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ノンシリーズ ミステリー短編

二人の運命の分岐点

作者: 髙橋朔也

 目が覚めて顔を洗うと、日課であるインスタントコーヒーの粉末をコップに入れてお湯を注いだ。スプーンで()き混ぜると冷ますために窓に顔を向ける。

 窓から見える景色は一面畑である。その畑の中に農家の人や案山子(かかし)などが立っているが、服装が似ているため正直に言うと判別出来ない。ついうっかり案山子に話し掛けてしまったこともあった。

 この村の周りを囲むのは山であり、春になると花が()く桜の美しさには思わず息を飲むが今のような夏の季節だとセミが五月蝿(うるさ)いという感想しか出てこない。

 お察しの通り僕が住んでいるのは、わざわざ足を運んでまで観光をするところがない山奥にある村だ。そのため、観光客もあまり来ない。いや語弊(ごへい)があった。''あまり''ではなく''まったく''観光客が来ない村である。

 しかし食べ物の美味しさには村の内外からもそれなりに定評がある。畑で農家の人達が丹精(たんせい)込めて育てたからだろう。だが、山の中にある村だから畑もあまり大きくはない。そのため畑から採れる作物だけでは村の人口を(まかな)えるか賄えないかの程度に過ぎない。

 それでも村人達が豊かに暮らせているのは、隣村(りんそん)()るところが大きい。隣村と言っても山の(ふもと)に位置していて距離はあるが、その村とこの村で築かれた友好関係により、その隣村で育てられた作物の一部が優先的にこの村で買い取られているからだ。

 この隣村だが、近辺の樹木が急速に生長してしまい伸びた枝が道を(ふさ)いでしまうということが起こっている。村の外れに位置していて木々に囲まれた家は、邪魔な(えだ)()けながら道を通るという田舎特有の弊害(へいがい)(かか)えている。

 しかし木を切ると(たた)られるという風習が村にあって枝を折ったりは出来ないので、応急処置として紐で枝を束ねるなどの対処法を行っている。

 話しを戻して、食べ物の味以外にこの村の良い点を挙げるとなると、外界から遮断(しゃだん)されているという部分だ。最近では車も普及(ふきゅう)したきてきたために隣村との行き来も楽になったが、それでも村人の多くが老人のためのどかな村であり、人とのコミュニケーションに疲れた若者がたまに引っ越してくる。

 無論、僕も人と接するのに疲れたからこの村に引っ越して来た。だがずっと働かないというわけにもいかない。貯金ももうすぐで底を突く。けれどこんな田舎の村だ。バイトもやっていない。

 肩を落とし掛けたが、ちょうど良いタイミングで例の隣村に初のコンビニエンスストアが出来た。そして何と、バイトを募集している。僕は早速面接に行き、見事採用された。

 一応は自転車を持っているから、そのコンビニへは片道十五分程度の距離だ。支障はない。強いて言うならば、給料をもっと上げてほしいということだけだな。

 そんなことを考えていたら猫舌の僕でも飲めるまでにコーヒーが冷めたので、コップを手に取ってスマホを片手に眠気覚ましのコーヒーを(すす)る。

「というか、こんな村なのにスマホが圏外じゃないって地味に(すご)いよな」

 確かに、この村に引っ越してくる以前はスマホが圏外なのではないかと危惧(きぐ)していた。まあ、杞憂(きゆう)だったが。

 コーヒーを一気に飲み干すとTシャツに(そで)を通し、腕時計を確認しながら家を出る。自転車の鍵穴に鍵を差し込むと(ひね)り、サドルに腰を下ろして全力でペダルを()ぎだした。

 自転車は山を猛スピードで下り、(けわ)しい山道を難なく進んだ。バイト先のコンビニの壁に自転車を立て掛けると、鍵を引き抜いて裏口から入った。

戸塚(とつか)君!」店長は僕の名前を呼びながら苦悶(くもん)の表情を浮かべて腕を組んだ。「優秀な君にこんなことを言いたくはないんだがね、もしかして商品を盗んでない?」

「え?」

「いや、戸塚君がバイトするようになってから万引きされるようになって。それで君ではないかと思ったんだ」

「防犯カメラを確認してくださいよ」

 と内心怒りながら反論すると、店長は眉間に(しわ)を寄せる。

「あの防犯カメラはダミーなんだ。万引きの抑止(よくし)力となるだろうと思ったんだが......」

 防犯カメラがダミーなのは仕方ない。何たってここは田舎の村だ。こんな事件は放っておくのが一番だけど、僕が犯人として疑われているとなると話しは別だ。真犯人を見つけないと、せっかく見つけたバイトをクビになってしまう。

「第一、僕が犯人だという証拠はないでしょう?」

「ないけど、君は貧乏が理由でバイトの面接に来ただろう? 現状では君が最有力容疑者なんだ」

「ど、どうすれば身の潔白(けっぱく)が証明出来るんですか?」

「真犯人を連れてこられれば話しは早いのだけれど、真犯人がいるとは思えない。君は今日でクビだ。万引きされた商品の合計金額5860円を早急に支払ってくれたまえ」

 おい万引き犯、せこいぞ。これでは''()引き''ではなく''()引き''じゃないか。たった5860円ぽっちのために僕はバイトのクビなってしまうのだぞ!? 盗むならば何十万か盗んでみやがれ!

「さすがに今日中にクビとは尚早(しょうそう)では? まだ証拠も何も見つかっていないのに」

「万引きと一緒にバイトは出来ないと同じバイトの子達に言われてね。バイト五人を失うより、君一人を失った方が損失は低いだろ? 簡単な算数の話しだよ。今日のバイトが終わったら明日から来なくて良いからね」

 こうしてクビを宣告された僕は、涙を目に浮かべながらレジに立った。その時の僕の頭の中では、次はどこでバイトをしようか、ということしか考えていなかった。

 しかし途中で気付いた。真犯人が万引きしているところを取り押さえてしまえば、僕はまだバイトを続けられるのではないか。

 真犯人を見つけ出そうと心に決めた時、瞬時にこの店内の客の観察を始めた。黒のパーカーに黒のスボンを着用するやや小太りの中年男性は、ビールの並べられた陳列(ちんれつ)棚の前に仁王立ちしている。

 そしていかにも坊さんという服装をする高身長で坊主頭の若い男性はと言うと、このコンビニの名物となりつつある独創的な形をした本棚を眺めていた。この本棚の困るところは背板に様々な穴が空いており、これが独創的だと人気を呼んでいる。

 もう一人の客はかなり怪しく、面構えからして何人か人を殺しているのではないかと思われるほどのオーラを放ち、筋肉が異様に発達している。いやこいつは万引きより強盗向きだな、うん。

 そしてこの三人の手付きを凝視(ぎょうし)し、万引きの瞬間を見逃さないように善処した。けれど白昼堂々、店員の目前で盗みを働けるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

「あの、会計お願いします」

 先ほどの坊さんはカゴに何点かの商品を入れて、レジまでやって来ていた。

「坊さ──ではなく、和尚(おしょう)さん。弁当は温めますか?」

「お、和尚さん? ハハハ。そう呼ばれてみたいものですね」

「?」

「ああ、これは失礼。まだ見習いなもので。近くにあるお寺で見習いをしているのだけど、今日は弁当を買いに来ただけだよ。弁当は温めてください」

「わかりました」弁当をレンジに入れ、開始するボタンを指で押し込んだ。「近くのお寺と言うと、最近出来た例の大きなお寺のですか?」

「まあそうですね」

 一分と掛からずにレンジから弁当を取り出すと、レジ袋に入れ割り箸を一膳(いちぜん)()えてから渡した。

「またのお越しをお待ちしております!」

 肩を落としてため息を漏らすと、もうすでに次のお客さんが並んでいた。顔を上げると、黒ずくめの中年男性だった。

 顎髭(あごひげ)の処理に失敗して出来たであろう傷を見ても笑うのを(こら)えつつ、僕はカゴを受け取って素早くバーコードを読み取る。

「合計で2500円です」

「カードで」

 ニートと言わんばかりの容姿と服装なのにゴールドカードを使うとは、親が金を持っている上に親馬鹿なのだろうか。決め付けているのはわかっているが、それでも(うらや)ましい。最悪の場合はこいつを万引き犯に仕立て上げて()さ晴らしをしてやる。

「お買い上げありがとうございました!」

 親友にも見せないような満面の笑みで客を送り出すと、肩を叩かれたので振り向いてみた。

「やあ戸塚。バイトを今日限りでクビになるらしいな。ドンマイ」

 この男は能力が僕より(おと)っていることが許せず、何かとかまってきていた。おそらくだが、万引き犯の俺とはバイトをしたくないと店長に言った一人がこいつだろう。

「どうしたんだ、棚田(たなだ)? こんなコンビニのバイトをクビになったくらいで僕が悔しがるとでも思ったのか?」

「強がるなよ。内心ではクビになりたくないくせに」

「また次の仕事を探すのが面倒なだけだ。クビになっても痛くもかゆくもない」

 とこのように棚田と口論をしていると、店長がもの凄い剣幕(けんまく)でこちらへ歩み寄ってきた。

 俺は笑顔を絶やさずに店長に話し掛ける。「どうしました?」

「戸塚君。先ほど気付いたのだが、本がまた一冊盗まれてしまったようだ。再三言ったのに、まさか罪を重ねるという愚策(ぐさく)に走るとは。今すぐ盗んだ商品の合計金額分を置いて立ち去れ!」

 反論の余地もなく、僕はコンビニを追い出された。まだ今月分の給料も(もら)っていないが、(あきら)めるのが最善だ。

 それよりも、あの若い和尚さんは例の本棚を眺めていたな。もしかすると、あいつが万引き犯かもしれな──。もしかするとじゃない。ほぼ100%の確率で和尚が犯人だ。

 坊主ならば普段の生活ではカツラを使えば困らないし、何よりカツラを変えれば印象も変えられる。加えて和尚の服装は物を隠すのに(てき)した構造だった。

「ならばあの和尚の居場所を突き止めればクビにならないぞ!」

 僕は頭をフル回転させ、和尚の行く先を考えた。あの和尚の格好では目立つので、このコンビニの周辺で着替えたはずだ。そしてコンビニの近くで着替えられる場所と言えば、公園の公衆便所の個室しかない。

 自転車に飛び乗ると、公園まで向かって勢いよく飛び降りる。公衆便所のそばにあるベンチで休憩(きゅうけい)をするご老人へ歩みを進めてしゃがみ込むと、好印象を与えるような笑顔で(たず)ねた。

「坊さんがトイレへ入ったかわかりますか?」

「ぼーさん? ああ、お坊さんね。数分前にトイレに入ったけど、出てきたのは見てないな」

「お坊さんがトイレに入った後にトイレから出てきた男性は何人いたかな?」

「二人だったかな? 一人は女かってくらい背が低くて、もう一人は対照的に背が高かったよ」

 確か和尚はかなりの高身長だったよな。

「その背が高い人はどっちにいった?」

「さあ、そこまでは見てなかったからなあ。もっと変な姿だったり荷物を持っていたら目で追ってたけど」

「へ? 荷物は何も持っていなかったの?」

「見る限りは手ぶらだったよ」

 ご老人に頭を下げると、男子トイレに足を踏み入れた。真犯人は和尚の格好から着替えたのに荷物を持っていなかったのならば、この男子トイレのどこかに和尚の衣服などを隠しているはずだ。そこに手掛かりがあるかもしれない。

 すると思った通り用具入れの奥にバックがあり、その中には和尚の着ていた服や(くつ)などが詰められていた。他にこれと言って手掛かりになりそうなものは皆無(かいむ)である。

「と言うか、靴はスニーカーだな。一応僧侶(そいりょ)()くような靴も存在するけど、靴にまではこだわらなかったか」

 手掛かりもなく万策も尽き、頭を抱えながら(うな)った。


 小心(しょうしん)者のくせに万引きを何度か犯してしまった神楽坂(かぐらざか)海里(かいり)は、家に入るなりカツラを取り外した。

 大学受験に失敗して浪人(ろうにん)生となった彼は、貧乏な家のために浪人によって無駄な出費が増えると家族から(うと)まれた。見かねた彼は貯金を抱えて家を飛び出し、山の麓の村にある祖父が所有する古い家へ逃げ込んだ。

 祖父には許可を取っており、家族には自分の居場所を話さないでくれと海里は(くぎ)を打っておいた。(ゆえ)に、一人暮らしなのだ。

 けれど貯金も生活するだけで底を突いてしまい、参考書を買う余裕(よゆう)はない。仕方なく、防犯カメラも設置されていないコンビニで盗みを働いた。

「でも万引き犯をしても未だにバレてない! 当分はこうやって生活をしよう!」

 開き直った彼は一昨日コンビニから盗んだサンドイッチを(むさぼ)り食い、お腹が鳴って勉強に集中出来なくなることを防いだ。

 あとは無限に湧き出る地下水を飲んでお腹を満たし、ペンを手に取って勉強を始めた。

 そんな時だった。急に扉が開き、眼鏡を掛けた凡庸(ぼんよう)そうな二十代後半と見受けられる男性が土足で家へ上がり込んできた。彼はこの男性と初対面というわけではない。

「あっ! コンビニの!」

「ああそうだ、数十分振りだな。僕は戸塚圭太郎(けいたろう)。言われもない万引きで理不尽にもバイトをクビになった者だ。君には真犯人としてコンビニまで来てもらう!」

「どうしてこの家がわかったんだ! まさか尾行していたのか!?」

「......尾行なんて僕が出来るわけないだろ。公園の男子トイレにあったバックに入っていた靴から推理してみただけだ。あの靴は両方とも靴紐がなかった。だからこそ坊さんに化ける時に使われたんだろう。ではなぜ靴紐が二つともないのか。真剣に考えたよ。

 そして思い出したんだ。この村の木々は最近急速に生長してしまい、枝が道の邪魔になる。木を傷付けることは不可能だから、紐で枝を束ねる。その束ねるための紐の代わりに靴紐を使ったのではないか、とね。

 何せ犯人はコンビニから万引きをするほど貧乏のようだ。使えるものは使うのが普通だ。それから僕は枝が道の邪魔になって困っている家を片っ端から訪ねて、五軒目で当たりを引いたんだ。

 とぼけても良いが、うちのコンビニで売っている本の側面は特徴的な日焼けをするんだ。本棚の背板におかしな穴が空いているからね。それが動かぬ証拠になる」

 万事休す。海里は(ひざ)から崩れ落ちた。「大人しくする。コンビニへ連れて行ってくれ」

 ここで警察に捕まってしまえば大学受験に合格するのは難しくなる。だが小心者の海里に逃げる勇気などなかった。

 無抵抗となった海里を前にした戸塚は、家の中を見回した。そしてしばらく沈黙が続き、戸塚自らがその静寂(せいじゃく)を破った。

「君は浪人生のようだね。事情は知らないけど、コンビニから盗んだものは参考書などが大半を()めている。それにこの家に漫画も置いてはあるがほこりを(かぶ)っていて、ちゃんと真面目に勉強をしていたことを示唆(しさ)している」

「は、はあ......」

「まあ、何だ」戸塚は()()ずかしそうに(ほお)を掻いた。「前途ある若者の将来を潰すよりは、僕がクビになった方が社会のためにもなるな」

「へ?」

「今回だけだ。もう万引きはするな。万引きされた商品の合計金額はすでにコンビニに払っているし気にするなよ」

「あのう、状況が飲み込めないのですが」

「君の受験の頑張りを見て気が変わったんだ。警察に捕まったことが受験する大学に知られれば合格は絶望的。それに6000円程度を払っただけだから、僕は何ともない。じゃあ、大学に受かることを(いの)ってるぜ、青年!」

 自分のあまり歳の離れていない戸塚から救われた彼は、それを(かて)に勉強に熱中。見事第一志望の大学に合格すると、家族よりも先に戸塚に連絡をした。

 これが二人の運命の分岐(ぶんき)点だったのかもしれない。

 その後、一人の青年が社会を背負って立つのはまた別の話しである。

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