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文章が稚拙なのでちょいちょい改稿します。
瑛子たちの演劇は、そこそこ笑いを取っていた。ギャグを挟みつつテンポよく話が進むので、そんなに長いシナリオではなく、あっという間に悪代官の場所に水戸黄門が乗り込むシーンになった。
瑛子の最後の役目は、チャンバラシーンから、印籠を出した後の暗転で後ろにベニヤ板の草をセットすることだった。なので、ベニヤ板の草を持ってスタンバイしながら、舞台上の演劇を観劇していた。
チャンバラシーンが始まった。すると、勢い余った斬られ役の生徒が、瑛子のところに袖幕越しに突っ込んできた。突然のことで、瑛子は前方に倒れてしまった。私が倒れたら凄い音がしちゃう! と焦った瞬間、芦谷先生に受け止められた。
幸運なことに、袖幕にくるまれているので、二人の姿は誰からも見えていなかった。安心して瑛子は小声で
「先生、すみません」
と囁くと、演劇がまだ続いているため、芦谷先生は
「シーッ」
と、瑛子の耳元で囁いた。瑛子は自分の心臓の鼓動が、芦谷先生に伝わってしまうのではないかと思うぐらいドキドキしながら、舞台が暗転するのを待つ。舞台上では水戸黄門が印籠を出している最中で、まだ少し時間がかかりそうだった。
少しでも、芦谷先生に負担にならないように瑛子は体を動かしたが、芦谷先生が
「櫤山、動くな、じっとしていろ」
と、右腕で瑛子を抱えた。瑛子は、私、これ、芦谷先生に抱きついてない? 嘘でしょ!? どうすれば! と、混乱して目の前がチカチカした。そんな様子を察したのか、芦谷先生が
「大丈夫だから」
と瑛子の背中を優しく撫でた。瑛子は何度も頷くと、そのまま芦谷先生に体を預けた。すると、その時舞台が暗転した。その瞬間芦谷先生が瑛子の肩を持ちガバッと、自分の体から引き離した。そして
「櫤山、早くベニヤの草を舞台に出せ」
と言った。瑛子はあまりのことに
「はい」
とだけ答えると、慌ててベニヤの草を舞台上に出した。そして芦谷先生にお礼を言おうと、舞台袖に戻ると、芦谷先生はもうそこにはいなかった。
瑛子は、先ほどの芦谷先生の行動を思い出していた。そして、暗転したとたん、瑛子を自分から引き剥がした、その行動の意味を考えた。あの行動は芦谷先生の拒絶の行動に思えた。そりゃそっか、先生だもんね、舞台を成功させるために、本当は嫌だったとしてもあれぐらいやるよね。きっと舞台が暗転するまで、先生は我慢してたんだろうな。そんなの当たり前のことなのに、勘違いしちゃうとこだった。と思った。
その後は無事に文化祭が終了し、瑛子のクラスの演劇はパロディ賞を取った。クラスみんなが大喜びしている中、瑛子は複雑な思いをしながらも、文化祭を心から楽しんだかのような顔をして過ごした。
その日瑛子は家に返り、芦谷先生に口頭で説明せずに済むよう、今までの嫌がらせの証拠を黙々とまとめ始めた。気の滅入るその作業をしながら、もうこんなことは早く終わらせたい。心からそう思った。
次の日の午後、いつも途中まで一緒に帰っている和木野美依に
「今日こそ嫌がらせの件、先生に報告してくるんで、びぃちゃんは先に帰ってて下さいね」
と声をかけて、嫌がらせの証拠とそれをまとめた書類を持って職員室へ向かった。すると、芦谷先生の姿はなく、坪野先生が
「あら、芦谷先生なら資料室に行っていて、ここにはいません。貴女芦谷先生に用事でもあるの? 貴女、ちょっと芦谷先生につきまといすぎじゃない?」
と、小言が始まりそうだったので
「わかりました、ありがとうございます」
と話を無理矢理遮って職員室を出た。資料室へ行くとドアが開いていたので、中を覗いた。芦谷先生が書類棚の書類を取り出しているところだった。瑛子は、入り口の柱をドア代わりにコンコンとノックすると、芦谷先生はチラリとこちらを見て、書類に目を落とした。そして
「櫤山、あまり二人きりになるのは良くない、それと昨日のことで少し話がある」
と言った。瑛子は、芦谷先生は昨日のことで瑛子が何か勘違いをしてしまったあげく、あまり接触しないようにしよう、と言っているのに会いに来たから、それを注意をするつもりなのでは? と思った。瑛子は注意とはいえ、芦谷先生の口から拒絶の言葉を言われるのは、耐えられない、と思ったので
「芦谷先生、わかりました。すみませんでした」
とだけ言って、踵を返すと、早足で教室に戻り鞄をつかんで下駄箱に向かった。泣きそうだが、他にもまだ生徒が残っていたのでグッとこらえる。
下駄箱に降りるとそこに神成緑と催馬楽学、それと栗花落先輩がいた。三人は瑛子を見ると、サッと目をそらして去って行った。
瑛子はこれは自分が望んだことなのだとわかってはいたが、三人にもひどく拒絶された気分になり呆然としてしまった。そのままぼんやりと下駄箱の前に行き、自分の外履きをつかむ。突然、指先に痛みが走った。見ると右手が切れている。靴の踵の部分を見ると、カッターの刃が立てて仕掛けてあった。
その刃を見つめてしばらくそこに立ち尽くしていると、横から和木野美依が来て
「瑛ちゃん? どうしたの? って、わーお! 手から血が出てるじゃん!! 早く、保健室、保健室行くよ!」
と、ぼんやりしている瑛子を保健室へ連れて行ってくれた。
「先生! 城崎先生いますか!?」
と和木野美依が声をかけるが、返事がなかった。なので、和木野美依が瑛子の手の消毒をしてくれた。そこに芦谷先生が
「怪我をしたと言うのは本当か!?」
と、保健室に駆け込んできた。瑛子はハッとして
「はい、ちょっと切っちゃって。でも大丈夫です」
と笑顔で答えた。横で和木野美依が
「でも、瑛ちゃん」
と言ったので、瑛子は怪我をしていない左手で、和木野美依の手をギュッっと握った。和木野美依は何か察したらしく、口を閉じた。芦谷先生が
「本当に大丈夫なんだろうな?」
と言ったので、瑛子は
「はい、大丈夫ですよ」
と言うと和木野美依に向き直り
「恥ずかしいから、先生にはさっきドジったこと、言わないで下さいよ、もう!」
といたずらっぽく笑って見せた。和木野美依は
「あー、ごめん」
と苦笑し瑛子に合わせてくれた。芦谷先生は
「ならいいが、そうだ櫤山、事件のことで少し進展が……」
と言ったあと、和木野美依を見た。瑛子は
「和木野さんなら、話しても大丈夫ですよ」
と答える。すると芦谷先生は
「警察から証拠が出たと連絡があった。詳しいことはまた今度話す」
と言い、戻ろうとしたので、瑛子が引き留める。
「先生! すみません渡さないといけない書類があるんです」
と、嫌がらせの内容を書いた書類と、証拠を入れた封筒を差し出し
「大した内容ではないんで、時間がある時にでも目を通していただければいいです」
と言って芦谷先生に手渡した。芦谷先生は
「そうか、わかった」
と、それを持って職員室へ戻って行った。和木野美依が
「いいの?」
と訊くので、瑛子はなにも気づかないふりをして
「ん? なにが? あっ、消毒ありがとうございます。帰りましょっか」
と言った。帰り道、和木野美依に
「さっきの靴にカッターの刃が仕掛けてあったのも、証拠として、後で提出しないとですね、証拠をたくさん残してくれた方が、こちらとしては有利なのでいいんですけど」
と、嫌がらせについても、軽口を叩きながら自宅の最寄り駅まで何事もなかったかのように振る舞った。和木野美依は瑛子が空元気なのに気づいているようだったが、あえて触れないようにしてくれた。
「じゃあまた明日会いましょう!」
と和木野美依に手を振った。そして、振り返って家まで歩き始めた瞬間に、とめどなく涙が溢れた。すれ違う人が何事かと見ていたが、構わずそのままにして自宅まで歩いた。
家につくと勝がギョッとして
「瑛子! どうした!」
と驚き、心配顔で訊いてきたので
「スマホで『南極物語』って言う古い映画見たの」
と前世で見た映画の中で泣けた映画の名前を言った。すると勝は
「あれを見たのか! お前みたいに優しい子にはあの映画はキツいだろう。お父さんも見れない映画だ。可哀想だよな、早く忘れなさい」
と、瑛子の頭を撫でた、瑛子は頷くと
「うん、全部忘れる」
と答えた。
次の日登校すると、教室で芦谷先生が何か言いたそうな顔をしたが、瑛子は目を反らした。
その後も、憂鬱な気分のまま、表面上は何事もなかったかのように授業を受けていた。
3時限目の体育の授業の時だった、授業の内容はバレーボールだったので、瑛子は体育の先生に言われて倉庫で痛い右手を庇いながら、ネットを丸めていた。すると、突然そこで意識が途切れた。
誤字脱字報告ありがとうございます。