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婚約者候補の薬士見習い  作者: アカラ瑳
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 ルビー色の少女と一人の青年が、大鍋を緊張しながら覗き込む。

 その様子をチラチラと見守る大勢の男性の中、少女が安堵と喜びの声を上げた。


「よかった、できました!」

「お疲れ様でした、シトラ様」

「三回目にしてようやくですが……」

「初めはそういうものですよ」


 ダイクの言葉に頷きながら、あの時の一発成功がいかに奇跡的なものだったかを思い返す。

 本番に強いタイプだと自分でも思っていたが、ビギナーズラックに頼ることはよろしくない。コツコツとやっていこうと気合を入れ直した。


 試験まで残り二週間。

 シトラの机は驚く程に散らかっている。

 黒板には大量の書き込みがなされており、それでもスペースが足りずに覚え書きがあちこちにピン留めしてあった。

 決してシトラが片付け下手なわけではないことは隣の机の散らかりようでわかるのだが、患者の人数があまりにも多すぎた。

「シトラ様、固形薬はジークが応援に入ります!」

「医士長に言われて来ました! というか、とんでもない数ですね……!?」

 引っ張られてきた淡いブロンドの男性に苦情を返しつつ、シトラはカルテを机に並べた。

「今のところ様子見をしている方が殆どです。ですが昨日、二人の姫が体調を崩しました」

「症状は……腹痛と吐き気、めまいですか」

「食あたりですかね?」

「いや、それだと発熱がないのがおかしいぞ」

「ジークさんの言う通りなんです」

 三人でアレコレと話していると、手が空いたらしい医士が数人混じって意見を出した。


「薬物の副作用では?」

「そんなに強い薬を使うようなことがあったら大ごとになってるぞ」

「なら生命力の方に問題があるのではないでしょうか?」

「神経に問題がある可能性の方が高いだろう」

「そうですね……。一度きちんと検査をした方が良さそうです。一人は国内の姫なので許可はとりやすい筈」

「あーでも、もう一人の姫は国外の方ですか……」


 当たり前のようにこんなことが起こるようになってしまったのだが、本来なら国外の姫に何かあったらもっと大騒ぎすべきなのだ。

 だというのに最近の医務室はちょっとやそっとの事では動じないようになってしまった。

 意識が高いのは良い事ですとバルトリス医士長は笑うのだろうが、できればこれが続かないことを願いたい。


「取り敢えず固形薬で様子を見ましょう。あとは飲み物を用意して落ち着くよう促してみます」

「あ、丁度いいハーブティーがありますよ」

「厨房にも一応確認した方が良いかもしれませんな」


 方針が決まって解散する頃には、事務室がほぼ満員になっていた。


   ◇


 離宮では現在、王城より派遣された侍女が見回りをして警戒を強めている。

 イソラは何かを探るように動いているらしいが、シトラはそれを問うことはしないよう心掛けていた。

 見張りがあるからか、怪我をする侍女は明らかに減っている。その代わりに何故か体調不良を訴える人が姫や侍女を問わず増えてきたのだ。

 侍女は離宮の医務室に気軽に来られるが、姫はそうはいかない。なので侍女に呼んでもらい、シトラの方から姫を訪ねるようになっていた。

 但し、国内の姫に仕える侍女は今のところ直接医務室に足を運んでいないのだが。


「フィリナ様、シトラです」

「あっ、お待ちしていました! このような格好ですみません」

「安静にするようお願いしたのは私ですから、お気になさらないで下さい。腹痛はどうですか?」

「まだ少し……ですが、吐き気は治りました。めまいも酷くは……」


「いいえシトラ様! フィリナ様は今朝からずっと起き上がれずにいらっしゃいます!」

「あ、アンナっ!?」

「そうです、シトラ様。フィリナ様は朝食もスープしか召し上がれなかったのです」

「マリンまで……! 私は大丈夫だから、それは……」

「フィリナ様は隠しておられましたが、私達は気づいておりました。昨夜、遅くまでずっと泣いていらした事……フィリナ様、どうかもっと私達を頼って下さい」

「ニーカ……」


 完敗したフィリナ姫は、ベレッカ王国の向こうの国から来た公爵令嬢である。年はシトラより下で、こうして慌てたりするとそれがよくわかってしまう。

 シトラは渋々と話し出したフィリナ姫の側に座り、王城で医士から貰ったハーブティーを淹れて欲しいと三人の優秀な侍女に頼んだ。

「フィリナ様、改めてちゃんとお話して下さい」

「はい……。本当は、眩暈も吐き気もまだ強くて、お腹と頭が痛くて……それに、嫌な夢を見るんです。恐ろしい夢を」

「夢、ですか?」


 まさか、と。声が出てしまうのを咄嗟に抑え、彼女の話に耳を傾ける。


「私は幼い頃、家庭教師(ガヴァネス)から虐待を受けていたことがありました。その時の夢を、見るんです。殴られたり、打たれたり、叫ばれたり……何もできずにそれを受けるしかなくて、本当に本当に怖くて……!」


「「「フィリナ様!」」」

「ひゃ!?」


 お茶の準備をしていた筈の侍女達にぎゅうぎゅうと抱きしめられ、フィリナ姫は呆然とした後に涙を溢した。

 シトラはそれを静かに見守る。

「フィリナ様……!」

「私達が必ずフィリナ様をお守りします、必ず!」

「お辛い思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」

 謝罪の雨にくしゃっと表情を崩し、姫は負けじと彼女達を抱きしめた。

「……信じてあげられなくて、ごめんなさい……っ」

 その一言があまりにも重たかったのだろう。

 侍女三人はボロボロと泣きながら何度も頷いたり、許しを乞うたりと、とにかく本音をこれでもかと口にした。

 落ち着く頃には、ハーブティーの為のお湯が冷めてしまっていて。全員で改めて淹れたそれを頂くこととなった。

 四人の目が赤いのは仕方なかろう。


「お、お騒がせしました、シトラ様……」

「すみません……!」

「お気になさらないで下さい。だって、フィリナ様。もうお腹は痛くないでしょう?」

 シトラの言葉にキョトンとした後、フィリナ姫はハッとして頷いた。侍女三人の表情が明るくなる。

「恐らく、不安によって胃が痛んでいたのでしょう。王城の医士達と話していたのですが、フィリナ様の症状は精神的な問題が体に出たものかもしれません」

「あ、確かに……私の父もよく胃が痛いって言っていました」

 侍女のアンナが述べた例に、それですとシトラは頷いた。

「症状は精神的な問題、ということは本当の原因はその問題を起こしているもので間違いありません」


「もしかして、フィリナ様の悪夢が……!?」


 この中で最年長であろうニーカが思わずと言った様子でフィリナ姫に駆け寄り、その決定的な言葉を口にした。

 他二人も席を立とうとしたが、フィリナ姫が真っ青な顔でそれを止める。そして震える声でシトラに問うた。

「もしかして、これは……魔法、なのでしょうか……?」

「……可能性は高いです」

 カチャン、と。カップが高い音を立てた。


   ◇


 離宮から戻ったシトラは、すぐさまフィリナ姫の事をバルトリスに報告した。

 すぐに魔法士を派遣することになったのだが、原因が魔法である可能性についてはまたもや余裕のある医士達がシトラを混ぜて討論を始めてしまった。


「呪いの事例によく似ているんだよなぁ」

「記録を調べたところ、王城の中でも一気に数人が同じ現象に苛まれたとあったんです」

「ああ、兵舎に魔法陣が見つかったあの事件!」

「となると離宮にも陣があるのか?」

「でも一人だろ? 簡単な嫌がらせの可能性が高いぞ」

「聞き込みをしてみるべきですよ、シトラ様!」

「そうですよね、やはり一度確認をしないと」


「それについてはこちらで動くことになる」


 凛とした声に、全員が弾かれるようにその元へと振り返った。

 そこにおわすのは美貌の王子殿下。シトラ以外は皆膝をつき、シトラも軽く礼をした。

「楽にしろ。どうにも離宮内が落ち着かないのでな、少し前から探らせている。聞き込みも任せるつもりだ」

「成る程、なら私がやるべきは姫様達のケアですね」

「他の薬士には魔法薬について取り掛かってもらいたい仕事がある。詳細は後で書類が届くだろうからそれを確認してくれ」

「承知致しました!」

 薬士の資格がないシトラ、ダイク、ジークは王城と行き来をしながら姫の対応をすることになるわけだ。

 やることがわかりやすいのはとてもいい。



 とはいえ、仕事の量は増える一方である。

 離宮の医務室は薬棚よりも本棚がパンク寸前状態となっており、流石にこれはと応援が呼ばれることになった。


「戻りました、メアリさん!」

「おかえりなさいませシトラ様。先程イソラ様より伝言が届きました」

「魔法についてですか?」

「はい。既に目星はついており、明日から本格的な捜索が始まるそうです。それからニーカさんが、フィリナ姫様の症状を詳しくまとめて持ってきてくださいました」

「すぐに見ます」


 病気や怪我を詳しく知るには本人に直接聞くのが一番だが、忙しい時には問診票を書いてもらっている。

 イソラの雇った侍女達は読み書きが不得手な者が多く、姫自身が書くようにと思っていたのだが、王城から派遣された侍女達によって講習会が行われるようになってそれは一気に覆された。


「よく纏まっていてわかりやすいですね……!」

「私もお勉強の為にお読みしたのですが、ニーカさんの書き方は本のようで、大変参考になりました」

「腹痛と頭痛は少し治ったようですが、眩暈と吐き気はまだ続いている……ハーブティーと固形薬がどれほど効くか分かりませんが、魔法士の方々には急いで貰いたいですね」

「それですがシトラ様、先程テレパスがありまして、女性の魔法士が明日から医務室に配置されるそうです」


 メアリ・ハーブはラシュイル姫に付いていた侍女だ。

 彼女は少し多めの魔力を持っており、離宮にて待機をしている間にテレパスの魔法を会得した。シトラにとってこれ以上ないサポーターである。

 だからこそ、シトラは迷わず決めた。


「体調を崩す姫が増えるかもしれません、魔法士の調査が無事に終わるまでは離宮(ここ)で待機します」



 お読みいただきありがとうございます!

 姫と侍女が結束していく様子が茶番にならないようにと思うのですが、いかがでしょうか。

 暫くは離宮での話が続く予定です。よろしくお願いします!

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