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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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108話 寒い!


 八重樫君が新しい漫画を描いた――読み切り作品だ。

 いつものように月刊誌の編集に渡したのだが、週刊の編集部に取られてしまった模様。

 別冊の付録として同梱されるようだ。

 どういう評判になるのか、少々気になるところである。

 個人的には、面白いと思うのだが――。

 気になるといえば、主人公が少年ではなくて大人というところだろうか。


 まぁ、少年誌で大ヒットした作品でも、大人が主人公の作品はあった。

 そんなに心配いらないような気がするが――実際に連載を始めるとしたら、主人公を少年にしたほうがいいかもしれない。

 そこら辺は先生も了承済みだ。


 クリエイターに我の強さはある程度必要だと思うが、あまり強すぎるのも考えものだ。

 個人的に発表している芸術ならそれでも構わないが、商業作品は沢山の人々の協力の上に成り立っていることを忘れてはならない。

 もちろん、異論は認める。

 意地でも我を通したい人もいるだろう。

 それを認めてくれる周辺と、そのすべてを自分で被るのであればやぶさかでない。


 昭和40年の師走も徐々に進み、気温も下がると、ストーブを点けることが多くなった。

 2人の漫画家の先生たちは、厚着をして頑張っている。

 単行本の金が入る来年まで、頑張るつもりだろう。

 小中学館から印税の前借りも可能だと言われているのだが、欲しがりません勝つまではを貫くつもりだ。


 八重樫君は傍から見ると、人のよいお坊ちゃまに見えるのだが、意外と芯は強い。

 彼の父親は、地方の建築会社の社長さんだ。

 そこら辺の一部を引き継いでいるのかもしれない。


 12月といえば、有馬記念がある。

 俺が世話になったシンシンザンの最後のレースがあるのだが――買えない。

 人気がありすぎて、多分単勝1.1倍とか元返しとか、そんな感じなのだ。

 普段の新聞も見ても人気のほどが窺えるし、当日も実際に人気になるだろう。

 世話になったから応援馬券も買いたいところだが、儲けにもならない馬券を買うためにぎゅうぎゅう詰めの中山競馬場に行きたくねぇ。

 平成令和ならネットで馬券が買えたから気軽に応援馬券――となったのだが、この時代は違う。


 まぁ、また新聞を眺めて新しい勝負馬を探すさ。


 ――12月中旬すぎの金曜日。


「寒い!」

 朝寒くて、布団から起きた。

 まだ薄暗く、起きたのは俺だけ。

 寝ているヒカルコとコノミも寒いのか、俺にガッチリとひっついている。

 俺の口から吐き出す息が白い。


「こりゃアカン。氷点下になってるだろ」

 水道が凍結してないだろうか?

 ストーブを点けよう。

 1人で起きると、ストーブに火を点けた。


 点けたまま寝るのは危険だが、1時間かそこらで一酸化炭素中毒になることもないだろう。

 それにアルミサッシじゃないから、隙間だらけだしな。

 念のために、玄関のところにストーブを持っていき、布団から離す。


 確認してから、俺は再び布団に潜った。


「ショウイチ!」

 身体を揺すぶられて、俺は二度寝から目を覚ました。

 すでに着替えていたヒカルコが、俺の顔を覗き込んでいる。


「ん?! ああ、おはよう――どうした?」

「水が出ない……」

「え?!」

 飛び起きたのだが、部屋の中はストーブが点いていたので暖かい。

 コノミも起こしてから、すぐに着替えて炊事場に行く。

 寒いので上着も着た。


 そういえば――金魚は大丈夫だったろうか?

 金魚鉢を見ると、じっとしているが、死んではいないようだ。

 下まで完全に凍結――なんてことにならない限り大丈夫なはず。


 外に出ると、玄関の踊り場に置いていたバケツに氷が張っていた。

 こいつは、金魚用の替え水として用意していたものだ。

 氷が張るってことは氷点下になっているのだろう。


「は~寒い!」

 台所でも吐く息が白い。

 炊事場には、紺のドテラを着た矢沢さんもいた。

 彼女の暖かそうなそれは、多分、お母さんの手作りっぽい。


「もしかして、水道が凍結したのか?」

 蛇口が固まっていて回らない。


「そうみたいですね。東京で元栓閉めたりしないでしょうし」

 彼女の故郷の長野でも、寒くなると水道の元栓を閉めたりするようだ。

 地面に埋まっている水道管は凍結することがないから、根本で止めてしまえば上が凍るのは避けられるらしい。

 北海道出身のやつに、そういうことを聞いたことがあったが、まさか東京で凍るとは。

 ヒーターでも巻いていればよかったのだろうが、そんなものは売ってない。


 あ、水道管ヒーターの特許を取ってみるか?

 いやいや、それより水が出ないと朝飯が作れん。


 ここのアパートの廊下は開けっ放しなんだよなぁ。

 一応引き戸がついているのだが、閉じられることは滅多にない。

 集中豪雨とか、台風がきたときとか、そういうときだけな。

 開放されているから、外気が入ってきてしまったのだろう。


「大家さんの所は?」

「下は大丈夫みたいですぅ」

 矢沢さんが、確かめてくれたようだ。


「さて、お湯を沸かして、ぶっかけるか……」

「ああ、長野でもそれをやりますよ」

「ヒカルコ、バケツに水を汲んできてくれ。それから大家さんからデカい鍋を借りてきてくれ」

「コクコク」

「俺は、ストーブを持ってきて、流し台の下を温めてみる」

「コクコク」

「は~、まさか東京で凍るなんてぇ」

 矢沢さんがそう言うってことは、彼女も初体験らしい。


「まぁな。それよりも、水道管が破裂してないだろうな」

「それだと大変ですよ」

 この場合、住民は悪くないよなぁ。

 過失じゃねぇし。

 修理代は、大家さん持ちだと思うが……。

 まぁ、俺が払ってもいいけど。


 それよりも、ストーブだ。

 部屋に戻ってストーブを運び出す。


「コノミ、水が出ないんだ。寒かったら、コートを着てな」

「うん」

 玄関の扉を閉めると――熱いストーブをずりずりと廊下を滑らせていく。

 対震装置などついてないから、動かしても火が消えない。


 あ! ストーブの対震消火装置も、特許出してみるか……。

 いや、それどころじゃねぇ。

 シンクの前にストーブを置くと、ヒカルコと矢沢さんが戻ってきてお湯を沸かし始めた。


「篠原さん、大丈夫ぅ?」

 心配そうにやって来た大家さんだが、彼女もドテラを着ていた。


「蛇口が凍結してしまいましたねぇ。どこまで凍ってるのかが問題ですが……とりあえず、お湯を沸かしてます」

 みんなでバタバタしているので、八重樫くんも起きていたようだ。


「寒いですね! どうしたんですか?」

「水道が凍った」

「ありゃ~、元栓落としたりしませんしねぇ」

 落とすってのは、元栓を閉めることだ。

 北海道出身の知り合いもそう言っていた。


「そうなんだよ」

 まぁそれはいいが、コノミのご飯が困るな。

 冷蔵庫を開ける――牛乳があるし、奮発してバターも買ってある。

 卵と小麦粉もあるから、パンケーキが作れるな。


 この時代にはすでにホットケーキミックスとかいうホットケーキの素が売っている。

 簡単だけど、脱脂粉乳が入っているんで好きじゃないんだよな。

 それにふくらし粉が苦いのだ。


 せっかく材料があるので、俺のオリジナルを焼いてやるか。

 そこにコノミがやって来た。


「ショウイチ、顔を洗いたい……」

「水が出ないから、大家さんのところから水をもらいな」

「うん」

「コノミちゃん、下で洗ってきてもいいわよ」

「どうもすみません」

「コノミちゃんは、学校があるからねぇ」

 コノミが顔を洗っている間に、俺はパンケーキに取りかかる。

 卵を2個、白身と黄身に分けた。


「ショウイチ、なにを作るの?」

「パンケーキだよ。コノミの朝ごはん」

 白身には砂糖を入れて、フルパワーでメレンゲを作り、黄身には小麦粉と牛乳を入れて撹拌する。

 黄身はヒカルコにやらせた。

 同時に飲み物も作る。

 寒いので、牛乳を温めて砂糖を入れてあげよう。


 メレンゲができたら、黄身と軽く混ぜ合わせ生地を作る。

 フライパンを加熱してバターを敷いたら、そこに流し込んで焼く。

 バターの焼けるにおいが炊事場に漂うと、そこにコノミが戻ってきた。


「ワクワク!」

 コノミがフライパンを覗き込んで、焼けるのをじっ~と見ている。


「ああ~、なんかすごく美味しそうなんですけどぉ!」

「篠原さ~ん!」

 先生2人が、ジタバタしている。


「コノミのご飯なんだから、お兄さんお姉さんたちは、我慢しなさい」

「「ぶーぶー!」」

「なんです! 子どものものを取ろうなんて!」

 ついに、大家さんからお小言をもらってしまった。


「「……」」

 怒られて2人がむくれている。

 矢沢さんは高校生ぐらいだから致し方ないところもあるが、八重樫君はいい歳なんだがなぁ。


「矢沢さんは、パンケーキぐらい作れるだろう」

「そんな高そうなの作らないですよぉ」

 そう、高価な卵を2個、牛乳、してこれまた高価なバター。

 え~と卵が20円×2、牛乳が20円、バターが10円分ぐらいか。

 合計で70円だから、平成令和で700円ぐらいか。

 まぁ、超高級なケーキに匹敵するな。


「コノミ、表面にポツポツ穴が空いてきたら、ひっくり返すんだ」

「うん!」

「よっ!」

 俺はフライパンを振って、パンケーキをひっくり返した。


「ショウイチ、すごい!」

「コノミもやればできるようになるぞ」

「うん!」

「相変わらず、篠原さんのお手並みは鮮やかねぇ」

 大家さんが感心しているのだが、なんのことはない。

 未来で、ホットケーキは俺の常食だったからだ。


 平成令和なら卵も安いし、バターもそれほどじゃないし、普通のパン代わりによく食べていた。

 カレーのナン代わりにしたり、惣菜で買ってきた焼きそばやナポリタンを挟んで食べたり。


 一枚焼けたので皿に盛り付けて、バターを載せる。

 食べやすいように十字に切り、ホットミルクもカップに入れてあげた。


「ほい、できたぞ~。これ食べて、学校に行ってな」

 溶けたバターを塗り塗りする。


「うん」

 コノミがパクリとパンケーキを食べた。


「どうだ?」

「えへへ~」

 彼女がニコニコしている。

 美味しいらしい。

 ストーブもここにあるので、ここが一番暖かい。

 今日の朝飯はここで食べてしまう。


「生クリームや、メープルシロップがあればもっと美味いんだがなぁ」

「篠原さん、メープルシロップってなんですか?」

 八重樫君が、ジト目でこちらを見ている。

 パンケーキに未練があるようだ。


「あら、しらんか? サトウカエデの樹液を煮詰めたものだ」

「樹液ですか? 蜂蜜みたいな……?」

「そんな感じだな。輸入品になるだろうから、とんでもない値段だろうなぁ。御徒町辺りならあるかなぁ……」

 平成令和なら、そこら辺で普通に売っていたんだが。


「「……」」

 2人が恨めしそうな顔をしている。

 パンケーキの恨みだ。


「ああ、解った解った! 水道が出たら、材料を買ってきて作ってやるから」

「篠原さん、甘やかしすぎよぉ」

 さすがの大家さんも、これは駄目だと思っているのだろうが、食い物の恨みは怖いからな。


「いいですよ。どのみち買い物に行かないとダメですし」

「もう……仕方ないわねぇ」

 まぁ、先生たちには儲けさせてもらうからな。

 飯を作るぐらいどうってことはねぇ。

 そのうち、モモに仕込んで彼女に作らせればいいし。


 コノミが食べている間に、お湯が沸いた。


「ヒカルコ、水道管にタオルを巻いてくれ」

「解った」

 そこに柄杓で、お湯を浸していく。

 多少なりと、ビショビショになるのが防げるし、タオルに染み込んだお湯で保温することもできる。


 しばらくそのままで、ドボドボとお湯をかけていると、蛇口も回るようになった。

 手で触ってみると、かなり温かくなっている。


「どこまで凍ったのかなぁ。多分、上側だけだと思うんだが……」

 そんなことを言っていると、チョロチョロと水が出始めた。


「あ、出始めましたよ!」

「水が出ればこっちのもんだ」

 水の温度はプラスだから、流れれば氷がどんどん溶ける。

 すぐに勢いよく、水が出始めた。

 水道管を辿って見ても、漏水などはない模様。


「水道管からの漏れはないみたいですねぇ」

「よかったわぁ。壊れたら修理代が高いでしょうし……」

「あ、大家さん、他のアパートはどうですかねぇ?」

「そ、そうねぇ! 下で電話をかけてくるわぁ」

 他のアパートってのは、もちろん彼女が持っている他のアパートだ。

 各アパートには、大家さんが雇っている管理人がいるので対応していると思われるが……。

 破損などすれば、彼女がお金を出して修理しなければならないだろう。

 大家さんが階段を降りていった。


「蛇口の交換ぐらいなら、俺でもできるんだがなぁ」

「篠原さん、そんなこともできるんですか?」

 八重樫君が変なことに感心している。


「パイプレンチとシールテープがあれば、簡単だろ? 先生の親父さんがやっていた建築よりは簡単だ」

「そうでしょうけど……」

 コノミがランドセルを背負って、学校に行くのと行き違いに、モモが出勤してきた。


「おはよう」

「おはようございます」

「ここの水道が凍ってたんだが、そっちのアパートは大丈夫だったか?」

「凍ってました」

「ああ、やっぱり」

 管理人が温めたりしているらしい。

 そこに、大家さんがやってきた。


「篠原さん、他のアパートも水道が凍っちゃったみたいなのよぉ」

「今、モモから聞きました」

「ちょっと他の所も見てくるから」

「解りました」

 他にアパートを3つも持ってるからな。

 なかなか大変だ。


 ――そして10時ごろ。

 店も開いたと思うので、買い物に向かう。

 暖かくなってきたら、金魚も泳いでいた。

 大丈夫そうだ。


 買い物から帰ってくると、パンケーキを作る。

 結局全員分作った。

 もちろん、大家さんやモモの分まで。

 大家さんは、八重樫君たちのことを叱っていたのだが、本人も食べたそうな顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。

 たかがパンケーキだというのに、高価な材料をふんだんに使って、まるでブルジョアの朝食だ。


「もう! こんな美味しいもの作るから、みんなが食べたがるのよぉ!」

 パンケーキを食べた大家さんに理不尽に怒られる。


「すみません」

「でもねぇ――こんな美味しいものを普通に食べられるぐらいに、日本は復興したってことなのよねぇ」

「そうですね……」

 これが、この時代にいる人の正直な感想なのだろうが、俺は未来からやってきたインチキ昭和人なので、ズレているのだろう。

 そこら辺から漂う印象が、変わり者としてとらえられているのかもしれない。


 まぁ作るのは簡単だし、ヒカルコにも教えたので、次からは彼女に作ってもらえばいい。

 今度、サントクに行ったときに、御徒町でメープルシロップを探してこよう。

 多分、目が飛び出るぐらい高いだろうが。


 ――夕方、矢沢さんの漫画原稿を受け取りに相原さんがやってきた。

 八重樫先生の所に寄り、ついでに俺の所に寄ったようだ。


「篠原さん、八重樫先生が描いた読み切り漫画は、正月明けの合併号に付録として同梱されます」

 すっかり俺と八重樫君の窓口は相原さんになってしまっているなぁ。

 今の本当の担当は高坂さんなんだが、あの子にこういう企画を出しても「なんですか、コレ?」とか言われるかもしれないし。

 最近、少々やる気を出しているようだが……。


 ちゃぶ台の前に座っている女史に、ヒカルコがお茶を置いた。

 コノミはもらった本を開いている。


「週刊の編集部の意見はどうでしたか?」

「部外者なので、詳しくは話してくれませんでしたが――上々だったと思いましたよ」

「まぁ、そのあとすぐに先生の所に編集者がやってきて、週刊の連載を頼んでいたからなぁ」

「そうですねぇ」

「まだ、設定を練っている段階だから、その気になるのはもう少しあとになると思うが」

「今回の話も舞台設定が練り込まれているようですし」

「ははは、そういうのを考えているときが、一番楽しいんだよなぁ」

「掲載して売れれば、またムック本を製作できるかもしれませんね」

 その前に、ムサシのムック本が売れるというハードルをクリアしないと駄目だが。

 相原さんに丸投げしてしまった編集作業は順調に進んでいるらしい。

 今はイラストを外注している段階だ。


 当然、イラストを描いているのは、以前サントクの広告を描いたあの子だ。

 でき上がったイラストを少々見せてもらう。


「上手いな!」

 ムサシの船体を輪切りにした図だが、フレームなどが詳細に描かれている。

 八重樫君のようにシャープな切れ味の絵ではないが、丸くて未来のアニメ絵に近い印象だ。

 独自考察されたメカも独特だが――これはこれでいいと思う。


「そうですよねぇ」

「この子は人気が出ると思いますよ」

「私もそう思ってます」

「はぁ~これはいいねぇ」

 その彼は、今のところ原作をつけるつもりはないようだ。

 あくまで自分の考えたストーリーで勝負をしたいのだろう。

 それはそれでいい。


 お話作りに限界を感じたら、筆を折るのも原作をつけてみるのも彼が決めることだ。

 この絵を埋もれさせるのは少々もったいないがな。

 後世に残ってないということは、やはり芽が出なかった可能性大だが……。


 イラストが得意なら、こういうムック本のカットを専門に描くという選択肢もあるし。

 その試金石のためにも、新しく出す本が売れてほしいところだ。

 編集たちには、「連載の漫画の解説本なんて――」と訝しがられているようだし。


 未来じゃそういうのも普通なのに。

 先見の明がない奴らだが、相原さんは違う。

 面白そうと俺の提案に乗ってくれて、編集長とも交渉してくれた。

 普通なら女性編集者の提案などは、一顧だにされないだろうが、彼女は色々と大当たりを引いた実績がある。

 もしかしたら――と編集長も乗ってくれたに違いない。


「ああ、そうだ。このムック本を作っている編集部は、月刊や週刊とも違う所なんですね?」

「そうですね。動物のひみつや植物のひみつなどの科学読本ですかねぇ――普段はそういう児童書を作っている編集部です」

「なるほど」

 そういう本をコノミにもよく買ってあげている。

 いや、俺もそういう本が好きなのだ。

 子どもの頃に読みたかったのだが、買ってもらえなかったので今買っているとも言える。


「その編集長に、ムサシのムック本の企画を持ち込んだら、大変面白いと乗っていただきまして……」

 その人、やり手だな……今にヒット企画を色々と出すと思う。


「それじゃ、編集作業は、その編集部でやっているわけですね」

「そうです。人気作品の舞台裏が解る解説本なんて――すごく面白いと、編集部の評判もいいですよ」

「いままで、こういう本はなかったですからねぇ。この本が売れたら、各社から真似た本が出てくると思いますよ」

 実際、ある長寿アニメの研究本が出たら、次々とそういう本が出版されて、そういうジャンルが確立されてしまった。

 やはり、そういう作品のファンは――ここは作品には描かれていないがどうなっているのだろう――ここの舞台は実際にはどうなっているのだろう――などと興味があるに違いない。

 ある作品に惚れ込めば、さらにその奥が知りたくなるというのは、理解できる心情だ。


「あはは、売れたら真似されるのが常でしょうから……」

 彼女も諦めムードだが、それはしょうがない。

 解説本というジャンルで特許が取れるわけじゃねぇし。

 他の出版社より面白いネタを見つけて、本を作るしかない。


「八重樫先生も、このイラストを見たんですか?」

「はい、素晴らしいとおっしゃってましたが、ちょっと複雑そうな顔をしてましたね」

「それは、悔しいのだと思いますよ。自分より上手く描かれたと思ったんでしょう」

「多分、そうなのだろうと思います」

 今回のムック本は、もちろん彼の許可は取ってあるし、違う人が挿絵を描くことも了承済みだ。

 本当は自分で描きたいのかもしれないが、今の段階じゃ少々無理だし。

 ――そう思っていたのだろうが、殊の外イラストのできがよすぎたのかもしれない。


「それがよい刺激になって、さらにいいものができ上がるかもしれませんし」

「私も、期待しております」

 先生も、そんなことで拗ねるようなタイプではないだろう。

 根性あるしな。

 いいものがあるなら、拗ねるヒマでそこからフィードバックをすればいいのだ。

 そして咀嚼して、自分の中に取り込む。

 彼ならできるだろう。


 相原さんは矢沢さんの原稿を持って、出版社に戻っていった。


 ――相原さんがやって来た次の日。

 今日は土曜日――昨日に引き続き寒いが、大丈夫だ。

 矢沢さんは長野出身で、八重樫君は話を聞くと新潟らしい。

 彼から切り出されたことがなかったので、話したくないのだろうと、出身地を聞いてこなかった。

 寒い所出身の2人の意見を聞いて、水道の寒さ対策をしたので、今日は問題ない。


 コノミを学校に送り出すと、誰かやって来た。


「篠原さ~ん、書留で~す」

 郵便だった。

 受け取って宛先を見ると――特許事務所。


 特許の書類も、篠原未来科学で申請したり名義変更をしてあるのだが――。

 郵便はアパートに送ってもらっている。


 大きな茶色の封筒を開けて中身を取り出すと、洗濯機のごみ取りネットの特許だった。

 一緒に入っていたのが、石油ストーブに使う取り出し式のタンクの特許。

 そういえば、これも特許を取ってたか。

 なにせ、出したのが1年前だからな。


「ごみ取りネットは、サントクさんだな。洗濯機が普及すればドンドン売れるに違いない。石油タンクは――そのまま放置でいいだろう」

 そのうち、タンク式の石油ストーブを作るときに、「あれ? タンクの特許が取られてる」と、なるはず。

 そのときまで待てばいいし、特許を無視して作られたら訴訟を起こす。

 そういうことでいいんじゃね?

 とりあえずは、サントクさんのパテント料だけで、なんとかなりそうだし。

 ムサシの単行本の印税も入ってくるし。


 そうそう、年末に発売されるムサシのレコードの作曲作詞印税も入ってくるな。

 しかしなぁ、鼻歌作曲で作曲印税もらってもいいんだろうか。

 しかもパクリ、ははは。


 まったくもって申し訳ございませんが、俺の成り上がるための糧になってくれ。


 

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