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3話 ココとお散歩

 庭に出たルネ・カザールは腰を落としてココの首輪にリードを付けてから抱えるようにしてヨシヨシとしてやった。ココはようやく散歩に連れて行って貰えると喜んで尻尾をちぎれんばかりに振っている。


「では参りましょうか」


 振り向いてそう言うと、後ろでその様子を黙って見ていたカトリーヌは頷いた。


 立ち上がり室内の方へ顔を向けると窓越しにカトリーヌの父であるアングラード侯爵とその使用人のジェイドが笑顔で手を振っているのが見えたから、ルネも笑って手を振り返した。


 それから2人とココは彼等に見送られながら歩き出した。




 並んで歩きながらもカトリーヌはまだいたたまれない気持ちが拭えていなかった。


 だってさっきは皆に見られないよう背を向けて密かに涙を流したつもりだったのに、完全に100%バレていたんだもの。


 いつも私を見ないようにしてた、そして会話をしてもどこか冷たかった父の今までにない思いやりを含んだ言葉に礼を言うと、父は照れたのかココの散歩に行ってやれと言った。そんな父の様子さえ可愛らしく感じるくらい温かい気持ちになっていて自然と口元がほころんだ。


 それで、もうすっかり涙はおさまったと思って父の方に向き直り、ニッコリと最高の笑顔を見せた。


 ・・・つもりだったのだが、知らぬは本人ばかりなり。


 実際は化粧が涙で溶けて目の周りが真っ黒のドロドロになった上に黒い筋が頬をつたって顎まで伸びて、それはもう酷い顔になっていたのだ。

 侯爵は突然のドロドロ顔にギョッとして、早く散歩に行く準備をして来なさいと侍女にカトリーヌを連れて行くように言って部屋から追い出した。


「あらお父様、私はもう準備万端、いつでも出られますわよ?」と言いながらも侍女に背中を押されて入ったドレッシングルームの鏡を見た時の衝撃ときたら・・・!



(ああ、恐ろしかった、今思い出してもゾッとする。自分の顔と思わずオバケかと思ってギャーッと悲鳴をあげてしまったわ)



 真夏の恐怖体験に思わず身震いしたカトリーヌだが、今は化粧を直してもらってスッキリした顔だ。

 いつもの化粧をしようと思ったら少なくとも1時間はゆうにかかってしまう、せっかく仲直りした父がまた不機嫌になったら嫌だから侍女の言うことを大人しく聞いて手早く薄化粧をしてもらって出て来たのだ。

 でもやっぱりこんな薄い顔で外に出るなんて裸で歩くくらい恥ずかしい、戻ってきた部屋のドアの前で侍女相手にグズグズ言って抵抗していたらウダウダ言ってないで早く散歩に行けとお父様に急き立てられ仕方なく出て来たけどやっぱり恥ずかしくて落ち着かない。



(そうだ、これを使えばいいじゃない)


 カトリーヌは誰か来たらこれを盾にして顔を隠そうと白いパラソルを開いた。




(それにしても隣を歩くカザール様は二人きりになってもさっきの醜態について何も触れてこないわ)


 カトリーヌはきっとルネもさっきの醜態を酷い顔だったねとかバカにするのだろうと思っていたからそれを気にしていて口数が少なくなっていた。どこへ行っても聞こえよがしに陰口を言われたりするのが常なのだ。なんでも面白がる性質のこの人があんな格好のネタを取り逃がすはずがない。

 だけどチラと見てもルネはどこ吹く風といった表情だ。



 カトリーヌがそうやって緊張しながらチラッ、チラッとルネの様子を伺っていると、ココを見ながら何の気なしといった風情で話しかけてきた。



「さっき私たちが出かける時に、侯爵は寝ているブリュレに気を遣って起こさないようにジッと床に正座をしたままでいらっしゃいましたが大丈夫でしょうかね。普段あんな座り方はなさらないのでしょう?」


「大丈夫とは?確かに父が床にあのように座っているのは見たことが有りませんけど、それが何か?」


「長くああやって座っていると足がビリビリと麻痺するんですよ。それで動けなくなってしまうのです」


「あら、ただ座ってるだけで麻痺ですって?そんなことあるかしら?」


「ありますよ、私の友人にニコラというめっぽう強い奴がいるのですが、あいつに精神を鍛えるだの心を整える方法だとか騙されて正座ってやつを皆んなでやらされたことがあるのですよ。

 しばらくして急にさあ立てと言われても立てず大騒ぎですよ!中には足が裏返ってるのに気が付かず足の甲で立ちあがろうとした奴までいて・・・その上あいつは面白がって足を攻撃して来るのです。逃げようにも麻痺で動けず阿鼻叫喚、その有り様はまさに地獄絵図でした。

 あ、ニコラ・ベルニエの事は殿下の護衛として有名だからご存じでしょう?」



 状況が目に見えるようでクスリとつい笑ってしまったが、カトリーヌはツンとしてちょっと呆れ口調で言った。


「地獄絵図って何ですのよ?

 ええ、もちろんベルニエ様のことは存じ上げておりますわ。あの方いつも私を凄く怖い目で睨むのですよ、知らないはずはございませんわ」


「そうですか」


 へー、ニコラが『俺が睨んだら皆んな縮み上がるのにアイツらにだけは一向に効かないから、もう睨む気にもならん。自信失くすわ〜』とボヤいていたけどちゃんと効いてたんだ。・・・とルネが感心しているとカトリーヌが続けた。



「でもそれって他の人には見せない顔でしょ?

 私だけに向ける顔と思うと最近は睨まれるのが楽しみになってしまっているのよね、ホホホ」



 あかん、やっぱり効いてない。どころか逆効果だ!!



「ニコラのあの眼力が効かないどころか楽しみとは、聞きしに勝る豪胆ですね!いやはややはりカトリーヌ・アングラード嬢は凄いなあ!」


 カトリーヌの言葉を素直に受け取り無邪気に感心するルネ。カトリーヌはいつもの調子で強がってみたものの、ルネに感心されるとなんだか哀しくなって思わずため息が零れた。



「ハァ〜。

 嘘ですよ、あんな風に敵意丸出しで睨まれて傷つかないはずがないでしょう。私たち三人娘は王太子殿下に嫌われていますからあのように私を目の敵にするのは仕方がないことですけど、でも、それでも・・・私だって傷つきます」



 普段はわざと強く振舞っているのに、今日に限ってそうじゃない違うんだと何故か否定したい気持ちになっていた。


 いつになく気弱になっているのは、きっとさっき似合わぬ涙など見せてしまったせいだ。




「そうですよね!睨まれて嬉しいはずがない」



「・・・」いつもなら憎まれ口がすぐに口をついて出てくるのに、素直過ぎるこの男に返す言葉が見つからない。



「でもね、きっと昔のイメージが先行して誤解されたままでいるだけなんですよ。今のあなたを知れば殿下やニコラだけでなく皆んなも考えを改めるに違いない。

 ニコラはああ見えて真面目なヤツだから一度言われたらそれをトコトン守るのです。いや、実は最初の交流会があったでしょう?あの後あなたやイザベラ嬢を殿下に絶対近づけるなと我々は言われていたんです。

 それはまあ、あの時に殿下がお怪我をしたからだと思いますが、いつまでと期限が無かったのでニコラは未だにそれを守っているだけだと思いますよ」



 やっぱりそうだったんだ。カトリーヌには国王陛下の名の下に発された守らなくてはならない禁止事項がたくさんあった。それに王太子殿下側も色々対策をとっているらしいと周囲からなんやかんや聞かされてはいたが王太子殿下側の人間からそれを聞くのは初めてだった。だって会話したことがなかったし。


 最近になって王太子婚約者候補が決まり、王太子を追いかけないという条件一つを残してカトリーヌに科せられていた制約が解除されたことを思うとご学友の方達に言われたそれはずっと有効のままだったのだと思う。


 どれほど自分が疎まれていたのか改めて分かって悲しい気持ちになった。



「私、本当に憎まれっ子もいいとこですわね。

 嫌われたい訳じゃないのに、どこで何をしてもいつだって嫌われてしまうの・・・」



 ルネは鈍感だったり、繊細だったり、元気で明るく能天気そうに見えてそれでいて細かい心配りが出来たりする。簡単そうに見えて思うようにならず、また反対に突き放そうとしてもスッと近くに寄って来る。

 多分計算ではなく天然なのだが絶妙な距離感で心の壁を崩してしまうのだ。



 こんなことは今までなかったのに・・・ルネに対して誰にも話したことがない本音を吐露してしまった。カトリーヌは自分がひどく無防備になっていると感じていた。

 今だって彼は優しいからきっとこの気持ちに寄り添って一緒にしょぼんとして慰めてくれるんじゃないかと期待して、つい甘えたようなことを言ってしまったのだ。


 それなのにルネときたら逆に目をキラキラさせて面白くて仕方がないといった顔を向けてきたのだ。



「ちょっと何かしら?人の顔をジロジロ見て!

 さっきのはちょっと口が滑っただけよ、聞かなかったことにしてもらえるかしら?

 それとも何?いつもと顔が違うとでも仰りたい?ちゃんとするといつもの顔にするのに1時間以上かかるのよ。そうするとお散歩にも行けなくなるでしょ、このまま出て来たのは仕方がなかったからよ」



「ねぇ、カトリーヌ・アングラード嬢。いっそ別人かというほど変身してしまいませんか?

 カトリーヌ・アングラード嬢についた古いレッテルを剥がすにはイメチェンが一番ですよ!

 夏休み明けに皆んなを驚かしてやりましょう、本当のあなたを知れば誰もあなたを嫌ったりするものですか!僕がいます、必ず側にいてあなたに辛い思いはさせません。やってみる価値は大いにあると思いますよ、どうですか?」


「えっ、でも。イメチェンなんてどうしたらいいのか分からないし・・・」



「大丈夫、いつものお化粧をやめるだけで相当いけます。

 多分、今知り合いに会っても誰も気が付かないと思いますよ。髪型も変えたら完璧です。

 それに僕は今のカトリーヌ・アングラード嬢の方がいつもより何十倍も綺麗で可愛いと思います。そのお化粧で髪型を例えば真っ直ぐにして下ろしてみたらどうでしょう?

 それだけでもう別人にしか見えないですよ、それも飛びっきりの美女にしか見えませんもの!そしたら皆んなだってあなたのことが大好きになるに決まってます!!」



 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。黙って聞いてたらこの人なんて恥ずかしいことをペラペラと喋っているんでしょう。


 か、可愛いとか、とびっきりの美女とか、あとその・・・大好きなんて!!もう、本当にやめて〜恥ずかし〜い。




 カトリーヌが真っ赤になってアワアワしていると、ルネとカトリーヌの間を歩いているココが顔を上げてこっちを見てきた。



 ベロを出してハアハア言ってるその顔が<ご主人さま、本当は変わりたかったのでしょう?せっかくルネ様がああ言ってくださってるのですよ、この際だからやってみましょう!>とけしかけているように見えた。


 でもそれはきっと、カトリーヌの心の声でもあったからなのだろう。



「まあココったら、あなたまでそんな事を言うの?

もう分かったわやるわよ、だからそんな目で見ないの。だったら私すっごく変身しちゃうんだからね!ココ、見てなさいよ!!」



 なんて憎まれ口風ではあったけど、とにかくカトリーヌはルネの案に乗ってみることにした。



 ルネはそれを聞いて楽しそうに笑ってた。


ココは別に何も言ってない

でもココだって応援しているんですよ

きっとね

_φ( ̄▽ ̄ )



王子様は女嫌いのブクマ300件達成記念にupしました

いつも読んで下さいましてありがとうございます


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