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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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11話 新しい活動拠点


 競馬で大金を稼いだ俺は、仕事を辞めた。

 仕事を辞めるとアパートも出なくてはならない。

 元々、工場で働くことを担保にして、敷金礼金なし保証人もなしで住まわせてもらっていたのだから、それはしかたない。

 それに十分な資金も作れたしな。


 世間はゴールデンウィークに突入。

 俺は部屋を探し始めたのだが、時期が少々悪い。

 そんな中、なん度か訪れた不動産屋でいい物件が出たというので、一緒に見にいった。

 普通の住宅の2階を改造したアパートで、部屋は6畳でいい感じだ。

 ここもすべて木造なのだが、サッシなどが流行ったのは、もう少しあとなのだろうか?


 それはおいといて――ここでパスすると、よい部屋は出そうにない気がする。

 不動産屋の爺さんもそう言っているし。


「いいですね、できればお借りしたいんですが」

 俺はすぐに部屋を借りることを決めた。


「おお、そうかい。ここを逃したら、今の季節は中々部屋がでないから」

「この部屋はどうしたんですか?」

「ああ、4月から学生さんが入ってたんだけど、なんだっけ? ノイ、ノイ――」

「ノイローゼ?」

「そう! それになって、突然田舎に帰っちゃってねぇ。ご両親が田舎から出てきて後始末をされて大変だったんだよ」

「ああ、4月や5月はそういう話を聞きますねぇ」

「まったくねぇ、最近の若い人は――」

 出た、最近の若いやつは――古今東西、あらゆる場所でこの台詞が吐かれたのだろう。


「大家さんが多分いると思うから挨拶してみるかい?」

「はい」

 ここは普通の住宅の2階部分をアパートに改造した家だ。

 1階に大家さんが住んでいる。


 不動産屋の爺さんが1階の玄関に行くと、中から品のよさそうなお婆さんが出てきた。

 グレーの短い髪型で、紺のスカートと白い毛糸のカーディガンを着ている。


「片桐さん、あの人が部屋を借りたいって言うんだよ」

 爺さんが俺を指した。


「私、篠原と申します。よろしくお願いします。それで、私――保証人がいなくてですね。2年分の家賃を一括で払うという形で借りたいのですが……」

「あら、よろしいですよ」

 いきなりのほほんとした感じでOKが出た。


「本当ですか?」

「一括で払っていただけるんでしょ?」

「はい」

「それなら、私も楽ですし」

 そんな調子で笑っているのだが、なんともおっとりとした人である。

 多分、育ちもいいんだろうなぁ。


 話を聞くと、2階の右側部分は娘婿夫婦のために改築してしまったらしい。

 サ○エさんみたいな家だな。

 つまり部屋は2つってことだ。

 住民が少ないから、周りに気を使わなくてもいいのは、いいかもな。

 俺はいい部屋が見つかったが、八重樫君のことが気になるな。


「実は、私の知り合いも、今の所から出たがっているんですよねぇ」

「え? そうなのかい?」

「はい――その人は、私の部屋の隣に住んでいるんですけど」

「それなら、そこも借りたらどうだい?」

 爺さんが、家の外側から壁にある窓を指した。

 俺が借りるといった隣の部屋だ。


「そこも空き部屋なんですか?」

「そうなんだよ。つい最近まで元飛行機乗りだっていう爺さんが住んでたんだけど、酔っ払って落ちちゃってねぇ……」

 飛行機ってゼロ戦とかだろうか。


「落ちたって、階段から落っこちたんですか?」

「そうなのよ。もう、ものすごい音がしてね。大騒ぎになって、あの人動かなくなっちゃったし……」

「えええ……」

 洒落にならない話である。

 せっかく戦争から生き残って祖国の土を踏んだというのに。


「それで、死んだ人が出た部屋だったので、どうしようかって話だったんだが」

「あなたも気をつけてねぇ」

「あ、私は酒もタバコも飲みませんので」

「そうなの、珍しいわねぇ」

「部屋を捜している隣の人は、若いですし真面目な人ですよ。彼に話してみてもいいですか?」

「いいわよ。今度連れてきてねぇ」

「はい」

 これで部屋が決まった。

 八重樫君がOKするか解らんが。

 大家さんに別れを告げて、早速不動産屋で手付を打つ。

 不動産屋の中は、小さなスペースに沢山の書類が入る本棚と、机が2つ。

 その奥は居住スペースになっているらしく、畳の間が見え、三毛猫が歩いている。

 商売スペースはかつて土間だったところにコンクリを流したのだろう。


 棚の上を見ると小さなTVがあるが、ここから見えるのか?

 さすが商売をやっているような人はTVを持ってるなぁ。

 まぁ、オリンピックでTVが普及したとかいう話もあったし。


 そういえば、今は白黒TVの時代で、これからカラー時代に突入するのだが――。

 カラーTVを買った家は、アンテナの色が違うとかいう話があったなぁ。

 嘘か本当かは知らないのだが、確かにそうするとどの家がカラーを持っているのか一目瞭然。


「あ、あそこの家はカラーTVだよ」「ウチも買ってよ!」

 ってな具合に、TVを持っている家は所有欲も満たせるし、メーカーは宣伝にもなる――みたいな話だった。


 TVのことはさておき――窓際には小さなテーブルと椅子があり、ここで契約書を作る。

 爺さんに手付として1万円を渡した。

 家賃は月に3000円、敷金礼金2ヶ月ずつ。

 他の部屋をみると4畳半でも3000円の所があったから、6畳でこの値段ならいいだろう。


 家賃は2年分を一括払い。

 途中で引っ越しても払い戻しなしだが、敷金は戻ってくる。

 合計で8万4000円だ。

 元時代なら84万円の一括払い。

 やっぱり結構金がかかる。


 普通に借りても、途中で引っ越したら契約分の家賃を最後まで払わないとだめな物件も多いようだ。

 そこらへん大家さんによるらしいが、貸し手が有利な時代だな。

 こうなると家を買っちまったほうが早い気がするが――ここにある物件を見ても、ボロい家でも200万円はする。

 もっと貯金が必要だ。


「今、ハンコ持ってないので、明日持ってきます」

「はい、それじゃ明日正式に契約ってことね」

「それから、私が借りる部屋の隣って、取り置きとか――そういうのってできます?」

「う~ん?」

「そっちも手付を打ちますよ」

 俺は財布から1万円を取り出した。


「いいけど、あまり長くは待てないよ。人死が出た部屋でもいいって人がいるかもしれないし」

「それは解ってますよ。彼に見せて、借りるか借りないか、すぐに結論出させますから」

「それじゃ明日ね」

「ありがとうございました」

 俺は膝に手を当てて、爺さんに礼をした。

 いい物件を紹介してくれたし、なにかお土産でもやったほうがいいかな?

 見れば、奥に一升瓶があるから酒飲みだろう。

 酒でも持ってくるか。


 俺は古本屋で本を探すと、アパートに帰った。

 仕事はなくなったが、今度はすごい暇になってしまったな。

 この際だ、小説を読む時間にしようと思う。

 有名な過去作でも、今まで読んでいなかったものが沢山あるし。

 スマホの中にもダウンロードしたWEB小説があるが、あまり使うと壊れる確率も上がるし電池もヘタる。

 もう修理も換えもないから、大事に使わねば。


 この時代には存在しない機械。

 その利点を活かして、どこかで活躍できるかもしれない。

 ちょっと想像もつかんが。

 まぁ、今は盗撮にしか使ってないが、その点だけでも今の俺にとっては十分だけどな。


 暗くなると階段を上ってくる音がする。

 隣の鍵を開ける音がするから、八重樫君だ。

 俺はドアを開けた。


「八重樫君、おかえり」

「ただいまです」

「俺の部屋が決まったよ。ここからそんな離れていない所だ」

「え? 本当ですか?」

「そうだなぁ、歩いて10分ぐらいか」

「そうなんですねぇ……」

 彼が寂しそうな顔をしている。


「それでな――俺が借りた部屋の隣もちょうど空いているっていうんだよ」

「え?!」

「俺も部屋探しで苦労したからな――引っ越すのが先でも、今のうちにツバをつけておいたほうがいいんじゃね? ――と思ってな」

 家賃や敷金礼金の件も彼に伝えた。

 それと、住んでいた爺さんが亡くなったことも話したが、別に部屋の中で死んだわけじゃなかったので、彼も気にしないようだ。

 彼が引っ越すのも時間の問題だと思われるし、なによりの懸案であった金も、この前の競馬でなんとかなったしな。


「……」

「今から見に行ってみるかい? 帰りにラーメンでも食おうぜ。奢るからさ」

「は、はい!」

 彼が鍵を掛け直したので、一緒に外に出ることにした。

 一緒に路地を歩いて行くのだが、アパートから直接向かおうとすると道順が解らない。

 とりあえず不動産屋の近くまで行って、そこから俺の借りた場所を目指すことにした。


 あ、そうだ――不動産屋に行くなら、ハンコ持ってくればよかったか。

 でも金の問題もあるし、どのみち明日のほうがいいか。

 閉店間際に、残業させるのも爺さんに悪いしな。


 午前に通った道をそのままなぞり、俺が借りようとしているアパートに到着した。


「ほら、ここだよ」

「へぇ~」

「2階だけを改造してアパートにしていたみたいなんだけど、今は2部屋しかないらしい」

「2部屋だけなんですか?」

「つまり俺と君が入れば、他の住民に気兼ねしなくてもいいから楽だろ?」

「そうですね!」

 せっかくここまで来たのだし、大家さんに会わせてみるか。

 玄関を開けて挨拶すると、昼間に会ったお婆さんが出てきた。


「こんばんは~、昼間に部屋を拝見にお伺いした篠原と申します」

「あら、もうお引越し?」

 そんなわけないだろ――と思わずツッコミを入れそうになってしまった。


「いえ、私の隣の部屋を借りたい人がいるとお話ししましたが、彼なんです」

「はじめまして! 八重樫と申します! よろしくお願いいたします!」

「あら、礼儀正しい方ねぇ」

「私は保証人がいませんでしたが、彼は大丈夫です――大丈夫だよな?」

「はい、まぁ――嫌ですけど、姉になってもらうつもりです」

「身元もしっかりしてますよ」

「そうなのねぇ。大家をやっていると、警察の方がやってきて根掘り葉掘り聞かれたりするのよねぇ。沢山の人が集まることはないか? とか、人の出入りが激しくないか? とか」

 活動家の拠点を潰すための、警察お得意のアパートローラー作戦だ。

 大家さんと話してみても問題なさそうである。

 八重樫君は借りるつもりになっているので、大家さんから部屋を見せてもらう。

 もう暗くなっている2階に上がった。


 階段を上ると、お婆さんは廊下の上にある箱を開けている。

 どうやら配電盤らしい。

 中にはデカいレバーと白いボックスがある。

 電気代が全部の部屋一緒くたというのは、配電盤が一個だかららしい。

 つまり1箇所の電気契約を各部屋に分けているのだろう。

 電気製品がほとんどなかった時代だからできたことだ。


 彼女が白いレバーをあげようとしているのだが、手が届かないらしい。


「ごめんなさい、これを上に上げてくださらない?」

「あ、はいはい」

 代わりに俺がデカいスイッチを上げたあと、彼女が廊下の天井にぶら下がった紐を引っ張った。

 オレンジ色の白熱電球が点灯する。

 お婆さんが、部屋の扉をあけてくれた。

 暗い部屋の中に、廊下のオレンジ色の光が差し込む。

 部屋には電球がないので、これで確認するしかない。


「広いですね!」

「ここは6畳だからな。押入れもあるし」

「いいですね。ここを借りたいです!」

「あら、よかった」

 いきなり部屋が2つも空いてしまった大家さんにとっても、俺たちにとっても、渡りに船ってやつだ。

 実にタイミングがよかった。

 いや、爺さんが1人亡くなっているので、タイミングがいいというのは不謹慎だな。


 大家さんもOKだと言うので、早速不動産屋に向かう。

 通りに行くと、不動産屋の明かりはまだ灯っていた。

 仕事帰りに物件を探す人も多いから、開けているのだろうか?

 扉を開けて中に入る。


「こんばんは~」

「ん? ああ、昼間の――契約は明日って話だったろ?」

「いや、あの部屋の隣を借りたい人がいる話をしましたよね? 彼なんです」

「八重樫と言います! よろしくお願いします!」

「ああ、あなたの知り合いって言うからもっと歳を食ってるかと思ったら、若い人なんだね」

 やっぱり、そこらへんが気になるのか。

 八重樫君の場合、保証人もいるので不動産屋的に問題ないらしい。


「それじゃ、あなたも近々正式な契約をお願いね」

「はい、明日の仕事のあとにでも」

「解りました。手付は受け取っているからね」

「え?!」

 俺は彼に手を合わせた。


「ああ、悪い八重樫君。他のやつに取られたらもったいない物件だったので、とりあえず俺が手付を打ったんだ。勝手なことをしてすまなかったな」

「いいえ、僕のことでご心配をおかけいたしました」

 明日、ハンコと金を持ってくるということで、不動産屋をあとにした。


 暗い路地を駅に向かって2人で歩く。

 部屋が決まったから、お祝いに駅前のラーメン屋だ。

 この時代、街灯も白熱電球なので暗い暗い。

 本当になにもかもが暗い世界だ。

 こんなに暗いなら、女性の独り歩きとかは危ないかもしれない。

 この時代でも明るいといったら――水銀燈か。

 あれなら明るいかもな。


 暗かった路地が突然明るくなる。

 駅前などは飲み屋などが多いから遅くまでやっている。

 仕事帰りを狙っているのか、料理屋も多い。

 前に入ったラーメン屋がまぁまぁだったので、そこにした。

 中は結構賑わっている。

 まぁ、この時間なので、酒を飲んでいる客が多いせいだ。

 店の天井のコーナーには白黒TVがあって、客もそっちの方向を見ている。

 どうやら野球中継をやっているらしい。


 そういえば、もうON砲がデビューしている時代か。

 V9とか言っていたのは、もう少しあとだったはず。


「八重樫君、なにを頼んでもいいぞ。俺はラーメンライスに餃子」

「それじゃ僕もそれで」

 店員のおばちゃんに2人前を頼んだ。

 客が盛り上がっているので、TVをチラ見してみる。

 長野島だ――若い。

 そりゃ、デビューしてそんなにたってないだろうしな。


 ラーメンがきたので、2人で食う。


「八重樫君、勝手なことをして悪かったな」

「いいですよ。むしろ感謝してます。代わりに部屋を探していただいて」

「そう言ってもらえると助かる。ズルズル」

 麺を啜り、餃子を食う。

 ラーメンは普通だが、餃子はニンニクが効いていて中々美味い。


「しかし、これであそこから脱出できるな。俺は一足先に新しい所にいるが」

「はい」

「引っ越しは手伝うから、一緒に荷物を運ぼうぜ。どこかでリアカーを借りられねぇかなぁ」

「あ、リアカーはいいっすね」

「不動産屋の爺さんに聞いてみるか……」

 飯を食い終わったので、アパートに戻った。

 彼も今月いっぱいで、あの工場を辞めると話していたし、いよいよ本格的に漫画家として始動するわけだ。


 そろそろ俺も始動しないとな。


 ------◇◇◇------


 ――部屋を見つけた次の日。

 八重樫君は仕事に向かった。

 今日、今月末で工場を辞めると工場長に言うらしい。


 俺は朝飯だ。

 仕事には行かないから、朝飯を抜く――と言っても完全に抜くわけじゃない。

 今日は不動産に行かねばならないから、通りまで出る。

 そのときにパンでも食おうと言うのだ。

 部屋でゴロゴロと小説を読んでいると時間になった。


「さて、行くかい」

 畳を持ち上げて金を出す――ハンコはカバンの中。

 外に出て部屋に鍵をかけていると、あの女が出てきた。

 紺のミニスカに白いシャツ姿だ。


「おはようさん」

「……」

 挨拶をしないのか、小声だったのか聞こえなかった。

 まぁ、このアパートからは出るし、どうでもいい。

 俺は路地に出て、いつもアンパンを買っていた店に向かう。

 別にもうアンパンを食う必要はないのだが、他に食いたいものも思い浮かばない。

 元の時代ならコンビニに行けばいろんなものが売っていたのだが、ここじゃ選択肢が少ないしな。

 駄菓子を食うような歳でもねぇし。


 気がつくと、後ろに女がいた。


「おわ! びっくりさせるな。なんだよ」

「……」

 彼女が黙っている。

 なにを考えているかわからん。


「どうした?」

「どこ行くの?」

「今日は不動産屋だ」

「不動産屋?」

「あそこから出るんだよ。いつまでもいられねぇからな」

「そうなんだ……」

 女が悲しそうな顔をしている。

 まさか一回ゴニョゴニョしただけで、情が移ったわけでもあるまい。


 いつもアンパンを買っていた店で今日もパンを買うが、引っ越したらここには来ないだろうな。

 通りの店のほうが近いし。


「朝飯は? パンでも食うか?」

「コクコク」

 彼女がうなずいたので、パンと牛乳を奢ってやった。

 女とパンを食うとか高校生か。

 奥から、店のおばちゃんが出てきた。

 いつも単色の着物に白い割烹着を着ているのだが、こういう格好も昭和を過ぎてから見かけなくなった。


「ちょいとあんた! 仕事は?!」

 毎日ここでパンを買って食っていたので、すっかりと顔見知りだ。


「仕事は辞めたんだよ」

「なんだよ、いい歳して!」

 仕事を辞めたのを責めているのだろう。

 昔はブラックなんて当たり前、仕事を辞めるほうが悪いみたいなところもあった。


「転職するんだよ。今のアパートも引っ越すから、もうこの店には来ないかもな」

「へぇ~――まぁ、がんばんな」

 言われんでも頑張るちゅーの。

 パンを食い終わったので、不動産屋に向かう。

 そろそろ気温も上がってきて少々暑いぐらいだが、地面が舗装されていないせいか、そんなに気温は上がってないように思える。

 ヒートアイランド現象ってのがないんだろうな。


「ふう……」

 一息つくと、女がいる。

 暇なのだろうか?


「お前はなんであんな所にいる? 活動家にゃ見えんが……べつに答えなくてもいいが」

「……学生運動で捕まって、親に勘当された……」

「え?! マジで?! そんな風には見えんがなぁ……」

 こんな普通そうな女でもやるんかい――と思って話を聞いてみた。

 なんのことはない。

 つき合っていた男がそういう男だったので、ズルズルとそっちへ引っ張り込まれてしまったようだ。

 アジトの手入れをくらったときに、彼女だけ逃げ遅れて逮捕。

 それで醒めてしまったらしい。

 恋は盲目とはよくいったものだ。


 それで行く場所がなくなって、あそこか。

 工場に行ってないやつもいるんだな。

 彼女はその代わり、月2000円の家賃を払っているという。


「なんだ、元大学生なのか」

「……うん」

 この時代に娘を大学に入れるなんて結構いい所のお嬢さんのはずだがなぁ。

 その娘が警察の世話になったんじゃ、そりゃ世間体が悪いだろう。


「大学はどこだったんだ?」

「青ヶ森学院大学……」

「え~? 青学かぁ。結構いい所通ってたじゃん」

「……」

「学生運動で授業とかどうなってたんだ?」

「授業なんてほとんどできずに、藤沢に仮校舎があった」

「藤沢って神奈川か。そこで授業やってたんか」

「……うん」

 真面目に勉強しようと大学入った普通の学生たちにはいい迷惑だよなぁ。

 話しながら不動産屋を目指していたのだが――忘れていた。

 あの爺さんに、酒でも持っていってやろうと思っていたんだ。


 酒屋を探して、中に入る。

 これまた全木造の瓦葺きで、文化財になってそうな建物。

 酒蔵の看板が多数ぶら下がっている。

 見ると屋根にTVのアンテナが立っているな。

 やっぱり、少しは金があるところはTVを持っているようだ。


「ちわ~」

「いらっしゃい」

 藍色の着流しに、藍色のエプロンをした中年男性が出てきた。

 中には酒の瓶やら、樽が並んでいる。

 樽の中身は量り売りだろうか。

 店の奥からTVらしき音が聞こえてくる。


「俺は酒を飲まんからわからんのだが、贈り物にしたいから、かなり上等なものがほしいんだ」

 詳しくはないが、この時代には3倍醸造なるものもあったはず。

 そういうのはマズい。

 ガキの頃、めでたいから飲めと言われて酒を飲まされたのだが、なんとも嫌な味がしたのを思い出した。

 親や爺婆の世代は、醤油ドバドバ化調ドバドバ世代だったので、平気だったのだろうか。


「はい、かしこまりました」

 男が奥のほうから一升瓶を持ってきた。

 ラベルに墨で手書きで文字が書いてあるのだが、達筆すぎてわからん。

 とりあえず、特級は解る。


「これなどはいかがでしょう」

「それじゃそれで、いくら?」

「800円です」

 元時代換算だと、8000円相当ってことになるから、かなりいい酒ってことになるだろう。

 店先に並んでいる2級酒ってのは500円と書いてある。

 酒ってのはかなり高いものだったんだな。


 財布から伊藤博文先生を取り出して、一升瓶を受け取った。

 お釣りは当然200円で、消費税がないから簡単だ。

 俺が一升瓶を抱えて酒屋を出ると、女が外で待っていた。

 暇なのか。


 結局女は不動産屋までついてきたのだが、なにを考えているのか解らん。

 中に入ると爺さんに挨拶をした。


「こんちは~いや、まだおはようございますかな?」

「はは、来たな」

「はい、お世話になりましたので、こいつを持ってきました」

 爺さんに一升瓶を手渡した。


「お?! こりゃ特級じゃねぇか!」

 彼はなにを考えたか、封を切るとガラスのコップに酒を注ぎ始める。

 そこに奥から、こめかみになにか貼った婆さんが出てきて怒り出した。


「あんた! 昼にもなってないのに、なにをやってんだい!」

「やかましいわい! こんないい酒をもらったら、味を確かめんことにゃ始まらねぇ!」

「なに言ってんだい、このトンチキ!」

 婆さんに構わず、爺さんがコップの酒を一口飲んだ。


「なんだこりゃ、奢りやがったな! こりゃいい酒だ。取っておかねぇとな、ははは」

「それで、少々お願いしたいことがあるのですが」

「なんだなんだ、なんでも言ってくれ。こんないい酒もらったんじゃ、聞かねぇわけにはいかねぇ」

「引っ越しのときに、リヤカーを貸してくれる所はないですかねぇ」

「あんだそんなことか! それならウチのを使え!」

「いいんですか?」

「おう! 大丈夫だ!」

 酒が回ってきたのか、爺さんは饒舌だ。


「ありがとうございます」

「外で待ってるのは? お前さんの女房か?」

「え? 違いますけど、知りあいですが……」

「なんだ、それじゃ入ってもらえ! おい、上客様に茶だ!」

「はいよ~」

 なぜか、彼女も店の中に入れてお茶をいただく。

 契約書にハンコを押して、最初の手付金を引いた7万4000円を支払った。

 契約書のカーボン写しをもらう――金は前払いをしたので、これで2年間の生活拠点を確保だ。


 俺が出した大金に彼女は驚いているようだが、金を持っているのを知られてしまったな。

 盗みをするような子には見えんが、一応注意したほうがいいか……。


 

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