01:地獄の日
失意の底、落胆の淵、地獄の日。
そんなものの真っただ中にいる僕が耳にしたのは、彼の言葉でした。
「すみません。街に来る途中で盗賊団のアジトっぽい場所を見つけたんですけど」
「「本当ですか?!」」
そりゃもう、申告を受けた憲兵と同じ返答になるのも頷けますよね。
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僕の名前はヒーズ・ウェスティリ。
お爺さまの遺言に従って、一週間前に旅を始めたばかりの新人旅人です。
特技はお爺さま譲りの潤沢な魔力で魔法を使いまくること
……と言いたいところですが、そうもいきません。
僕は『反撃でしか魔法が使えない』という特異な体質を持って生まれました。
簡単に説明すると、攻撃を受けた後でないと魔法が使えないという体質です。
『そこの薪に魔法で火を付けよう!』は気軽にできません。
ですが『敵に攻撃されたから薪に魔法で火を付けよう!』は気軽にできます。
不思議ですよね。
これは国内でも前例のない体質だそうです。
ですが僕は、この体質のことは特に気にしていません。
なぜなら反撃しかできないは、反撃ができるとも言います。
まったく魔法が使えないよりは生きる道があるのでセーフです。
そんな普通に魔法の使えない僕は、今、憲兵所に来ています。
憲兵所とは、犯罪を取り締まる憲兵が駐在する建物です。
どうしてそんな場所に僕がいるのか。
その理由は昨日の夜にありました。
家を出て旅を始めてから一週間経った昨日の夜。
僕はようやく、ここドルテッドの街に着きました。
この街にはお爺さまが『旅の拠点にしなさい』と遺してくれた別荘があります。
単純に自由に使える拠点があるというのは嬉しいことです。
ですがそれ以上に、この別荘は実は僕にとって思い入れの深い物でした。
ドルテッドの別荘は、お爺さまの昔話によく出てました。
お婆さまと出会った思い出の地に建てた別荘。
いつか孫が出来た頃にみんなで集まって過ごそうと、夢を込めて作った別荘。
残念ながらお婆さまは早逝してしまったので、その夢は叶いませんでした。
しかし別荘には今も、二人で集めた多くの思い出の品が残っているそうです。
そんな場所にやってこれた高揚感は、旅の疲れを吹き飛ばすほどです。
意気揚々と、僕は別荘の扉を開けました。
そこに何があったと思います?
それは、土足で踏み荒らされ、金目の物が全て消えた無残な別荘の姿でした。
はいそうです、別荘が空き巣に入られていました。
もしも自由に魔法が使えていたら、犯人を捜して叩きのめしたと思います。
しかし、残念ながら僕は自由に魔法が使えません。
それに今の僕は、世間の枠組みに飛び込んだ一人の人間です。
私刑はいけません。
僕は世間一般の常識に従って憲兵所へと被害の申告に行きました。
そこで言われたのは驚きの一言でした。
「おそらく、犯人はすぐには捕まりません……」
ゲッソリとした顔でそう語るのは、リートンという名札を付けた憲兵。
詳しく聞くと、別荘に入った空き巣とは名の通った盗賊団だと教えてくれました。
その盗賊団には多くのメンバーがいるそうです。
人海戦術で街中の家に盗みに入り、一週間もしないうちに次の街へ逃げていく。
そんな足の速い盗賊団だそうです。
しかも魔法でアジトを隠すのがとても上手いのだとか。
アジトを探すにも一苦労、どうにか見つけても盗賊団は逃げ出しもぬけの殻。
これまで別の街で起こった被害では、いつもそのような後手の状況だと言います。
「一昨日頃から同じような被害の相談があるので、アジトを探してはいます。
ですが、今までの傾向からすると、また逃げられるかもしれなくて……」
リートンさんは小声で、苦々しくそう言いました。
口には出しませんが、実質『捕まえられません』宣言、ということでしょう。
どうしよう、と僕は今後に思いを馳せます。
お爺さまたちの思い出の品は絶対に取り返したい。
でも憲兵でさえ盗賊団を捕まえるのは難しい。
それなら私刑だとしても個人でも動くべきでしょうか?
ですが、隠れるのが上手い盗賊団を僕一人でどう見つけるというんでしょう。
頑張り次第ではいけるかもしれません。
隠れたアジトを探す魔法を構成するとか……。
いいえ、そんなことをしている間に盗品が売り飛ばされたら元も子もありません。
「うう……」
何か手早く盗賊団を探す方法はないか。
いくら考えても、答えは出てきません。
偶然、アジトが早く見つかることを祈るしかないんでしょうか?
あるいは、思い出の品はもう戻らないと諦めるしかないんでしょうか?
そんな絶望に浸りかけていた時に現れたのが、あの彼でした。
「すみません。街に来る途中で盗賊団のアジトっぽい場所を見つけたんですけど」
「「本当ですか?!」」
救世主だと思いました。
八方塞がりの現状を打破する救世主です。
声がした方を振り向くと、そこには僕と年の変わらない少年が立っていました。
弓を携えた、少し小さめの赤い瞳が特徴的な少年です。
彼は予想以上に食いついてきた僕たちに驚いたのか、一歩後ずさります。
しかし逃げることはせず、頷いて話を続けます。
「あの、いや、本当に盗賊団のアジトかは知りませんけど……。森の中を大人数が行き来してるような跡があって、街に来たら盗賊騒ぎになってたから念のため、と思って……」
「情報提供、感謝します。我々としても街の周辺を無作為に探すよりは、可能性のある場所に焦点を当てられるだけでありがたいです。地図を出しますね。今日はどちらからいらしたんですか?」
「テイレスから」
テイレスとは
「では私は、今の少年の申告書を提出してきます」
「いえ、提出は私がいたしましょう。あなたは従来の業務へお戻りください」
「え、本当ですか! すみません、王庁からの視察の方なのにこんな雑用を……、
あれ、もういなくなっちゃった…」
憲兵所の受付裏。
ハロルドは手に持った書類を綺麗に四つ折りにして、ポケットにしまい込んだ。
「ええ、我が主の仰せのままに」