表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/162

1話 そこは昭和38年


 気がついたら、見知らぬ街にいた。

 いや、見知らぬというのは少々違うかもしれん。

 おそらく東京だと思うのだが、なんだか様子が違う。

 空が広いし、なんだか漂ってくる排ガスとドブのにおい。

 走っている車も旧車ばかりだし、街行く人たちの格好もコートを着ていて懐かしい。

 レトロってやつだ。


「なんだこりゃ……」

 貧乏がたたって、ついにおかしくなったのか。

 そりゃ自称小説家の俺は、仕事がないやべー状態になっていたのは確かだが……。

 記憶喪失になって正気に戻ると、見知らぬ場所に沢山行ってて、見知らぬ人との交友関係ができてたりした――なんてニュースをみたことがあったが、こんな感じだろうか?


 混乱したままジッとしていると震えがきた――寒い。

 慌てて、手に持っていた上着を着込んだ。

 天気は青空だが、風が強い。

 今は冬なのだろうか?


 気分を落ち着けるために温かい缶コーヒーでも飲もうかと、自販機を探したのだが、見つからない。

 下を見れば、沢山の吸い殻が落ちていて、道路脇にはゴミ。

 道路を見ると、懐かしい車がホコリを上げて沢山走っている。

 今は旧車の値段が上がっているというニュースを見た。

 売れば金になるのに――などと思う。


 100mほど歩くと、黒くて小さな木造の店があった。

 外壁が鎧貼りになっていて、こんな建物なんていまどきないだろ?

 ――と思いつつ店先を見ると、新聞が売っていた。


 日付を見る――俺は自分の目を疑った。


「昭和38年10月17日?」

 どこからどう見ても、なん回見ても昭和38年である。

 本当にそうなら、道を走っている沢山の旧車や、街行く人たちの格好も納得できる。


 俺は自分の財布を見ると、中には平成の札と小銭が入っていた。

 それに俺が脇にかかえていた小さなバッグには、スマホが入っている。

 俺は間違いなく、令和のあの時代にいたはず――これが証拠だ。


 手持ちの全部が昭和の時代には使えないものばかりである。

 ありもしない札だから、偽札あつかいにはならないと思うが、間違いなく警察を呼ばれる。

 10円玉はずっと変わってないと思うが、昭和38年に昭和60年とか平成の10円玉があったら大騒ぎになるだろう。

 これは間違いなく硬貨の偽造だと言われる。

 使えるのは、昭和38年以前の10円玉だけ……財布の中を探す。

 そんなもの――あった。

 いわゆるギザ十――こいつなら使えるはず。

 年号を見れば、昭和26年と書いてあるし。


 ふと、店先に売っている瓶のコーラが目に止まる。

 飲みたいが、1本35円と書いてある。

 その金すら今の俺にはない。


「すみませ~ん! 新聞ください!」

 新聞のところには紙が貼ってあり、1部10円と墨汁で書いてある。


「はいよ~」

 奥から割烹着を着た、腰の曲がった婆さんが出てきた。

 思えば、この婆さんは戦争を生き抜いて、江戸時代の生まれかもしれん。

 いや、そんな歳じゃないか。

 俺がガキの頃には、江戸時代に生まれた年寄りがニュースに出てたりしたもんだ。


 その婆さんに10円を払う。

 ちょっとどきどきしてしまったが、婆さんが銅貨を受け取っても当然なにもない。

 この時代には消費税もないわけだし。

 彼女は、俺からもらった10円を天井からぶら下がっている笊に放り込んだ。

 使える唯一の金を使ってしまった俺は、また道路を歩きはじめた。

 とりあえず、この新聞で今の時代の情報を得よう。

 まったく知らないよりはいいだろう。


 しばらく行くと交番が見えてくる。

 ここに駆け込んでも、どうにもならない。

 昭和の次の平成の次の令和からやって来ました――と言って、誰も信じるやつはいないだろう。

 下手をしたらその手の病院に突っ込まれて終了。

 この時代に、人権とかそういうのは薄い。


 そういえば、死んだ婆さんには財布と荷物は肌身離さず!

 人前では、財布の中身を見せちゃなんねぇ――とよく言われていた。

 思えば、そういう時代に俺はやってきてしまったということになる。


「あ~」

 考えがまとまらねぇ。

 いったいどうすればいい?

 とりあえず、落ち着ける場所を――公園か?

 公園なら水もあるかもしれん。


 通り過ぎた交番に戻る。


「あの~少々道をお聞きしたいのですが」

「なんだね?」

「ここらへんに公園はありませんか?」

「そっちに50mほどいくと、すぐに公園がある」

「そうですか、ありがとうございます」

 警官の制服も、昔懐かしい紺色で軍服みたいなやつだ。

 俺は、警官に教えられた方角に歩き始めた。


 しばらく歩くと、言われたとおりに小さな公園が見えてきた。

 沢山の子どもたちが、遊具でワイワイと遊んでいる。

 そういえば、ガキの頃はマジでガキだらけだったな。

 子どもたちの遊ぶ姿をみながら、水道があったので水を出して手で飲んだ。


「そういえば、生水飲んで平気か?」

 昔は生水は飲むなって言われてたのを思い出した。

 まぁ、一口ぐらいはいいだろう。


 近くに木のベンチがあったので腰掛けた。

 木製でゴツい。全部が木でできていて、プラの部品などない。

 確かに、ガキの頃に遊んでいた公園はこんなだったと思い出しながら、周りを見る。

 小さなビルとオンボロな住宅が多くて空が広い。

 懐かしさに浸っている場合ではないので、現状でできることを考えなくては。


「はぁ~」

 いったいどうしたもんか。

 まず、金がねぇ。

 保険証もねぇから、病気をしたらやべぇ。

 そもそも戸籍がねぇし。

 いや、厳密にはあるだろうが、昭和38年じゃ俺はまだ生まれてねぇし。

 その年になっても、その戸籍は赤ん坊の俺のもので、今の俺の戸籍じゃねぇし。


 つまり――今の俺は、マジもんの天涯孤独ってやつだ。

 俺はそこから1時間、ベンチに座ったまま自分自身の設定を練った。

 この世界に溶け込むためには、そのための設定が必要だ。


 俺の手持ちは、着の身着のままの服と、財布に入った使えない金とクレジットカード。

 それから、カバンの中にはスマホ。

 電源は入るし充電器もある。

 コンセントの形状は今の時代でも一緒だから、充電はできるだろう。

 ただし、当然ネットもねぇから、まったく使い物にならねぇし、人に見せることもマズいだろ。

 手持ちの全財産はこれだけ。

 カバンや服を売ったとしても、大した金にはならねぇな。


 さっき買ってきた新聞を隅から隅まで読むと、手が新聞のインクで黒くなる。

 どうせやることも、行く場所もないし。


「へぇ、来年オリンピックか! 昭和39年――ああ、そういえばそうだ」

 新聞を読むと、来月11月1日から1000円の新札が発行されるらしい。

 俺がガキの頃に使っていた、伊藤博文の1000円札だ。


「そういえばオイルショックっていつだったっけ? 確か、もうちょっと後だよなぁ……」

 たとえば、オイルショックの前に、トイレットペーパーを買い込んだりしていたら、転売で儲けられたりしねぇか?

 俺もあまり詳しい歴史は知らねぇが、断片的にでも知っている情報を駆使すれば、金を儲けられるかも知れねぇ。


 自称小説家なんだから小説を書けって話もあるだろうが、小説は金にならん。

 そりゃ、これからヒットしたり賞をもらったりする小説も読んだから、それを書けばいいだろうと思われるが、それが簡単じゃねぇ。

 たとえば九島由紀夫を読んだからといって、そっくりに素晴らしい文章を真似して書けるかといえば、書けねぇしな。


 それだけじゃない。

 ここが本当に昭和38年なら、コンピュータはもちろんワープロすらない。

 小説を書こうとしたら全部原稿用紙に手書きで、漢字だって紙の辞書で調べなくちゃならん。

 いまさら、そんなことを一々やってられるか。

 そんな苦労をせずとも、未来の情報があれば、もっと簡単に儲けられるだろう。

 ――と思うんだ。


 趣味で小説家をやるなら金を儲けてからゆっくりとやればいい。


「よし!」

 俺は、思いつきをまとめると、行動に出ることにした。

 金はねぇが武器はある。

 なにしろ俺は、これから起こる未来のことを知っているのだ。

 そいつでいい思いするためにも、とりあえず衣食住だ。

 これがないとマジで死ぬ。


 なんで、こんな訳の分からないことで死ななきゃならん。

 恥も外聞も捨てればなんとかなるはず。

 そう思い、俺はさっきの交番に戻ることにした。


「あの~」

「ん? なんだ? さっきのオッサンか……」

「ちょっとお聞きしたいのですが、ここらへんに○○党の事務所ってないですかね?」

「あん? なんだ、お前はアカか?」

 一般市民を捕まえて、いきなりアカ呼ばわりとは、中々すごい時代だな。

 昭和38年か――そういえば、もしかして学生運動真っ只中か?

 こりゃ、そういう連中に間違われる可能性が……。

 持ち物検査とかで、スマホやら財布の中身を見られたらやべーことに。


「あの、いや――失礼しました」

 俺は、ペコペコ頭を下げて、その場を立ち去ることにした。


「おい!」

 警官から呼び止められたのだが、慌てて離れる。

 追ってくる気配はない――ったく心臓に悪いぜ。

 勘弁してくれよ。

 なんで、こんなどうでもいい苦労をしなくちゃならねぇんだ。


 しばらくして後ろをチラ見するが、大丈夫だ。


「ふう……」

 さて、俺が捜しているのは、○○党の事務所だ。

 正直○○党なんて俺の天敵なわけだが、ここじゃ他に頼るものがねぇ。

 やつらの建前として、俺みたいな境遇の人間の味方ってことになっているからな。

 それを利用させてもらう。


 まったく、ネットがないってのは不便なもんだな。

 ネットで検索すればなんでも出てくるってのは、やっぱりすげーことだったんだな――と改めて思うわ。


「住所を探すには……」

 電話帳か――。

 そう思って電話ボックスを探してみるが、そいつが中々見つからない。

 電話ボックスもねぇのかよ。マジか。

 あの昔なつかしい赤い公衆電話すらない時代。

 いや~、マジでキツイ。


 よく昭和はよかった、昭和に戻りてぇとかいうやつがいたが、こんな時代のどこがいいんだ。

 マジでなにもねぇんだぞ。

 モラルもねぇし、理不尽な暴力ははびこってるし、見つからなければなにをしてもいい――そんな時代だ。

 トラブルには巻き込まれねぇようにしねぇと。

 いや、もう十分にトラブルに巻き込まれているんだが……。


 挫けそうになったので深呼吸した。

 待て待て、落ち着け俺。

 ひっひっふー。

 こんな所で行き倒れとかしてられねぇ。

 保険証だってねぇんだ。

 早く落ち着いて、令和の札やらを処分しねぇと。

 スマホは――まぁ、電源を入れなけりゃおもちゃで通用するだろう。

 写真やら動画は撮れるし、なにか利用できることがあるはず。

 処分はちょっと待ったほうがいいかもな。


 そのために、まずはやることがある。

 モラルがねぇ時代なら、こっちもモラルをなくす必要があるってわけだ。

 綺麗ごとは言っていられねぇ。

 とりあえず、利用できるものはなんでも利用する。

 ○○党の事務所なら、駅前にあるはず。

 道行く人に駅前の場所を聞いてみると、だいたいの方角を教えてくれた。

 さっきの交番でいきなり○○党の事務所じゃなくて、駅の場所を聞けばよかったな。

 マジで、あとのカーニバル。


「ふうふう」

 数人に聞き込みをしてやっと駅前に到着した。

 ちょっと肌寒い気候だったが、歩いたので汗をかいてしまった。

 駅前だというのに、再開発もされてなくてビルも建ってないってのは、中々新鮮だな。

 今のうちに、ここらへんの土地とか買っておけば、バブルでとんでもないことになるだろ?

 バブルってのは1985~1986年辺りからだったか?

 え~と計算すると……昭和38年が1963年だから、あと20年強か。

 俺が元の時代に帰れないとしても、バブル時代ならまだ余裕で生きてるな。

 そして、駅前ならつきもののパチンコ屋。

 当然、この時代からある。


 バブル時代の土地のことを考えつつ、〇〇党の事務所を探す。

 駅前はそんなに広くないので、ボロい4階建てビルの1階部分に入居しているのを見つけた。

 そのビルを見上げる。


「はぁ~」

 当然、耐震とか考えてねぇビルだろうし、エレベーターもなし。

 非常階段も見当たらねぇから、火事に遭ったら死ぬな。

 いやいや、そんなことより目の前の問題だ。

 俺は深呼吸すると、事務所に飛び込んだ。


「お願いします! 助けてくだせぇ!」

 俺は事務所に入ると、いきなり土下座して大声で叫んだ。

 突然の闖入者に、事務所の中は騒然となる。

 中には10人ほどのスーツを着た人がおり、正面の神棚には赤いダルマ。


 ちょっと細身で白髪が多いオッサンが俺の所にやってきた。


「ちょっと、どうなさったんですか?」

「住む所も金もなくなってしまい、もう死ぬしかねぇんです!」

 一世一代の大芝居だが、こんなことをしていると本当に涙が出てきた。

 いや、だって半分マジだし。


「八木君、ちょっと奥で話を聞いてあげなさい」

 一番奥で、七三に髪を分けて座っていた人がそう言ってくれた。

 彼が、ここの主だろう。


「わかりました先生。どうぞこちらへ」

「は、はい、ありがとうございます」

 俺は、鼻をすすりながら、男のあとをついて奥の部屋に入った。

 そこは、茶色の紙に包まれた、沢山の四角いものが積まれている倉庫らしき場所。

 茶色いのは、多分選挙のポスターだろう。

 部屋のなかには木製の机と、木製の椅子。

 なんか小学校のときに、最初はこんな感じだったな。

 すぐにパイプの椅子と机に変わってしまったが。


 男と一緒に向かい合って、椅子に座った。


「それでどうなさったのですか?」

「……え~と、どこから話したらいいのか……」

「ゆっくりどうぞ」

「は、はい……戦後で外地から引き上げてまいりまして」

 現在は昭和38年――戦争が終わったのは昭和20年だから、まだ18年しかたってねぇ。

 俺は43歳なので、終戦直後には25歳ってことになる。

 つまり戦中派――戦争を知っている世代。

 赤紙で招集されててもおかしくねぇが、そのツッコミが入ったら大病してたとかでいいだろう。


「どこからですか?」

「樺太の豊原です。親と一緒に開拓で入ったのですが、命からがら全部を捨てて引き上げてきました。途中で親も死んでしまい……うう」

 大嘘である。


「そりゃ、苦労しなすったんですねぇ」

 眼の前の男が、本当に気の毒そうな顔をして俺を見ている。

 戦後にはこんな話が普通にあった――と、大嘘だが、全部テキトーに話しているわけじゃない。

 かつて俺の爺さんから聞いた話で、彼も樺太からの引き上げ者だった。

 もうとっくに亡くなっているけどな。

 そういう話を混ぜて、今の俺の境遇の設定を作り、さっきの公園でシミュレートしていたわけだ。


「戦後のグチャグチャで、戸籍もどこにいったのかわからなくなってしまって……今までなんとかしのいできたのですが、もう切羽詰まってしまって……」

 涙ながらに俺は訴えた。

 人間、本気になればなんでもできるもんだ。

 このぐらいの嘘は、犯罪に手を染めることに比べたら許されるだろうし。

 まぁ、偽の戸籍は犯罪だろうが、俺が手に入れたら正真正銘正式な戸籍になる。

 バレなきゃなにをしてもいい時代なら、バレなきゃいいんだ。


「わかりました、少々お待ち下さい」

「はい……」

 男が立ち上がると部屋から出ていった。

 幸い、戦時招集のことは聞かれなかったな。

 男と入れ変わるように女の子が入ってくると、机にお茶を置く。


「お茶です」

「ありがとうございます」

 紺色の事務服に身を包んだ素朴な女性だ。

 丸顔でショートヘアに、パーマを当てている。

 そう、パーマなぁ。

 こういう髪型が流行っていた。


 某国民的アニメのヒロインも変な髪型をしていたが、かつてああいう髪型が流行ったときがマジであったのだ。

 化粧っけもあまりなく、平成令和の女を見ていた俺の目には逆に新鮮に見える。

 まぁ、ダサいといえばそれまでだし、スタイルもお世辞にもいいとはいえない。

 だがムチムチしていて、色っぽく見えてくるから不思議だ。

 俺が歳をくったせいだろうか?


 お茶を飲む。

 普通に美味い。

 そういえば昔はお茶を沢山飲んでいた。

 実家でも、お茶っ葉を桐の箱で買ったもんだ。


 色々と感心していると男が戻ってきた。


「あの、一時間ほど、ここで待ってていただけますかね?」

「は、はい……他に行く所もないですし……」

 これは本当だ。


「お腹空いてませんか?」

 そう言われて、腹ペコなのに気がついた。


「はい……」

「サチコ君、この方に店屋物を頼んであげて」

「わかりました」

「ありがとうございます!」

「なにも心配いらないから」

「よろしくお願いします!」

 俺は立ち上がって、気をつけをして礼をした。


「はは、いいからいいから」

 感謝していることはしている。

 今は、マジでここしか頼るところがないからな。

 あとは、宗教施設ぐらいだろうが――そっちは、う~ん。

 足抜けできなさそうな気がするし……。


 お茶を持ってきてくれた事務の女の子が、店屋物を取ってくれた。

 親子丼である。

 一口食う――中々美味い。

 米は……まぁ平成のほうが美味いが、卵が美味いのか?

 ありがたく頂戴する。

 これから先、まともな食事ができるかもわからんのだし。


 平成、令和の時代なら、とりあえずムショに入るって選択もあると思うが……。

 この時代のムショに入って、まともな食事ができるだろうか?

 なにせ人権とか薄い時代だしなぁ。


 そろそろ1時間たつが……いったいどうなることやら……。

 待っていると男が戻ってきた。


「お待たせいたしました。食事は摂りましたか?」

「はい、ごちそうさまでした。ありがとうございます」

「それでは行きましょう」

 まぁ、どこへとは聞かない。

 マジで贅沢は言っていられないからだ。


 事務所の人たちに、一通り礼をすると外に出た。

 そこには黒塗りのタクシーが止まっている。

 多分クラウンだと思う――初乗り100円と書いてある。


 タクシーのドアが開いた。

 へぇ、この時代から自動だったのかと、感心しながら車に男と一緒に乗り込んだ。

 ガタガタと車に揺られるが、道が悪いし高級車なのに乗り心地はいまいち。

 そりゃ、この時代の車はこんなもんだろうが、車を持てるってだけでもすげーと言われてた時代だ。


 車に揺られて30分ほどで、コンクリート製の大きな建物の前に到着した。


「ありがとうございます」

 一緒に乗っていた男が、運転手に500円札を出した。

 岩倉具視の青い500円札だが、俺が使っていたより前のタイプだな。

 これは使ったことがなかった――ということは、100円札もまだあるってことか……。


 男が釣り銭をもらう。

 俺が使っていた100円玉と違う。

 あの1つ前のやつだ。50円玉も少し大きいが、これは見たことがなかったな。

 マジか――やっぱり俺の財布に入っている金で、使えるものはあのギザ十だけだった。


「行きましょう」

「はい」

 男の後ろをついて、建物に入ると沢山人がいる。

 入る前に目に入った名板で、ここは区役所らしいと解ったが、俺は辺りを見回した。

 そういえば――立っている建物が全然違うし、デカいショッピングモールもないのだが、道路の形などは見覚えのある所のような気がする。


 そのまま窓口の所まで行くと、男が名刺を出して女性職員となにか話している。

 ズラリと職員たちが椅子に座っているが、当然コンピュータなどはまったくない。

 書類なども全部手書きだろう。

 俺はまったくの役立たずなので、後ろのベンチに座っていた。

 上を見ると、戸籍課という白い看板がぶら下がっている。

 することもなく座り、しばらくすると俺が呼ばれた。


 俺の相手をしてくれるのは、メガネをかけた女性職員だ。

 多分、戸籍やらなんやらの話をするのだろう。

 もう、嘘でもテキトーでも行くっきゃねぇ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様、角川コミックス・エースより黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミックス発売中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ