14
忙しい日々が続く。
お茶会の開催が知らされてからは、怪我人が少なくなってきた。けれど今度は過労の体調不良者が続出している。
相変わらず上階の姫様方は頑なに籠城しているが、ホームで聞いた話によると中年の侍女が離宮の侍女にアレコレと命令をしてくるようになったらしい。間違いなくなんとか姫の手の者だ。
イソラがいない時を狙って、気弱な女性にばかり声を掛けるのだとか。
ただ当然、あの場にいる侍女は皆同じ立場であり、上司はイソラただ一人。
『全く仕事をしない』と嘆く抗議文が王城に送られてきた時のツァラフ姫は凄かった。
「ふ、ふふふっ、ふふふっ……ふふっ! 命じたことを一切行わないどころか、仕事を疎かに……っ、ふふふふっ」
「ツァラフ、インクが滴れそうだわ」
「まあお気持ちはわかりますが……」
さり気なくインク壺とペンを奪ったクロが呆れた声で言う。シトラも同じだが、このやり方には素直に腹が立った。
それはラシュイル姫、テリア、メリウェルも同じらしく、表情はそれぞれながらも呆れと苛立ちが漏れている。
「面倒なのは、実行犯を捕まえても解決しないってことよね」
「イソラが大丈夫か心配だわ。それに、お茶会までに決着をつけようとしてきたら、私は何もできないわ……」
落ち込んだ様子でため息を吐くラシュイルの傍で、シトラも似た表情で考え込む。
過労というのは非常に厄介だ。根性論でどうにかしようとして倒れた者をたくさん見てきた。
「離宮に備えられた侍女寮は四人一部屋。互いの体調管理を徹底してもらうにしても、それぞれお仕えする姫のこともあるから、これ以上何かを背負わせてしまうわけには……」
「ええ、その通り」
トトン、と。筆の代わりに指で台を叩き、軽やかにツァラフ姫が微笑んだ。息を呑むほど美しい。
「だから私、ちょっとお願いをしてみたの。そして良いお返事をいただけたわ」
誰に何を、なんて。無粋なことを口にする者はいない。この蕩けてしまいそうな蜂蜜の美女は、その秘めやかな毒を以って反撃を宣言したのだ。
「かっこいいのだわ、ツァラフ!」
「で、でもツァラフ、大丈夫なの……!?」
「私よりシトラの方が心配よ。ホームはテリアとメリウェル、そしてラシュイルの護りも合わさって、とても安全なの」
「ラシュイルの護り……?」
初めて聞く単語に、シトラはパッとラシュイル姫を振り返った。ストロベリーブロンドの髪とエメラルドの瞳の姫は、若干はにかみながら頷いた。
「私の国は、海の神からの加護をいただいているのだわ。だから私みたいな容姿の女性は、神の愛を象徴する者として、護りと呼ばれる結界を作れるのだわ」
「魔法とは違い、魔力を消費しない特殊な結界。海の神の護りとあらば火の類は全く害をなし得ないでしょう」
クロの補足説明で、シトラはどうしてホームに火が放たれないのかを理解した。何という力。ラシュイル姫がこのホームの殆どを護っていたとは。絵本で見た人魚のような美しさだと常々思っていたが、なんとまあほぼそのものだったようだ。
「その力は、ずっと使っていても大丈夫?」
「もちろんだわ。この結界は私の心から生み出されるもの。魔力や体とは無関係なのだわ」
「ならよかった。それにしても本当に素敵な力ね。全然気づかなかったし、そのことも初めて知ったわ」
感心して何度も頷くシトラを見てツァラフ姫が微笑む。
そして再度、言い聞かせるように告げた。
「シトラの安全こそが今の最も重要な課題よ。殿下からは多少の助けをいただけるけれど、直接の護衛は誰かに頼むしかないわね」
「お茶会に連れて行けるのは一名のみ。私とメリウェルはツァラフ様、ラシュイル様の警護をするようにと命じられております。イソラ様は離宮を護らねばなりません。そうなると……」
悩み始めたテリアの横で、メリウェルがあっと声を上げた。
「シトラ様、一応お聞きするのですが、ペアになった医士の方はいかがでしょう?」
この画期的な一言に反応をしたのは他でもないクロだった。
目が輝いている。絶対に良いことを考えていない。
「それです! 従者として同伴させましょう。婚約者になる意はないというアピールにもいいでしょうし。早速手配します」
「え、ちょ、クロ!?」
「では失礼」
「クロ! 待ってくださいクロ!」
哀れなり、ペアの医士。
ツァラフ姫、ラシュイル姫、テリアの三人は目を合わせ、同じように苦笑した。
メリウェルはというと、話の展開についていけず呆然としていた。
◇◆◇
そうして迎えたお茶会。
きちんと王女らしく着飾ったシトラの横には、今にも叫びそうな表情のダイクがいる。
「巻き込んでしまって本当にごめんなさい」
「い、いえ……シトラ様のせいではありませんし……殿下の命令ですし……ひぃい」
彼が怯えているのは、国内で色々と有名な令嬢からの視線が凄まじいからだ。クロの思惑はドンピシャだった。シトラにはリオン殿下の妃になる気はないと悟らせるにはこれ以上ない徹底的な同伴者であろう。
しかしもう一つの理由に関しては、シトラが原因である。
「シトラ様! またお会いできて嬉しいですわ」
「ごきげんよう、シトラ様」
「まあシトラ様! なんて素敵なドレス!」
あちこちから気軽に集まる王女や姫を前にサラッと笑顔で立っていられるのは、それこそリオン王子くらいだろう。ダイクには荷が重すぎた。
ただ、それも暫くすると段々となくなっていった。
「お元気そうで何よりです、カメリア姫様。腕の傷も綺麗に治りましたね」
「マロン姫様の秘密のお手紙、読みました。これはお返事です、こっそり読んでくださいね」
「お会いできてよかった、アリッシュ姫様! 姫様のドレスも綺麗な肌が映えて素晴らしいです」
シトラはとにかく気さくに対応をする。でも誰も非難をしないのみならず、それを楽しんでもいるようで。
人集りはこうして作られるのかとよくよく理解できた。
しかしいつまでも騒がしくしてはいられない。今日はなんの日かというと、王家によるお茶会の日なのだから。
「まあ、ご覧なさって! ミシェリア王妃殿下よ……!」
「ナナリー王女殿下、なんて愛らしい……」
「いらっしゃったわ!!」
全員の視線が一つに集まる。
そこに立つのはリオン殿下。
彼に選ばれる為に集った姫達は、隠しきれない欲を滲ませながら色めき立つ。人を狂わせる美貌というのは嘘でも誇張表現でもなかったようだ。
そう真面目に頷くシトラを見て、ダイクはコソコソと話しかけた。今のタイミングくらいしかまともに話せないと判断したのだろう。そしてそれは正しい。
「殿下から聞いてはいますが、問題のご令嬢は大丈夫なのですか?」
「リオン殿下がおられる間ならば、表立った騒動を起こすことはないでしょう。私が警戒するべきはもう一つの敵……王族を狙う者です」
「犯人の目星は?」
「全く。リオン殿下から何かお聞きしていますか?」
「徹底してシトラ様をお守りするようにとだけ」
「……囮になれということでしょうか」
ダイクの目が変わった。
「それだけはあり得ません。殿下はそのような事をするお方ではありません」
強い口調に目を丸くしたシトラは、しかし柔らかく微笑んで己の非礼を詫びた。
「ダイクさんが仰るのならそうなのでしょうね。すみません、殿下を悪く言ってしまって。無礼を謝罪します」
「い、いえ……私の方こそ思わず……大変失礼しました」
主人が悪く言われれば誰だってそうなるだろうに、律儀な人だ。目立たぬようにしつつも頭を下げるダイクを見て、シトラは改めてこの人は信用に足ると思った。
「そろそろ挨拶が始まりますね」
「はい」
二人の目の先で、白に金の装飾がなされたマントを翻しながらリオン殿下が礼をした。
「この度は、私達の催しにご参加いただき誠にありがとうございます。お越しになられた方々の中には、国の境や海を超えて来ていただいた方もいらっしゃいます。この時間の中で、それぞれの交流をお楽しみいただけましたら幸いでございます。どうかごゆるりとお過ごし下さい」
凛とした、透き通るような低い声。
聞き入る姫の誰もが頬を染め、うっとりと見上げている。
(人の家を勝手に三階建てにするお方なのだけどね)
シトラは内心でそう呟きながら、姫の様子を目だけで確認して回る。死角になる場所にはダイクの目が頼りだ。
「……シトラ様、いました。殿下から聞いたアレイシア・ウォリゴート侯爵令嬢です」
「こちらはなんとか姫の姿を確認しました」
「ナタリー・カン=シュトラ伯爵令嬢ですね。どちらも従者は中年の女性、探りに入るべく補充された侍女かと」
シトラは思わず目を丸くしてダイクを振り返った。それに目を合わせて苦笑した彼は一言。
「殿下によく頼まれごとをされてましたから」
「成る程。クロの判断は悪ふざけだけではなかったのですね」
少し反省した。頼もしい味方をつけてもらったのだから、期待に応える程度の働きをせねば。
そう意気込んで、再びリオン殿下を見ようとしたが……彼に群がる女性によって完全に取り囲まれていた。騎士がオロオロしているのが哀れに思える勢いに、シトラは内心であんぐりとしてしまった。
「リオン殿下は凄まじいですね……なんとか姫も我先にと」
「シトラ様、姫がこちらに来ます」
ダイクに言われて振り返る。その先に立つのは、あの時シトラに襲われたと言っていたナタリー姫。
何の用かはわからないが、穏やかではない微笑に自然と背筋が伸びた。
「シトラ様、少しよろしいでしょうか?」
「構いませんわ」
あくまで王女の姿勢を崩さずに頷くと、ナタリー姫はゆっくりとお辞儀をした。綺麗なその仕草に思わず感心していると、彼女は頭を下げたまま話し始める。
「離宮での一件、大変申し訳ございませんでした。離宮に出入りする不審者を捕まえる作戦なのだとアレイシア様に唆されて、あの様なありもしない事柄でシトラ様を陥れようとしたことを、心からお詫びいたします」
「……」
真意が読み取れずシトラが黙っていると、ヒソヒソと周囲の姫が何か囁き合う言葉が聞こえてきた。
「まあ、ナタリー様にあのようなことを強いるなんて」
「婚約者の候補だというのに、殿方をお連れするのは非常識ですわ。お国でマナーを教わらなかったのかしら」
ふむ。
囁きに耳と目をチラリと向け、この状況がなんとなく読めてきた。ならば……シトラのやるべきことは一つだ。
「ナタリー姫様、お顔をお上げください」
「そんな、私はシトラ様からお許しを頂くまで……」
「ならば尚更、お顔をあげ、腕を見せてください」
ナタリー姫の動きが固まる。周囲の囁きが途切れ、リオン殿下の元へ行かなかった姫達の視線がシトラ達に向かった。
どう反応すべきか考えていたらしいナタリー姫だったが、この状況下でシトラの言葉を否定するのは悪手と見做したらしい。恐る恐る、と言った様子で顔を上げた。
一話4,000字程度にするように、文字数を見直しております。投稿済みの話にも手を加えるやもしれませんが、どうかお気になさらぬようお願い申し上げます!
ついに始まったお茶会です。姫達の外見やドレスを細かく描写していないのに今気づきました。どこか入れそうなところに書きます。どうぞよろしくお願いします。