第四十六話
異変は突然やって来た…
いや、正確には、俺が気づいていなかっただけで兆候はあったのだろう。
或いは、敵の方が1枚も2枚も上手だったんだろう、ヴィンディ神の信徒のローハン・フォン=サーバを殺したフリッツ・フォン=ディーチェが実質的な指揮官らしいしな…
ちなみに嘘か真かヴィンディ神の復讐の刃から逃れる事は余程の実力差か規格外の運がなければ不可能らしい。
さて話を戻して、突然やって来た異変は何かというと…
「夕凪大和守朝日様!撤退しますので準備を!」と叫びながらカレンヴィラの護衛のロージエが松明を片手に治療所に駆け込んできた。
予定では、こんなに慌ただしく駆け込んでくる予定ではなかったはずだが?
「今の戦況は?」と質問をしながらも、手を動かして退却ではなくペリノア男爵本軍への合流のための支度を始める。
(退却ではなく合流だの転進だのと言い換えなければならないので、習慣づけるために考え直したのだが正直面倒臭い表現である…)
ベッドのマットレスのシーツをナイフで十数cm程度裂くとマットレス内の圧力が変化したせいか乱杭上に敷き詰められていた麦わらが数本ほど飛び出てくる。
さらに側面も数cm程度裂いて空気の通り道にもなる穴を作り、最後にロージエが持っていた火の着いた松明の先端を1秒程度突っ込んでから引き抜くと、シーツと中の麦わらの一部がメラメラパチパチとオレンジ色の火を放ち始めていた。
これでベッドは燃え上がり、やがて崩れ落ち床に引火して最終的に治療所全体が燃えるだろう。
そうしてロージエの後ろに着いて治療所の外に出た瞬間!?
銀色の流星が俺ではなく、俺を気遣っているのか横目で俺をチラチラと見ているロージエに向かって飛んでくる。
「危ない!避けろ!」そう叫びながら俺自身はサイドステップで物陰に隠れるのだが!?
一拍遅れて側頭部に矢を生やしたロージエが倒れ込んできた…
なんてことだ、死んでしまったぞ…
ロージエの蘇生をするために、ロージエの死体を俺が潜んでいる物陰に引きずるように運び込もうと手を伸ばすのだが!?
ドスドスドスっとロージエの遺体に矢が次々と打ち込まれる!?
執拗なまでに死体蹴りをしている気がする…ロージエは恨みを買っているのだろうか?
いや、牽制を目的としているか、理不尽な事に足止めを食らわせた俺に恨みがあるパターンかもしれん。
こちらも軍人として仕事でやった事だから、恨みっこ無しだと思うんだがなあ。
等と悠長に黙考していた事が悪かったのか…
「ゲホッゲホッゴホッ!?」
煙が肺に入り咽ながらも、しゃがみ込み煙を避けつつ背後に振り向くと!?
中央に有った燃やしたベッドから飛び火したのか、複数のベッドも燃え上がり、床板も複数ヶ所に渡り引火している…
いや、それよりも問題なのは天井の梁にも引火している事だ、このままだと梁の強度が落ちて屋根が崩落する、そうなれば否応なく最高でも敵に捕縛される事になる…
これは無理だな…
いや、正確には俺一人であれば今すぐに通過する事は不可能ではないだろうが、弓矢で牽制され続ける中でロージエを引きずって物陰に引き入れてから蘇生の奇跡を使い、蘇生したロージエと共に脱出するのは不可能だ…
今現在も刻一刻と状況も悪化し続けている事だし…
中腰の姿勢を取り、無意味である事を知りつつも神官服の袖で口を押さえながら、なるべく呼吸をせずに強く皮膚を炙る炎を避け、天井の崩落という恐怖に耐えながら入り口とは反対側の窓から脱出すると!?
そこには、すでに治療所を包囲していた数十名の敵兵達が居た…
ああ、うん、まあ、そりゃあそうか。
槍の穂先を俺に突きつけている5名の兵士達が抵抗のための行動だと勘違いして俺を殺そうとしないようには遅く、しかし抵抗の意思があると誤解されないように手早く両手を上げて、降伏の意思を示しつつ相手にしっかりと聞こえる声量で自らの意思を伝える。
「降伏する。命は助けてくれ」
マーガレットとエルザは無事に逃げれただろうか?逃げれてると良いな。普通に強姦とかされる世界だし。




