雫side ①
雫side ①
朝。私はおにぃにお弁当を作る為に、いつも早起きをしている。これは中学生の頃から続けてることだから、もうそんなに苦では無い。
大好きなおにぃの身体が、私の料理から作り出されている。
そう考えると、おにぃの全部が私のモノのように思えるからだ。
あはは……我ながら、愛が重いな……
まぁ、こんな私の愛よりも、『あの二人』の方がヤバい愛を持ってると思うから、この程度なら可愛いもんだよね。
そんなことを考えながら、私は一人で教室から外を眺めていた。
入学式の時は、あの『次期バカップル』に一番乗りを譲ったけど、それ以降は私が一番乗りだ。
そして、二番目に教室に来るのはいつも『彼』だ。
ガラリ
と教室の扉が開く。
私はその方を向くと、やはり彼が立っていた。
「おはよう、星くん」
「……おはようございます」
イケメンアイドルも裸足で逃げ出すレベルの整った顔立ちは、彼のお兄さんとそっくりだが、中身はまるで別物。
おにぃの親友の一人と言っていい星明先輩の弟の流くんだ。
「今日も早いね」
私が笑顔でそう言うと、いつもは無言の彼が返事をしてくれた。
「家だとゲームをしてると怒られるからね。早く来て学校でやることにしてる」
「あはは、そうなんだ。そう言えばいつもスマホでゲームをしてるよね」
真面目に早く学校に来て、不真面目にスマホでゲームをする。
あはは……真面目なのか不真面目なのか良く分からないな。
「スマホゲームって面白いの?去年あたりかな、おにぃがハマってて『ガチャ』にバイト代のほとんどを費やしてた時があったよ」
私がそう言うと、星くんは少しだけ苦笑いをしながら話をした。
「そうだね。このゲームにも『課金』と呼ばれる要素はあるけど、『ガチャ』は無いんだよね。その点は優良ゲームだと言えるね」
「へぇ、そうなんだ。ねぇねぇ、そのゲームってなんて名前なの?」
私はようやくまともな会話が出来る喜びを噛み締めながら、会話を途切れさせないように頑張った。
「ライジン・オンライン。もともとはパソコンでやる奴なんだけど、スマホにもデータを入れててこうして外でも出来るようにしてる」
ライジン・オンライン。確かテレビのCMで見た事がある。
なんかすごい綺麗なグラフィックだなぁって感じたのを思い出した。
「このゲームは俺にとって……とても大切なゲームなんだ」
「……え」
彼から話しかけて来てくれたことに、私は少しだけ驚いた。
「このゲームのお陰で、俺は『親友』を作ることが出来たんだ」
「親友……」
私の言葉に、星くんが少しだけ寂しそうに笑った。
「ネット上で出会った人間を、親友だと呼ぶなんて、おかしいよ。なんて言うかな?」
「そんな事ない!!」
「……え?」
思った以上に大きな声が出てしまったことに、私自身が驚いた。
「そんな事ないよ。『どこで出会ったか』なんて関係無いよ。大切なのは、『どんな時間を過ごしてきたか』だと思う」
私のその言葉に、星くんは少しだけ安心したような顔をした。
「そんなことを言われたのは明兄さん以外では二人目だよ。母さんや父さんにはバカにされた。たかがゲームだろ。明を見習いなさい。そんなことを言われたよ」
彼はそう言うと、スマホの画面を見せてくれた。
そこには、
『✝︎キリト✝︎』
と名前が出ていた。
桜井くんと同じ名前だ。
と私が思うと、
「彼が俺の親友だ。彼が居なかったら、今の俺は居ない」
「これって……桜井くん?」
私がそう言うと、彼は珍しく『笑った』
「あはは。これはね、ネット上ではとても有名な名前なんだ。とても使用する人が多い名前だと言えるよ。そうだね、この国で言うところの『佐藤』や『鈴木』みたいなものだと思ってくれていいよ」
「そうなんだ……」
彼が見せてくれた珍しい表情に、少しだけ私の心臓が跳ねる。
「だからね、俺は彼のことを『ブラザー』と呼んでいるんだ」
「兄弟……」
その言葉に、流くんは首を縦に振った。
「彼はね、俺と同じ高校一年生の男だと言うことがわかっているんだ。もう三年以上の付き合いになるかな。兄弟のようなものだと思ってるよ」
「いいね。その関係」
私は単純に、この内気な彼の心の内側まで入っていった『✝︎キリト✝︎』くんをすごいと思った。
そして、少しだけ『嫉妬心』を覚えた。
「ねぇ、星くん」
「何かな?」
首を傾げる彼に、私は言った。
「私でもそのゲーム、出来るかな?」
「出来るよ。ダウンロードすればすぐにでも」
彼はそう言うと、凄く嬉しそうにそう言った。
『布教』って言葉をおにぃが言ってたね。
自分の趣味を相手がやってくれるのはとても嬉しいって話をしてたっけ。
「これを使ってくれれば通信料はかからないよ」
彼はそう言うと、ポケットからモバイルルーターを取りだした。
「パスワードを教えるから、WiFiに繋いでからダウンロードして」
「い、いいの!?だってこれ、星くんのお金……」
私がそう言うと、彼は首を横に振った。
「自分の好きなゲームを布教出来る喜びに比べたら、こんなのは些事だよ。桐崎さんなら悪用しないと思うしね」
そのくらいのことはわかるよ。
そんなことを彼は言ってくれた。
「じゃあ……ありがたく……」
私は、彼から教えてもらったパスワードを入れて、WiFiに接続する。
そして、サイトから『ライジン・オンライン』のゲームをダウンロードし始める。
あーあ。私もついに『不良』の仲間入りだな。
学校でゲームをするなんて。
私はチラリと星くんを見る。
そこにはとても嬉しそうな表情の彼が居た。
こんな表情を見せてくれるなら、別に少しくらいは遊んだっていいよね。
私はそう考えながら、少しずつ進むパーセントを眺めていた。