4話 まずは、あなたからよ!
散歩から戻るとルネは「じゃあまた明日」とブリュレを連れてあっさりと帰ってしまった。
いつもそうしているとはいえカトリーヌはもうちょっとその、ルネが変身の作戦会議をしてくれるとか、色々とその、何かもっと付き合ってくれるのではないかと期待していたものだからちょっとガッカリした。
「ああもう本当にカザール様はよく分からない方だわ!
押しが強いのか強くないのか、いったいどっちなのよね!?」
などとココとルネの背を見送りながらカトリーヌが口の中でブツブツ言っていると、いつの間にか隣に来て同じくルネを見送っていた侍女のメロディが「お嬢様、どうされたのですか」と聞いてきた。
メロディはその可愛い響きの名前に似合わず、と言ってはなんなのだが義母よりずっと年上の、朝と晩だけやってくるカトリーヌの為の通いの侍女だ。
若い娘は評判の悪いカトリーヌの侍女をしていたとなると自分の評判も悪くなるかもしれないと世間体を気にして嫌がるので徐々に募集する年齢が高くなっていき、ようやく見つかった侍女なのだが、入れ替わりの激しいカトリーヌ付きの侍女の中でメロディはもう三年と長く勤めてくれている方だ。
少々お節介なところはあるけれどメロディの何事にも動じない頼り甲斐のあるところをカトリーヌは気に入っていて主従関係は良好な方だと思ってる。
ん?そう言えばなんでメロディがこの昼日中にここにいるのかしら?
ルネが来ている時に同じ室内に控えさせておくのはお茶を用意する給仕女中と相場が決まっているのだが、今日はメロディが何食わぬ顔で入ってきた。その時は特に気にしていなかったのだけどやっぱりおかしい。
まあ、メロディだったお陰でさっき顔がドロドロに溶けてしまった時にサッと直して貰えたから助かりはしたのだけど。
「ねえメロディ。
あなた今日は朝からずっといるわね、何かあったの?」
「ええ、まあ私のことはお気になさらず」と斜め上に視線をそらすのがいかにも意味深で怪しすぎる。
「メロディ?」
「いやね、ここのところ私がいない間に可愛い猫ちゃんと可愛い殿方がいらしてるって執事様がやたらと自慢してくるものですからね、私も今日はお目にかかってやろうと朝から帰らず待機してたという訳なんですよ」
「まあ、ジェイドったらあなたにそんな無駄話をしてたのね」
「いえいえ、お嬢様についての情報交換はこの家の執事と侍女にとって仕事の話です、ちっとも無駄話ではありませんから。
ふふふ。ええ、どちらもしっかりと見て堪能できましたよ。
ふふふ。それにしてもルネ様とブリュレちゃんね〜。
これは、これは、最近お嬢様のご機嫌が麗しいと薄々気付いてはいたのですが、ご機嫌になるはずですよね〜」としたり顔でニンマリされた。嫌な感じだ。
「ちょっと!メロディ!!あなた何か誤解してるわよ?」とカトリーヌが目を吊り上げてもさすがメロディだ、全然動じてくれない。
それどころかメロディは胸を張って言ったのだ。
「どうです、いつも私が言っているようにお化粧は薄い方が良かったのではないですか?お二人になった時にルネ様はそれについて何か言っておられませんでしたか、どうかそこのところを私にも聞かせて下さいよ」
「ええ、まあそうね・・・。
いつもの化粧をやめたらまるで別人だって仰ってたわ」
「まあ呆れた!侯爵家のご令嬢にそんな事を仰るようではルネ様もまだまだ子供ですね!ご主人様にまで気に入られていらっしゃるから相当な御仁だとお見受けしましたのに、私はすっかり見損なってしまいましたよ」
カトリーヌはルネに"いつもより何十倍も綺麗で可愛い" とか、"とびっきりの美女" と言われたなんて恥ずかしくて口が避けても言えないと思い、言えるところだけ抜粋したらあんな感じになってしまったのだけどメロディをこんなに憤慨させた上にせっかく良い提案をしてくれたルネを見損なわせ、逆に心無い事を言ったなんて罪を着せるような真似は流石に出来ない。
「違うの、カザール様は化粧をしない方が綺麗だから、髪も真っ直ぐにして、いっそ変身してみたらどうかって・・・その方が良いって言ってくれたのよ・・・」
「お嬢様っ!」
下を向いてモジモジと白状するカトリーヌの手を掴みメロディは満面の笑みで言った。
「こうしてはいられませんよ!
次にルネ様がお見えになるまでに変身しましょ!そうしましょ!!」
「えっ、何?今から?」
「そうですよ、さっそく磨いて明日はお綺麗になったお嬢様をお見せして驚かせましょう!あ〜腕が鳴るわ〜!!」とメロディはカトリーヌの背を押して屋敷の中に入るよう促した。
カトリーヌはルネに背中を押して貰いたかったのだが、メロディでもまあいいか!と押されるまま中に入った。
(カザール様がサッサと帰ってしまわれるからよ、もうこっちで勝手に変身しちゃうんだから!
見てなさい、最初に驚くのはあなたなんですからね!!)
さっきまで、変身なんてどうすればいいのか分からなかったし、やったはいいが周囲になんて言われるかも心配で、自信も何もまるでなかったのだけど、メロディに促されて "こんなに綺麗だったのか" とルネをビックリさせてやりたいという気持ちがムクムクと芽生えてきた。
今は俄然やる気が湧いてきて元気100倍なのだが、それがただルネをビックリさせるというイタズラを成功させたい気持ちからなのか、恋をしているからなのか、まだカトリーヌは分かっていなかった。