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昭和38年 ~令和最新型のアラフォーが混迷の昭和にタイムスリップしたら~【なろう版】  作者: 朝倉一二三


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105話 お友だちのお父さん


 アパートに滞在していた矢沢さんのお母さんが田舎に帰った。

 矢沢さんが稼いで、お母さんを早く東京に呼べればいいのだが。

 彼女はお金を稼いで電化製品を色々と買ってあげたいらしいが、東京に呼んでからのほうがいいんじゃなかろうか。

 地方で荷物を増やすと、引っ越しのときに大変だろうし。


 コノミの完治のお祝いで、ハンバーグカレーを作った。

 彼女の友だちにも振る舞い好評だったのだが、食えなかった八重樫君がうるさい。

 どうしても食いたいらしいので、材料費を出させてハンバーグカレーを食わせてやった。


「お、美味しいですよ!」「美味いっす!」

 八重樫君の部屋で、彼と一緒にアシの五十嵐君が、涙を流して食べている。

 美味いらしいが、そんなにか?


「それ、レストランやら洋食屋で食べたら、目が飛び出る値段になるぞ」

「解りますよ。材料費だけでもあれですし」

 この時代、まずは肉がべらぼうに高いしな。

 とりあえず肉が入っていれば、なんでも高級なんだから。

 金持ちの息子でも、俺が作ったようなハンバーグは初めて食ったようだ。


 そういえば――俺が本格的なハンバーグを食べたのは、ファミレスだったはず。

 この時代、それっぽい店を見ることはない。

 もしかして、創業1号店みたいな感じで歴史が始まっているのかもしれないが、近くでは見かけない。

 あと10年ぐらいたつと、ファミレスもメジャーになるだろうか?


 一緒に食べたがっていた矢沢さんは、肉代の高さに辞退した。

 こちらをチラチラしていたが、さすがに贅沢までは面倒はみきれん。

 それでも、ぐっと贅沢を我慢するのは、さすが彼女だ。

 欲しがりませんカツまでは――を徹底している。


 ――週が明けて火曜日。

 金庫を設置するための、コンクリ打ちの日だ。

 秘密基地で待っていると、オート三輪に道具を積んだ職人がやって来た。

 人数は1人だが、ほんの狭いスペースにコンクリを入れるだけなので、問題ないはず。


「……」

 頭にはちまきをして、灰色のジャンパーを着た、寡黙な男性。

 歳は俺より若いか。

 短い頭に、日焼けをしている。

 夏の間もずっと外で作業をしていたのだろう。


「よろしくお願いします~」

「……場所を見せてもらえますかい?」

「はいはい」

 建物の隙間を通って裏に行く。

 狭いが金庫は通れるだろう。

 バラックの小屋に案内した。

 一応、中は片付けてスペースを確保してある。

 男が、腰の道具入れから、折りたたみの黄色い定規を出して、寸法を測り始めた。

 多分、巻取式のメジャーとか、まだないんだろうな。


「……解りました――始めます」

 そういうと男は、オート三輪に戻って荷台から船と材料を降ろして混ぜ合わせ始めた。

 広い場所の工事なら撹拌機などがいるだろうが、狭い所なので手で混ぜるぐらいの材料で問題ないだろう。


「あの……水をもらえますかい?」

「ああ、どうぞどうぞ」

 戸を開けて、流しに案内した。

 オケに水を一杯に入れて、船に流し込むとクワのような道具で混ぜ始めた。


「……」

 彼がこちらを見ている。


「なんでしょう?」

「篠原さん……ですか?」

「はい? 篠原ですが……」

「小学生のお子さんがいます?」

「女の子がいますけど……なにか?」

「俺……野村といいます」

 はて――あ、もしかして。


「もしかして、野村さんのお父さん?」

「ペコリ」

 彼が、材料を混ぜながら頭を下げた。


「野村さんのお父さん、左官の職人さんだったんですね」

「……ウチのユミコがいつもお世話になっております」

「いえいえ、いつもコノミと仲良くしていただいて、ありがとうございます」

 野村さん、俺と結婚したいとか言ってたけど、子どもの冗談だとしてもそんなこと親に言ってないだろうな。

 ちょっと寡黙な人だが、難しいタイプではなさそうだ。

 でも、こういう人でも酒が入ったりすると、途端に凶暴になったりするから解らんが。


「お酒さえ、飲まなきゃいい人なんだけどねぇ」――という人は、マジで実在する。

 しばらく彼が黙っていたのだが、口を開いた。


「……カレー、美味かったです」

「え?! か、家族で食べるには、量が少なかったんじゃありませんか?」

「ウチのが、小麦粉を入れてかさ増しをしまして」

 それだと、学校のカレーみたいな感じだろうなぁ。


「なるほど~、ウチのアパートでたまに大量に作って、住民みんなで食べるんですよ、ははは」

「……」

 話が続かない。


「景気はどうですか? かなり良くなっていると聞きますけど」

「……仕事が回らなくて、休んでいるヒマもありません」

 それだけ、働ければ稼げるってことになるが。


「デカいビルがドンドン建ってますから、もっと景気がよくなるでしょうねぇ。あと20年もすれば、外国と肩を並べるぐらいになると思いますよ」

「……そうなれば、俺たちの仕事の甲斐があったってもんだ」

「そうですなぁ」


 俺が見ていると、仕事がやりづらそうなので、家の中に戻って仕事をすることにした。

 書き物をしていると、外を往復している音がする。

 しばらくすると、戸がノックされた。


「は~い」

「……終わりました」

 相変わらず寡黙だ。

 一緒に裏に見に行くと、しっかりとコンクリが打たれていた。


「養生に一ヶ月ぐらいかかるって話でしたけど」

「……はい、重たいものを載せるなら、そのぐらい置いたほうがいいです」

 それにこれから、気温が下がるしな。

 養生というのは化学反応だから、気温が低いと進みが遅くなる。


「解りました。ありがとうございました」

 2人で玄関まで戻ってくると、再び野村さんが頭を下げた。


「ユミコのことをよろしくお願いいたします」

「いえいえ、こちらこそ」

 彼がオート三輪に乗ると、帰っていった。


「ふ~、それじゃ金庫が入るのは1ヶ月あとか」

 仕方ない――コンクリが固まるのは時間がかかるからな。


 少々早いが、アパートに戻ることにした。


「ただいま~」

「「「おかえりなさ~い!」」」

 子どもたちの元気な声が出迎えてくれる。

 コノミの友だちがまたいたのだ。

 当然、野村さんもいる。


「お、野村さん。野村さんのお父さんに会ったよ」

「え?!」

「職人さんだったんだね」

「……!」

 彼女が顔を隠している。

 恥ずかしいのだろうか?


「別に恥ずかしがることはないだろ? 職人さんがたくさん働いてくれているから、ビルとか家とかたくさん建っているわけだし」

「……うん」

「でも、景気がよくなると忙しくなるから、休みがなくなるのは大変だなぁ」

 この時代、家族サービスなんて二の次。

 モーレツモーレツの時代だしなぁ。


「お~モーレツぅ♡!」なんてCMもあったし。


「でもね、今度ウチも引っ越しするんだよ」

「野村さん、もしかして転校しちゃうのかい?」

 コノミをはじめとして、他の子たちは驚いていないので、もうその話は知っているのだろう。


「違うよ。もっと大きなウチに引っ越しするの!」

「ああ、なるほど――そうなんだ」

「うん」

 確かに、あそこに一家5人はかなり狭いだろう。

 せめて2LDK ぐらいは欲しい。

 景気がよくなったので、職人も金回りがよくなってきたのかもしれない。


「やったじゃないか。野村さんのお家でも、いつもカレーを食べられるようになるかもよ」

「うん! 最近、お父さんがたくさん働いてくれるって、お母さんも喜んでる!」

 彼女の話では、父親は他の職人と喧嘩をして帰ってきたりして、家にいることが多かったようだ。

 確かに、職人ってのはそういう人もいるからなぁ。


「へ~」

「それに、最近はお酒もあまり飲まなくなったし」

「やっぱり、お酒の飲み過ぎは身体にもよくないからねぇ」

「うん」

 職人なら給料が高いはずだから、順調に働けば、それなりの暮らしができるんじゃないだろうか。


「それじゃ、洗濯機やTVが、野村さんちにもやってくるのかもしれないのか」

「えへへ……」

「鈴木さんちは、TVはあるんだよね」

「あります」

 前にちょっと聞いたな。

 電話もあるし、やっぱり高給取りだよな。


「ウチも、広い所に引っ越したら、TVを買いたいんだよねぇ」

「コノミちゃんも引っ越すの?」

 女の子たちが心配そうだ。


「引っ越しても近所だよ。学校は変わらないはず。コノミもせっかくできたお友だちと離れるのは嫌だろうし」

「うん」

 コノミがうなずいた。


「よかった!」

「でも、来年になると、クラス替えがあるだろうから。バラバラになる可能性があるんだよねぇ」

「「「……」」」

 それは彼女たちも理解しているだろう。

 いままで、毎年繰り返してきたわけだし。


「でも、鈴木さんみたいに、クラスも学年も違うのにお友だちになってくれる子もいるから」

 まぁ、せっかくなかよしになったのに、別れるのはつらかろうが、新しい出会いから新しい親友ができることもある。

 親友どころか、コノミの彼氏を紹介されたりして。

 一目会ったその日から! ――コノミにもそういう日が来るのかねぇ。


 それじゃ俺も――「キサマのようなやつに、コノミはやれん!」って言わないとな。

 彼女がどういう人生を歩むかは不明だが、いままでを帳消しするぐらい幸せになってくれればなぁ――と思う。


 ――それから数日あと。

 コノミを学校に送り出したあと、廊下の電話がなった。

 電話番をしているモモが呼びにきたのだが、ヒカルコあての電話らしい。

 部屋を出ていた彼女が、しばらくすると戻ってきた。

 今日はちょっと寒いのか、彼女はセーターを着てる。

 ちょっと上等なものに見えたので、どこぞで買ってきたのだろう。


「新しい仕事の話か?」

「違う、献本を送ったからって言ってた」

「へ~、初版でどのぐらい刷ったか聞いたか?」

「5万だって……」

「やったじゃん! 立派な小説家の仲間入りだな」

「……」

 ヒカルコが不安そうな表情をして、こちらを見ている。


「心配しなくても、お前には才能があるから大丈夫だろ」

「……そうじゃなくて……」

「あん? なんだ? ……ああ、一人前になったから、おん出されるかと思ったか?」

「……」

「籍入れるか――って話しているのに、追い出すわけがないだろう」

 それなら、さっさと名前を書いて出せばいいのに。


「……ちがう」

「あ~はいはい、俺がお前らを置いて、どこかに行くんじゃないかと心配しているんだろ? そんなことはないっての」

「……」

 彼女は黙っている。

 信用されてねぇな。


 いつも思っているとおり、そのつもりがなくても、強制的に戻されたり飛ばされたりする可能性はある。

 俺も常にその心配をしているから、色々と対策をしているんだ。

 本当のことは言えねぇがな。

 俺が消えたら、金庫の中に入れるつもりの極秘ノートを見ればいい。


「それと、買った金庫の番号をお前にも教えておくからな」

「……いらない」

「おいおい、なにかあったら困るだろ? 金庫が開かなくなるぞ?」

「……やだ」

 まったく意味がわからん。


「それじゃ、番号を書いた紙を、文机の引き出しの中に入れておくからな」

「……」

「それから――おまえ婚姻届はどうするんだ? あのままコノミにあずけておくのか?」

「……」

 彼女が口を尖らせて拗ねたような顔をしている。


「まぁ、俺としてはコノミに財産残せればいいわけだから、彼女と入籍でもいいけどな」

 ちょっと意地悪を言うようだが、別にコノミをマジで嫁にするとか、そういうのではない。

 前も養子にしようかと考えたのだが、マジで遠い親戚ならともかく、まったく赤の他人だからな。

 養子縁組を申請して、通るのかどうか。


 そもそも、肝心のコノミにそのつもりがないみたいだし。

 もう、親というものに希望を持ってないのかもしれないが。

 そうなれば、入籍しちまうのが手っ取り早い。


 まぁ、そのときにはコノミも心変わりしているかもしれないなぁ。


「その気があるなら、役所から書類を取ってこいよ?」

「……」

 なにを考えているやら。


 ヒカルコと話していると、階段から声が聞こえてきた。


「篠原さ~ん」

「は~い」

 出ると、郵便屋だった。

 小包だが、宛先はヒカルコが書いている出版社。

 ずっしりと重い荷物の中身は、さっき話に出た本だろう。

 著作物は俺の起こした会社で管理することになっているが、本などはアパートに送ってもらうことになっている。

 普段、あそこは誰もいないからな。


 包みを開くと、俺の予想どおり本が出てきた。

 紙のケースに入った、ハードカバーの本格的な装丁の本だ。

 ケースから本を出すと、真っ赤な表紙が出てきた。


「え~と、10冊……かな?」

「すげー! ハードカバーの本なんて、俺も出したことねぇよ」

 うっかりと口に出してしまったのだが、未来で売れない小説家だったときも、ハードカバーの本なんて出したことがなかった。


 また、田端康成大先生が、紹介文を書いてくれている。

 この人、ヒカルコを狙ってるんじゃないだろうな?


「ヒカルコ――出版社に、『旦那と子どもがいます』ってちゃんと言ってあるか?」

「大丈夫、言ってある」

 言ってあるなら、大丈夫か。


「はは、そうしないと、男がうじゃうじゃ寄ってくるからな」

 若い女で、売れっ子小説家――誘蛾灯だ。

 虫を積極的に誘い込んで叩く――電撃殺虫機みたいな女なら心配することはないのだろうが、こいつは違う。


「うん」

 それでも信用ならないのが、文壇の連中だ。

 女に手を出しまくり、借金しまくり。

 偉そうなことを書いているやつが、DVで女房をボコボコにしてたりとかな。


 まぁ、それはおいておいて本の裏を見る――値段は380円だ。

 かなり高い。

 100円出せば飯が食える時代に380円。

 よほど、本好きじゃないと買わないだろうなぁ。


 う~ん、印税は一割だから、38円×5万部で、190万円か。

 平成令和だと1900万円、いやちょっとインフレしつつあるから、1800万円相当ぐらいか。


「やったな、ヒカルコ。印税だけで190万円ぐらい入ってくるぞ」

 その明細が入っていたので、彼女に見せてやる。


「ぴゃ!」

 彼女が驚いている。


「なにを驚いているんだ。金の計算をしてなかったのか?」

「ショウイチの会社に振り込むようにしててよかった……」

「ははは、重版すればもっとはいってくるしな」

 一応、俺の作った会社が、ヒカルコの執筆する印刷物に関して出版社とプロダクション契約した――ということになっている。

 出版社から会社の口座に振り込まれて、そこから彼女に給料と役員報酬が支払われるというわけだ。


 すでに社会保険や、厚生年金にも入っている。

 小説家には、日本文藝家協会というものがあって、そこに加入すると文芸美術国民健康保険組合に入れる。

 普通の国民保険より安いという話だ。

 まぁ、もう社会保険があるからいらないが。


 この時代、出版社は儲かってるんだろうか。

 小中学館もビルを建ててるって話だったしなぁ。

 ヒカルコの本が380円で、出版取次への卸値が約60%って聞いたことがあるから――。

 380円×60%=228円×5万部で、1140万円か。

 平成令和だと、約1億円――確かに儲かるか。

 まぁ、当たればって話だろうが。


 物価に比べて原稿料が結構高いなぁ、と思っていたのだが、当たれば儲かる商売なのか。

 ――ということは、俺の本もそれなりに金になっていたのかもしれないな。

 あの会社は、原稿は買い取りで印税も払ってないしな。


 そうは言っても出版社全部が儲かっているわけではない。

 廃刊になる雑誌、潰れる出版社があるのは、未来と変わらない。

 俺はハードカバーの本を取った。


「献本は先生たちにあげてもいいんだろ?」

「うん」

 廊下に出て八重樫くんの所をノックする。


「は~い」

 戸を開けたら、モモが出てきた。

 作業を手伝っているらしく、先生は机に向かったままだ。


「先生、忙しいところ、すまんね。これ、ヒカルコが書いた本が出たからさ」

 モモに本を渡した。


「え?! ヒカルコさんの本ですか?」

 アシの五十嵐君が反応した。


「まぁ、評判はいいみたいだぞ。ほら、超有名な大先生の推薦もあるし」

「へぇ~」

 彼が興味があるようなので、モモから本を渡してもらった。


「スミマセン、原稿が上がったら読ませてもらいます」

 彼は、背中を向けたまま、原稿に向かい必死にペンを走らせている。


「はは――まぁ、無理に読まなくてもいいから。純文学なんて、興味がある人だけ読んで貰えれば」

 八重樫くんの部屋を出ると、次は矢沢さんの部屋を訪れた。


「え~!? ヒカルコさんの本ですか?!」

「そうなんだよ」

「す、すごい立派な本ですねぇ。入れ物に入っているし、表紙は分厚いですし……」

 彼女は、本をケースから出して表紙をめくった。


「はは、そりゃ図書館に並んだりするような本だからなぁ。値段も高いし」

「はい」

「まぁ、興味が湧いたら読んでみてくれ。恋愛小説らしいので、少女漫画の参考になるかもしれないぞ」

「わかりました!」

 ついでに彼女にもう一冊手渡し、大家さんにも渡してもらうことにした。


「ふ~」

 部屋に戻って考えごとをしていると、ヒカルコが俺の膝の上に身体を預けてくる。


「ゴロゴロ……」

「なんだよ~まるで、デカい猫だな」

「な~ん」

 鳴き真似をしているので、セーターを着た背中をなでてやる。

 こういうことをするのに、籍を入れるのは嫌らしい。

 本気で俺がいなくなると思っているんだろうなぁ。


 彼女もその気なので、布団を敷いてゴニョゴニョする。

 若い男なら、こんな反応されたら朝から晩までやりまくりなんだろうが、こっちはオッサンだからな。


 グッタリしているヒカルコを寝かせたまま、毛布をかけた。

 彼女が正気に戻るまで、俺はムサシのムック本の仕事をするか……。


「ん~」

 ヒカルコが目覚めたのか、伸びをして俺の膝の上に腹を乗せている。

 ちょうど右手の所に彼女の尻があるので、なでなでしてみた。


「お~い、正気に戻ったのなら、どいてくれ。お前も仕事しなくてもいいのか?」

「ゴロゴロ……」

 彼女が俺の膝の上でゴロゴロしている。

 本が一冊出たので、仕事の合間なのか、新しい連載のネタを考えているのかもしれない。

 金は入ってくるし、彼女の貯金にはほとんど手をつけていない。

 慌てて仕事をする必要もないのだろう。


 出版社からは、せっつかれているのかもしれないがな。

 ヒカルコは、自分の仕事の話をまったくしないので、どうなっているのかさっぱりと解らん。

 編集との打ち合わせも、外でやっているし。


 ――それから数日たち、八重樫君の原稿ができあがったようで、高坂さんが取りにきた。

 ムサシが連載されている月刊誌の注文が増えているらしく、またちょっと締め切りが早まったようだ。

 ――とはいっても、モモがずっと手伝ったりしているので、作業には余裕があるらしい。

 枠線引いたり、ベタをやってくれるだけでもかなり助かると言っていた。


 仕事が一段落ついたようなので、俺が作っているムック本の原稿をチェックしてもらう。


「へぇ~、ここはこうなってたんですねぇ」

「一応、今まで描いてきた漫画の描写とは矛盾がないはずだよ」

 もちろん、彼が設定していた内容も盛り込んである。


「本になったら、参考にさせていただきます」

「設定をあんまり入れるのは駄目だぞ? ほんのちょっと、隠し味程度にな」

「わかってます」


 先生があまり余裕を見せると、週刊にも描いてくれって編集に言われそうだけどな。

 まぁ、そこら辺は先生が決めることなので、俺は口出しできない。

 彼がやるといえば、止める権限はないのだ。

 使えそうなネタがあれば提供するしな。


 しかしなぁ――週刊のネタかぁ。

 もしも連載するとなれば、なにがいいだろうなぁ。

 彼はSFが好きなようだからな。

 宇宙海賊ものか? それとも銀河鉄道?

 のちのブームからすれば、銀河鉄道のほうが可能性がありそうだが……。


 ムサシの単行本の初版も捌けて、重版がかかっている。

 順調な滑り出しだ。

 これだと、本当にアニメ化の話が来るかもしれないなぁ。


 そうそう、年末に主題歌のレコードもでるらしいしな。

 さらにブーストがかかるか?


 考え事をしていると、階段をバタバタと上ってくる音がする。

 慌ててるっぽいが――多分、八重樫くんだと思う。

 外に出かけていたようなのだが、戻ってきたのだろう。

 あまり音を立てると、大家さんにお小言をもらうぞ。


「篠原さん!」

 やっぱり八重樫くんが、戸をノックしている。

 慌てているようなのだが、いったいどうしたのだろうか?


 あんまりいい話じゃないような気がするが……。


 

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