103話 金庫
やっとコノミの麻疹が治った。
子どもの病気ってのは、本当に大変なんだな。
親の苦労がこの歳になってわかった気がするわ。
病気が治ったことで、学校に行けるコノミは喜んでいる。
普通の子どもなら学校を休めて喜ぶところなのだが、彼女は違う。
普通の子どもなら通えた学校にずっと通えず、その普通の生活にあこがれていた女の子なのだ。
10日近くも休んだので、勉強の遅れが少々気になるが、小学の授業なら大丈夫だろう。
俺やヒカルコでも教えてあげられるしな。
彼女にとっては教科書も本――自分の知らないことを教えてくれる大切なものなのだ。
――とはいえ、今日は金曜日なので、明日は土曜で半ドン。
その次は日曜日でまた休みだ。
――暦はとっくに12月、師走になっている。
もう12月だよ。
いつも話しているが、1年があっという間に過ぎてしまう。
光陰矢の如しで、それが年々加速する。
多分、老いて死ぬ間際の1年は、一瞬で終わってしまうんだろうな。
俺はコノミを学校に送り出すと、電話帳をめくり始めた。
モモはいないが、八重樫君の所で手伝いをしている。
寒くなってきたので、彼女の暖房をどうしようかと思っていたら、大家さんが使わない火鉢を貸してくれた。
昔はこれで暖を取っていたらしい。
そういえば、秘密基地にも火鉢がある。
元の持ち主の婆さんが使っていたものだ。
モモの火鉢は借り物だが、燃料の炭代は俺が出している。
「か、き、き、きんこ――」
そう、会社の重要なものや、私物で重要なものを入れるために金庫を買う。
人に観られちゃいけないスマホとか、拳銃とかな。
スマホと言えば――コノミが持っているものもあるのだが、あれも「人に見せちゃいけない」と言い聞かせ、彼女に秘匿させている。
まぁ、女の子の宝箱の中をわざわざ漁るやつもいないだろう。
電池も切れているし、タダのガラスの板だからな。
「ここでいいだろう」
なるべく近くのほうがいい。
同じ区内に金庫を扱っている店があった。
平成令和にはホムセンなどに集約されてしまったが、昭和にはこういう個人商店がたくさんあるわけだ。
早速電話をかける。
「あ~、もしもし、そちらで金庫を扱っていると電話帳で拝見して、お電話したのですが」
『……』
「あ~、はいはい。大きさを確認したいのですが、現物って置いてますかねぇ?」
『……』
「置いてますか。近くに住んでいるのですが、今から伺ってもよろしいですかね?」
『……』
「そうですか、それではよろしくお願いいたします。私、篠原と申します」
『……』
「はい、失礼いたします」
置いてあるらしいので、早速に見に行くか。
部屋に戻って出かける準備をする。
「ヒカルコ、ちょっと商店街に行ってくる。なにか買うものはあるか?」
金庫を扱っている店は、いつも行く国鉄側の商店街の近くにあるらしい。
「私も行く」
彼女が買い物カゴを出した。
「そうか」
ずっとコノミの看病してて、家にいたからなぁ。
買い物は全部俺がしてたし。
着替えて部屋の外に出る。
今日は天気はいいが、ちょっと肌寒いので上着を着た。
2人で階段を降りようとすると、呼び止められる。
「あら? お出かけですか?」
廊下に顔を出したのは、矢沢さんのお母さんだ。
明日帰るらしい。
「はい、ちょっと国鉄方面の商店街まで」
「ご一緒してもいいかしら?」
「どうぞ~」
「よかった、ちょうどヒマしてたんですよぉ」
矢沢さんは仕事だし、自分の家じゃないのに掃除をしたりしていたのだが、やることがなくなったのだろう。
ここにはTVもラジオもないからな。
矢沢さんは持ってないと思うが、八重樫君は小さなラジオを買ったようだ。
作業をしながら音楽を流したりしている。
絵ならラジオを聞きながら描けるだろうが、俺は駄目だなぁ。
ヒカルコも文章を書くときには静かなほうがいいらしい。
俺とヒカルコが仕事をしているときには、コノミは黙って本を読んでいる。
それゆえ、ウチにラジオはないのだ。
それでも、ウチにラジオやTVがやってきたらコノミはかじりつくのだろうか?
「む~」
ヒカルコがむくれている。
俺と2人でお出かけと思ったら、矢沢さんのお母さんがいるからだろう。
「明日帰るっていう話なのに、駄目とは言えんだろう?」
「……」
ヒカルコと話しているとお母さんがやって来た。
「着物は大変そうですね」
「でもこれ、一張羅なんで、これしか持ってないのですよ」
彼女は縦縞模様の着物の襟を大事そうになでた。
他は全部、食料の買い出しのときに物々交換に使ったりしてしまったようだ。
ガチなので冗談も言えないし、イジることもできない。
「そのうち矢沢さんが、漫画で稼いで色々と買ってくれますよ」
「そうだといいんですけどねぇ……」
「多分、ここらへんに家も買ったりするんじゃないですか?」
「でも、この一帯って高いんじゃないですか?」
「このまま景気がよくなれば、ぐんと上昇するでしょうけど、とりあえず土地だけ買ってしまうという手もあります」
「はぁ、なるほど……私は学がないから、そういうのはまったく解らなくて……あの、篠原さん」
「は、はい」
「あの……娘のことをよろしくお願いいたします」
お母さんが頭を下げた。
「いやいや、それじゃ嫁にもらうみたいじゃないですか? ははは」
「篠原さんがその気なら……」
「駄目に決まってるでしょ!」
俺にひっついていたヒカルコが大声を上げた――めずらしい。
「矢沢さんは、男なんて信用できないって話だったのでは……?」
「いいえ、1週間ほど見てきましたが、篠原さんなら大丈夫です!」
1週間ぐらいじゃ、根拠にはならないと思うんだがなぁ。
1年かけても、結婚詐欺師に騙されるやつは、騙されるし。
それにしても、そうと決めたら猪突猛進っぷりが、矢沢さんによく似ている。
いや、矢沢さんがお母さんに似ているのだろうけど、やっぱり、そういう性格なのだろう。
怖いもの知らずというか、無鉄砲というか。
「む~」
ヒカルコが警戒しているのだが、矢沢さんに手を出すつもりはまったくない。
「ははは、大丈夫と言われても困りますよ。それでも大人なので、若者の面倒は見るつもりですけどね」
「よろしくお願いいたします」
まぁ、俺にはヒカルコがいて、コノミもいるのだから、無理やり突っ込んでくるつもりはないようだ。
矢沢さんと知り合ったときには、すでにヒカルコがいた。
俺が結婚していると思っていたはずだが――大家さんも最初から夫婦として接してくれていたし。
事情を知っているのは八重樫君だが、彼がそういう話を矢沢さんとするとも思えないし。
そういえば、相原さんには籍を入れてないのがバレてしまったな。
彼女が矢沢さんに話したのだろうか?
話したとしても、今更なにかが変わるわけではないのだが。
俺も変えるつもりはないしな。
「そうだ、コノミのことで後回しになっていたけど、ヒカルコ」
「なに?」
「暇をみて――お歳暮を適当に見繕って、送っておいてくれ」
「わかった」
前の大家さん――また、モモのことで世話になってしまったし……送ったほうがいいだろう。
最初の弁護士は――もう縁が切れたはず。
一番大事なのは、サントクの社長さんぐらいか。
大家さんや相原さんは、要らないっぽいしなぁ。
税理士は確定申告だけの付き合いだし……。
3人で商店街にやってきた。
「私は用事がありますので、この商店街にいてください」
「はい、わかりました」
まぁ、俺の金庫の話につきあわす必要はないしな。
ヒカルコも買い物をするようだ。
食費などは渡してあるし、彼女が自分で欲しいものは自分で出す。
例外はコノミの服で、それはヒカルコが出している。
俺は2人を見送ると、商店街から路地に入った。
「番地からすると、ここらへんなのだが……」
番地というのは、ぐるりと回り込むように設定されている。
実際に、役人が歩きながら番地の番号を振ったので、そうなっているわけだ。
「ここか……」
路地の上方に、縦の看板が出てきた。
こういうときには看板は便利だよな。
店――なのか?
正面には大きなガラスが入った、両側に開く引き戸だけ。
ショウウィンドウもないのだが、看板が出ているので、ここで金庫を扱っているのは間違いないのだろう。
とりあえず中に入ってみた。
「ちわ~」
「は~い」
中にいたのは、ワイシャツに縦縞のベストを着た中年の男性。
丸い眼鏡に、髪を真ん中わけにしている。
「先程電話した、篠原と申しますが」
「はい、金庫をお探しのお客様ですねぇ」
「そうです」
コンクリを敷いた元土間らしき所に、黒い金庫がいくつか置かれていた。
平成令和だとデジタル式のようなものもあったと思うが、この時代にはもちろんそんなものはない。
全部、アナログのダイヤル式だ。
泥棒アニメで、盗人が金庫に耳をつけてクルクルしているやつだな。
あのアニメの真似をして、実家にあった古い金庫のダイヤルを回してみたことがあったのだが、当然そんなもので開くはずがない。
あたり前◯のクラッカーだ。
大きさが色々とあるのだが、もちろん超巨大なものは必要ない。
最低限、俺がゲットした銃が入る大きさが欲しいところだ。
俺はすぐに決めた。
高さが50cmぐらいのタイプだ。
このぐらいの容量があれば十分だろう。
「こいつにしたいんだが……」
「はい50Lのタイプですねぇ」
手で押してみるが、びくともしない。
多分、100kgぐらいあるから、とてもじゃないが自分で運んだりは不可能だ。
「設置までしてもらえるだろうか?」
「ええ、もちろんです! 搬入費用はいただきますが……」
「それは承知しているんだが、下が土間なんだがやっぱりまずいかな?」
「土間はマズいですなぁ。やっぱり最低限コンクリなどで補強しないといけません」
「そういう施工もしてもらえるんだろうか?」
「はい、もちろんです!」
とりあえず現場を見たいということだが、おおよそで3万円ぐらいの予算になるらしい。
金庫より、土間の工事のほうが高い。
まぁ、手間賃がかかるからなぁ――仕方ない、頼むことにした。
転ばぬ先の杖ってやつだし。
「正式な見積もりを出したいので、設置場所を拝見したいのですが……」
「ああ、いつでもどうぞ」
「それでは、今日の夕方では?」
「構わないが――大丈夫かい?」
「善は急げと申しますし」
彼が揉み手をしている。
男に俺の名刺を渡して、見積もりをしてもらうことにした。
「大きな白い家の隣にある、ボロ屋なのですぐに解ると思いますよ」
「かしこまりました」
見積もりは無料のようだ。
金はかかるが仕方ない。
なにせ「人前で金や財布を見せるな」という、物騒な時代だからな。
金庫屋を出て、商店街に戻る。
ヒカルコたちを探さないと。
一緒なのか、それとも別々に行動しているのか。
とりあえず、人混みの中を歩いてみることにした。
さすがに12月、厚着をしている人が増えた。
暑いとみんな薄着なので解らなかったが、今はアイビールックとかいうのが流行っているらしい。
そして、女性に多いのはパンタロンだ。
平成令和だと、12月に入るとクリスマスナントカやらの飾り付けが始まったりするが、この時代はそんなことはない。
どこにいるのだろうなぁ――と、2人を探していると、見つけた。
「そんな心配しなくても、篠原さんを取ったりはしませんよ、あはは」
「取られてたまるか!」
2人で歩きながらギャアギャアしている。
ヒカルコが感情を露わにするのは珍しい。
本当に、矢沢さんのお母さんみたいなタイプは苦手らしい。
取られたくないなら、婚姻届を出せばいいのに。
まぁ、籍を入れたからといっても、それが絶対になるわけじゃないが。
あいつがその気になれば、コノミが持っている用紙を取り上げるか――いや、それをしたらコノミが怒るな。
前にも思ったが、ヒカルコが区役所に行って、用紙をもらってきて名前を書き込めばいい。
そうすれば俺も名前を書いてやるし。
保証人は大家さんがなってくれるだろう。
「お~い」
「あ、篠原さん!」
「買い物は済みましたか?」
ヒカルコは、持ってきたカゴに色々と入れている。
「お土産を買おうとしたのですが、なにを買ったらいいんでしょうねぇ?」
「カモメバスに乗ったときには、買わなかったんですか?」
「それは買ったのですが……」
「銀座千年堂とか、ひよこ屋本舗とか、電話は2番のカステラ屋とか……」
「みんなお菓子ばっかり」
ヒカルコのツッコミが入った。
「うまい、うますぎる! ってのもあったが」
「しらない」
「そうか、あれは埼玉のお菓子屋だからなぁ」
あのTVCMはまだ流れてないのか。
「そういうのじゃなくて、親しい人にこんなものもあるんですよ――みたいな感じで」
お母さんが言うのは、箱に入ったガチのお土産じゃなくて、ちょっとしたネタ的なものだろう。
「う~ん? 俺が作った爪切りはどうですか?」
「それも買いました」
他になにかあるかな? ――と、しばらく考えて、お母さんを店の前に連れていった。
「もしかして、地方でも売っているかもしれませんが、最近売りに出されたリンスはどうですかねぇ」
ここは以前、俺がリンスを買った店だ。
あのあと、矢沢さんの話では売り切れが多かったようだが、増産したのだろうか?
「ああ、娘にもらってお風呂で使ってみました。髪がサラサラになるんですよね」
「ええ」
「これはいいかもしれません!」
そう言うと、お母さんはリンスを5本ほど買った。
着物の袖から風呂敷を出すと、それを包んでニコニコしている。
着物に風呂敷ってのは似合うなぁ。
それに着物の袖ってのは便利なんだよな。
着付けは大変そうだが。
「それでいいんですか?」
「はい、いいお土産ができました。ありがとうございます」
「ははは」
まぁ、本人がそれでいいというなら、いいのだろう。
買い物も終わったので、そのままアパートに向かって歩き始めたのだが……。
「なんでしょうねぇ、あの格好は……? ラッパみたいなズボンで」
お母さんが気になるのは、パンタロンらしい。
彼女の言うとおり、昔はラッパズボンと呼ばれていた。
「はは、あれが最近の流行りなんですよ」
「そうなんですか?」
どうも彼女は、ベルボトムが気にいらないらしい。
「若いやつのやることに腹を立てるようになったら、歳をく……おっと、失礼」
「まぁ、ひどい」
「ショウイチはそういうこと言わない」
「言わないなぁ。基本、他人のことはどうでもいいからな、ははは」
若いやつらがなにをやろうと興味がないので、どうでもいいのだ。
まぁ、個人的にはベルボトムは好きじゃないんだがな。
昔のファッション記事を見て、こんなのは二度と流行らんだろうと思ったら、リバイバルしてたし。
まったく、なにが流行るか解らんが、女性のスタイルがよくなった平成令和なら、ベルボトムも中々マッチしていたな。
ファッションの話をしながら、アパートに戻ってきた。
昼飯を食ったあとは、秘密基地で金庫屋を待つ。
流しの前が全部土間なので、そこをコンクリで埋めてもらい、そこに金庫を置こう。
少々、日が傾き始めたころ、戸がノックされた。
「ごめんください~」
「はい」
金庫屋がやってきたので、早速中を見てもらう。
「ここに住んでいらっしゃるわけじゃないんですね」
「ああ、ここは事務所として使っているんで」
「なるほど」
炊事場の前の土間を見てもらう。
「土間を打つのは簡単ですが、玄関を開けたらいきなり金庫が見えるのは少々不用心かもしれません」
「う~ん、確かにそうだ――裏にある小屋に置くことも考えたんだけど……」
「しょっちゅう使うのでなければ、それも手でございますよ」
「まぁ、使わないなぁ。普段使わない大事な書類などを入れるだけだから」
それならと、裏の小屋も見てもらう。
本当に1畳ほどの掘っ建て小屋だ。
ここに住んでいた婆さんには悪いが――ゴミ捨てをしたときに、ほとんど中身は捨てさせてもらった。
ものがなくて苦労した人は、なんでも溜め込んでしまうので、ドンドン要らないものが増える。
「ここに置くのであれば、施工代はそんなにかかりませんよ」
「それじゃお宅が儲からないんじゃ……」
「ははは、そんな無理矢理金を取るようなことはいたしませんよ」
なるほど、この店は信用できるだろう。
男のアドバイスに従い、小屋の土間にコンクリを打って、そこに金庫を設置することにした。
それならば、金庫と工事費を合わせて2万円らしい。
金庫を頼むことにした。
「工事の日が決まったら電話を入れてください。名刺に書いてありますんで」
「かしこまりました」
明日は土曜だし、月曜日辺りに電話が入って、予定が決まるって感じか。
工事の約束をしてアパートに戻ると、夕飯ができあがっていた。
「おかえりなさ~い」
「おお、コノミ――久々の学校はどうだった?」
「楽しかった!」
「ははは、そうか。普通のガキンチョは、学校に行きたくないって言うんだがなぁ」
「コノミは、そんなことないよ」
非常に珍しいが、彼女が普通の生活をしてたら学校嫌いになっていただろうか?
俺も嫌いじゃなかったが、学校を休めるのは嬉しかったしなぁ……。
「病気のこと、色々と聞かれなかったか?」
「聞かれたけど……ずっと布団で寝てたし……」
「まぁ、そうだよなぁ」
「ショウイチが美味しいのを色々と作ってくれて嬉しかったけど……」
「けど、喉が痛いせいであまり食べられなかったしな~」
「うん」
久々に、3人で普通の食事を食べ終わった。
ご飯を食べ終わると、コノミがヒカルコの後片付けの手伝いをしている。
いつも手伝いはしているのだが、ずっとコノミの面倒を見てくれていたので、恩返しをしたいのかも。
片付けが終わると、彼女は勉強を始めた。
「宿題か?」
「うん!」
「えらいえらい」
彼女の頭をなでる。
でも10日ほど休んでいたので、教科書に習っていない場所ができてしまった。
そこら辺は俺とヒカルコで教えていく。
まぁ、小学の勉強なら余裕だ。
中学になるとヤベーかもしれん、二次関数すら、よく覚えてねぇし。
小学の算数といえど、有名中学の入試問題などは大人でも頭をひねるのがあるし――侮れない。
勉強が終わると、コノミは本を読み始めた。
病気をしている間に、随分と本が溜まったからな。
もっと広い家に住んで、デカい本棚に本を詰めたいぜ~。
俺も本好きだから、マジでそう思う。
コノミの勉強を見ながら、俺も年賀状を書く。
明日、コノミも年賀状を書きたいようだ。
学校ですぐに会うのに要らないような気がするが、俺も小学生の頃同級生に書いていたしな。
まぁ、そういうイベントだ。
遅くなったら、久々に大きな布団で3人で寝る。
コノミは俺の腹の上に乗っているのだが、去年に比べてかなり重くなった。
久々に一緒に寝たせいか、コノミはすぐに寝てしまう。
重いので腹の上から降ろしたのだが、俺の隣にはヒカルコも抱きついている。
「婚姻届に他のやつの名前を書かれるのが嫌なら、さっさと出してくればよかっただろ?」
「……」
彼女は俺に抱きついたまま黙っている。
なぜか、名前は書きたくないようだ。
体をひねると、ヒカルコの上に覆い被さり、布団を頭から被った。
「なんでだ?」
彼女に、なぜ婚姻届を書かないのか聞いてみた。
俺のことが嫌いなわけではあるまい。
普段からこんなことをしているわけだし、嫌いなやつの所に押しかけ女房したりしないだろう。
「……書くと、ショウイチがどこかに行っちゃう……」
「行かねぇけど――俺になにかあると困るからって話なんだが」
「……」
「お前は、小説で稼げるようになったし、才能もあるが、コノミはまだまだこれからだ。中学、高校、大学と金がかかるだろ?」
「……」
「なにかあったときに、俺の金を相続して使えるようにしておかないといかんし」
彼女が甘い声を出しながら俺の首に両手を回してきた。
「まぁ、お前も会社の役員になっているし。会社の金は使えるから、なんとかなるだろうけど」
「うん」
「言っておくが、婚姻届を出したからといって、どこかに消えるわけじゃないぞ? コノミだっているんだし」
「……」
電気を消して布団をかぶっているので、暗闇の中で彼女がどういう表情をしているのかは、解らない。
彼女は、俺がいなくなるのを前提にして籍を入れようとしている――と考えているようだ。
まぁ、間違ってはいない。
ある日突然、昭和にやって来た俺だ。
ある日突然に、元の時代に戻ってもおかしくない。
そのために、色々と準備をして、いざという時のノートを書き残しているわけだし。
ヒカルコはそれを感じとっているようだが、婚姻届を出さないからといって、成り行きが変わるとも思えん。
彼女がその気になれば、自分で名前を書くだろう。
まさか強制するわけにもいかないしな。





