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婚約者候補の薬士見習い  作者: アカラ瑳
14/25

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 未だに往診が必要な姫は、クリシュラ姫とアリッシュ姫の二人だ。他の姫は傷が残る事もなく綺麗に回復した。

 そしてその二人も、今日の診察の結果次第では大幅に治療期間が短くなる筈だ。

(それにしても……こんな状況で、茶会)

 胸の中に渦巻く不安をギュッと抑えて、シトラはクリシュラ姫の部屋の扉をノックした。


「こんにちは、シトラです。往診に参りました」

「シトラ様! お待ちしておりました!」


 すぐに扉が開き、笑みを浮かべてこちらを見るクリシュラ姫とミリーナの姿が目に映った。顔色もいいし、何より瞳が輝いている。

 シトラの予想に違わず、クリシュラ姫の骨は現状完璧にくっついていた。勿論まだ歩行は難しいが、松葉杖等でなら自力で動ける範囲も広がるだろう。けれどその傍に立つミリーナは、クリシュラ姫が松葉杖を使うのを嫌がりそうだなとも思った。

 実際その話をするとブンブンと首を横に振ったものだから、シトラは思わず笑ってしまった。

「ミリーナさんはダメって言うだろうなと思っていたんです」

「だって危ないです! でもクリシュラ様がお望みなら……いえ、せめて後ろから見守る事だけは……!」

「大丈夫よミリーナ。私、ミリーナとゆっくりお散歩するのが楽しいもの。歩く練習はまず部屋の中でにするわ」

「クリシュラ様……ありがとうございます……」

「ミリーナったら大袈裟だわ、ふふふっ」

「それだけクリシュラ様を大切に思っているのですよ。リハビリもこの様子ならスムーズに出来そうですね」

 お任せください! と再び拳を握るミリーナに和んで、今後の薬の話をして、往診は終了した。これからは離宮に設置される診察室に来てもらう予定だ。


 アリッシュ姫も順調に回復しており、もう痛みの心配はなさそうだ。今後は痕が残らないように治療をするだけ。

 精神的に不安定だった彼女も、侍女達のおかげか楽しげに言葉を交わしている。

「マーサのご実家は大家族なんですって。私も兄二人と姉一人、弟と妹が一人ずつなのだけど、マーサのところは……」

「兄が三人、姉が四人、弟が三人で妹が五人です!」

「ええ!? でも貴女はまだ十六歳で……!?」

「それがですね、一番下の子達は四つ子なんですよ〜」

「ビックリよね」

「すごく驚きました!」

 小さく口を押さえて笑うアリッシュ姫に、シトラは頬を緩ませた。彼女は侯爵家のご令嬢と聞いていたが、強かさは王女達と同じくらいだ。恐らく彼女もツァラフ姫達のように探りを入れるべくユリア国に来たのだろう。

 イソラが動きを封じられている辺り、捜査がかなり進んでいるのは間違いない。だが肝心なところは未だ謎のままだ。


 王女を襲う者と、それ以外の令嬢を襲う者が同一人物なのか。その動機は、目的は何なのか。シトラを襲ったあの姫達が犯人のどちらかだとすると、シトラが王女だと知った時の動揺が演技だということになる。しかし、少なくともシトラにはあれが演技には見えなかった。

 勿論シトラは心の中を読めるわけではない。だが多く人と接する人生を過ごし、人となりを理解する目を肥えさせてきた自覚はある。

 その感覚を信じるならば、ツァラフ姫やクリシュラ姫、ラシュイル姫を襲った犯人は別な者であり、シトラを含む王家の血筋に連なる姫は危険な状態に変わりない。


 なんたら姫となんたら姫は、一応騒ぎを起こした事で謹慎処分を受けたらしいが、恐らくはそれが明けた直後に茶会が開かれるのだろう。

 シトラはもちろん王女として参加する。しかしクロの正体を知る今、この茶会が仕組まれたものなのは明らかだ。絶対に何かが起こる。


 それが誰かを傷つけるものでなければいい。そう思う。



 ◇◆◇



 往診を終えたシトラは王城の医務室に真っ直ぐ向かった。


 見習いの期間、つまり面接までの時間は一ヶ月。

 婚約者候補としての立場を保ちつつの勤務となるため、その大半の時間をホームでの診察と往診にかける。

 王城での仕事は主に離宮の姫達の対応。そのため、離宮の中にこじんまりとした診察室が設けられた。

 朝はホームでの診察、昼は往診、その後夜まで王城と離宮の往復をするわけだ。

 かなり厳しいスケジュールなのだが、シトラにとってそれは苦でない。何故なら。


「こんにちは! 今日から本格的に見習いとして医務室で勤めさせていただきます、シトラ・リン・レリンスです!」


「シトラ様!」

「待ってましたぁあ!」

「シトラ様がいらっしゃったぞぉおお!」


 この……この、なんと反応すれば正解なのかわからないテンションに困惑する方が先だからだ。

 女性の医士や薬士がいないという時点で少し考えていたのだが、おそらくそうさせたのはリオン王子なのだろう。

 王子殿下自らが医務室に世話になる時、何かを盛られたりするのを避ける。ここまでは普通なのだけど、そこで女性から攻撃をするとなると笑えない。

 だからシトラには何も言えず、ただ苦笑するしかないわけだ。

「医士長! シトラ様がいらっしゃいましたよ!」

 そう大声で叫ぶのはダイク。そしてドタバタと奥の方から騒がしい音が聞こえて、バルトリスが飛び出してきた。

「お待ちしておりましたシトラ様!……ゴホン、失礼。さあ皆は作業に戻りなさい。ご挨拶は夜に行います。それからダイク、ジークを呼んで来るように」

「はい、わかりました!」

「夜の休憩が楽しみだなぁ」

「乾杯したい」

「お前は今日夜勤だろうが」

 あっという間に引いていく人々に小さく微笑みを浮かべ、シトラは鞄を床に置いて開く。そして数冊の本を手にバルトリスの机に歩み寄った。

「医士長様、参考書をお譲りいただきありがとうございます。お陰でたくさんの事を学べました」

「もう全てお読みになられたのですか! 忙しい中だというのに、素晴らしい向上心です」

「たくさんの手助けをいただいたのが一番です。勉強をする時間を少しでも長くしようと……あ、いえあの、そうじゃなくて、もし良ければなのですが、わからない部分をご教授いただけないかと思って」

 友達自慢に熱中しそうになったのを慌てて抑えて、シトラは本に挟んだメモ書きをバルトリスに見せた。

「ふむ……魔法薬についてのものが多いですね」

「はい。私の国は稀少な薬草が手に入りやすく、魔法薬の代替として使用されることが常でした。なので魔法薬と、それに使用する薬草についての知識が追いついてなくて……」

 段々と恥ずかしくなって俯いたシトラを見たバルトリスは、柔らかく微笑んで「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

 そこに声が掛かる。振り返ると、ダイクとジークがこちらへとやって来るのが見えた。


 ◇


 三人並んで、バルトリスの前に立つ。

 特別選抜試験に臨むシトラと、薬士の資格取得を予定しているダイクとジーク。緊張の面持ちのシトラに配慮してか、バルトリスは柔らかく話を始めた。

「これより一ヶ月間、シトラ様はこの王城医務室にて見習いとして働きます。そしてダイク、ジークと同じ日に行われる筆記試験を受けていただきます。なので二人のどちらかに、シトラ様とペアになって貰いたい」

「ペア、ですか?」

 目をパチクリとさせたシトラに、ダイクがサラッと説明をしてくれた。

「医務室は二人一組となり、ローテーションで勤務を行う事になっています。初めてお会いした時、俺とジークが二人でいたのはそのためです」

「成る程……効率的ですね。でもそうなると、私より慣れたペアでいた方が……」

「あーそれについてはその……ハッキリとは言い辛いのですが……シトラ様とペアになる者が中々決まらず……」

 なんじゃらほい。

 ダイクと似た表情のバルトリスとジークに困惑して、シトラはそっと周りを窺い……さらに困惑した。

 熱が、視線の圧が凄い。女性がいないからだろうか。

 ただそういう事なら納得できる。そうなると……。

「お二人の治療はこの目で見たので、信頼しています。私はどちらでも……」

「「なら俺が!!」」

 なんだろう、本当にここ、女性に飢えているのではなかろうか。王城の侍女だってここを頼っている筈なのに。


 そこでピンときた。

 成る程、シトラとペアになれば、王城の侍女も今までよりずっとここを頼るようになるだろう。離宮には入れないが、物資の運搬中に侍女と会う機会だってないとは言えない。

 つまりシトラとペアになるのは、お嫁さん探しの絶好の機会ということ。それなら話は早い。


「お二人のご年齢は?」

「え、あっ、23歳です」

「ダイクさんは?」

「19歳ですが……」

「ならばダイクさんにペアをお願いします。歳が近い方が色々と都合が良いでしょうから」

 この時の男性三人の顔と言ったら!

 シトラの推測なんぞサッパリで、普通に本人への好意から出た自薦だったのだから当然だろう。

 キョトンとする彼女を見て、それなりに優秀な思考力のバルトリスはああ成る程とこの大いなるすれ違いに気がついた。のだけど。

「うむ、ならばダイクに頼むとしよう。ジークは私の補佐に回りなさい。シトラ様との連携の橋渡しを主に頼むとしよう」

「はい!」

「うう……仕方ないですね……」

 ジークにだけは、シトラの考えを教えておこう。バルトリスは最優先事項としてそれを頭に入れた。


 最初に割り当てられた仕事は、医務室と城内の一部を知ることだった。

 医務室は吹き抜けのある二階の作りになっており、一階には調合室や処置室、薬草の倉庫がある。二階は医務室を一望できる医士長の机と、研究資料や事務室がある。どちらも面積が広々としており実に心地が良い。

 特にシトラは事務室が気に入った。

「ここの机は便利ですね。黒板がついてます」

「俺達は情報の入れ替わりが激しいので、紙の無駄遣いをしないためにこうなりました。シトラ様の机は一番奥になります。色と装飾は目立ってしまってますが、俺達が舞い上がった結果なので大目に見ていただきたいです」

 そう言って案内された机は、クリーム色に赤みのあるオレンジの装飾が付いた、可愛らしくも格調の高い物だった。他の机は無地で黒いので確かに目立つけれど……シトラの好みにはバッチリだった。

「大目になんて! 凄く嬉しいです。それに、この城での薬士としての居場所がいただけたのですから、最高ですよ!」

「シトラ様が喜んでいただけたなら良かった。あ、俺の机はあっちの方なんですが、後で入れ替えて隣に配置しときます。ペアは机を並べる決まりなんです」

 いくつかの説明を受けながら軽い荷解きをした後、二人で城内の廊下へと足を踏み入れた。

 なんだかんだ、医務室以外の城へ行くのはこれが初めてだ。


 豪華な絵画が並ぶ大理石の廊下を歩きながら雑談をする。

「ダイクさんはいつからここに?」

「四年前くらいからです。王都の学院を卒業してすぐ、ここに見習いとしてやってきました」

「医士になろうとしたのはどうしてだったか、お聞きしても良いですか?」

 シトラの問いにダイクは一瞬驚いたものの、すぐに頷いて話してくれた。

「俺の名前はダイク・アンバードって言います。アンバードは代々医士の家系なんです。父と兄は医士で、特に父はバルトリス医士長と仲が良くて、その縁でここに世話になってます。医士になろうとしたのは、そんな父や兄の背を見て育ってきたのもあるんですが……一番は、誰かを助ける力に憧れたからなんです。と言っても、まだ縫合に怖気付いてる未熟者ですがね、あはは……」

 優しい人だなと思った。

 助ける力は色々ある。その中で医士を選んだ。それなりの体格や家柄を持ちながらも、剣や魔法を取らなかった。

 焦げ茶色の短髪を照れ臭そうに掻くのを見て、シトラは改めてよろしくと手を差し出す。無事に握手を交わし、水場や広間の位置を確認して、シトラの初仕事は一旦終了した。


 ◇


 次の仕事は、離宮での診察だ。

 ダイクは離宮にすぐに行けるようにしつつ、事務仕事を手伝っている。魔力を通すだけでテレパスを送れる魔法具が実にありがたい。ただ金額が穏やかじゃないので、シトラは丁重にそれを棚に固定している。

 朝の時間で診るのはそう約束をした人。つまりここを訪ねて来るのは怪我をしたばかりの人々ということだ。


「うう〜わかってても染みる〜!」

「……よし、もう大丈夫ですよ。傷は膝だけですか?」

「多分そうだと思うんですけど、着替える時に見てみます」

「気をつけてくださいね。痛みだしたらすぐに来て下さい」

「はい!」

 転んで足を擦りむいた、手に棘が刺さった、躓いて足を攣った、あちこちが痛む。とにかくたくさんいるけれど、今日は比較的大人しい。

 おそらく、お茶会の話が出回り始めたのだろう。離宮内に診察室が設置されたのもタイミングが良かった。

 侍女を狙う者と、王女を狙う何者か。この二つは別々に動いているに違いないと思う。イソラについた監視は果たしてどちらか。

 離宮内では迂闊な発言はできない。それは朝に会った侍女達にこっそり広めてもらった。


 だから、見知らぬ中年の侍女のような誰かがやって来た時は内心ヒヤヒヤした。

「忙しいでしょうにごめんなさいね。少し足を捻ってしまったみたいで」

「……どちらの足ですか? ご確認させていただきます」

「右足です」

「膝を伸ばせますか?」

「無理です。お医者様なのですから、服を捲るのは許します。そこに跪いて直接見てください」

 やはりこの人は知らないようだ。この会話を誰が何処で聞いているのか。知ってたのなら蛮勇が過ぎる。

 シトラは特に反応をすることなく机に紙を広げた。

「その前にご確認させていただきます。貴女のカルテを作成しますので。お名前は? 出身は? 生年月日は? 職業は……侍女の方とお見受けしますが、その場合はお仕えしている姫のお名前もお教え下さい」

「なっ……人の個人情報を軽々しく聞くなんて、とんでもない無礼者ですわね!? こんな者を医士として遣わせるなんて、王城に……いえ、殿下に抗議を」


「良い加減になさいませ」


 凛と鳴ったのは、知性と信念のこもった声だった。

 シトラは驚いて出入り口を見る。

 そこにはイソラが無事な姿で立っていた。

 彼女が足を踏み出すだけで、威圧を感じたらしい。さっきまで騒いでいた侍女が後退りした。

「尊い血を引き継ぐ、レリン王国の第一王女たるシトラ・リン・レリンス様に、先程からなんたる無礼! ましてや跪けと指示をしただなんて、これを殿下が、そして国王陛下がお聞きになられたらどうなさるでしょうね……?」

「なっ……お、王女……!?」

「やはり、密かに入れ替わりをして探りにきましたね。嘘の情報を信じていただけて何よりです。それではその健康な足で大人しく着いてきてください。女性を手荒に拘束するのは私とて良心が痛みますから。まあ……躊躇はしませんけど」

 そう言って鞭をしならせるイソラを見て、侍女は真っ青な顔で首を縦に振った。

 ようやく顔を上げ苦笑するイソラに、シトラはただ笑って頷いた。本当に、自分は出会いに恵まれている。


 ◇


 その夜、王城の医務室にて魔法薬の整頓をしていたシトラは、お茶会の開催日が決まったとダイクに聞いた。

 チラリとクロの姿が見えていたから予想はしていたが、ダイクとリオン王子は仲が良いようだ。

「開催は一週間後、王城の庭園にて……王家の方々は王子殿下と姫殿下、そして王妃殿下が参加なさるんですね」

「国王陛下が参加するよりはマシでしょうけど、なんというかハラハラドキドキじゃ済まない顔ぶれですよ」

 ダイクのげんなりとした表情と声色に、シトラも同意の言葉を返した。

 怪我が完治していない姫は参加しないで欲しいのだけど、クリシュラ姫、ツァラフ姫、ラシュイル姫の三人以外は強制参加だろう。全くもって穏やかじゃない。

「まあ、今は悩むより休む方が先ですよシトラ様。もう時間も超えましたし、今日はこれで仕事終了です。ホームまでお送りしますよ」

「えっ……もうそんな時間!? ああホントだ! 帰らないと怒られる!」

「シトラ様、お疲れ様です!」

「明日もよろしくお願いします!」

「はい! また明日!」

 挨拶に頷いて、荷物をまとめ、シトラはダイクと共に医務室を出た。



 こんにちは、初めまして、お久しぶりです。

 大変お待たせしました! 見習い期間が始まります。

 これからシトラはホーム、離宮、そして王城の三つで動くことになります。目まぐるしくてクラクラしてしまわぬよう、サクサクと書いていくよう頑張ります。

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