一話 記憶喪失の侍 アオイ・コウケン
とある川を仰向けで流れている十代後半の男がいる。
いや、その黒髪ポニーテールの男は川に流されていた。意識を失っているからである。服装は上着は青い狩衣を着ていて、下は黒のズボンであり編み上げのブーツを履いていた。髪型は黒髪ポニーテールであり、もみあげは長く、前髪はオールバックのように上げているが中央は垂らしている。男は青鞘の刀を抱き抱えるようにして死体のように流れていた。
「……ぶはっ!?」
と、意識を取り戻したのか目を開けた長いもみあげの男は川から上がる。全身びしょ濡れのまま森の中で呆然としていた。
「ここはどこでござる? 拙者の名はアオイ・コウケン……それだけしか思い出せぬ……」
その男、アオイ・コウケンは自分が何故ここにいるのかわからなかった。
とりあえず青いフンドシ一丁になり、焚き火をして服を乾かす。その間、川で魚をとり枝に刺して焼き魚を作ろうとする。すると、森の先の方角から何かが爆発したような音がした。
「? 何でござるか?」
青い鞘の刀を持ち、周囲を眺めてみるがここがどこかも検討がつかないので考えても仕方ないと思った。ので、ある程度乾いた狩衣とズボンを身に着けその方角に駆けた。何か事件が起こっていたとしても、そこには人がいるであろうという考えもあったからである。
「空腹でござるが、焼き魚は捨てるしかない。今はあの爆心地に向かうのが吉でござる!」
焚火を消した青い狩衣の侍は長い髪を揺らしながらその街――欲望と金とダンジョンが乱れるエドランドに到着した。
※
「何だあれは……妖怪でござるか?」
コウケンの目には一体のモンスターが映っていた。2メートルほどの体格で全身が赤く、剣を振り回す八本腕のモンスターが街で暴れていたのである。さっきの爆発音はどうやらこの八本腕のモンスターが原因のようだ。
「あ、お主聞きたい事が……そちらの人……」
と、コウケンは声をかけるが人々は逃げ惑うばかりで話を聞こうともしない。
「これでは話にならぬな。ならばあの妖怪を倒してしまえば問題解決か。しかし、拙者の空腹はかなりの危険域でござる……」
食い損なった焼き魚を思い出して、腹が鳴った。すると、何やら食べ物の匂いを感じたコウケンは民家の屋根を見た。
「……」
そこにいる少女の足元は赤い鼻緒の雪駄。上は背中に永楽銭が描かれた赤い半纏。胸はサラシで巻いているようで、微かに着物の合わせから谷間が見える。ピンクノースリーブの着物に白い股引の美少女だ。そして、侍はその場へ飛んだ。
「お主、あれは何でござる?」
と、コウケンは茶髪セミロングの岡っ引のような服装をした少女に声をかけた。手には肉まんを持ち、腰に十手を差している少女は何だコイツは? と言った顔をしつつも答えた。
「あれはバグが起こって地下ダンジョンから出現したアシュラよ。強い方のモンスターではあるわね」
「はて? バグとは何でござる?」
「バグも知らないの? ……バグはダンジョンのモンスターがいきなり地上に出現してしまう現象よ。ここ数年はセンゴクダンジョンというモンスターよりも強力な魔族が現れたせいで、バグも頻発するようになってるの」
「なるほど、なるほど。して、お主はこの戦場のような場所で平然としてられる気力、胆力、実力がありながら何もしないのは何故でござる?」
「……岡っ引は依頼があってエドランドを管轄するギルドからの仕事を受けるの。割りに合わない事はしないのよ」
「義理人情では動かないでござるな?」
と、言うとコウケンの腹が鳴る。その間にもアシュラは暴れており、エドランドにバグ発生を知らせる方広寺の鐘の音が鳴り出している。
「方広寺の鐘が鳴ればこのエドランドを管轄するギルドの連中がモンスターを始末しに来るから何もしなくていいのよ。……アンタと話してて、肉まん食べる気失せた。あげるわ」
「肉まん頂くでござる。そのギルドというのがこのエドランドという街の警察権がある組織なのでござるな。そして方広寺の鐘が鳴ると、バグで現れたモンスターを退治しに来る……しかし、街が壊される様を見ているのは納得出来ぬでござるな」
肉まんを食べるコウケンはやや怒りの顔つきをしていた。そして、左手を刀にかけて少女に言う。
「肉まん貰って力が回復した。拙者があのアシュラを倒してこのエドランドに貢献してみせよう。主の名は?」
「ゼニガタ・ヘイコよ。てか、そもそもアシュラは強いわよ? それに貴方はギルドに登録してるの? 貴方の顔はエドランドで初めて見るわよ――」
「これは渡世の仁義。そして自らを由とする。それが自由侍でござる」
その岡っ引の少女の声を最後まで聞かずにアオイ・コウケンは屋根から飛び降りた。そして、エドランドで暴れるアシュラを倒す為に駆けた。