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婚約者候補の薬士見習い  作者: アカラ瑳
7/25

6


 目の前の少女から半泣きで語られた話を聞いて、シトラは全身が燃えるように熱くなるのを感じた。ひたりと汗が喉を伝う。でも間違いない、間違いないのだ。

 ペンを置く。少女の肩に手を回しつつ、ホームの一階を見渡した。


「侍女の方で手が空いている人、いらっしゃいますか!?」


「はい!」

「私も空いてます!」

「私もです」


 流石王城勤めの侍女だ、切替と反応が速い。サッと手を挙げた数人を手招きして集め、シトラは努めて冷静に、明瞭に要件を伝える。


「お願いがあります。いますぐに、王城の調理室から氷を貰ってきて下さい。このままではツァラフ姫様の腕が……使えなくなります」


 シトラの言葉に、穏やかに騒ついていたホームが静まり返った。再び響いたシトラのお願いしますとの声に背を押され、協力を申し出た侍女達と、その他話を聴いていた数人の侍女も真顔で走り出す。

 クロが大慌てで駆け寄って来た。シトラはすぐに大きく深い容器に水を汲んでくるよう頼んだ。

 少女……ツァラフ姫は、青白い顔で小さく「本当なの?」とシトラに問うた。それを否定することはできなかったものの、シトラはハッキリそれに答えた。


「大丈夫です、絶対にそんな事にはさせません。それから処置の為、火傷した付近の布は切り取ります。お許しを」

「……っ、ええ、構わないわ……」

「水をお持ちしました」

「ありがとうございます、クロ。続けてで申し訳ありませんが、王城の医務室から医士長様をお呼びできませんか。難しいようであれば、他の医士の方でも……」

「はい、すぐにお呼びします」


 黒いマントを翻し、クロもホームから走り去った。他の侍女達も完全に仕事の顔になり、診察と処置が終わった女性が何人か手伝いますと駆け寄ってくれた。頼もしいにも程がある。

 真っ青な顔で俯くツァラフ姫に、シトラは力強く微笑みかけて、水の中へと腕を沈めた。傷に滲みるのだろう、悲鳴をあげた彼女は、しかしすぐに歯を食いしばった。なんて強い人だと、思わず見入ってしまった。

 酷い火傷だが、まだ中傷ギリギリ程度か。侍女に頼み容器の中でドレスの袖を慎重に切り取って貰いつつ確認する。大丈夫。適切な治療をすれば大丈夫。シトラはお湯の準備をと侍女達に頼むと、ツァラフ姫を連れて、一階の奥の方へ移動した。薬置き場の方から若干薬草の匂いがするが、我慢していただくしかない。


「ツァラフ姫様、暫しこちらでお待ち下さい。処置の準備を致します。狭い場所ですが、どうか……」

「気にしないで、大丈夫よ」

「ありがとうございます!」


 シトラは奥の部屋に駆け込み、必要な物をトレーに乗せていく。いつもより若干荒っぽいが今回ばかりは仕方ない。


「塗り薬、魔法薬っ、痛み止めが少ない……!」


 でもなんとか、今すぐ必要な分はあった。

 ツァラフ姫の元に駆け戻り、先に痛み止めを飲んで貰った。医士が来てくれるまで待つと伝えると、彼女は涙を拭い、頷いた。もう泣いていない。強い姫だと思った。

 診察をしていた場所に戻る前に、シトラはお湯を沸かしてくれた侍女にタオルを数枚入れておしぼりを作って下さいと指示をした。そしてどうしようかと騒ついている侍女達の前に立ち、落ち着いた声を響かせた。


「お騒がせしてしまい申し訳ありません。ですが今は緊急事態です。どうか、力を貸して下さい。本日の処置が終わった方でやり方を覚えている人はおられますか?」


 手があがる。八人。流石は王城に仕える侍女だ。他にも処置はわからずとも調合はできる、と数人が名乗り出てくれた。さらにガーゼや包帯の準備まで協力をして貰えるそう。思ってもいなかった反応に、シトラは胸を燃やしていた怒りが、優しい気持ちに変わるのを感じた。

 冷静さが戻ってくる。残りの患者は十数人。これだけの協力があれば、一時間もかからないだろう。


「診察がまだの方はこちらへ。私が診て、必須の処置が終わり次第、彼女達にバトンタッチします。包帯の巻き方、ガーゼの貼り止め方をお互いに観察しチェックを。ミスがあったらすぐに呼んでください。落ち着いて、丁寧に処置をしてください。私は皆さんの腕を信用しています。だから、大丈夫です!」


「「「はい!」」」


 力強い返事に頷き、微笑んだシトラは、しかしすぐに表情を切り替えて診察に戻った。ツァラフ姫の水を定期的に入れ替えながら、皆で力を合わせて頑張ると、みるみる技術を吸収する侍女達によって、あっという間に午前の診察は終了した。いやいやちょっと優秀過ぎないか? 極限状態だからだろうか、一発で飲み込む逸材も現れ、流石のシトラも驚いた。素養を比べると、自分より遥かに薬士、いや医士に向いている。

 それから三十分程して、氷を持った侍女と、医士長を連れて来たクロが戻った。彼の手には薬草用の鞄がある。薬の補充まで持って来てもらえるとは思ってなかった事もあり、シトラの中に安堵と嬉しさが込み上げた。

 すぐに彼らに走り寄り、氷を受け取る。そして侍女の方々にはお湯につけたおしぼりを手渡した。これはなんだろう、と言いたげな彼女達に、シトラは笑いかける。


「手が冷えているでしょうから、それで温めてください。あちらの侍女さんに用意していただいたものです。私には、お礼の品がなくて……だからこれしかできなくてすみません。お怪我もある中、皆様本当に、本当にありがとうございました」

「あ、いえ……し、仕事ですので!」

「なんだか、こうやって感謝を言われるのは久しぶりですね」

「おしぼりがあったかい〜」

「あの! 他にもお手伝いする事はありませんか!?」

「えっ? でも、休まれたほうが……」


 全く考えていなかった申し出にシトラは戸惑ったが、彼女達はそもそも怪我をしてここにきた患者だ。これ以上負担をかけては本末転倒ではないか。そう思い、遠慮しようとした。が、その声は聞き覚えがあり過ぎる大らかな声に遮られた。


「いいえ、彼女達には午後の処置を手伝って貰いましょう。実に優秀な方々です。皆さんは初めましてですかな。私は王城にて医士長を務めておりますバルトリス・テレネと申します。急なことに巻き込んでしまい申し訳ないですが、どうかご協力をお願いします」


「「「はい!」」」


 バルトリスの姿に、シトラは全身に力が戻るのを感じた。ずっと緊張しっぱなしだった手足が小刻みに震えて、慌ててそれを気合で戒める。グッとお腹に力を入れて、声を張った。


「医士長様、ご足労いただき本当にありがとうございます。ツァラフ姫様に、中傷ランクの火傷が。患部は腕のみです。クロ、ありがとうございます。氷を砕く手伝いを頼みたいです」

「わかりました」

「中傷……とにかく患部の確認をしましょう。おしぼりはまだありますかな?」

「あ、はい! こちらに!」


 シトラと医士長がツァラフ姫の元に戻る。少し遅れて、おしぼりとお湯を持って数人の侍女も駆けつけた。

 水から腕を上げ、冷めてしまった指先や腕をおしぼりで温めつつ、シトラが火傷の部分を見せる。患部を見たバルトリスは一瞬眉を潜めたが、すぐにシトラへ指示を出した。


「冷却を続けますが、凍傷を避ける為に一旦腕全体に保護薬を塗りましょう。それからリーンとヒールの魔法薬はありますか?」

「あります。どちらも15個ストックしております」

「ふむ、他の方々の診察は?」

「一応午前中の方々は完了しています。午後には再診が17人程……ですが、処置の上手い方にお任せすれば、二時間程度で終わるでしょう」


「今いらっしゃる侍女の方々には数名こちらに残っていただきましょう。それからシトラ様、少し早いですが実技演習です。午後の診察後にヒューリック魔法薬の調合をしましょう」


 シトラは手に取った塗り薬を危うく落としそうになった。バルトリスはクロと何やら話し合いがあるらしく、一旦その場を離れてしまった。手を温め続ける侍女には、なんとか動揺を悟られずに済んだようだ。彼女には塗り薬を塗るために袖をまくるのを手伝って貰った後、まだ処置を学んでいる侍女達にも少し休むよう伝えて欲しいと頼んでおいた。

 そして笑って誤魔化しつつツァラフ姫の腕に薬を塗りながら緊張で強張りそうになる表情を必死に解す。しかし流石に姫の目を欺けるほどシトラは嘘が得意ではなかった。


「……ねえ、調合って難しいの?」

「え、あっ、その……はいでもあり、いいえでもあります。力量と才能によって調合の得意不得意は変わるものですから」

「そうなのね。わかりやすい例えはあるかしら?」

「はい。今ツァラフ姫様に塗っている塗り薬は、薬草を微塵切りにして濾して、採取した液を混ぜ合わせます。これは温めながら根気よく混ぜていれば簡単に作れますが、温度管理や混ぜ合わせの加減等、かなりの集中力が必要です。

逆に先程飲んでいただいた痛み止めの様な固形の薬は、水分を飛ばし粉の状態にした物を混ぜ、型に入れる必要があります。不慣れだと型にうまく入らなかったり、固まってくれなかったりするので、器用さと経験が不可欠になります。

……ですが、一番得手不得手が分かれるのは魔法薬です」

「本で読んだわ。魔法薬は調合にも魔力が必要なのよね?」

「はい。その上コントロールの技術も必須です。魔力が元々少ない者はどちらも中途半端に欠けていて、作業が難しくなります。私は……魔力量は少なくはないのですが、その制御が苦手です」

「初めて知ったわ。ねえ、貴女はお姫様なのに、どうしてそんなに詳しいの?」


「えっ?」


 驚きのあまり、シトラの手が止まる。

 美しい星のような金の瞳が、可愛らしく丸くなったかと思えば、楽しそうに輝いた。強く、美しい、姫の目。釘付けになったシトラに、ツァラフ姫は小さく笑った。


「驚かせちゃったみたいね、ごめんなさい。私はツァラフ・ベルタ・クラード。ユリア国のお隣さん、ベレッカ国の公爵令嬢なの。ここに来るにあたって、候補者の事は一通り調べていたから、貴女のことは知っていたのよ。折角だから敬語はやめましょう。同じ候補者だし、歳も近いし、ね?」

「……うん! えっと私、シトラ・リン・レリンス。シトラって呼んでくだ……呼んでほしいわ。薬に詳しいのは、薬士を目指しているからなの。……あの、変な質問だけど、ツァラフはどうしてこの選抜に?」

「王妃になりたいからじゃないわ。もちろん義理よ義理。私の国の姫様はみんな嫁いじゃっているから、私に白羽の矢が立ったのよ」

「それじゃあ、この傷……!」


 意味合いが大いに変わってくる。シトラは簡単に経緯を聞いただけだったが、明らかに国際問題に繋がる事態だ。

 ツァラフ姫もそれを重々承知しているようで、スッと目を逸らして俯いた。


「……迂闊だった。責任の追及はする気満々だけど、どう出るべきかはまだ考えきれていないの。情けないわ。……ねえシトラ、よかったらだけど、暫くここにいていいかしら」


 なんとなしに言ってみた、という風に、ツァラフ姫は微笑む。だがそれが強がりなことくらい、シトラにだってわかる。塗り薬を持っていた手で、シトラはツァラフ姫の冷えてしまった指を包み込んだ。

 ハッと息をのむ気配がした。美しい星の瞳を見上げて、シトラの手が力を持つ。


「当たり前よ! あんなところに絶対に戻さないから! もう大丈夫、私が全力で守るわ!」

「……あっ、やだな、安心、したら……っ、ほんと、情けない……」

「そんなわけない!」


 薬を塗り終わった細腕を水に下ろし、シトラはツァラフ姫をしっかりと抱きしめた。胸元に滲む熱い涙が、心の中の火を燃え上がらせていく。

 やっぱりあの離宮はおかしい。友好的に接するべきの国外の姫ばかりが、こうして被害に遭っている。

 犯人の狙いが絞り切れない。なら何がなんでも守らなきゃ。

 シトラの琥珀の瞳が、決意の炎に満たされた。


 お読みいただきありがとうございます。

 うわぁぁついに第二の被害者が……! なんですが、怪我がちょっと地味じゃないかなと思っていたりもします。でもすみません、流石に全身火傷とかは私もキツい上、シトラの手にも負えないので……。いよいよ魔法薬の出番です。お楽しみに!

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