001
俺は佐藤連夜。
普通の日本の高校生。
長期の休みに入るので髪を銀髪に染めた日の帰り道の途中で、いきなり異世界に転生したようだ。
気がつくまでに少し時間がかかった。
街並みは異世界という感じがしなかったからだ。
「すげーな…ここは」
一番上が見えないほど高いビルが立ち並び、夜だというのに昼間のように人工の光で明るい。おそらく元の世界にあるどの街よりも発展している。
それだけでは異世界だとは思わなかった。
俺が知らないだけで存在する街も知らないからだ。
しかし獣人や悪魔、宇宙人みたいな見た目の生き物が普通に街歩いているのを見て、これは何かがおかしいと思った。
これらの情報から俺は異世界だと思うことにした。
「さて、どうしたもんかな。あんまり帰りたいとも思わないが、とにかくどうにか生活していかねえとな」
誰かに話しかけて仕事や住むところについて聞いてみたいのだが、話し声に耳を傾けると言語を全く理解できない。
しかし、ここは異世界だ。なんとかなるかもしれない。
「あいつにするか」
見た目は明らかに人間であり、真っ黒なコートを着ている黒髪のその男は背中には銀髪の幼い少女を背に連れていた。
なかなかのイケメンであり、柔らかい表情でその少女と談笑しながら歩いている。
誰かには話しかけたいのでこの辺りが無難かもしれない。
「いい奴そうだな。子供も可愛いし。よし、いくか」
走って駆け寄り道を塞ぐ形で話しかける。
その男は少し驚いたような表情だが、俺の話を聞こうとしてくれた。
しかし、やはり日本語は理解ができないようだ。
すると少女がこちらに指を向けて何か呪文を唱えた。
「これでいいじゃろう」
「うわっ。なんで分かるんだ」
少女の声は明らかに日本語ではないのに何故か理解できるようになっていた。
「わしがお主の頭に言語情報を流し込んだのじゃ。それで何の用じゃ?」
「ええと…突然別の場所からここに来ちゃって、どうすればいいか」
それを聴くと男が興味深そうに俺を凝視する。
「そうか。くっくっく、誰の仕業かな。お前、面白そうだな。そういうことなら金を貸してやるよ。このカード貸してやるから好きに引き出していいぞ」
「えっ、マジか。サクセスストーリーだな」
「仕事なら冒険者をやるといい。この近くにギルドがあるからそこで仕事を受けろ。1ヶ月したらこのカードを返しにギルドに来い。もちろん、使った分は振り込んどけよ」
「ああ、勿論だ。ありがとう」
素直に喜びを表現してお礼を言うと、その男は爽やかに笑顔で返した。
何故か若干の含みを感じる気もするが、ここで断るのは勿体なさすぎる。ここは素直に受け取ろう。
「俺はレンヤだ。あんたの名前は?」
「俺の名前はリュウだ。こいつは相棒のワイスだ」
リュウと名乗ったその男はワイスを指して紹介した。
そしてギルドの場所について詳しく聞き、行き方も教えてもらった。
「本当にありがとう。じゃあ、1ヶ月後に」
「ああ、頑張れよ。そういえば、知り合いが武器屋をやってんだ。気が向いたら行くといい」
リュウは住所の書かれた紙を手渡した。
そして、そのまま雑踏の中に消えていった。
「しかしリュウさんはともかく、ワイスって子は変わった子供だったな。実はかなりの歳だったりして…まあ、いいか」
レンヤは紹介された第8ギルドに向かった。たまたま近くにあったようで、歩いて15分ほどで着いた。
「でっかい建物だな…」
そのギルドは巨大なビルであり、横にも縦にもかなり大きな建造物だった。
ビルの中は人がかなり多く、それぞれが個性的な格好をしていた。スーツやコートなどの身近な格好の人やゲームに出てくるような武装をしている人もいる。
「凄えな。えっと、初回登録はあそこか」
そこはあまり人がいない場所であり、受付の女性には暇を持て余している奴もいた。
それでも近づくと笑顔で対応してくれた。
「こんにちは。こちらは初めてですか?」
「ああ、そうだな。冒険者になりたいんで登録させてくれ」
「分かりました。まずは身体能力を判定して、その後に実践をしてもらい、階級を判定します。あちらの部屋に向かってください」
案内された部屋は広く無機質な部屋であり、そこには空港にえるゲート型の金属探知機のようなものがあるだけだった。
「では、このゲートを通ってください」
言われた通りに通ると、ゲートは小さな機械音を立てた。
「はい、これで判定できました。すごいですね。魔力量だけで言えばS級冒険者になれます。しかし、魔法を使う素質はないに等しいですね。武器がないと厳しいと思いますよ」
「えっ。武器なんか持ってないぞ」
「それなら特別にこの武器をお貸ししますので、これで実践試験をしてください。魔剣クレーオールです」
受付の女性は少し歪な形をした少し短めの剣を渡してくれた。
「うおお。凄えなこの剣」
剣そのものからエネルギーをかなり感じる。さらに魔力を流し込むと光出した。
「これなら誰にも負けねえぜ。相手は誰なんだ」
「特別にギルド長が相手をしてくださるそうです。まもなく来られます」
少し待つと白いコートを着た小柄な人物が入ってきた。フードが大き過ぎて顔が見えない。
「やあやあ、君か。全力で殺しにきていいよ。僕が軽くあしらってあげよう」
女とも男とも思える可愛らしい声をしていた。印象は完全に中高生だ。
「ああ、よろしく。見た目はガキだがこういうのを甘く見ると痛い目を見るんだよな」
ギルド長に招かれて部屋の広いスペースに移動する。受付嬢は離れたところから見守っているようだ。
「さあ、来なさい。傷の一つでも付けられたらS級冒険者に文句なしに合格だ」
「へえ。そこまで言うならマジに行くぜ」
ギルド長は何処からともなくレイピアを抜き放つ。その剣も魔剣のようで薄く光っている。
「オラァァァァァァァァァ!」
レイヤは容赦なく斬りかかる。この世界に来る前とは比較にならない身体能力を発揮することができ、剣は一瞬にしてギルド長の首元まで迫る。
しかし、当たる寸前で軽々と避けられる。
「チッ!」
レンヤとギルド長の動きの速さは変わらないのにレンヤの剣はカスリもしない。
一方でギルド長の剣はレンヤに小さな傷を無数に付けていく。
「クソッ!いたぶってやがるな」
「ふふふ。君もなかなか悪くないよ。剣を振るのは初めてのようだけど、かなり上手いね。天性の才能があるんじゃないかな」
「じゃあ、何で当たんないんだよ!」
「僕が君よりも遥かに才能と練度が高いからだよ」
悔しいがその言葉通りであり、一方的にレンヤはズタズタにされていく。
「オラァァ!」
試しに蹴りを入れてみるも軽々と躱されて、逆にその脚に蹴りが入れられる。
「痛えええええええええ!」
「さてさて、そろそろ終わりにしようかな」
ギルド長の剣がいとも容易くレンヤの腕を切り裂く。剣を持っていた右腕は見事にストンと落とされる。
「あああああああああああああ!」
激痛が走る。
しかし、どうにか怒りで痛みを抑え込み、残った腕で剣を拾い上げて反撃をするが…
「があああああああああああああ!」
勿論もう一方の腕も切り落とされる。
「てめぇぇぇぇぇ!」
「ああ、大丈夫だよ。切ると同時に保護をしてあるから簡単にくっ付けられるよ」
腕を見てみると確かに血は一滴も出ていない。傷口は光り輝いていて、保護されているようだ。
ギルド長が指を軽く振ると腕は元の位置に戻った。
「まあ、動きは悪くないしA級に判定してあげるよ。依頼を受ける時はちゃんと武器を用意していきなよ」
「てめぇ、覚えてろよ。この借りは必ず返してやるからな」
「ああ、そう。あんまり舐めた口聞いてるとこの場で消し炭にす。」
「…すいません」
ギルド長は武器をしまうと、さっさと奥の部屋に消えていった。
「では試験を受けた料金と登録料金を払ってください。証明書を発行します。武器は購入しますか?」
「いや。知り合いが武器屋を紹介してくれたんで、そこに行くつもりだ。それより、仕事をくれ。金を稼ぎたいんだ」
「分かりました。少し厄介な案件ですが、高収入なものがあるのでそれをあなたに依頼します」
受付に戻り必要な分の金を払い、さらにその厄介な案件とやらの説明を受け、正式に俺の仕事になった。
「無事に依頼を終えることを心より願っております」
「ああ。任せとけ」
俺は依頼書を握り締めギルドを後にした。
まず最初に向かったのは教えてもらった武器屋だ。
途中で携帯のような端末を購入し、そこに情報を入力するとすぐに正確な場所が分かった。それは国の外れにあるのでわざわざ行くのには面倒にも思ったが、依頼された場所と近い位置にあるので都合が良かった。
もともと自分がいた場所は国の中心部ではあったが、指定された場所と場所をつなぐ転移装置があったので簡単に武器屋の辺りまで来られた。
しかしそれからが長く、ほとんど何も無いような荒地を彷徨い続けて、見つけた頃には明け方になっていた。
「あれがそうか。やっとだぜ」
それは西部劇の酒場のような建物だった。
こんな人気のないところに客などからのだろうか。
「とにかく何か食べたいな。食い物が出てくるといいんだけど」
さっそくほぼオープン状態の扉を押して中に入る。
「すいませーん。武器を買いに来たんですけど。あと、できれば食い物ありませんか?」
「ははは。誰からここのことを聞いたのか分からないけど、ここは本来酒場であって武器屋はこっそりやってるのよ。食事ならステーキがおすすめだけどいかがかしら?」
応えてくれたのは店の奥で本を読んでいた少女。年齢はレンヤと同じくらいだろう。長く美しい金髪のとびきりの美少女だ。
「あ、ああ。それを出してくれ。金はちゃんと払う」
「了解。ちょっと待っててね」
彼女は奥の部屋に消えていった。
そして暗かった部屋に明かりが灯り、オシャレな音楽が流れ出す。
「へえ。なかなかいい内装だな。ノスタルジックな雰囲気だけど、ちゃんと綺麗だし」
疲労と眠気、落ち着いた音楽にうとうとしながら料理を待っていると奥から人が出でくる気配がした。
「おっ、来たかな」
しかし、それはさっきの可愛らしい少女ではなかった。
「こんな時間に客かよ。しかも武器を売れだと…ったく、誰の紹介だ」
現れたのは真っ黒な服を着た、黒髪の長身の男だった。