4 星を見上げる
文章が稚拙なので、ちょいちょい改稿します。
色々考えながら窓の外を眺めていると、まもなく芦谷先生が教室に入ってきた。
だが、それでもしばらく教室内は生徒たちの話し声で、ざわざわしていた。
入学式が終了したのに安心したのと、高校初日と言うのもありみんなテンションが高かったせいもあるだろう。
「静かにしろ、帰りの会を始める」
芦谷先生の怒声が教室内に響くと教室内はすぐ静かになり、芦谷先生から明日の説明や必要なプリント等が配られる。
説明を聞いているあいだ、瑛子は学の視線を何度か感じそちらを見ると学と目が合った。
その度に瑛子は質問する意味も含め笑顔で首をかしげたが、そうすると学は恥ずかしそうに前を向くばかりで、瑛子はだんだんと居心地が悪くなってきた。
最終的には学の視線を気にしつつも、そちらの方向を見ないようにした。
それよりも、瑛子は帰りに緑や学から逃げる方法を考えなければならなかった。もう帰りの会が終わってしまう。
「しっかり生徒手帳にも目を通し、校則を遵守すること。先生からの話は以上だ」
瑛子は『これだ!』と思った。挨拶の号令に従い、さよならの挨拶を済ませると学に話しかけられる前に芦谷先生へと駆け寄った。
「先生、すみません少し質問してもよろしいでしょうか?」
芦谷先生は少し怪訝な顔をした。
「私の説明が足りなかったか?」
少し気分を害したようだったのでそれを否定する。
「違います、校則の内容について曖昧な表現をされている場所があるので、それについて聞きたいのです。少しお時間いただけないでしょうか?」
そうお願いすると、芦谷先生は何もない前方を見つめ、一瞬行動を止めるとこちらに向きなおる。
「わかった、そう言うことなら質問を受け付けよう。来なさい」
やった! そう思いながら芦谷先生の背中を追いかけると、職員室の隣の応接室へ通され芦谷先生に促されてソファに座る。
瑛子は入学前に校則を検索し、熟読していた。それは用心深い性格のなせる技だったのだが、読んでいて気づいたことがあった。
校則には『学生らしく清潔感のある格好』などと、曖昧な表現の内容や、地毛の色の届け出などブラックな内容があったのだ。
瑛子は別に不満には思っていない。だが、これらについて、質問をぶつけて議論すれば時間稼ぎになると、そう思ったのだ。
そうして瑛子の帰りが遅ければ、流石に彼らも諦めるだろう。
応接室のソファに座り、芦谷先生が向かいに座るのを待ったあと、口を開く。
「そもそも学生らしい、と言う表現がよくわからなくて。それに普通にすると言っても、普通って一体なんでしょうか」
自分で言いながら、きっと芦谷先生は内心うんざりしているに違いないと思った。
なぜなら、もし自分の周囲にこんな質問する人間がいたら面倒くさくなり、『難しく考えすぎ、もっと力抜いて生きないと、疲れるよ~』と言って話を終わらせるに違いないからだ。
だから当然そういった返答が返ってくるだろうと思っていたが、芦谷先生は思いもよらぬ返答をした。
「お前ぐらいの年齢はそう言ったことに敏感になり悩む年頃だろう。だがそれが社会と言う大枠の中のどうでも良い秩序なのだと、そのうち気づく時が来る。それにな、その校則を作った人達は君の人生の大先輩だ。生きていく中で、人生の後輩たちにアドバイスや校則と言う形として、決まりごとを作り、自分達の犯した失敗を繰り返さないようにしている。そういった側面があると、そう考えて見てはどうだろう?」
流石先生である。しかもちゃんと一人一人に向き合う姿勢もあり、瑛子は芦谷先生を信頼できる先生だと思った。
その後も、芦谷先生は瑛子がする質問一つ一つに丁寧に答えてくれた。
そうして結局お互いに色々なことを議論してしまい、気づけばだいぶ日が傾いていた。
外を見てそれに気づくと瑛子はこれ以上芦谷先生を引き留めてはならないと、話を終わらせることにした。
「芦谷先生、私、芦谷先生のおっしゃることに、感銘を受けました。その通りだと思います。なんだか先生が担任で良かったです。お忙しいのに、質問聞いてくれてありがとうございました」
そうお礼を述べた。すると、芦谷先生は照れ臭そうに笑った。
瑛子は芦谷先生がそんなふうに柔らかく笑う姿に驚き、いつもそうしていれば良いのにと思った。
時計を見るともう十九時を過ぎている。こんな時間まで学校に残れば、あの二人も流石に諦めただろう。
そうして、この時間まで付き合ってくれた芦谷先生にあらためて感謝した。
「芦谷先生、お時間いただきありがとうございました」
そう言うと立ち上がり、頭を下げ部屋を出ようとした。
「待て、あまり良くないことだが、今日はもう遅い。君を家まで送ろう」
そう芦谷先生にひき止められる。
瑛子は申し訳なくて、一瞬断ろうとしたが流石に最寄りの駅から家までのあいだをこの時間一人で歩くのは心配だった。
「よろしいんですか?」
そう尋ねると芦谷先生は苦笑する。
「かまわない、今日は仕方がないだろう」
送ってもらえるならこれ程有り難いことはなかった。
「帰る準備をしてくる、廊下で待っていなさい」
そう言うと、職員室へ戻って行った。瑛子は廊下に出ると、緑と学が居ないことを確認した。
嬉しくなって喜びの舞いよろしく、下手くそなピルエットをしたあと、サタデーナイトフィーバーのジョン・トラボルタのポーズをとった。
すると、背後から声をかけられる。
「君、何してるの?」
瑛子がポーズをとったまま振り向くと、そこには栗花落要が立っていた。
要は一学年上の先輩で“晴れ彼”の攻略対象者だった。瑛子は一瞬固まる。
「天井に、天井に……」
そう言って思わず指差しているその手をどうしてよいかわからず、天井を見上げる。
「天井が、なに?」
そう言って要もしばらく瑛子と一緒に天井を見上げた。
瑛子は適当に言ってしまった手前、どうしようか考えて天井を見ると、小さく星の模様が入っているのに気づいて適当に言った。
「星が在りますよ? 綺麗ですね」
要は、不思議そうに天井を見たまま質問する。
「星?」
その時、タイミングよく芦谷先生が瑛子に声をかけた。
「櫤山、待たせた。行くぞ」
瑛子は要に頭を下げると、足早に芦谷先生に駆け寄った。
こんなところで、こんな時間に攻略対象者と出会うとは。そう思いながら、芦谷先生の後ろについて行く。
職員室前で坪野咖朱雅とすれ違う。坪野先生は隣のクラスの担任だ。“晴れ彼”にも登場するモブキャラだ。坪野先生は瑛子に目を止めた。
「あら、なんなの? あなた、芦谷先生に迷惑をかけているんじゃないでしょうね? こんな時間まで引き留めるなんて……」
と難色を示した。芦谷先生はそんな
「坪野先生、これも教育の一環で私は迷惑と思っていません。ご心配ありがとうございます」
そう言って庇ってくれた。坪野先生は不満そうな顔をした。
「芦谷先生は甘過ぎですよ? まぁ、先生がそうおっしゃるなら私は構いませんけれど」
それだけ言うと、去って行った。芦谷先生は振り返って言った。
「櫤山、今のは気にしなくていい」
瑛子はなんていい先生なんだろうと思った。
そのまま、瑛子が芦谷先生の後を追って歩いて行くと、一台の車の前に立ち止まる。
「君の家が何処なのか私は知らない。案内しなさい」
まさか、車で送ってもらえるとは思っていなかった瑛子はもう一度訊く。
「よろしいんですか?」
芦谷先生苦笑した。
「今日だけだ、誰にも言うな」
瑛子は頷く。
「わかりました、ありがとうございます」
そして、促されるまま助手席に乗り込んだ。隣の駅までたいした距離では無いものの、通勤ラッシュにあたってしまい、車はなかなか進まなかった。
瑛子は途中で自宅に連絡を入れた。
十分に議論をしたあとだったので、芦谷先生とは特になにも話すことはなく、車内に放送大学の授業内容が流れているのを、お互いに無言で聞いていた。
放送大学の内容が物理学になった時、瑛子は思わず呟く。
「もしも、明日死ぬとわかったら間近で中性子星を見たいです」
それを聞いて、芦谷先生はとても驚いた顔をした。
「どこかの天文物理学者も、同じことを言っていた。中性子星は不思議な天体だからな」
そう言ったあと、瑛子に質問する。
「君は天体物理学が好きなのか?」
「はい、物理の計算式は嫌いですけど。天体物理学を調べていると、例えば多次元が同時に同じ場所に存在しているかもしれないのに、次元が違うので、お互いに関知できないとか、普段常識と決めつけていることが、いかに間違っているかわかるのもいいですね。それに、天体や星は、純粋で良いです」
これは瑛子の前世での考えだったが、記憶が呼び覚まされた瑛子にとっては、それが今の答えでもあった。
芦谷先生は驚き瑛子の顔をまじまじ見つめ呟く。
「純粋な星……」
「はい? なんでしょうか?」
そう訊いたが、芦谷先生はそれから瑛子の家の前まで無言だった。
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。