162話 エピローグ【完】
令和に戻ってきた俺だが、総理大臣になっている相原さんから呼び出しを受けた。
すっかり立派な政治家になっていた彼女と話し、俺の新しい戸籍の話も都合してもらう。
どんなときにも大事なのはコネ。
コネですべてが決まる。
――それにしても、こんなに歴史が変わってしまうとは……。
「これが、バタフライエフェクトってやつか……」
夜には、相原さんも俺の家にやってくる。
積もる話もあるし。
俺も聞きたいことが山程ある。
官邸の敷地から出ると、他の黒い車が待っていた。
こちらも豪華なグリルがついたワンボックスタイプ。
個人的にはこの手の車は好きじゃないんだが、道具として使うには最適なんだろう。
中のスペースも広いしな。
「ふ~ん」とか、見ていたら、どうみてもまともな車じゃねぇぞ?
そこら辺を走っているようなメーカー製じゃない。
精度やテカりかたが尋常じゃないし、多分ワンオフの高級車だ。
「篠原ショウイチ様ですか?」
黒服の初老の男性がやって来ると、礼をした。
グレーの頭とひげを蓄えており――これは、いわゆる一つのセバスチャンってやつか。
「はい」
「こちらへ……」
彼が車のスライドドアのボタンを押すと自動で開き、豪華な空間が広がった。
中はテーブルこそないが、ラウンジのようになっている。
「うわ……」
促されて座ると、ドアが自動で閉じられ、ゆっくりと走り出した。
「お久しぶりですね」
俺の対面に座っていたのは、長い脚を組み黒いドレスの老婆だが、まだ美しさを漂わせる。
ドレスの黒と白髪の対比が、ファンタジーに出てくる魔法使いのよう。
若い頃の肉感はすでにないが、人を虜にする魅力は残っていると思う。
「……はい、また会えてよかったです」
俺の前に座っていたのは、八重樫君のお姉さん――キョウコさんだ。
一目見て、すぐに解った。
俺の隣には、黒いワンピースを着た若い女性。
こちらも、若い頃のキョウコさんによく似ている、これまた美しく可憐な花。
多分、孫娘なのか、姪なのか――本当に、血というのは水よりも濃いのを痛感する。
いつも言うが、カエルの子はカエルだし、鳶が鷹を産んだりはしないのだ。
「私もすっかりとお婆ちゃんでしょ?」
そういう彼女だが、まだ若さが残っているように見える。
年齢的に90歳前後のはずだが、そうは見えない。
「いえいえ――それよりも、私の家族に力添えしていただきありがとうございました」
俺は深く頭を下げた。
「それはいいのよ。私の野心を叶えるためにあなたのものを利用しただけだから」
「それでも、ありがとうございました」
「……」
「あなたには酷いことをしてしまったし、私を恨んでいれば、その金と権力で家族に意趣返しをすることもできたはずでしょうから」
「そんなことをするはずがないでしょう――そうねぇ、これは昔言ったかもしれないけど……」
彼女がなにか昔を思い出すような瞳をしている。
「はい」
「世間知らずの小娘だった私の相手を、まともにしてくれたのは、結局あなただけだったし」
「……」
「それに、今の地位を手に入れることができたのも、あなたから教えてもらったことを実践しただけだしねぇ」
彼女が上からの冷たい視線で俺を見てくる。
そう言いつつも、やっぱり多少の恨みはあるのだろう。
なんだか針のむしろの上で話しているようだと思っていると、横から抱きつかれた。
「ねぇねぇ、あのお祖母様に酷いことって、いったいなにをしたの?!」
落ち着いて美しく知的に見えた女性が、俺に抱きついて好奇心で満ちた目をキラキラさせている。
お祖母様ってことは、彼女は孫なのか。
「寧々子! その男に興味を持つんじゃありません!」
「え~いいじゃない? ねぇねぇ!」
「これ!」
「ははは、それはちょっと……」
「え~?」
キョウコさんが、こちらをすごい形相で睨みつけている。
この状況で言えるはずがない。
いや、この状況じゃなくても言えないのだが。
困っていると、彼女の顔が近づいてきた。
「あなた、寧々子に手を出したりしたら、首が飛ぶわよ――物理的に」
怖い顔をした彼女が、首をトントンしている。
世界一の金持ちだという今の彼女なら、人一人ぐらい消すのは造作もないことなのだろう。
「いやいや、滅相もない。そんなことは絶対にありえませんので」
「え~?」
隣の女性は残念そうだが、世の中には手を出しちゃアカンものもある。
しかし、孫娘は美人である。
そうなれば、当然オカンも超美人だろう。
4代に渡って親子丼をするという、人類初の男になるのか――みたいな。
「反省してないでしょ?!」
天国からヒカルコの声が聞こえてきそうである。
冗談はさておき――俺が残したスマホのデータを彼女も見たはず。
いや、相原さんが見たと言っていたのだが……キョウコさんもなにも言わないので、俺も黙っていることにした。
雉も鳴かなければ撃たれないのだ。
――とはいうものの……俺の宝が……。
反省してない! ――と言われようが、あんな素晴らしい宝は2度と手に入らないかもしれないし。
絶望と夢のようなアレを思い出しながら彼女の顔を見ていると、孫の女の子が耳打ちしてきた。
「お祖母様、若く見えるからびっくりしているんでしょ?」
「ええ、確か90歳前後だと思いましたけど……」
「実は――八重樫グループは、お金持ち相手に延命ビジネスをしているのよ」
話が聞こえているのか、キョウコさんがニヤニヤしている。
「延命ビジネスって――老化防止とか、そういうのですかね?」
「そうそう! お祖母様自ら被験者になって、広告塔になっているのよ」
それじゃ、相原さんが元気なのも、そのせいか。
普通なら引退している歳だしなぁ。
当然、与党の幹部連中もそれを知っているのだろう。
マジでそんなのがあったら、金持ちは飛びつくな。
いくら金を払ってでも、老化防止や延命を受けたいはずだ。
孫ちゃんの話では、20年~30年は寿命を延ばせるらしい。
その技術が下々まで降りてくると、日本人の寿命も100歳ぐらいになるかもしれないな。
未来のテクノロジーに驚いていると、家に到着した。
「ショウイチ!」
コノミが待っていたらしく、ゆっくりとやって来ると俺に抱きついた。
本人は走っているつもりなんだろうなぁ。
あとから、相原さんもここにやってくるという。
――その夜、皆で寿司を食いながら、積もっていた話をした。
俺の孫のヒカリ、キョウコさんの孫娘の寧々子も話に加わっている。
寧々子も俺の秘密を知っているようで、次期八重樫グループの跡取りになるらしい。
――とはいえ、俺の持っていた情報の神通力もとっくに切れているだろうし、これからは日本も厳しくなるかもしれない。
救国の女神様の恩恵も受けられなくなるしな。
その女神だが、次の日に政界からの引退を発表した。
これからは俺たちと余生を送るそうである。
コノミに八重樫グループの延命事業のことを聞いてみた。
ヒカルコは受けてなかったのか? ――ということだ。
「ヒカルコは反対してたから……」
「自然の摂理に逆らう行為だから――とかそういう感じか?」
「うん――それもあるんだけど……」
ベッドでの映像を見ても、ヒカルコに迷いはなかったように見えたし。
「ほかにもあるのか?」
「一応、篠原ショウイチ被害者の会で協力しあっていたけど、キョウコお姉さんのことが、あまり好きじゃなかったのかもしれない」
そうだなぁ――なんとなく、ヒカルコとお姉さん、馬が合いそうにないような気がする。
「コノミはどうなんだ?」
もちろん、延命についてだ。
「う~ん、私も反対だったんだけど……ショウイチが戻ってきちゃったし……どうしよう……」
「コノミの判断に任せるよ」
「うん」
個人的には長生きしてほしいところだが、人為的になるとなぁ……。
俺からはなにも言えん。
50歳辺りから延命処理を始めれば、老化もかなり抑えられるらしい。
か、金はあるし、ちょっと俺も心が揺らぐ。
最近、明らかに身体にガタが出始めてきたからだ。
若い頃は、微塵もそんなことを思ってなかったんだがなぁ……。
これが老いか。
------◇◇◇------
歴史が変わってしまった世界での俺の生活が始まった。
相原さんから国民カードを作ってもらったので、端末も使えるしネットにもアクセスできるようになった。
支払いは全部これで済んでしまうのだが、金の動きが全部記録されているので、これを使って確定申告もできる。
便利なのか、インチキができなくなって寂しいのか。
それでも、自然回帰主義者という、これに縛られていない人たちもいるようだ。
ネットにアクセスできるようになって、俺が始めたのは――歴史の確認。
俺が知っている歴史から、どれだけ変化したか――それを確かめないといけない。
普段の会話が噛み合わない可能性もあるし。
「◯◯って事件があったよね?」
「え? そんなのないよ?」
みたいな感じだ。
実際に調べてみたら、かの有名な3億円事件が起こっていなかった。
俺が残した秘密ノートにも、3億円事件のことは書いていなかったはずなので、それが影響したとは考えられない。
可能性としてあるのは、俺が撃ち殺してしまった、あのチンピラだ。
もしかして、3億円事件にもあいつが絡んでいたんじゃないのか?
日本の裏の勢力図がガラリと変わってしまったとか……。
俺にはただのチンピラに見えたのだが、実は歴史上の大物だったのかもしれない。
そうならば、俺が歴史からはじき出されたのも、うなずける。
さらに大きな事実も判明した。
相原さんの伝も使って調べてもらったが、この世界には元の俺がいなかった。
やはり並行世界なのか、それとも俺が色々といじってしまったので、俺が生まれなかったのか?
それとも1つの世界に、俺は1人しか存在できないのか。
一緒に、コノミの母親についても調べてもらったが、相当する人物がいないということだった。
「ショウイチ、今日も勉強?」
ノート型の端末をいじっていると、コノミが俺の膝の上に乗っている。
甘えたい放題だ。
隣に、相原さんもいる。
「俺がいなくなってから、日本になにが起きたか、勉強しておかないとな」
マジでかなり変わっているし。
改めて八重樫先生のページを見ていると、「ワイルド5」の記述がある。
俺がネタのヒント出しをしたやつだな。
「あ~、それ覚えてるよ。読み切りで描いたんだけど、すごく人気が出ちゃって――」
コノミが端末の画面を覗き込んでいる。
「編集長が直々に、八重樫先生の所に頭を下げに行ったんですよ」
相原さんも、当時のことを覚えていたようだ。
「お願いですから、連載してくれって?」
「はい」
断ることができず、スタッフを増やして泣く泣く連載を始めたという。
眼の前に当時の編集がいるから事実だろう。
そりゃ先生、大変だったろうなぁ……。
だが、コミックスはもちろん、アニメ化、映画化もされたと書いてある。
大ヒットだ。
最近になって、初代ムサシに出てきた、木星や天王星の輪、冥王星の様子や衛星カロンのことが話題になっている。
最新の観測結果とあまりに酷似しているということで、ちょっとした騒ぎに。
まぁそりゃ、俺が知っていることを教えたからなんだけど。
もう1つ漫画の項目を見つけた。
「ひかり荘物語……これって、先生の原作だったのか」
「そうだよ」
朝のドラマ――ひかり荘物語の原作漫画である。
漫画の主人公は八重樫君で、自叙伝的な漫画なのであるが、朝のドラマは女性が主人公という決まりがあるらしい。
そのため、主人公がヒカルコと総理になってしまったというわけだ。
「これはちょっと読んでみたいな」
「書庫に全巻あるし、電子書籍もあるよ」
「書庫? 書庫なんてあるのか? 見当たらなかったが……」
「下」
彼女は床を指した。
どうやら地下に書庫があるらしい。
湿気とか大丈夫なのだろうか?
コノミの話では、対策もしてあるし、空調がバッチリ利いているから問題ないという。
案内してもらう。
秘密の扉を開けると、地下へと繋がるエレベーターがあった。
3人で地下に向かう。
「こんなものが……」
「うん」
下に降りると、コノミが電気を点けた。
眼の前にあったのは、スチール製の本棚が並んだ移動書庫。
普通のように本棚を並べると、通路の分がデッドスペースになってしまう。
こいつは普段が全部閉じた状態になっていて、スイッチを入れた所だけ通路が開くようになっているわけだ。
その分、スペースを節約できる。
「へ~、俺もこんな書庫がほしかったなぁ」
「ほら! ショウイチから買ってもらった本も全部取ってあるんだよ」
「そうか」
当然、相原さんからいつももらっていた本も全部ある。
小学生でこれだけ本をもっている子どもも、なかなかいなかっただろう。
「いや~これって今は貴重な本ばっかりじゃね?」
「そうですね」
相原さんも懐かしい本が並んでいるらしく、微笑んでいる。
「これ! 一番最初にショウイチからもらった本!」
彼女が嬉しそうにしているのだが、手に持っているのは相原さんが持ってきてくれた漫画雑誌の献本だ。
当時、子ども同士で毎日回し読みしていたので、ボロボロになってしまっているが……。
「それって、相原さんからもらったものだろ?」
「美智子お姉さんからショウイチがもらって、それを私がもらったんだから、ショウイチからもらったの!」
彼女がそう言って、俺に抱きついてきた。
もう子どもに戻っちゃってるじゃん。
それを見ている相原さんもニコニコしている。
いつもクンカクンカしていたのを思い出しているのかもしれない。
こんな感じで、政界を引退した相原さんも俺たちと一緒にいるのだが、さすがに彼女は抱きついたりしてこない。
「相原さん、一緒に抱っこはどうですか?」
「いや、申し訳ございませんが……それに老婆に抱きつかれても、篠原さんも嬉しくないでしょうし……」
「そんなことありませんけど」
まぁ、そうだよなぁ。
さすがに無理か。
可愛がるなら孫のヒカリがいるし。
たまに八重樫君のお姉さんの孫娘――寧々子もやってくる。
正直、お姉さんが怖いので、勘弁してほしいのだが。
俺の娘であるミハルコとは、まだわだかまりが解けていない。
まぁ、これは時間がなんとかしてくれるだろう。
一応、ヒカリには俺が本当の父親だと黙ってもらっている。
彼女も突然そんなことを言われても困るだろうし。
俺も自分で言ってて、信じられない。
「ショウイチ! 旅行に行きたい!」
コノミが俺に抱きついてきた。
「そうか~、ワンボックスでも買って、遠出するのもいいなぁ」
「やったぁ!」
現状、金は腐るほどあるので、働く必要もない。
――ここにヒカルコも居てくれれば――そう思うのだが、もうそれも叶わない。
------◇◇◇------
――令和に帰ってきた俺は、コノミと一緒に旅行をしたりして、しばらく楽しんだ。
政治家を引退した相原さんや、孫のヒカリも一緒だ。
楽しい日々ではあったが、元総理にも仕事があるので遊んでばかりもいられない。
引退したとはいえ、仕事がある。
後援会を回ったり、派閥や後進の世話などだ。
たくさんの人たちのお陰で政治家をやっていたのだから、「もう知りません」ってわけにもいかない。
「もう、私も仕事を辞めるかも! ショウイチと一緒にいたいし! お金ならあるし!」
コノミが俺の部屋にやってきて、膝の上で不満を漏らす。
納骨堂の上に作られた部屋が、皆のたまり場になっている。
相原さんも来ているのだが、この家の敷地に建てられていた、矢沢さんと共有のスタジオ兼自宅はすでにない。
自宅もあるらしいのだが、いつも人の目があるし、マスコミからも追いかけられるので、心が休まることがないようだ。
そりゃ、有名な総理大臣となれば、それも仕方ないような気がする。
政界から引退した彼女は、現在ウチのゲストハウスに住んでおり、買い物などは通販を使い、外に出ることなく暮らしている。
まぁ、この敷地は八重樫グループにも関わりがあるので、今の日本で手出しできる人間はいない。
「仕事については、コノミの好きにすればいいよ」
すでに俺より年上になっている彼女に、アレコレ言えるはずもない。
「む~!」
むくれる彼女をなだめているのだが、本当に小説家を引退しそうな勢いだな。
それか、仕事の本数を限りなく絞るか。
「ふ~、私も病気になったことにして、隠居しようかしら……」
相原さんも弱音を漏らしている。
救国の女神といえど、すでに老齢な彼女には、ハードなスケジュールは堪えるだろう。
例の延命のせいか、傍から見ると達者に見えるのだが。
90歳近くになっても、ピンピンしてて仕事もバリバリこなす――昭和には考えられないよな。
「そうすると、困る人もたくさんいるんじゃないですか?」
「そうなのですけど……もういいでしょう?」
本当に疲れているっぽい。
それだけ、彼女が国を支えていて、彼女を当てにしていた人も多かったということなのだろうけど。
女史からすると、もう義理も義務も果たした――という感じなのだろう。
「お疲れ様です……」
知り合いの医者に診断書を書いてもらい、病気を偽装するらしい。
「そうすると――あまり出歩いたりはできなくなるんじゃないですか?」
「通販でほしいものは買えますし、旅行するならこの前のようにすればよろしいですし……」
コノミが旅行に行きたいというので、相原さんやヒカリと一緒に旅行に行ったのだ。
完全にシールドされた車に乗って。
今の日本は人工知能も発達しており、車に乗っても高速道路であればほぼAIの運転だけで目的地まで行ける。
俺の免許はまだないが、ヒカリもコノミも持っているので問題ない。
旅行先は、八重樫グループのVIP専用のリゾート。
部外者などは一切入ることができない。
「へぇ~こういう場所があるのか~」って感じだった。
これなら、元総理が一緒でも、なんの問題もなく旅行を楽しむことができる。
まぁ、普通に観光地をブラブラ――ってわけにはいかないが。
海外にも八重樫グループの拠点はあるので、そこを使えば海外めぐりもできるだろう。
グループ所有のバカでかいクルーザーもあるという話だし、それで世界1周というのも乙だ。
皆を半世紀も放置してしまったのだから、彼女たちがなにかしたいというのであれば、極力叶えてあげたい。
そういうわけで、リゾートを使って十分に楽しんで、また東京に帰ってきたわけだ。
寧々子は連れていかなかったので、あとで彼女からクレームが入ってしまったが。
相原さんと話していると、ヒカリが部屋に入ってきて俺に抱きついた。
「ショウイチ~! 私、欲しい物があるんだけど~」
本当は祖父なのだが、この歳で「おじいちゃん」は明らかに変なので、対外的なものを踏まえて「ショウイチ」と呼ぶことになっている。
彼女もそう呼ぶことに抵抗はないらしい。
「あ、こら! ヒカリ!」
お小言を言いそうな、コノミを止めた。
「ヒカリは20歳過ぎているだろ? 欲しいものがあれば、自分で働いて買いなさい」
「もう! なんでお母さんと同じこと言うの?!」
「そりゃ言いますよ」
彼女が小学生ぐらいなら可愛がるところなのだが、もう大人だ。
小学生の欲しい物なんてたかが知れているが、大人となるとわけが違う。
どうせ高価なものだろう。
「ショウイチだって働いてないのに、会社のお金を使ってズルい!」
「ズルくないよ。俺が取った特許はもう切れているだろうけど、切れるまでに相当の金が会社に入っているはずだし」
「うんうん」
コノミが俺の言葉にうなずいている。
「それを使っているだけだよ」
「う~」
ヒカリは納得していないようだ。
「それに、ムサシの版権はまだ残っているだろ? サントクの株だって持ってたし、花札屋の株はどのぐらいになった?」
「天々堂なら、1万倍ぐらいになったよ」
俺はサントクの株を20%ぐらい持っていた。
増資したのでパーセンテージは下がってしまったが、いまでも大株主だ。
役員が総出で、毎年ここまで挨拶に来るらしい。
「ほら、そういうのは全部俺の金だから、使っても問題ないだろ?」
「そんなのズルいじゃん……チートじゃん!」
どうも、ヒカリは納得できないのか、いや頭はいいみたいだから、解っていて駄々こねているだけだろう。
「ははは――欲しいものじゃなくて、やりたいことがあるなら、事業計画書を作って皆にプレゼンしなさい。ほら、そこに元総理もいるんだぞ」
「ニコニコ……」
相原さんが微笑んでいる。
「俺たちを説得できたら、お金を出してあげるから」
――といいつつ、オッサンは傾国のお姉さんに大金渡しちゃったけど。
あれは、男のロマンに金を払ったんだから、後悔はしていない。
「そ、そんなのできないし……」
「できないなら勉強しないとな。ネットで検索すれば、事業計画書の書き方やら、いくらでも出てくるし」
金を出してくれる人に直接会えるだけでも、すごいことなんだけどな。
普通は出資者に会うことも叶わない。
「ヒカリ、お母さんに怒られるよ」
「う~!」
「はは、すね方がヒカルコそっくりだな」
「似てないし……」
「ははは」
娘のミハルコは見た目はヒカルコ似ではあるが、性格は俺に似ているらしい。
生活に不自由させることはないが、会社の金は使わせてないという。
今は大学生らしいが、学校の金は出してもらっているんだ、その他の金は自分で稼ぐべきだろう。
生まれたときからこういう環境だから、自分がどれだけ恵まれているのか、解らないんだろうな。
「……」
「小説はどうなんだ? 新田川賞作家の孫だろ?」
「無理! お婆ちゃんと一緒にしないで! いつも、言われてるんだから!」
「はは、スマンな。他にはなにか、一芸はないのかい?」
偉大な先達がいると、比べられて苦労することもある。
「……漫画を描いているけど……」
「ほう! いいじゃないか! 知り合いにムサシプロダクションもあるし、大先生の矢沢御大もいるだろ? 持ち込んでみたら?」
「……そ、そういうのじゃないし……」
「そこに、伝説の女性編集長もいるだろ?」
俺は相原さんを指した。
「ふふ」
元総理が苦笑いしているが、ずっと政治畑だったとはいえ、編集の力は衰えていないはず。
「う~ん」
「それじゃ、今流行りの異世界ものを描いてみたら?」
「それは、嫌! 私はもっと人を感動させる話を描きたいんだから!」
彼女は、なにか勘違いしているようだ。
異世界ものだって、人を感動させることはできるだろう――ネタに貴賤はない。
それに異世界ものなんて、古典から定番ネタだし。
ようは、面白ければいいのだ。
人を惹きつけられればいいのだ。
色々と世界は変わってしまったが、「小説家になりたい」は、この世界でも流行って、たくさんの異世界ものが世の中に出ている。
もちろん、コミカライズやアニメ化も盛況だ。
「ショウイチ! 私も異世界恋愛ものを書いているよ!」
コノミも異世界ものを書いているようだが、人気作家だから、多分売れているのだろう。
ヒカルコが生きていたら、彼女も異世界ものを書いていただろうか。
「へ~! そうだ! コノミから原作をもらって、コミカライズしてみたら? 異世界転生転移恋愛追放悪役令嬢ザマァ――大御所の原作のコミカライズなら、注目の的だぞ?」
「……ダサ」
ヒカリが小さく吐き捨てたのを、コノミが聞き逃さなかった。
「ヒカリには、絶対に原作を渡さないから!」
コノミが俺の膝の上で憤慨している。
「おいおい、大先生を怒らせてどうするのよ。プロってのはコネの商売なのよ?」
「そういうのズルいじゃん! チートじゃん! 私は実力で勝負したいの!」
いやいや、コネを作るのも実力なんだけどなぁ。
「実力はいいけど、売れるものを作るのも商売だし――ねぇ、伝説の女性編集長様」
「――そのフレーズは止めてください」
「ふひひ、サーセン」
「まぁ、確かに売れ線というのは、いつも編集会議の議題に上ることでしたが――、『なにか光るもの』や『人とは違う個性』なども重要視してましたよ」
「ほら! 私も、自分の個性で勝負したいの!」
それが本当にできたら、すごいことなんだけどなぁ……。
残念ながら、それができるのはほんの一握りだし、さらに売れるとなると……。
マジで困難を極める。
「作品があるなら、ネットにあげてみたら? 本当に面白いなら、すぐにバズって出版の話が来るかもしれないぞ?」
今は、出版社に持ち込んで――なんてプロセスをたどることもない。
ネットの海には直に読者がいるのだ。
「そうよ! すぐに、私の作品で世間を騒がせて、ショウイチとコノミお婆ちゃんにギャフンと言わせてあげるんだから!」
ヒカリは鼻息も荒く、部屋から出ていってしまった。
「ギャフンってなぁ――死語じゃないのかなぁ……彼女の作品を読んだことある?」
「うん」
「どうだった? バズりそう?」
「フルフル」
コノミが首を振った。
そうかぁ――大御所の彼女から見ても厳しいか。
この時代になると、コンプライアンスやらハラスメントやら色々とあるから、編集も厳しいことは言ったりやったりしない。
そんなことをやったら、ネットで袋叩きになるからだ。
厳しい批評やらはなくなったので、その分自分でなんとかしなくてはならない。
いや、まてまて――簡単にそう考えてしまうが、俺たちはレガシー世代だ。
ヒカリが本当にいままでなかったような新しいものを持っているなら、オッサンやBBAが計り知れないだけかもしれないし。
まぁ、絵が上手いなら、いい原作がつけばムサシのように、化けるかもしれん。
その前にヒカリの意識が変わらないとちょっと難しいかな。
八重樫君ぐらいアドバイスを聞いてくれればいいんだけど。
せっかく周りに超有名漫画家や小説業界の大御所やら、伝説の編集長がいるのに……。
こんなすごい環境は中々ないぞ?
「……」
ちょっと考えごとをする。
「ショウイチどうしたの?」
「いや、ヒカルコの話なんだが――ご両親との仲はどうなった?」
「どうもこうも」
「やっぱりだめ?」
「新田川賞も取ったし、有名になったしで、一度会ったんだけど――会ったら会ったで、知らない男と籍は入れているし、子どもはいるしで、再度『勘当だ~!』ってことになった」
「まぁ、それもそうか……」
「それでも、お母さんとは、たまに会ってたみたいだけど」
「お母さんのほうは、歳食って孫もできて、ちょっと心情の変化もあったのかもしれないなぁ」
「うん」
いや、ほぼ俺のせいなんだけどなぁ。
------◇◇◇------
――ヒカリの作品の話が出てしばらくしたが、ネットでバズったという話は聞かない。
そうだよなぁ。
彼女もしょんぼりしているが、そう上手くはいかない。
それに読者がすぐ近くにいるということは、バズる可能性も秘めているが、批評も直接来る。
ツマランものはツマランと、面と向かって言われるし。
難しいもんだよ。
そんな感じで、令和に戻った俺は平和な生活を満喫している。
俺が昭和に残した情報の神通力も切れるので、この先世界がどうなるのか、まったく解らない。
亡くなった人たちとヒカルコの菩提を弔い、残った人たちの余生を見守ること――それが俺の当面の仕事になりそうだ。
END





