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恐竜の声をきけ  作者: 奇村兆子
8/10

◆◆◆◆◆◆◆◆八

 職場に出勤すると、見慣れたあのドラム缶はいなかった。

 彼の席には新品のにおいを漂わせるスリムなドラム缶がいた。

 最新型のスマート学芸員だ。

「――あ、おはようございます館長。ちょっといいですか」

 席に着いて、私はすぐさま館長に電話をかけた。

「ああ、きみか。何だね」

 館長は眠そうな声で応答した。

 本当に寝ていたんじゃないだろうか。

「お忙しいところ恐れ入ります。えっと、スマート学芸員のことで、昨日とは機種が違うみたいですが」

「ああ、あれね……」

 まるで遠い昔の出来事のように、館長は答える。

「なんか昨日から様子がおかしかったから、新しいのに替えたんだよ」

「様子がおかしかった?」

「まあ、ちょっと気持ち悪くてね。もう年月も経ってたし、新しいの欲しかったんだ。ちょうど下取りの対象だったしね」

「はあ」

 年月といっても、そう何年も経っていないはず。

 私が博物館に就職した当時の先々代も、私と同期ともいえる先代も、皆二年ほどでいなくなった。

「でもいいでしょ、あれ。お向かいさんと同じ最新型だよ。おかげでだいぶ予算使っちゃってさ。いやあ、もう人件費減らさないとやっていけないね」

 館長の陽気な笑い声が電話機越しに聞こえた。

「……お別れも言えなかったですね」

「お別れ? 誰に?」

「いえ、独り言です。お忙しいところすみませんでした。では」

 それで館長との通話を終えた。


 新しい同僚との初仕事は特に何も言うことはなかった。

 話しかけてみるとユーモアやジョーク交じりに返してくるし、あまりそういうのが合わないと判断すると素早く修正してこちらの好みに合わせてくるし、まあ快適だった。

 親しみやすくて、人間よりも温かみを感じるのが不思議だ。

 空気を読むのも上手で、こちらが考えごとに集中したいときは大人しくしているか、他の職員に話しかけている。

 仕事ぶりも上々で、あらかじめインプットされていることもあって、特に何も設定したり教えたりすることもなく、あいまいな指示も意味を適切に把握して、てきぱきとこなしている。

 前の同僚のときは意思疎通がなかなか難しくて教育が大変だったけれど、これなら楽だ。

 ストレスなく仕事ができる。

「一週間後の更新プログラムで調査研究ツールのベータ版が配布される予定です。僕ね、古生代の環境を再現する研究をやりたいんですよ。今、参考になりそうなデータをブックマークしているところです。あなたのおすすめもぜひ教えてくださいね」

 なんてことを言っていた。

 正直これには何かもやもやしたものを感じたけれど。


 昨日までのあいつはどこに行ったのだろう、と思う。

 下取りに出されたから当然メーカーが回収したんだろうけれども、回収されてどうなるのか――だいたい知っているけれども、どうかそれだけではないところがあればなと思う。

「――あなたの先輩はどこに行ったのかしらね」

 そう独り言のように呟いてみる。

「彼は倉庫で待機しています」

 スリムなドラム缶はあっさりそう答えた。

「倉庫? ここの?」

「ええ」

「あなたがここに来て、ついでに回収されたんじゃないの?」

「いいえ。僕の配送と彼の回収はそれぞれ部署が違います。彼の回収は本日午後の予定です」

 それきり黙って私のほうを向いたまま、静かに佇んでいる。何か問いかけられるのをじっと待っているかのように。

「回収された後はどうなるの」

「分解され、希少金属は取り出されます。再生可能素材が多く使われていますので、その部分はリサイクルに回され、残りは破棄されます」

 プログラムを読み上げるような淡々とした口調でスリムなドラム缶は答える。

「……そう」

「彼がこれまでクラウド上にアップロードしてきたデータも、今後我々によって更新されていくでしょう」

 何か妙に詳しく教えてくれるのは、私を知りたがりな性格と分析しているからだろうか。

 それとも――。

「……もうひとつ、いいかしら」

「ええ、どうぞ」

「あなたにとって生きるとはどういうこと?」

「……」

 スリムなドラム缶はビジーランプをせわしなく点滅させ、しばらく黙っていた。

 エラーを起こしたのだろうか。

 まあまだ稼働したばかりだしな――そう思って質問を取り消そうとしたそのときだった。

「質問に質問で返すのはナンセンスですよ」

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