第八話
「きゃー!いやぁ!誰か!助けて!」と痩せぎすの中年女性の悲鳴が聞こえていたのだが。
「うるさい!」という怒鳴り声の後に、くぐもった打撃音が聞こえ不気味な沈黙が流れる…
「朝日リーダー、連れてきました」そう声をかけてきたのは哀れな中年女性の髪を右手でがっしりと掴んでいるダンダだった。
「ん、ご苦労さま、こちらの準備は整った。
それでは生贄の儀式を始めるとしようか」
そう言った瞬間、生贄にされる哀れな中年女性は目を血走らせて抵抗を始める!?
と次の瞬間!ダンダは表情を一切変えずに左手で哀れな中年女性の顔を思い切りぶん殴った!
「ぐぎゃあ!?」と悲鳴を上げ中年女性は倒れる事が出来ずに掴んだ髪を使い引き戻される…
強面のリオンに比べてドングリ眼で愛嬌があるダンダにこんなバイオレンスな一面があったとは…
実際周りの様子を伺うと、マーガレットは痛そうに片目を閉じているし、グラグの表情は分かり難いがそれでも良い行いとは思ってなさそうだし、ツバキの耳と尻尾は恐怖を感じているし、リオンにいたっては兄が女性の顔を殴り倒す姿を初めて見たのかドン引きしている。
そして周囲の皆はリーダーであるお前が止めろよと言わんばかりに、こちらに注目してくるのであった。
「ええとダンダ君、暴力はそのへんで終わりにしてくれないか?生贄もあまり傷つけるとヴェスペラ様の不興を買いかねないからさ」
「朝日リーダー、でもコイツ暴れやがりますよ」
実際、彼女は歯が一本折れて口が血塗れの状態で髪の毛がブチブチと千切れているにもかかわらず、未だに激しい抵抗を示している。
「確かベスだったかな?ベスさん暴れるのは止めて大人しくしてくれないか?これ以上殴られたくないだろう?大人しく生贄になることを了承してくれないかな?」と一応の説得してみたのだが。
「大人しくするわけないだろ!このままだと殺されんだぞアタシは!」と口から血を撒き散らしながら最もな正論を口にしてくる。
だがこれは悪手であった。何故ならば反論するという事は言葉が聞こえて理解している事を示している事になるからだ。故に出来る限り使いたくない手段を用いる事にした…
「そうか、ではこのまま抵抗する様なら君の子供達を生贄にするかもしれんが構わないのかね?」と貫頭衣以外何も身に着けていない状態、つまり内腿にチンチンがピタピタと当たる状態で脅す俺、客観的に見て酷く滑稽である。
なお子供達を殺す権限は無い。あくまで殺す許可を得たのは男よりも労働力が低く年齢的に娼婦も出来ない中年女性のベスだけである。
そしてベスの反応はというと。目をカッと見開いて首を左右に振り続けていたのだが、やがて力無く首を小さく縦に振り抵抗を止めた…
覚悟を決めた様だし意思をひるがえしてしまう前に、生贄にしてやろうと腕を掴みヴェスペラ様の祭壇に連れて行く直前に、よせばいいのに空気を読まないヒーローが現れてしまった。
「待てよ!どういうつもりだ!」
そんな言葉を叫びながら早歩きで近づいて来る貫頭衣の怒り顔の16才くらいの日本なら高校生であろう少年を見つつ、俺は神の助言を使いとある事を確認するのだった…
なるほど、俺と一緒に転移した人間ではないし転生者でもないし無関係なのですね。
「ツバキ、リオン、グラグ適当にボコボコにしといてくれ」
その一言を言い終わるか終わらないかのタイミングでツバキが少年の右脇腹に鋭い左フックを打ち込み、さらにリオンが左顔にフックを打ち込み、たたらを踏んでいる少年の貫頭衣の胸元をグラグが掴む事でフットワークを封じたためにタコ殴り状態になり、ドカバキグシャと殴打音が聞こえ、やがて沈黙に変わった。
さてと、生贄を捧げるかとベスの様子を伺うと…
あ~あ、せっかく覚悟を決めてたのに揺らいじまってやがる…
それだけじゃない、少年がボコボコにされてた時も掴んでた腕を引っ張ろうとすると抵抗し、振りほどこうとしてくる有り様だ。なので。
「ダンダ、軽く教えてやれ」
その言葉を聞きダンダは左フックを下顎に叩き込んだ結果、歯が一本折れて地面に落下し、心をもう一度へし折る事に成功した。
まったくヒーローが現れなければこんな無駄で残酷な事をせずにすんだのにな。
まあ中年女性でも救おうとするあたり、出会い目的としか思えないラノベの主人公とは一味違い敬意に値すると言えようが。
さて、そんなこんなで生贄を捧げる時間である。
祭壇の上で身体を横たえさせ恐怖に全身を震わせながらも、ベスは歯が2本も折れて痛々しい血みどろの顔を向けてきて、呂律の回らない口振りで懇願してくる。
「子供達はどうか、どうか助けて下さい」
自分が殺される直前なのに子供を思う母の心を思うと心が痛むな…悪になるのは納得はしている昨日の時点で幼い子供がいる事を教えられたしな。
そして多分デマを教えていたのは死んだ連中のパンを手に入れて子供に与えるためで、痩せているのも普段のパンは子供に分け与えているせいだろうな。
そう考えるとますます殺す気は失せてくるのだが、殺さないという選択肢は存在しない。
殺さなければマーガレット達に侮られ舐められるし失望をかうし、そもそも生き残れる可能性が著しく減る。
それらは当然の事ながら許容出来ない。
仕方ない…
「我らの神ヴェスペラよ!この者を生贄に捧げます!受け取り給え!」その言葉と共にヴェスペラの聖印を一応は刻んだナイフを振り下ろす!
左手でナイフの柄を持ち、右手で柄頭を押し込む様にして全体重をかけてベスの心臓を貫いた感触を俺は生涯忘れないだろう。
そしてヴェスペラ様の声が俺の脳内に聞こえてくる。
『よくぞ初の生贄を捧げたな、我が信徒夕凪朝日よ。
さて朝日には初回ボーナスとして100ポイント、同族ボーナスとして100ポイント、通常ポイントとして100ポイントを与えよう。
そして1つだけ提案をしよう、もちろん断っても問題はないが聞くだけ聞いてみるかね?』
神が提案だと?通常あり得ない事を言われている気がする。
何かヒシヒシと嫌な予感が…
だが聞かないのも気持ちが悪い。
この考えはある意味間違いで、ある意味正しかった。
『聞かせて下さい』
『では清聴するがよい。
今なら100ポイントで転移を行い、かつ奴隷身分から解放するついでに関係者の記憶と記録を改竄した上で、冒険者の最下層のFランクにしてやろう』
なるほど素晴らしい提案だ!
と言いたいところだが!
『ちなみにマーガレット達はどうなるんですか?』そう彼女達については一切の言及がなかったのだ。
『我が信徒でない者を庇護する理由はない。もしも仲間がいないと生き残れるとは思えないと申すのであれば仲間を用意してやろう、そうだな一般的な冒険者のパーティーは3〜6人だから、2〜5人といったところか。
何なら朝日以外は全て女性のパーティーで、ハーレムを作れる様にしてやろう』
断る断らない以前にヴェスペラ様を妻にしたいと言った事を忘れているのだろうか?
可能性が低いというか好みでは無いにしても、他の女を紹介するとは、あんまりな態度ではないだろうか?
そんな事を思っていると…
『強欲と狂気を司る我としてはハーレムを築いても気にもしないが?』と小首をかしげていた。
これはトラップだろうか?これで実際に手を出したらバイビってなるパターンかな?
『そんな事はないぞ、好きに生きるがよい、その上で我に相応しい存在となるがいい』
あっ現時点の俺では話にならないって感じですかね?
それはそうと転移の事に話を戻しますね
『断ります。仲間達を見捨てるなんてありえません』
まあ、そりゃあそうだろう。ハーレムに多少なりとも興味はあるが、だからといって仲間を見捨てるのは罪悪感にさいなまされるだろうから肯定する理由がない。
だがヴェスペラ様は、ここでキラーパスを放ってくる。
『仲間達を見捨てなければ良いのだろう?ではハーレムの代わりに朝日の後任のリーダーは朝日よりも優秀な者になる様にしてやろう。それならば構わないのだろう?』
これは…言葉にして聞かねばなるまい。
『何故そこまで微調整を繰り返してまで転移を勧めようとするんですか?どうしてもと望むなら強制する事も出来るのにしようとしない、それにもかかわらず何とか転移させようとするのは正直意味不明です』
『先ずは転移等をしようとする理由を教えよう。このまま戦争に参加すると朝日はそれなりの確率、具体的に言うと5割程度の確率で死ぬからだ。一応は花婿候補なのだろう?ならば多少は手助けをしてやろうと思ったまでだ。
そして強制しない理由は朝日が強欲と狂気の神である我の信徒であるからだ。強欲も狂気も己の意思から発生するものであろう?朝日がこの世界に来たのも、それが理由であるしな』
なるほど、まあ納得はいった。多分本当だろう。
そしてヴェスペラ様を妻にするためには転移を行い助かる方法を選択すべきだという事も分かった。
『だが断る!仲間達を見捨てない!立身出世をする!ハーレムを作る!そしてヴェスペラを妻にする!それら全てを手に入れてこその強欲だ!』
ヴェスペラはその言葉を受けて、オーと言いながらパチパチと拍手をしていたが、やがて。
『では300ポイントを何に使う?』と聞いてきた。
ポイントの使い道は…レベル1の奇跡は光と闇の全部に、専用の生贄と狂気も覚えているから。次のレベル2も全て覚えたい。
光の奇跡の視力の回復、聴力の回復、聖なる武器、光の飛礫、敵意の察知、覚醒、高揚、解除、聖なる鎧を覚えて。
闇の奇跡の視力を奪う、聴力を奪う、闇の武器、混乱、解除、闇の鎧、闇の一撃、弱い闇の肌、高揚を覚えた。
ちなみに光の飛礫と聖なる武器と鎧は、闇の飛礫と闇の武器と闇の鎧よりも威力が弱くアンデッドや悪魔に対しては強いらしい。
高揚は光に比べると闇は使いづらそうで、混乱は正直狂気の劣化だな。解除は光と闇のどちらも性能は変わらなくて、弱い闇の肌は防御力を強化出来るらしい。
レベル2の奇跡全てを覚えるのに使ったポイントは1つの奇跡を覚えるのに使うポイントは2ポイントだから2✕18=36ポイントで残り264ポイントか。
レベル3の奇跡も覚えるべきか?4✕19=76ポイントだから…余裕があると見えて実は無いな。
何故ならば、軍隊に入って戦うって事は行軍が必要だし、そのためには身体能力をせめて1.5倍程度には上げるために49ポイントを使い、奇跡の使用回数を100回にするために85ポイントを使う予定なので残りは115ポイントしかない。
いざという時のために切札になり得る強力な奇跡も覚えておきたいので、余裕は無いだろう。
したがって必要不可欠な奇跡を覚えていこう。
先ずはレベル3光の奇跡の毒消しに聖なる光に、敵の敵意を薄れさせる負けた時に降伏する時に便利な平和への祈りに。
闇の奇跡は、狂戦士化だけでいいよな接触が必須だが、死ぬまで戦う最強の戦士だ十二分に価値がある。
次にレベル4の光の奇跡は病気の治癒に麻痺の治癒に、3時間の睡眠で7時間の睡眠の効果が得られる安眠の祈りに、とても美味しい食事が虚空よりもたらされる聖別を受けた軽食に。
闇の奇跡は、舌を麻痺させる事により詠唱が出来なくなる舌の呪いに、敵が逃げ出す恐怖の呪いを覚えて。
さらにレベル5の光の奇跡は武器防具を強化出来る聖印を刻むだけで良いか。
闇の奇跡は、空を飛ぶ事が出来る偵察にも逃走にも便利そうな飛翔の祈りを覚えると…
ちょうど100ポイントか…思ってたよりポイントが足りないな…
と思う気持ちもあったのだが、それよりもはるかに強い思いとしては、やっちまった!レベル6の闇の奇跡に催眠が有ったんだよ!催眠つったら!エロゲ御用達の超強力かつ浪漫あふれる能力だぞ!ヴェスペラにマーガレットにツバキに娼館に売られたエルフ女を同時にゲット出来たのに!無駄遣いしなきゃ良かった!全部必要だったけども!何とか削って覚えたかった!