二話 アシュラと戦うコウケン
「拙者の名はアオイ・コウケン。一人の侍として乱暴狼藉を働き、罪無き人々を苦しめるのは見過ごせぬ。故に貴様を倒し、人々に貢献するでござる」
記憶喪失の侍であるアオイ・コウケンは成り行きのままにエドランドに現れたアシュラと戦闘する事になった。アシュラはダンジョン王であるアシュラ王の長男である。誰もが勝てるわけないとコウケンを見捨てるように逃げる。全身が赤く八本腕のモンスターであるアシュラは自分に向かって来る人間に対して剣を振るい笑う。
「バグ発生によってオレはエドランドに出てきたが、人間とはたわいも無いものだ。アシュラ様が貴様も八枚下ろしにしてくれるわ!」
そして、コウケン対アシュラの戦いが始まった。
「……」
エドランドの岡っ引であるゼニガタ・ヘイコは八本腕の赤いモンスターであるアシュラと対峙するコウケンを屋根から観察していた。
「方広寺の鐘が鳴ってるからギルドの連中が五分程で到着するのに。そもそもバグで現れるモンスターはエドランドでは当たり前の事で、損害を受けてもギルドが保証してくれる。そもそも、あの八本腕のアシュラに刀一本の男がどう立ち向かうのよ……アシュラはダンジョンの中でもエリアボスレベルなのに」
そう呟くヘイコの言葉とは裏腹に、青い狩衣を着る侍はアシュラの攻撃をいともたやすく回避していた。
「八枚下ろしじゃあ! せやぁ! つぇい!」
「せかせかしないでござる」
何故かアシュラの攻撃は全て当たらず、コウケンは相手を気遣うような発言すらする。同時に、アシュラの持つ全ての剣が地面に落ちた。
『……』
それを見ているヘイコ達群衆は声も出ず口を開けている。当然、当事者であるアシュラは激怒していた。
「き、貴様ぁ! 変なトリックを使いおって! このアシュラの八本剣を愚弄するか!」
「愚弄はしてはおらぬ。ただ、力み過ぎているから太刀筋が読める。お主はバグによって地下から現れたらしいが、地上で何をするでござる?」
「地下のモンスターが地上に出るにはギルドの警備するギルドゲートを通らないとならん。そこを通るには魔王レベルの大軍団ではないと不可能。親父はそんな焦土戦は好まない。故にバグで地上に出られたならば、人間共を皆殺しにして暴れてやるのがモンスターの生き様よ。だから死ねぇ!」
「まだ話は終わっていない。待つでござる」
剣を拾ったアシュラを徹底的に刀で止める。全ての攻撃はコウケンの刀によって弾かれている。アシュラも八本の剣が一本の刀に全て防がれているのを、理解出来ていない。
(何故攻撃を一切しないんだ? コイツ……狂ってるぞ)
と、次第にアシュラは思い出す。すると、逃げ惑っていたエドランドの住人達はコウケンとアシュラの戦いを見物し出している。方広寺の鐘は鳴り続けており、もうすぐギルドの兵士が現れるだろう。すると、ギルドの下働きをする岡っ引連中が雑談をするよう話している。
「誰だあれは? ギルドの人間でも岡っ引でもない。あんなダンジョンシーカーいたか?」
「いや、あんな服装の人間は見た事がないぞ?」
「不審者だな。最近のエドランドはバグも多いし、もしかするとあの男が犯人なのかもな」
「ブーツを履いてるならギルドの人間か? でも上は和服だからチグハグだな」
アオイコウケンはエドランドの住人から不審に思われている。
バグが起こってすぐに対処してにも関わらず、誰かもわからない人間という事で怪しまれていた。
それを聞いたアシュラはフシュウ……と息を吐いていう。
「大きな被害が出ていないのは貴様が俺と戦っているからだというのに。まぁ、人間などそんなものだ。だから滅びる必要がある」
「……」
「呆れて声も出ないか。怪しいと思われているなら助ける必要もあるまい。死ねぇ!」
アシュラの言葉が聞こえていないのか、コウケンは立ったままだ。すると、腰前にある葵御紋の印籠が薄く発光し、自由侍の脳に語り掛けた。
『自由を求めろ。自由に尽くせ』
誰かの言葉が脳で反響し、コウケンは青い瞳を輝かせた。
(自由を求めろ。自由に尽くせ。そうでござる……ならば)
動き出すアシュラにコウケンは言い放つ。
「確かに記憶も無くこの街も知らぬ……だが拙者には侍としての士道がある! 故に弱き者を助けるのは至極当然の事! 人の信用は後からついて来るものでござる!」
一閃した刃はアシュラを地面に倒す。
凄まじい一撃にコウケンを怪しんでいた岡っ引達も黙った。
感情の変化でこうまで力が上がるのか? と不快に思うアシュラは言う。
「貴様は何なのだ? 侍とはエドワールドに存在するジョブなのか?」
「拙者は自由の侍アオイコウケンだ。この御紋が目に入らぬか!」
その自由の侍という響きは周囲に響き渡るり、アシュラの目にはコウケンの手にある葵の御紋が入った印籠が見えた。
「葵の御紋――何故貴様が!?」
背後にジャンプしたアシュラは腕を後ろに向け、コウケンの左側を向くように構えた。
「自由の剣か……人間はダンジョンを貪っておいて、何故人間に味方する!? 今の現状だけ見て、一方の味方しか出来ない観察眼無き貴様に何がわかる!」
「確かに今は現状しか見えていない。今後、ここの人間達の悪行を知る事もあるだろう。その時は拙者がその人間を斬る」
「自由の剣である貴様が神だとでも言うのか! 馬鹿馬鹿しい! 全知全能を気取るのは葵御紋を持つ者の共通点だな!」
「お主を倒した事で罰を受けるなら、拙者は堂々とその罰を受けよう」
「こざかしい。だが、その葵御紋のおかげで思い出した事がある。どうやら貴様の強さの秘密がわかったぞ。だが貴様がいかに強くとも、この八枚下ろしの斬撃は止められまい!」
「その体勢は……まさか――」
そのコウケンの右手後ろにはヘイコやエドランドの群衆が多数存在した。そこへ向けて技を放てばコウケンは回避不可能である。
「魔王の息子ならば卑怯な手を使わずに勝ってみせろ。それが出来ずしてモンスターが従うのか? ドラ息子が」
「じゃかしいわ! 自由侍と言っても所詮貴様はギルド兵士の一人だろう? 他人の意思で剣を振るう貴様が自分の命を捨てられるのか! くらえ! アシュラ秘剣・エイトブラスター!!!」
アシュラの必殺技である八斬のオーラ斬りが放たれた。アシュラの卑劣な攻撃により、コウケンはこれを受けなければ死者が多数出るだろう。
「拙者は自由の侍。全ての行動は拙者の理念から行われる。他人の剣で拙者は測れぬ!」
その言葉を群集は聞いた。だが、ヘイコを含む群衆はその青い侍を見失っている。
『――』
コウケンはアシュラの視界にも存在しなかった。その背後にいる青い侍は刀を鞘に納めると言う。
「天覇神光流・神光斬」
光を放つ高速の居合いがアシュラを斬っていた。そのアシュラの身体は消滅し出す。
「ぐっ……その強さは神の子だな。親父のアシュラ王は葵の御紋を持つ神の子には手を出すなと言われていたが、まさかこんな唐突に出会うとは。オレの不覚……」
「神の子? 何の話だかわからぬが、この葵の御紋印籠に何かあるでござるな?」
「それは後の楽しみだな……知りたければダンジョンの下のセンゴクロードへ行け。あそこは群雄割拠の戦国の世だ。もしかしたら数年前から魔族が現れ出したのも、神の子が現れる兆しだったのか……」
「待つでござる。センゴクロードに魔族……わからない事が多すぎるでござるよ」
「お前がこの世の神の子か悪魔の子か、地獄の淵で観察しててやるよ……」
言うと、アシュラは完全に消滅した。
コウケンは記憶喪失の手がかりとなる葵の御紋の描かれる印籠を見つめていた。
この日から「自由侍・アオイコウケン」の名がエドランドにて広まる事になった。