余命一週間と宣告された駄目人間は、女子小学生を誘拐する。『無敵の人』になった俺にもう怖いものは何もない。最後の最後まで人生を謳歌してやるさ。
——1日目——
「あなたの余命は、一週間です」
深刻な声で病院に来いとの連絡。
で、診察室に入り、椅子に座った瞬間。
余命宣告されちまった。なんじゃそりゃ。
「おいおい……待ってくれよ。じいさん、お前ボケてるんじゃねぇーの? 俺まだ二十代だぜ? それなのに、余命宣告? ありえないありえないっつつの。冗談キツいぜ、それは」
おどけてみるものの、じいさんドクターはシリアス顔。
老眼鏡をクイッと持ち上げて。
「残念ながら、佐藤一樹くん。これは事実だ」
ってなわけで、病気の説明オブ説明。
俺の病気はね、未知の病なんだとさ。
何と都合が良いことか。
病院からの帰り道。
「はぁー。ったく……お、俺は、マジで死ぬのか?」
普通にピンピンしてるのに、一週間後死ぬのかよ。
ありえねぇー。ていうか、考えられねぇーよ。
でもさ、余命宣告された身。
「もう何をしても怖くはないよな。どうせ余命は短いし」
ってなわけで、俺は法を背いて、危険な遊びをすることに。
手始めに、女子風呂を覗くってどうだろう?
他にも、歩いている女性に突然抱きついて、そのまま——。
「俺の股間が騒ぐぜぇ……これは」
我ながら、自分の妄想力には感服するぜ。
若い女共を幽閉して毎日犯してやるのも悪くないな。
他にも、次から次へと夢ある若者を殺して行っても。
「人生なんてゲームだ。俺が死ぬなら道連れにしてやる」
強盗でも殺人でも、何でもやりたい放題。
どうせ死ぬのが分かってるんだ。怖いものは何もない。
全知全能の神様になった気分だぜ。
「おっ……良いところに、女の子がいるじゃん。とりあえず、ロリを十分に堪能するってのも悪くないな、グヘヘへへへ」
心の中では、やめろって叫んでるんだけどな。
絶対に手を出すなって。ウルトラマンなら、ピコーンピコーンってタイマーが鳴ってるね。
なのに、俺は手を出しちまった。
「秘儀『スカートめくり』——」
小学生の頃に憧れたんだよな。
もうぉー男子いきなり何をするのぉーって言われたかった。
クラス内でイケイケな男子がやったら、女子は喜んで。
俺がやったら、学級問題だぜ? おい、どうなってんだ。
「くっくっく、これは復讐だ。学生時代は虐げられ、社会人時代はブラック企業で働かされた。俺から人類への逆襲だぁ」
カッコよく決まったと思ったら——。
俺の手が、少女のパンツに食い込んでやがるっ!!!!
「なな、ななななあああああ、何をするですかぁぁああ!」
長い黒髪を二つ結びにした少女を引っ張ってしまった。
厳密には引っ張るていうか、手がパンツに食い込んでさ。
そのまま、一緒に付いてきてしまった形。
どういうことだってばよっ!!
ある意味、超人的な力ではないですか?
俺、奥まで手を伸ばしたつもりはなかったんですけど。
「は、離してくださいっ! 助けてえええ!」
「おい、クソガキ。黙れっ! 静かにしろ」
こんな場所で捕まって溜まるかよ。
俺の復讐は始まったばかりだぞ。
それも、スカートめくりで逮捕とかマジでバカ。
「いやですっ! 怖いです。警察呼びますよー。たすけ——」
「ちょっと黙ってろ。良いな、声を出すなよ」
少女の口を手で塞いだ。
これで大丈夫。そう思ったのに。
「ぎゃあああああ、何するんだぁ! このガキがぁ!」
「うぐぐぐぐ……せ、正当防衛ですっ!」
「ふざけんなぁ! 人様の手を噛む奴があるかぁ!」
ゴツンと一発ゲンコツを喰らわせると、すぐに黙った。
やっぱり子供だな。圧倒的な力には服従するしかないか。
「うぐぐ……うぐっぐ……」
少女は目尻に涙を溜めるものの、助けを呼ばなかった。
「ごめんな……ちょっと力入れすぎた。本当、ごめん」
手を上げたら、俺の親と一緒だな。
一生ああはなりたくないと思ってたのに。
それなのに……どうして俺も暴力男になったんだ。
***
少女を自宅に上げて、きゃきゃうふふな展開。
とはいかなかった。ていうか、俺はロリコンではない。
子供は可愛いと思うけど、巨乳の女性。
お姉さん属性だと、尚よし。彼女募集してます。
「あのぉー。家に上げたなら、お茶の一つぐらい用意できないんですか?」
男臭い部屋だってのに、気にする素振りは一切ない。
子供は素直だと言うけど、ここまでとはな。
もしも俺が親の立場なら説教するだろうね。
危ない人に会ったら、股間を蹴って逃げろって。
「あのさ、お前……ちょっとくつろぎすぎじゃね?」
少女は畳の上で横になって、漫画を読んでやがる。
頭には坐布団を敷いて、近くにはポテトチップス。
しっとりチョコまで開けてやがる。俺、大好きなのに。
「なら家に帰りますけど、良いんですか? 不審者に誘拐されましたと警察に言います」
「ごめんなさいぃー。お、俺が悪かったです。お茶でも何でも持ってきますので、是非ともくつろいでください」
ジャンピング土下座って初めてした。
思っていた以上に、痛いんだな。もう絶対しない。
台所へと向かい、水の準備。
2Lのペットボトルを直接渡せばいいか。
買い溜めしてたけど、どうせ全部飲めないだろうし。
「ほい、水持ってきたぞ。直で飲んで良いからな」
「そ、そうですか。なら……お言葉に甘えて」
少女は2Lのペットボトルを持ち上げた。
重たいのだろうか、身体がゆらりゆらりと揺れる。
橋の上なら完全に落ちてるだろうな。
「とりあえず、お前の名前を教えろよ。それと、スリーサイズも」
「水を出してくれたので、許してあげようと思ってました。でも、スリーサイズを訊ねてきたので、減点ですね。淫らな行為をされましたと警察に言いつけます」
「言いたいなら、言えばいいじゃねぇーか。実は、俺なぁー残り一週間の人生なんだよ」
「えっ……? あの……死ぬんですか?」
「あーそうだぜ。面白い話だよな。余命宣告って奴だ」
「余命宣告と言っても、外れる可能性あるらしいですよ。ていうか、三年前にわたしのおばあちゃん余命二年と宣告されましたけど、普通に今でも生きてますし。逆にピンピンです」
「じいさんドクターに言われたんだよ。この街の名医だ」
「あぁーそうですか。じいちゃんドクターなら仕方ありませんね。あの方の余命宣告は、必ず当たると聞きますし。ご臨終、おめでとうございます」
「おい、何喜んでんだよっ! もっと悲しめっ!」
「えーだってこの街の危険人物が消えたら、嬉しくないですか? 突然女子小学生を誘拐して、スリーサイズを訊ねるなんて。正直に言って、気持ち悪いと思います」
「気持ち悪さ全開。俺はもう死ぬのが怖くない」
「そうですか。厨二病発症しちゃった系ですね。俺はもう死ぬのが怖くない、キリッとかやってるんですね。分かります」
コイツ……完全に舐めやがってる。俺が何もできないと分かって、舐めた口を聞いてやがる。ここは大人の怖さを。
「よしっ。お前に良いものをプレゼントしてやろう」
「ぷ、プレゼントですかぁー!! 何ですかぁー! 欲しいですぅー。飴玉ですかー! キャンディですかぁー!」
飴玉とキャンディって一緒じゃないですか?
もしかして俺が知らないだけで違いがあるのかな?
***
「——で、これ何ですか? ていうか、何を付けてくれたんですか? 嫌がる女子児童に無理やり何てものを……」
「似合ってるぞ。犬用の首輪。可愛いぞ」
プレゼントしたのは、犬用の首輪。昔飼ってた愛犬に付けてたけど、捨てるに捨てられないんだよな。
捨てちまったら、過去の記憶を失いそうで。
「とりあえずさ、今日からお前はポチな」
「ぽ、ポチっ!? わたしを犬扱いですかぁー!」
「いいじゃん。俺、一週間後に死ぬんだよ?」
「あなたが死んだら、わたしはどうすれば?」
「さぁー家族の元に戻ればいいんじゃね? 俺の全財産やるよ。まぁー余ってればの話だけど」
「今日から節約してください」
「と言われてもだなぁー。ポチが何不自由ない生活は保証するつもりだ。なにせ、お前は一週間、俺の奴隷だからな」
「ぎゃあああああああああー。わたしを性奴隷にっ!!」
「しないよっ! 俺、そこまでゲスじゃないからぁ!!」
「たださ……最後ぐらいは誰かに看取って欲しいんだ」
「ならば、わたしが第一発見者になるということですね」
「まぁーそうなるな」
「死んだら、とりあえず顔を踏んでおきますね」
「俺、ドMだから、逆に嬉しいと思うぜ」
「今から踏んであげましょうか?」
***
「死ぬ前にやりたいことと言えば何だと思う?」
「好きな人を殺して、わたしも死にます」
「ちょっとヤンデレ色強くない? 怖いんだけど」
「うそです。あなたを殺して、全財産GETですね」
「誘拐より酷いじゃんっ! 強盗殺人だしっ!」
こほんと咳き込んで、俺は胸を張って宣言する。
「女子風呂を覗くことだぁ! これ以外にあるかぁ!!」
「男性ってバカなんですか?」
「バカとはなんだ。エロは正義だ。そもそもだねぇー、エロがないと子孫を繁栄できないんだぞ。あとね、ポチだって大人になれば、どっかの男にアンアン言わせられるんだよ。飼い主として、俺は涙が出てくるよ」
「本当にわたしのこと、ポチで通すんですね。まぁー名前で呼ばれるのは嫌ですけど」
「俺はね、思うんだよ。娘を持つ父親の気持ちを」
「はい。それで?」
「娘もいつの日か、どこの馬の骨かも分からない奴に処女を奪われてしまうんだろうって。何だか、複雑じゃないかい?」
「彼女も居らず、妻子が居るわけでもない人が、考える必要があるんですか?」
「はぁーやれやれ。俺はね、結婚できなかったわけじゃない。一週間後に死んじゃうから、結婚できなかったんだぜ。俺に問題はなかったんだ。何一つもね。早過ぎる死ってわけだ」
「早めの死って良いですよね。夢が無限大ですから。もしもあの世があるなら、もう少し寿命があれば、株で一山当ててたとか言ってそうですね」
「あ、銭湯に辿り着きましたが、本当に行くんですか?」
「あぁー行くさ。本気の男を見てろよぉ! これぞ、男だ!」
「煩悩だってことはかなーり分かりました」
ポチが何かを言ってたが、俺は気にしない気にしない。
で、女湯の暖簾を潜って、ごきげんよう皆さんー。
ここにイケメンマッチョな俺がやってきましたよぉーって。
「全員、クソババアじゃねぇーかよぉぉ!! ふざけんなぁ! こんなもん、見たくて来たわけじゃねぇーんだよ!」
***
——2日目——
「おい、ポチ。今日はリア充をぶっ殺しに行くぞぉ」
「物騒なことを言いますけど、誇張表現ですよね?」
「楽しそうにイチャイチャしてるカップルの目の前で、野糞をしてやる。どうだぁ? 流石にもうイチャイチャできねぇーだろうな。最高だぜ。というわけで、出発だぁ!」
「(カップルの前で、野糞……!! ちょっと楽しそうっ!)」
「おい……ポチ。ちなみに、お前もするんだぞ」
「ぜ、絶対にしませんっ!」
というわけで、早速公園へ向かってみた。
男女カップルがイチャイチャしてればいいが。
「野糞をどう思う?」
「どう思うと言われても……ダメですよっ!」
「犬は許されるのに、人間はどうしてダメなんだぁ! おかしいだろぉ! 昔の人間は、どこでもかしこでも、クソをやってたんだ。それなのに、おかしいだろぉ! 俺がどこでクソしてもいいだろうがぁ!」
「トイレがあるじゃないですか」
公園内を歩いて早十分が経過。
遂に、俺とポチは、男女のカップルを見つけた。
男はニット帽を被って、チャラそうな感じ。
で、女は肌の露出が多い服だった。ズボンとか破けてるし、シャツも破けてるじゃないか。アレか、へそ出しファッションて奴なのか。これが夢にも見たぁ!!
「俺が野糞した空気が、あの肌に触れると思うと、最高だな」
「最高じゃなくて、最低ですよっ! 本当にやるんですか?」
「男に二言はない。俺はやる男だ。任せろっ!」
「カッコいいのか……カッコワルイのか……」
と、その前に。カップルの話を聞いてみようか。
『ねぇーねぇーペアルックしようよぉー』
『ダサくね? 他の奴らにバカにされるって』
『ええーいいじゃん。やろうよぉー。ねぇーお願い?』
『あぁー分かったよ。可愛い、真美ちゃんが言うなら』
「へぇー、キミは真美ちゃんって言うんだぁー。どうもぉー俺は、余命宣告され太郎だよぉー」
明らかに変な人に遭遇したって顔だな。
いいねいいね。唆るね、最高だね。
家に帰って、俺のネタにしてやるぜ。
「三人でペアルックしようぜぇー。絶対に楽しいぜ。俺たち三人で。おいおい……どうしたの? 顔を背けて。俺から逃げられると思うなよ。一週間後、化けて出てやるかなぁぁ!」
カップルさん、ごめんよ。迷惑をかけちまってさ。
でも、少しでも俺という存在を知って欲しいんだ。
俺がこの世界に生きたという証拠を。証明がさ。
「というわけで、ここで皆様お待ちかね。脱糞しますっ!!」
ズボンを脱いで、パンツも脱いで、さぁーお尻を出して。
レッツ、脱糞っ!?
と、思っていたのだが——なかなかに出ない。
予想以上に出ない。どうしてだよ。どうしてだよぉー。
邪険に思われたカップルも次第に同情心が湧き上がって。
「頑張れぇー!!」
「私も便秘気味だから、気持ち分かるぅー!!」
この日、俺は生まれて初めて野糞をした。
そして、高校生カップルと仲良くなった。
出産シーンと同じぐらいの感動だと思うね。
出た後は、三人で手を繋いで、ランランランと回ったし。
「意外と世の中って……捨てたもんじゃないかもな」
感傷に浸る俺の元に、ポチが鼻を摘んでやってきて。
「脱糞さん。ビニール袋持ってきたので、処理を」
ポチに渡されたビニール袋を片手に、俺は清掃した。
「く、くっさぁぁあぁあああああああああああ!!」
固形物で良かったなと思う。液体型ならヤバかったな。
***
——3日目——
「よしっ!! 今日は童貞を捨てに行くぞぉ!」
「あの……まだ童貞だったんですか。童貞は小学生で捨て——」
「しゃっららっぷううううううううー!! うっさいわ。このAAAAAカップがぁ! ボインになってからやってこい!!」
「ボインになる頃に来ても、もう死んでますよね?」
論破された。ってか、悲しい結末だな。
「おい、ポチ。もしも処女を売るなら何円で売る?」
「多分ですけど、十億積まれたら考えますかね」
「お前さ、現実見ろよ。大卒者の生涯賃金で、二億五千万と言われてるんだぜ? お前みたいな貧相な身体のガキに、大卒者四人が一生掛けて貢ぐだけの価値はねぇーよ!」
「た、例えばの話ですよ。例えばの話。逆に童貞捨てるなら?」
「0円」
「えっ……?」
「0円。ただし、美少女、美女という条件付きだがな」
というわけで、早速風俗店に向かおうと思うのだが。
「やべぇー超絶緊張してきたぁー。風俗店って、怖くね? サングラス掛けたイカツイ男たちがぞろぞろ居る感じ」
「大丈夫ですよ。強い人は居ますけど、普通にしてたら」
「あぁーガキはマックでハッピーセットでも食ってろ。ここから先は、大人の時間だからな。分かったな? 言いつけは守れよ」
「ワン……」
「お前さ、舐めてるだろ?」
「ポチって名前を付けたのはどっちだぁあぁああ!!」
ガキに殴られた。普通に痛かった。力はゴリラと。
風俗店へと入る。
そわそわした気分で、可愛い嬢を選択。
年齢も二十代前半と滅茶苦茶若い。
テクニックに自信有りと言ってたけど、スゲェ気になる。
部屋に入って、嬢が来るのを待った。
で、来たのは——クッソブスだった。
「何だよおぉぉ!! お前は一生チェンジだよぉぉ!!」
パケ写に気を付けろと先人に言われていたのに……。
どうして俺は騙されちまったのだろうか。
やけに、顔写りが良い奴はやめとけ。外れを引くからな。
あと、背景がやけに白い奴な。絶対に地雷だから。
「というわけで、ポチ。俺を慰めろ」
「ひ、卑猥です……小学生に手を出すとは」
「ちげぇーよっ! 俺の頭をよしよしと撫でてくれ」
「了解しました。一生童貞、ばばんざぁーい!」
いたいのいたいの飛んでけぇーみたいなリズムだな。
「今の何だよ?」
「おまじないですよ? 一生童貞だよって言う」
「それおまじないじゃなくて、呪いだからなぁ!!」
***
——4日目——
「今日、俺は人としての法を背こうと思うっ!」
「と、言いますと……?」
「レイプしたいと思うっ!」
「堂々と宣言してますけど、最低ですよ」
「正直俺でも戸惑いはあるさ。レイプは最低な行為だ」
「分かってるならやめるべきだと思いますよ」
「それでもさ、俺死ぬんだよ。お情けセックスさせてくれそうじゃない? お金ならたくさんあるんだ。ブラック企業で働いた俺を舐めるなよぉ!!」
「つまりは、お金で女性を買おうという魂胆ってわけですね!」
「その通りだ。レイプは擬似的でもいいんだ。俺にはおっかなくて、できっこないと思った」
「ということは、ナンパに挑戦ってことですか?」
「あーそういうことになるかも。で、交渉して、抱ける女性を探すみたいな。女の子的には、数時間で稼げる良いバイトだな」
「出来る限り、値切ってくださいね。残りの金額は、わたしの懐に入るんですから」
「ポチ……お前はガメつい奴だな。でも安心しろ。七日目には、最高に金を稼いでやるからさ」
「(何を企んでいるかは知りませんが、失敗の予感っ!?)」
「とりあえず外に出掛けるぞぉっ! 黒髪黒スーツのOLさんに声を掛けて、俺の童貞を貰ってもらうぞぉ!?」
結論から言えば、俺は童貞を卒業した。
飛びっきりの美人なお姉さんに童貞を奪われた。
最高のひととき。童貞や処女は早めに捨てろよ。
あと、生命保険に入れと言われた。あらほらさっさと名前を書いて、受取人はポチにした。名前は自分で書かせた。
「良かったな、ポチ。お前は楽しんで暮らせるぜ」
——4日目の夜——
俺とポチは牛丼を食べに行った。
全国チェーン店。どこにでもある奴な。
「どうして牛丼なんですか? 残り僅かの食事なのに」
「メガを一度くらいは食べたかったんだよ。普通は注文しないだろ。でもさ、最後は食べたいじゃん。だからさ」
自宅に戻ってテレビを付ける。
『臨時ニュースをお伝えします。警察署の銃が何者かに盗まれ——』
「これ結構近いですよね?」
「かなり近いな。でも関係ねぇーだろ、俺たちには」
牛丼屋からの帰り道。
街灯が薄暗く光る中、ポチが訊ねてきた。
「わたしが言える立場ではありませんが、家族に会わなくてもいいんですか?」
「残念なことに俺は一人だ。親は小さい頃に死んじまった」
「でも友人とか彼女とか……?」
「俺に居るわけねぇーだろ。天涯孤独だ。小学生の卒業文集で『孤独死しそう』と書かれたまであるんだぜ」
「これって……笑ってもいいんですか?」
「面白かったら笑えばいいんじゃないか?」
ポチは空気が読める子供だった。
思っていた以上に大人だな。
俺が同じ歳なら、女子のパンツの中しか考えてなかったぜ。
***
——5日目——
「今日1日、何もしませんでしたね」
「一緒にゲームしたろ。楽しかっただろ?」
「まぁー楽しかったですけど……」
「それに今日の予定は深夜帯なんだよ」
「な、何をする気ですか……?」
「全裸で歩道を全力疾走してみた」
「ど、どうして……? そ、そんなことを?」
「裸で道を歩くって興奮するじゃん!」
実際に試してみた。
奇声を上げて全力疾走。
思っていた以上につまらなかった。
ていうか、虚しさだけが残った。
ここは一つ。
趣向を変えてみるか。人生を謳歌せねば。
「というわけで予定変更。全裸でコンビニ行ってくる」
「(全裸でコンビニ……!? こ、これは面白そうっ!)」
こほんと咳き込んだ後、ポチは人差し指を立てて。
「絶対にダメですよ……補導の対象ですよ」
忠告は無視。
「やるな」とか「ダメ」とか言われたら、逆にやりたい。
もしかして、俺ってドSの才能があるのかな?
というわけで、実際に試してみた。
店内に入った瞬間、電子音が鳴り響く中。
俺も負けじと声を張り上げて。
「ぶうううううううううんんんんんんんんんーーーー。飛行機、飛びます飛びますぅうううー。ぶううううううんんんんんーーーーーーーーーーーーーーーー」
コンビニの店内を一周して、そのまま外に出た。
爽快感半端ない。ていうか、超楽しいっ!?
客誰も居なかったし。店員さんは唖然としてたけど。
服を着て、次は普通に買い物タイムと行きますか。
別に怪しまれることはなかった。
ただ一つだけ、こんなことを店員さんが言ってたな。
「あの……僕、さっき妖精さん見たんですよっー! 図体は大きいんですけど、でも、股間は小さいんです。で、無邪気にぶううんーって飛び回っているんです。もう、マジで興奮してぇ」
「多分、それ幻覚だと思います。深夜帯のバイトは、体調崩しやすいので、十分に睡眠を取った方がいいですよ」
一応忠告してやった。
元ブラック企業務めの俺が言うから間違いない。
もう一つ、絶対に言わなければならないことが。
「あと、股間は大きいと思いますっ!」
「えっ……?」
店員さんは不思議そうな表情をするけど、お構いなし。
「股間は絶対に大きかったと思いますっ!!」
少しぐらいは見栄を張りたいときって、誰にでもあるよね。
***
——6日目——
「ほ、本日の予定は?」
「今日は会社に行く予定だ」
「えっ……? 最後ぐらいは、世のため人のために労働するってわけですねっ!! 流石ですっ!! これぞ、人間の鏡っ!」
人間の鏡というか、現代社会の闇だろ。
明日世界が滅亡しますと言われても、絶対仕事に行く奴が現れるだろうな。仕事第一って大事だと思うが、休息も大切。
「ちげぇーよ。上司をフルボッコに殴って、会社を潰しに行く」
「うわああああ……ぜ、絶対にダメですよぉぉー」
「(超面白そうっ!! 絶対にポチも行きますっ! って、わたしの一人称、いつの間にかにポチになってるしっ!!)」
言われてみれば、辞表を出してなかったな。
ここは辞表を出すついでに、上司を思い切り殴ろう。
今まで散々怒られたのだ。おまけにウザかったし。
というわけで。
ヤンキー漫画よろしく鉄バッドを持ちまして。
長年勤めた会社に向かって、ホームラン予告を行い。
「殴り込みへと行くぞ、ポチっ!!」
「えええー。ダメですよぉー。人が怪我したら」
「(殴れ殴れ殴れっぇえええええ!!)」
「ポチ、お前さ……ときどき企んでる顔するよな?」
「し、してません!! わたしは何も考えてませんっ!」
「そうだよな。お前脳なしだもんな。俺に付いてこい、ポチ」
ガラガラガッシャーンという感じで、ドアの破壊。
ガラスがパリーンと割れる音が堪らないね。
「さぁーパーティの始まりだぜ。ぎゃはははははぁあああ!」
ロケット花火にライターで火を付けまして。
「おい、クソ上司。お前に良いものを食わせてやるよ」
散々俺を虐げてきた男は怯えた表情。
土下座しても。お金を出されても。助けを求められても。
「俺は絶対にお前を許さない。お前は死んだ方がいい」
ロケット花火を無理やり口の中に入れてやる。
上司は苦しそうな表情だが、俺は何発も花火を入れてやる。
白目を剥いて叫んでいるが、まだまだ俺の怒りは治らない。
「あああああああ!! くそったれがぁああああ!」
パソコンなどの機材を壊して、上司を殴る蹴るの暴行。
ちなみに他の従業員も加担した。
日頃の鬱憤が溜まっていたのだろうな。
「因果応報と言うが、アレってマジだと思うわ」
「そうですね……悪いことをしたら、絶対に返ってきますよ」
「あぁーとりあえずスッキリしたぁー。今までのイライラが全部スゥーと消えた気がする」
「アドラーさんが言ってましたが、人間の悩みは全て人間関係らしいですよ」
「まぁー一理あるよな。憎たらしい奴が居なければ、幸せだもんな」
***
——7日目——
「遂に来ましたぁ! ラストデイっ!!」
「俺って本当に死ぬのかな? ちょっと不安」
「死ぬのが怖いんですか?」
「逆だよ、逆。生き残ったらどうしようと。今まで恥ずかしいことばっかりやってきたなぁーと思ってさ」
「たしかに……振り返ったら、最低なことばかりですよね」
「そうだ。でも、今日が一番最悪だぜ」
「何ですか? 何ですか?」
「本日は一攫千金。銀行強盗を行うっ!」
「えっ……? 計画を立てているんですか?」
「全く。とりあえず、ポチ。お前が人質だ」
「なるほど……策略家ですね。すでに小さな子供を人質に取れば、周りの人も行動を取れないと」
「そういうわけだ。ってなわけで、早速行くぞっ!」
近場の銀行へと到着。
俺とポチは顔を見合わせて、計画の準備に取り掛——。
「おいっ!! お前ら、全員頭を伏せろ!!」
えっ……? 何ですか? この展開は。
本物の銀行強盗が来やがった。
覆面を被って、明らかに怪しい感じの奴。
「オレ様の名前はゴンザレス様だ。おい、さっさとお金を出せっ!! さっさと出しやがれっ!!」
不慣れなのか、銀行強盗はオドオドしていた。
ていうか、銃を突きつけているけど、全然怖くないわ。
どうせこれっておもちゃでしょ? 俺をバカにしてんのか?
「おいっ!! ゴンザレス様さんっ! 無駄な抵抗はやめるんだっ!」
「はぁ……? お、お前は何者だぁっ! 撃つぞぉ」
「撃てるなら撃ってみろ。俺は死など怖くないぞっ!」
「ふ、ふざけやがって!! おい、お前らにもう一度告げる。全員頭を伏せろ。いいなぁ、忠告だぞっ——」
覆面男は天井に向かって、銃を発砲。
泣く子も黙るような大きな音が鳴り響いて。
パラパラァとコンクリートの粉が降ってきた。
「あれれ……? それ、本物……?」
「お前偽物だと思ってたのか? おい、金の準備はまだかぁ! さっさと準備しろって言ってんだろうがぁ!!」
店員の手際の悪さに痺れを切らしたのか、強盗犯はポチの腕を掴んで。
「コイツがどうなってもいいのかぁ!! さっさと行わねぇーと殺すぞっ!」
「……は、は、離してくださいっ! た、助けてぇええー!」
ポチは必死に声を出すものの、誰も助ける者は現れない。
本物の銃ってことで多少の恐怖はあった。
でもな、未来ある人間が死んでいいはずがない。
「人質ってわけだな……それなら、俺が引き受けよう」
「えっ……? お、お前が?」
強盗犯さん、ちょっとドン引きしてやがる。
「そうだ。おい、ポチ。戻ってこい。俺が人質になる」
「ふざけんなぁ! 何勝手に決めてんだよっ!」
強盗犯は叫ぶけれど、俺は無視して前へと突き進む。
「もう大丈夫だ、安心しろ。ポチ」
ポチは涙を流していた。
子供を泣かすとは、最低な強盗犯だ。
俺が言える立場ではないけれど。
少しぐらいはカッコつけさせろよ。
最初で最後の大舞台なんだからさ。
強盗犯VS俺。
上手く行けばノンフィクションで映画化もある。
一人の少女が人質になったとき、一人のヒーローが現れる。
適当にキャッチコピーを考えたけど、悪くねぇー。
俺はポチの頭を優しく撫でながら。
「ポチ……お前を巻き込んで悪かったな」
さぁーこっからが本当のショーの開幕だぜ。
危険な目に遭うのは、俺だけで十分だ。
ポチが人混みに紛れるのを見計らって。
「実はな、ゴンザレス様さん」
「お前さ、さっきから様かさんか、はっきりしろっ!」
「やれやれ……自分で言ったんだぜ。ゴンザレス様って。俺は親切心で、さんを付けてやったってのに……困った人だ」
「お前、ここで殺すぞ?」
頭に銃を突きつけられちゃった。普通に怖い。
死がすぐそばにあるのかと思うと、笑みが止まらねぇー。
「お、お前、どうして笑ってんだよっ!」
「死ねると思ってな。俺はな、最初から死にたくて、人質になったんだよっ!! おいおい、殺してくれよ。無様な俺を、俺をここで殺してくれぇ。ほらほら、殺してみろよ。人質だぜ。殺せよ!! ここで俺を殺してみろっ! お前が殺人を犯して、豚箱に入るのが楽しみで仕方ねぇーな。ほら、さっさと」
あ……マジで撃たれた。狂ったキャラって憧れるじゃん。
多少はこんな感じのキャラを演じたいことがあるじゃん。
でも、まだ……ここで死ぬわけにはいかねぇー。
「皆さん……こ、この人……俺を撃ちましたよ。さぁーさぁー皆さん、ご一緒に『人殺し』コールをお願いします。法を背いた悪には、正義の鉄槌をくだしましょう。ほらほら、さぁー皆さん。ご一緒に」
「人殺し、人殺し。はい、皆さん、手拍子を忘れずにっ!」
「人殺し、人殺し、人殺し、人殺し」
少しずつ増えていく、人殺しコール。
銀行強盗犯は罪悪感が沸いたのだろうか。
我を忘れて、銃を連射。で、全て俺に直撃。
「うう……流石に七発は痛みが……やべぇーな……」
あ、でも……もうこれが限界だな。もうお、俺死ぬわ。
少しずつ視界が歪んでいく。もう何も見えない。
それでも——ポチの姿だけは見える。はっきりと。
「ポチ……ポチ……ポチ……お、俺の手を握ってくれ」
反抗的な態度が多いポチも、俺の願いを聞き入れてくれた。
ポチは泣いていた。大粒の涙をポツポツと流して。
「こ、こんなお別れ嫌です。ど、どうしてバカな真似を?」
「大人だからだよ。少しはカッコつけさせろよぉ」
ポチの手は温かった。
この世界で一番温かい場所——ここが本当の幸せか。
「……ぽ、……ぽち……お、俺は……し、幸せだった」
「わ、わたしも……一緒に居れて……た、楽しかった」
「……お前と過ごした一週間は……最高だった」
こうして、俺——佐藤一樹は命の灯火を消した。
多分だけど、俺は残したかったんだと思う。
自分が生きた証を。自分のことを覚えてくれる人々を。
だからこそ、バカなことをして覚えて欲しかったのだ。
いつの日か、変な奴が居たなぁーと思い出して欲しくて。
それが誰でもいい。
ただ、身よりのない俺が生きたという証明になるから。
多分だけど——ポチは一生忘れないだろうな、俺のことを。
「許さないです、こんなお別れだなんて……」
天に召される前、ポチが俺の顔を踏みつけていた。アイツ、感動のお別れシーンを全然理解できてねぇー。
空気読めねぇー奴だな、最後ぐらいは普通に逝かせろよ。
「でも最後はかっこよかったです、余命宣告され太郎さん」
それと、と呟いて、ポチは満面の笑みを溢して。
「銀行強盗は失敗しましたけど、わたしの心は盗まれちゃいましたよ。とっても愚かだけど、少しだけ優しい変人さんに」
そう言って、ポチは俺の唇に自分の唇を重ねるのであった。
やりたい放題書いた。楽しかった。