◆◆◆◆◆五
「……考えれば考えるほど、生きるって何なのかなって」
女の子はいつになく弱気な口調で、ぽつりぽつり呟いた。
「私は生きてると言えるのかなって。今、あたしに生きがいなんかないし、どう生きていきたいかも特に思い浮かばない。そもそも生きがいって何なのって話で。考えたこともないし、どう考えたらいいのかもわからない。でもアナタは恐竜なんていう過去の生き物に興味を持って、その研究とか解説とかを仕事にしてる。なんだか楽しそうに見える。それって生きがいなのかなって。生きるとはどういうことなのか、わかってるんじゃないかと思って」
「私を参考にしたいってこと?」
「参考にというか……アナタのことが、純粋に疑問になってきたの。本当の姿なんてだれにもわからないとか言っておきながら、その姿をああだこうだ考えてる。もしそれが生きがいなんだとしたら、ただの無駄なんじゃないかなって。そんな無駄なことで、どうして生きていけるのかなあって」
「無駄なこと?」
それは聞き捨てならない言葉だ。
私の苛立ちに気付いたのか、彼女は少し早口になって続ける。
「だって、何をしても答えには辿り着けないし、そもそも答えなんかないような問題を延々とやってるみたい。それで生きていこうと思わないと、そんなことできないでしょ」
まあ、一理ないこともない。
「……確かに恐竜の姿をああだこうだ考えるのは、私の生きがいだし、無駄といえばそうかもね。でも本当に無駄なんだとしたら、それだけで生きていけるほど私は頑丈じゃないわ。だから実際には無駄ではないんじゃないかと思うけど」
コーヒーを啜る。お店はお洒落だけれど、やっぱりコーヒーの味はいまいち。
私がコーヒーを啜ったのを見て、彼女も残りのコーヒーを啜る。でも量はほとんど減っていない。
苦いのだろうか。
「砂糖でも入れたら?」
「ミルクはどうなの?」
「まあ、私はいまいちだったかしら」
「じゃあ入れない」
「……そう」
「さっきの続きだけど」
そう言って、彼女は私を睨む。
「恐竜の想像図って発表される度に変わるでしょ? 羽毛が生えたと思ったら、またウロコに戻ったりしてさ」
「まあ、あれは描いた人の好みも入ってるから。全体像が実際どうなっていたかっていうのは難しいところなのよ。皮膚や内臓の化石はほとんど発見されないし、どんな生き方をしていたかも推測の域を出ない。だから、あくまで想像図に過ぎないのよ」
「それが無駄だって思うの。だれにもわからない過去のことをあれこれ想像してさ。むなしくならない? もしあのロボットのおかげで研究がぐっと進んで、恐竜の本当の姿がわかったら……そこから先は、どうするのかとか……」
「無駄とか、むなしいとか……そういうことばかりね」
「だって限りある人生だし。せっかく生まれてきたんだから、ウェル・ビーイングな感じで計画的に使い切りたいし……」
「使い切りたい? ウェル・ビーイングに、計画的に? どう生きればいいのって、そういう意味なの? そんなもの無視して、生きたいように生きればいいと思うけど。どうせ死んだらみんな終わりかもしれないし」
「……そんな野生みたいなもったいない生き方、できない」
彼女は拗ねるみたいに目を逸らす。
「あなたにとって生きるとはどういうことですか、っていう課題だったわよね。思うんだけど、それこそ答えのない問題よ。無理して答えを決めるものじゃない。やらなくてもいい、バグかもしれない問題なのに、あなたはそれに答えようとしてる。答えなきゃ気持ち悪いって言ってたけど……そもそも、どうして気持ち悪いの?」
「だって……悔しいじゃない」
彼女は薄い唇を震わせて、バーコードが浮かぶ左手首を――すがるようになぞる。
「悔しい?」
「あたしは、これで生まれてきたんだから」
その言葉には、何かとても伝わってくるものがあった。
ただ、だからなのか、私は一種危ういものを感じた。
例えるなら、古い言い方だけれど「自殺願望」が彼女にあるような、そんな懸念を抱いた。
「……修正パッチは適用されたの?」
念のため、当たり前のことを訊いてみる。
「あんなものいらない」
女の子の答えは、悪い予感の的中を意味していた。
「いらない?」
「拒否してる」
「そんなことできるわけ……」
「できるよ。ダーク・ウェブで調べて、自分でナノマシンのコードを書き換えた。そういう人、意外といるの」
犯罪だ。
私は頭を抱えた。
「……悪いことは言わないから、早く適用しなさい。サービスの対象から外れていくし、機能が不具合を起こしたら生きられなくなる。それこそ野生よ。大人にならないわ」
「大人? 子どもを宿すのを嫌って機能を切ったアナタがそうだっていうの?」
「……」
どこでそれを知ったのか、もはや訊くまい。
「それに、バーコード持ちはどのみち長くないもの」
その言葉に、私は何も答えるべきものを持たなかった。




