1話 そこは昭和38年
気がついたら、見知らぬ街にいた。
いや、見知らぬというのは少々違うかもしれん。
おそらく東京だと思うのだが、なんだか様子が違う。
空が広いし、なんだか漂ってくる排ガスとドブのにおい。
走っている車も旧車ばかりだし、街行く人たちの格好もコートを着ていて懐かしい。
レトロってやつだ。
「なんだこりゃ……」
貧乏がたたって、ついにおかしくなったのか。
そりゃ自称小説家の俺は、仕事がないやべー状態になっていたのは確かだが……。
記憶喪失になって正気に戻ると、見知らぬ場所に沢山行ってて、見知らぬ人との交友関係ができてたりした――なんてニュースをみたことがあったが、こんな感じだろうか?
混乱したままジッとしていると震えがきた――寒い。
慌てて、手に持っていた上着を着込んだ。
天気は青空だが、風が強い。
今は冬なのだろうか?
気分を落ち着けるために温かい缶コーヒーでも飲もうかと、自販機を探したのだが、見つからない。
下を見れば、沢山の吸い殻が落ちていて、道路脇にはゴミ。
道路を見ると、懐かしい車がホコリを上げて沢山走っている。
今は旧車の値段が上がっているというニュースを見た。
売れば金になるのに――などと思う。
100mほど歩くと、黒くて小さな木造の店があった。
外壁が鎧貼りになっていて、こんな建物なんていまどきないだろ?
――と思いつつ店先を見ると、新聞が売っていた。
日付を見る――俺は自分の目を疑った。
「昭和38年10月17日?」
どこからどう見ても、なん回見ても昭和38年である。
本当にそうなら、道を走っている沢山の旧車や、街行く人たちの格好も納得できる。
俺は自分の財布を見ると、中には平成の札と小銭が入っていた。
それに俺が脇にかかえていた小さなバッグには、スマホが入っている。
俺は間違いなく、令和のあの時代にいたはず――これが証拠だ。
手持ちの全部が昭和の時代には使えないものばかりである。
ありもしない札だから、偽札あつかいにはならないと思うが、間違いなく警察を呼ばれる。
10円玉はずっと変わってないと思うが、昭和38年に昭和60年とか平成の10円玉があったら大騒ぎになるだろう。
これは間違いなく硬貨の偽造だと言われる。
使えるのは、昭和38年以前の10円玉だけ……財布の中を探す。
そんなもの――あった。
いわゆるギザ十――こいつなら使えるはず。
年号を見れば、昭和26年と書いてあるし。
ふと、店先に売っている瓶のコーラが目に止まる。
飲みたいが、1本35円と書いてある。
その金すら今の俺にはない。
「すみませ~ん! 新聞ください!」
新聞のところには紙が貼ってあり、1部10円と墨汁で書いてある。
「はいよ~」
奥から割烹着を着た、腰の曲がった婆さんが出てきた。
思えば、この婆さんは戦争を生き抜いて、江戸時代の生まれかもしれん。
いや、そんな歳じゃないか。
俺がガキの頃には、江戸時代に生まれた年寄りがニュースに出てたりしたもんだ。
その婆さんに10円を払う。
ちょっとどきどきしてしまったが、婆さんが銅貨を受け取っても当然なにもない。
この時代には消費税もないわけだし。
彼女は、俺からもらった10円を天井からぶら下がっている笊に放り込んだ。
使える唯一の金を使ってしまった俺は、また道路を歩きはじめた。
とりあえず、この新聞で今の時代の情報を得よう。
まったく知らないよりはいいだろう。
しばらく行くと交番が見えてくる。
ここに駆け込んでも、どうにもならない。
昭和の次の平成の次の令和からやって来ました――と言って、誰も信じるやつはいないだろう。
下手をしたらその手の病院に突っ込まれて終了。
この時代に、人権とかそういうのは薄い。
そういえば、死んだ婆さんには財布と荷物は肌身離さず!
人前では、財布の中身を見せちゃなんねぇ――とよく言われていた。
思えば、そういう時代に俺はやってきてしまったということになる。
「あ~」
考えがまとまらねぇ。
いったいどうすればいい?
とりあえず、落ち着ける場所を――公園か?
公園なら水もあるかもしれん。
通り過ぎた交番に戻る。
「あの~少々道をお聞きしたいのですが」
「なんだね?」
「ここらへんに公園はありませんか?」
「そっちに50mほどいくと、すぐに公園がある」
「そうですか、ありがとうございます」
警官の制服も、昔懐かしい紺色で軍服みたいなやつだ。
俺は、警官に教えられた方角に歩き始めた。
しばらく歩くと、言われたとおりに小さな公園が見えてきた。
沢山の子どもたちが、遊具でワイワイと遊んでいる。
そういえば、ガキの頃はマジでガキだらけだったな。
子どもたちの遊ぶ姿をみながら、水道があったので水を出して手で飲んだ。
「そういえば、生水飲んで平気か?」
昔は生水は飲むなって言われてたのを思い出した。
まぁ、一口ぐらいはいいだろう。
近くに木のベンチがあったので腰掛けた。
木製でゴツい。全部が木でできていて、プラの部品などない。
確かに、ガキの頃に遊んでいた公園はこんなだったと思い出しながら、周りを見る。
小さなビルとオンボロな住宅が多くて空が広い。
懐かしさに浸っている場合ではないので、現状でできることを考えなくては。
「はぁ~」
いったいどうしたもんか。
まず、金がねぇ。
保険証もねぇから、病気をしたらやべぇ。
そもそも戸籍がねぇし。
いや、厳密にはあるだろうが、昭和38年じゃ俺はまだ生まれてねぇし。
その年になっても、その戸籍は赤ん坊の俺のもので、今の俺の戸籍じゃねぇし。
つまり――今の俺は、マジもんの天涯孤独ってやつだ。
俺はそこから1時間、ベンチに座ったまま自分自身の設定を練った。
この世界に溶け込むためには、そのための設定が必要だ。
俺の手持ちは、着の身着のままの服と、財布に入った使えない金とクレジットカード。
それから、カバンの中にはスマホ。
電源は入るし充電器もある。
コンセントの形状は今の時代でも一緒だから、充電はできるだろう。
ただし、当然ネットもねぇから、まったく使い物にならねぇし、人に見せることもマズいだろ。
手持ちの全財産はこれだけ。
カバンや服を売ったとしても、大した金にはならねぇな。
さっき買ってきた新聞を隅から隅まで読むと、手が新聞のインクで黒くなる。
どうせやることも、行く場所もないし。
「へぇ、来年オリンピックか! 昭和39年――ああ、そういえばそうだ」
新聞を読むと、来月11月1日から1000円の新札が発行されるらしい。
俺がガキの頃に使っていた、伊藤博文の1000円札だ。
「そういえばオイルショックっていつだったっけ? 確か、もうちょっと後だよなぁ……」
たとえば、オイルショックの前に、トイレットペーパーを買い込んだりしていたら、転売で儲けられたりしねぇか?
俺もあまり詳しい歴史は知らねぇが、断片的にでも知っている情報を駆使すれば、金を儲けられるかも知れねぇ。
自称小説家なんだから小説を書けって話もあるだろうが、小説は金にならん。
そりゃ、これからヒットしたり賞をもらったりする小説も読んだから、それを書けばいいだろうと思われるが、それが簡単じゃねぇ。
たとえば九島由紀夫を読んだからといって、そっくりに素晴らしい文章を真似して書けるかといえば、書けねぇしな。
それだけじゃない。
ここが本当に昭和38年なら、コンピュータはもちろんワープロすらない。
小説を書こうとしたら全部原稿用紙に手書きで、漢字だって紙の辞書で調べなくちゃならん。
いまさら、そんなことを一々やってられるか。
そんな苦労をせずとも、未来の情報があれば、もっと簡単に儲けられるだろう。
――と思うんだ。
趣味で小説家をやるなら金を儲けてからゆっくりとやればいい。
「よし!」
俺は、思いつきをまとめると、行動に出ることにした。
金はねぇが武器はある。
なにしろ俺は、これから起こる未来のことを知っているのだ。
そいつでいい思いするためにも、とりあえず衣食住だ。
これがないとマジで死ぬ。
なんで、こんな訳の分からないことで死ななきゃならん。
恥も外聞も捨てればなんとかなるはず。
そう思い、俺はさっきの交番に戻ることにした。
「あの~」
「ん? なんだ? さっきのオッサンか……」
「ちょっとお聞きしたいのですが、ここらへんに○○党の事務所ってないですかね?」
「あん? なんだ、お前はアカか?」
一般市民を捕まえて、いきなりアカ呼ばわりとは、中々すごい時代だな。
昭和38年か――そういえば、もしかして学生運動真っ只中か?
こりゃ、そういう連中に間違われる可能性が……。
持ち物検査とかで、スマホやら財布の中身を見られたらやべーことに。
「あの、いや――失礼しました」
俺は、ペコペコ頭を下げて、その場を立ち去ることにした。
「おい!」
警官から呼び止められたのだが、慌てて離れる。
追ってくる気配はない――ったく心臓に悪いぜ。
勘弁してくれよ。
なんで、こんなどうでもいい苦労をしなくちゃならねぇんだ。
しばらくして後ろをチラ見するが、大丈夫だ。
「ふう……」
さて、俺が捜しているのは、○○党の事務所だ。
正直○○党なんて俺の天敵なわけだが、ここじゃ他に頼るものがねぇ。
やつらの建前として、俺みたいな境遇の人間の味方ってことになっているからな。
それを利用させてもらう。
まったく、ネットがないってのは不便なもんだな。
ネットで検索すればなんでも出てくるってのは、やっぱりすげーことだったんだな――と改めて思うわ。
「住所を探すには……」
電話帳か――。
そう思って電話ボックスを探してみるが、そいつが中々見つからない。
電話ボックスもねぇのかよ。マジか。
あの昔なつかしい赤い公衆電話すらない時代。
いや~、マジでキツイ。
よく昭和はよかった、昭和に戻りてぇとかいうやつがいたが、こんな時代のどこがいいんだ。
マジでなにもねぇんだぞ。
モラルもねぇし、理不尽な暴力ははびこってるし、見つからなければなにをしてもいい――そんな時代だ。
トラブルには巻き込まれねぇようにしねぇと。
いや、もう十分にトラブルに巻き込まれているんだが……。
挫けそうになったので深呼吸した。
待て待て、落ち着け俺。
ひっひっふー。
こんな所で行き倒れとかしてられねぇ。
保険証だってねぇんだ。
早く落ち着いて、令和の札やらを処分しねぇと。
スマホは――まぁ、電源を入れなけりゃおもちゃで通用するだろう。
写真やら動画は撮れるし、なにか利用できることがあるはず。
処分はちょっと待ったほうがいいかもな。
そのために、まずはやることがある。
モラルがねぇ時代なら、こっちもモラルをなくす必要があるってわけだ。
綺麗ごとは言っていられねぇ。
とりあえず、利用できるものはなんでも利用する。
○○党の事務所なら、駅前にあるはず。
道行く人に駅前の場所を聞いてみると、だいたいの方角を教えてくれた。
さっきの交番でいきなり○○党の事務所じゃなくて、駅の場所を聞けばよかったな。
マジで、あとのカーニバル。
「ふうふう」
数人に聞き込みをしてやっと駅前に到着した。
ちょっと肌寒い気候だったが、歩いたので汗をかいてしまった。
駅前だというのに、再開発もされてなくてビルも建ってないってのは、中々新鮮だな。
今のうちに、ここらへんの土地とか買っておけば、バブルでとんでもないことになるだろ?
バブルってのは1985~1986年辺りからだったか?
え~と計算すると……昭和38年が1963年だから、あと20年強か。
俺が元の時代に帰れないとしても、バブル時代ならまだ余裕で生きてるな。
そして、駅前ならつきもののパチンコ屋。
当然、この時代からある。
バブル時代の土地のことを考えつつ、〇〇党の事務所を探す。
駅前はそんなに広くないので、ボロい4階建てビルの1階部分に入居しているのを見つけた。
そのビルを見上げる。
「はぁ~」
当然、耐震とか考えてねぇビルだろうし、エレベーターもなし。
非常階段も見当たらねぇから、火事に遭ったら死ぬな。
いやいや、そんなことより目の前の問題だ。
俺は深呼吸すると、事務所に飛び込んだ。
「お願いします! 助けてくだせぇ!」
俺は事務所に入ると、いきなり土下座して大声で叫んだ。
突然の闖入者に、事務所の中は騒然となる。
中には10人ほどのスーツを着た人がおり、正面の神棚には赤いダルマ。
ちょっと細身で白髪が多いオッサンが俺の所にやってきた。
「ちょっと、どうなさったんですか?」
「住む所も金もなくなってしまい、もう死ぬしかねぇんです!」
一世一代の大芝居だが、こんなことをしていると本当に涙が出てきた。
いや、だって半分マジだし。
「八木君、ちょっと奥で話を聞いてあげなさい」
一番奥で、七三に髪を分けて座っていた人がそう言ってくれた。
彼が、ここの主だろう。
「わかりました先生。どうぞこちらへ」
「は、はい、ありがとうございます」
俺は、鼻をすすりながら、男のあとをついて奥の部屋に入った。
そこは、茶色の紙に包まれた、沢山の四角いものが積まれている倉庫らしき場所。
茶色いのは、多分選挙のポスターだろう。
部屋のなかには木製の机と、木製の椅子。
なんか小学校のときに、最初はこんな感じだったな。
すぐにパイプの椅子と机に変わってしまったが。
男と一緒に向かい合って、椅子に座った。
「それでどうなさったのですか?」
「……え~と、どこから話したらいいのか……」
「ゆっくりどうぞ」
「は、はい……戦後で外地から引き上げてまいりまして」
現在は昭和38年――戦争が終わったのは昭和20年だから、まだ18年しかたってねぇ。
俺は43歳なので、終戦直後には25歳ってことになる。
つまり戦中派――戦争を知っている世代。
赤紙で招集されててもおかしくねぇが、そのツッコミが入ったら大病してたとかでいいだろう。
「どこからですか?」
「樺太の豊原です。親と一緒に開拓で入ったのですが、命からがら全部を捨てて引き上げてきました。途中で親も死んでしまい……うう」
大嘘である。
「そりゃ、苦労しなすったんですねぇ」
眼の前の男が、本当に気の毒そうな顔をして俺を見ている。
戦後にはこんな話が普通にあった――と、大嘘だが、全部テキトーに話しているわけじゃない。
かつて俺の爺さんから聞いた話で、彼も樺太からの引き上げ者だった。
もうとっくに亡くなっているけどな。
そういう話を混ぜて、今の俺の境遇の設定を作り、さっきの公園でシミュレートしていたわけだ。
「戦後のグチャグチャで、戸籍もどこにいったのかわからなくなってしまって……今までなんとかしのいできたのですが、もう切羽詰まってしまって……」
涙ながらに俺は訴えた。
人間、本気になればなんでもできるもんだ。
このぐらいの嘘は、犯罪に手を染めることに比べたら許されるだろうし。
まぁ、偽の戸籍は犯罪だろうが、俺が手に入れたら正真正銘正式な戸籍になる。
バレなきゃなにをしてもいい時代なら、バレなきゃいいんだ。
「わかりました、少々お待ち下さい」
「はい……」
男が立ち上がると部屋から出ていった。
幸い、戦時招集のことは聞かれなかったな。
男と入れ変わるように女の子が入ってくると、机にお茶を置く。
「お茶です」
「ありがとうございます」
紺色の事務服に身を包んだ素朴な女性だ。
丸顔でショートヘアに、パーマを当てている。
そう、パーマなぁ。
こういう髪型が流行っていた。
某国民的アニメのヒロインも変な髪型をしていたが、かつてああいう髪型が流行ったときがマジであったのだ。
化粧っけもあまりなく、平成令和の女を見ていた俺の目には逆に新鮮に見える。
まぁ、ダサいといえばそれまでだし、スタイルもお世辞にもいいとはいえない。
だがムチムチしていて、色っぽく見えてくるから不思議だ。
俺が歳をくったせいだろうか?
お茶を飲む。
普通に美味い。
そういえば昔はお茶を沢山飲んでいた。
実家でも、お茶っ葉を桐の箱で買ったもんだ。
色々と感心していると男が戻ってきた。
「あの、一時間ほど、ここで待ってていただけますかね?」
「は、はい……他に行く所もないですし……」
これは本当だ。
「お腹空いてませんか?」
そう言われて、腹ペコなのに気がついた。
「はい……」
「サチコ君、この方に店屋物を頼んであげて」
「わかりました」
「ありがとうございます!」
「なにも心配いらないから」
「よろしくお願いします!」
俺は立ち上がって、気をつけをして礼をした。
「はは、いいからいいから」
感謝していることはしている。
今は、マジでここしか頼るところがないからな。
あとは、宗教施設ぐらいだろうが――そっちは、う~ん。
足抜けできなさそうな気がするし……。
お茶を持ってきてくれた事務の女の子が、店屋物を取ってくれた。
親子丼である。
一口食う――中々美味い。
米は……まぁ平成のほうが美味いが、卵が美味いのか?
ありがたく頂戴する。
これから先、まともな食事ができるかもわからんのだし。
平成、令和の時代なら、とりあえずムショに入るって選択もあると思うが……。
この時代のムショに入って、まともな食事ができるだろうか?
なにせ人権とか薄い時代だしなぁ。
そろそろ1時間たつが……いったいどうなることやら……。
待っていると男が戻ってきた。
「お待たせいたしました。食事は摂りましたか?」
「はい、ごちそうさまでした。ありがとうございます」
「それでは行きましょう」
まぁ、どこへとは聞かない。
マジで贅沢は言っていられないからだ。
事務所の人たちに、一通り礼をすると外に出た。
そこには黒塗りのタクシーが止まっている。
多分クラウンだと思う――初乗り100円と書いてある。
タクシーのドアが開いた。
へぇ、この時代から自動だったのかと、感心しながら車に男と一緒に乗り込んだ。
ガタガタと車に揺られるが、道が悪いし高級車なのに乗り心地はいまいち。
そりゃ、この時代の車はこんなもんだろうが、車を持てるってだけでもすげーと言われてた時代だ。
車に揺られて30分ほどで、コンクリート製の大きな建物の前に到着した。
「ありがとうございます」
一緒に乗っていた男が、運転手に500円札を出した。
岩倉具視の青い500円札だが、俺が使っていたより前のタイプだな。
これは使ったことがなかった――ということは、100円札もまだあるってことか……。
男が釣り銭をもらう。
俺が使っていた100円玉と違う。
あの1つ前のやつだ。50円玉も少し大きいが、これは見たことがなかったな。
マジか――やっぱり俺の財布に入っている金で、使えるものはあのギザ十だけだった。
「行きましょう」
「はい」
男の後ろをついて、建物に入ると沢山人がいる。
入る前に目に入った名板で、ここは区役所らしいと解ったが、俺は辺りを見回した。
そういえば――立っている建物が全然違うし、デカいショッピングモールもないのだが、道路の形などは見覚えのある所のような気がする。
そのまま窓口の所まで行くと、男が名刺を出して女性職員となにか話している。
ズラリと職員たちが椅子に座っているが、当然コンピュータなどはまったくない。
書類なども全部手書きだろう。
俺はまったくの役立たずなので、後ろのベンチに座っていた。
上を見ると、戸籍課という白い看板がぶら下がっている。
することもなく座り、しばらくすると俺が呼ばれた。
俺の相手をしてくれるのは、メガネをかけた女性職員だ。
多分、戸籍やらなんやらの話をするのだろう。
もう、嘘でもテキトーでも行くっきゃねぇ。