたら単勝1倍台か。
あまり儲かりそうにないので、菊花賞はパスするつもりだったが――。
冷蔵庫は5万5000円ぐらいだったから、その分を稼ぐなら簡単だ。
たとえ単勝が1.5倍でも11万入れれば、5万5000円は稼げる。
洗濯機も欲しいが、やっぱり冷蔵庫が先だな。
よし、菊花賞は冷蔵庫代を目標にしよう――と思ったのだが、レースは11月だ。
これから暑くなるから、すぐに冷蔵庫が欲しいんだよなぁ……。