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恐竜の声をきけ  作者: 奇村兆子
6/10

◆◆◆◆◆◆六

 少しして、小腹が空いたので何か食べようと誘って二人分のドリアを注文した。

 これから先をどう生きていくのかというテーマは、彼女ほど深刻ではないにせよ、私も考えなければならない問題ではあった。

 何しろ時期がまだわからないだけで、学芸員を解雇されること自体は決まっているのだ。

 その先を考えるためには、まずエネルギー補給が必要だ。


 あらゆるテクノロジーが発展したことで、それまで人間がやっていた仕事は機械に取って代わられることになった。目の前の女の子が就業可能年齢に到達するころには、もう数えるほどしか仕事が残っていないだろう。

 では人間は楽になったのか。昔の人々は、機械に仕事をさせることで人間は働かなくてもよくなり、便利な道具によってやりたいことがだいたいできて、自分のために自由に生きられるようになると夢想していたそうだ。

 しかし実際のところ目の前の彼女のように、人は自分が何のために生きるのか、何を生きがいにして生きていくのか――そういうことに行き詰まるようになってしまった。それがないと生きていけないかのような思い込みに支配されるようになってしまった。

 そんなことを簡単に考えられるほど、人間は上出来な生き物ではないというのに。


 はたして――運ばれてきたのは黄色いペーストの上にドリアの写真が突き刺さっているだけの、料理というのもおこがましい代物だった。

 まあ今どき別に珍しくはないけれども、少しがっかりだ。

 もう長らく本物のドリアを食べていない。

 店の見かけは凝っているくせに、その奥から出てくるものはこれだ。

 一方の彼女はというと、何食わぬ顔でペーストを口に運んでいる。

「おいしい?」

「うん」

「そう。よかったね」

「あたしたちの世代はこれだから。懐古趣味は嫌い」

「まあ、そりゃそうよね」

「それより、さっきの質問に答えてもらってないんだけど」

「何だったかしら」

「なんで恐竜を生きがいにできるのかって話」

「ああ……」

 なんでって言われてもなあ、と思う。

 そんなの自分でもよくわからないのに。

「あなただって恐竜は好きだったでしょ。昔、恐竜図鑑がお気に入りだったじゃない」

 彼女と初めて出会ったとき、休憩スペースで一人図鑑を読んでいた姿を思い出す。

「……小さいころの話だし、あの図鑑はクリスマスプレゼントだったから」

 あのころの自分とは違う、とでも言いたげに彼女は複雑な表情を見せる。

「そう。じゃあ、どの恐竜が好きだった?」

「なんでそんなこと……」

「いいから」

「……ステゴサウルス」

「あら、剣竜ね。どうして?」

 彼女は少し頬を赤らめつつ、俯いてもじもじする。

 初恋の人について話すわけでもあるまいに、何をそんなに恥ずかしがることがあるんだか。

「……背中のトゲトゲ。ゴジラみたいで、かっこよかったから……」

「いいわね、とてもいい」

 彼女らしからぬ素直な――そう、あえて言うならば子どもらしい答えに、つい私は嬉しくなる。

「それと、ステゴってところ……」

「そう……」

 彼女の意味深なアクセントにはやはり取り合わないでおく。

 そういうのは得意分野じゃないし、「なんで恐竜を生きがいにできるのか」のほうが、今は大事だ。

「あのステゴサウルスのトゲトゲね、未だにどんな並び方だったか完全にはわかってないの。発見当時は亀の甲羅のように身体を守ってたんじゃないかって言われて、それがやがて剣のような武器にして戦っていたとか、威嚇のために使ってたとか、ファッションだったとか、それから体温調節のための放熱板として使ってたって話になって……」

「それで?」

「イメージしてみて。あなたのなかのステゴサウルスの生き方がころころ変わるはずよ。肉付きとか、身体の色とか、模様とかも」

「……なんかだんだん情けなくなってるんだけど」

「でも化石に残ってないだけで、実は強烈な毒液を出すことだってできたかもしれないじゃない? 肉食恐竜を倒してしまうような」

「は?」

「冗談だけど、もし毒液袋の化石がステゴサウルスの内臓として発見されれば、ステゴサウルスの印象ってころっと変わるでしょ。研究が進んで何かがわかっていったとしても、そこからまた新たなイメージが膨らむの。そこに終わりはないわ」

 ドリアを名乗る黄色いペーストを口に運ぶ。

 ああ、確かに味はドリアっぽいけど何かが決定的に違う。

 たとえばだけど、グレープ味のガムを食べたところでそれは実際のグレープとは遠くかけ離れているような、そんな感じ。

「化石として残っている古代生物を全部合わせても、当時生息していた生き物のわずか三パーセントに過ぎないって言われてるの。残り九七パーセントの生き物は、今の人間がどうしても知ることのできない領域よ。これから先の発見次第で世界観がまるごと変わることだってあり得る。それはつまり、自由自在ってこと。遊ぶことができるってことよ。今のこの世界のように、何でもかんでも無理くりロジカルに埋め合わせなきゃいけないことはない……今こんな話をして思ったけど、もしかしたらそれこそ私が恐竜を生きがいにできる理由なのかもしれない」

「……それじゃいつまで経っても解答欄が埋まらない。滅茶苦茶じゃない……」

「そう、無茶苦茶。特にあなたにとってはそうでしょうね。でも……修正パッチを拒否した時点で、あなたもその無茶苦茶に足を突っ込んでるのよ」

「……」

 それからしばらく私たちは、ペーストを口に運び、咀嚼し、呑み込み続けた。

「ちなみにアナタはどうなの? どの恐竜が好きなわけ?」

 ふと、彼女が尋ねてきた。

「私は断然、竜脚類ね」

「リュウキャク?」

「ブロントサウルスとか、ブラキオサウルスみたいなね。大きくて首の長い草食恐竜が好き。昔は雷竜とも呼ばれてて、それがなおさらいいわ」

「へえ。大きくて首が長いのが好きなら、首長竜でもいいんじゃ……」

 ――ああ、こいつは何もわかってない。

「もちろん首長竜も素敵だけど、厳密にはあれは恐竜じゃないの。それに私は雷竜が好きなの。しっかり大地に足を着けて、踏みしめながら歩く、その雄大な姿を想像するだけでご飯三杯は行けるわ」

「このドリアを三杯?」

 若干引き気味になった彼女にそう言われ、私は冷静を取り戻した。

「これではないけど……」

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