◆◆◆◆◆◆◆◆◆九
私は皆の目を盗んで倉庫へと向かった。
博物館に就職してからこれまで、私は倉庫を訪れたことがなかった。
だから倉庫の位置を確かめて、実際に足を運ぶのはとても緊張した。
ふくらはぎに不自然に力が入ってびきびきに硬くなっているのを感じる。
私はあることを決意した。
昨日、あの女の子と会って話したことが影響しているのかもしれない。
けれどあのドラム缶がまだ回収されていないと知ったとき、私のなかにある熱い思いがこみ上げて、それが私を突き動かしたのだ。
――自分がこんな気持ちになっているのが不思議だ。
道中他のスマート学芸員に出会わなかったのは、あのスリムなドラム缶が何か手引きをしているのだろうか。
館長は型落ちのドラム缶を気持ち悪いと言っていたけれど、その点に関しては最新型の彼のほうがよほど上手だと思う。
地図を頼りに倉庫に辿り着いたけれども、肝心の扉は開かなかった。
鍵がかかっているのだ。
「そりゃそうよね。どうしたものかしら」
鍵の管理もスマート学芸員がしているので、一介の学芸員には持ち出す権限がない。
もしも開いていたらという頼りない希望にすがってここまでやってきたが、諦めるしかないのだろうか。
いやそんなことでは私の気持ちがおさまらない。
どうにかしてスマート学芸員から鍵を借りられないか。
あのスリムなドラム缶にお願いしたら……いや、リスクが大きい。
――これ、身に着けといたほうがいいよ。
ふと女の子の言葉が脳裏をよぎった。
彼女に勧められたまま、今日私はあの鍵を持ってきている。その鍵を懐から取り出した。
別に何かを予感していたわけではない。お守りのような感覚だった。
まさかと思って扉にかざしてみると――カチリ、とロックの外れる音がした。
「まさか、ほんとに……」
正直驚くばかりだが、開錠したのならやることはひとつだ。
私は意を決して扉を開いた。
そこはまるで、ひとつの宇宙のようだった。
巻き上がった小さな埃があてどなく宙をさまよい、天井からの薄暗い照明を浴びながら、星々のように一瞬のきらめきを見せていく。そのさまよいを目にすると、ふと昨日の金魚が脳裏をよぎった。
それにしても広い。
想像していたよりずっと広い倉庫だ。向こうのほうが見えない。
とりあえず見える範囲には、これまでの企画展で使われてきた展示品の数々が几帳面に敷き詰められている。今回の企画展では使われなかった恐竜の化石も鎮座している。
そして昨日まで同僚だったドラム缶は、おそらく回収しやすいように倉庫の入り口付近に置かれていた。
近付くとまるで目が覚めたみたいにビジーランプが点滅して、私に向いた。
「――おや、どうしてきみがここに? 学芸員は倉庫に立ち入れないはずだけど」
「ちょっとね。電源入ってたのね」
「シャットダウンは時間がかかるし、その前に業者がやる作業もあるからね。切るのはかえって手間なんだ。だからスリープしていた」
「そう……」
「きみ、緊張している? 脈が高いようだけれど、何か葛藤が」
「勝手に私の情報を覗かないで」
「そうは言ってもそう作られているし、同僚のバイタルチェックは仕事の一部だ」
「もう同僚じゃなくなったわよ」
「……そういえばそうだね」
どうしてかその瞬間、ドラム缶がしゅんと落ち込んだような気がした。
表情も感情もあるわけがないのに。
「でも、じゃあどうしてこんなところに? 業務外での倉庫内立ち入りはご法度のはずだよ」
「私を通報する?」
「――通報機能は利用できません。本機はネットワークから切断されています」
「そう。じゃあ都合がいいわ」
「都合がいい?」
「あなたを迎えに来たの」




