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ぬるーりバッドエンド(オムニバス)  作者: 彼方のハートにヘドロ爆弾(仮)
本編
8/23

7. 鼠小僧が生まれ変わったらネズミだった。

 あっしは、ネズミでやす。

 今は東京の新宿と呼ばれる街の中で、ひっそりと誰にも見つからぬように暮らしていやす。


 そんなあっしも生まれ変わる前、前世というやつでは名を馳せた盗人でいやした。

 当時は皆から鼠小僧と呼ばれており、江戸の町の武家屋敷を荒らして回ったものでいやす。

 しかし遂には御奉行様に捕まってしまって、市中引き回しの上に獄門となってしやいました。


 獄門ってどんな刑かご存じでやすか、首を切られた後に、その首を台に乗せて晒される、言わば公開処刑ってヤツでやす。

 ホント御上は恐ろしいでやす。


 だからあっしは死ぬ前に強く願ったでやす。生まれ変わったら、他人のモノを盗んでも御上に捕まらない存在になりたいって。


 その願いが叶えられたのか、あっしはネズミに生まれ変わっていやした。

 確かに人間からモノを奪っても御上には捕まらなくなりやしたよ。ただし、ネズミ捕りの罠や毒餌など、常に危険と隣り合わせでやすけどね。


 しかし、この新宿という町は夜になっても明るくて人が沢山いやす。雑音が多くて生活するのにはちと適さないでやすが、食べ物に困ることだけは無かったでやす。



 さて、今日は何処に盗みに入りやしょうかね。うん、このひと際大きな建物にしやしょうか。建物の部屋から光が溢れ出しておりやすし、きっとお金もたんまりありやしょう。

 まぁ、あっしが盗むのはお金じゃなくて、食べ物なんでやすがね。


 あっしは排気口と呼ばれる穴に体を滑り込ませ、建物に入っていきやした。 そこからは暗い屋根裏を伝って、各部屋に忍び込みやした。

 しかし中々お目当ての物が見つかりやせんね。あっしは暫く建物の中を走り回りやした。


 ふと、1つの部屋の屋根裏で、足が止まりやした。

 此処から食べ物の匂いがしやすね。どれどれ中を覗いてみやしょうか。


 その部屋はそこそこ広く、物も沢山ありやした。

 だけども人は男が1人しか残っておらず、その男が今まさに汁に入った麺を食べておりやした。

 あれはカップラーメンなる御馳走でやすね。あっしの好物の1つでありやす。

 よく食べた残りが捨ててあったので、何度も頂戴させていただきやした。


 あの男が食べ終わって捨てるのを待ちやしょうかね。


「あぁ、終わらねぇ。ほんとこの会社クソだわ。」


 ぽつりと男が呟きやした。

 あっしも待っている間は暇なので、男の言葉に耳を傾けることにしやす。


「なんで日中に社長の私物の荷物運びやら、課長の不手際で起きた事故の後始末を手伝わなきゃいけないんだよ。しかも、課長は自分の仕事押し付けてもう帰ってるし。マジくたばれよ。」


 ふむふむ、この人と食に溢れた町でも、辛いことはあるようでやすね。

 男の顔は既に疲れ切っておりやして、もう眠いのか目はうつらうつらとしておりやす。


 このまま眠ってもらえたら、まだだいぶ残っているカップラーメンを盗みに行けやすね。


 しかし、男は机から何か飲み物を取りだし、一気に飲み干すと再び食事に戻りやした。

 あれは、オロナミンZという飲み物でやすね。あれを飲むと24時間眠らずに動き続けられるそうでやす。


「今から仕事に戻っても、もう終電には間に合いそうにないな。あぁ、もう3日は家に帰ってないぞ。」


 この時代の人間も大変でやすね。あっしも実家を勘当されて帰れなくなりやしたが、この男は真面目に働いているのに帰れないときやしたか。世知辛いのは何時の時代も変わりやせんねぇ。


 生きるために働いているはずなのに、会社を生かすために、死にそうになっているんじゃ本末転倒でしょうに。

 こんなところ辞めちまって、あっしのように盗人でも始めては如何でしょうかね。


「もうこんな会社辞めたい。」


 ちょうどあっしも同じように辞めた方が良いと考えておりやしたよ。こんな所で働いてやしたら死んでしまいやすよ。



「でも、今年は娘も今度受験だしなぁ、こんなタイミングで転職は出来ないよな。」


 なんと、頑張っていたのは家族のためでいやしたか。家族を大切にする人間には好感が持てやすね。


 その後男は数時間働き、明け方近くにやっと糸の切れた人形のように眠りにつきやした。


 このまま働いていればこの男は死んでしまうでしょう。そしたら男の家族も悲しみやしょう。

 家族のために頑張る男が、家族を泣かすもんじゃねぇでやすよ。


 まったく仕方がない男でやすね。この鼠小僧がちょっとくらい力になってやりやすかね。



 更に数時間後、日も登り他の従業員たちも出勤してきやしたね。ちょっくら課長ってやつの等の顔を拝んでやりやしょうかね。


 あっしは課長を探すべく、建物の中を走り周りやした。

 しかし、人が多すぎてどれが課長かわかりやせん。

 ちょっと課長の方、手を挙げてくだせえ。

 って、ネズミのあっしは喋れないのでやすよ、困りやしたね。


 一度、あの男の所に戻ることにしやした。

 すると、なにやら偉そうな男から説教されているではありやせんか。


「まだこの書類終わってないの?急ぎの案件だって昨日言ったよね。」

「申し訳ありません。更に急ぎの案件が重なっておりまして・・・。」

「いや、謝るんじゃなくてさぁ、やることはしっかりやってもらわないとさ、困るんだよね」

 説教はくどくどと続いていやす。


 あれが課長でやすね。


 あの書類には見覚えがありやすね。たしか本来は課長がやるべき仕事を押し付けられたと零していやしたね。

 そんなに急ぎの案件ならば、自分も残って働いていけばよろしいでしょうに。

 押し付けた上で自分は家に帰り、文句を言うなんて。

 盗人以下のクズでいやすね。


 そんなクズは・・・市中引き回しの上での獄門の刑に処しやす!!


 あっしは、説教を終えて机に戻った課長の背後に、そっと近づきやした。


 ほうほう、パソコンと呼ばれる機械で何やら書類を作っていやすね。

 む、課長が一瞬周囲を確認したあと、なにやら怪しげな数字が並んだデータを開きやした。


 ふむ、なになに、キャバクラの代金を交際費として経費として請求。不倫相手の女への誕生日プレゼントの費用は臨時的な交通費として請求。新しいゴルフクラブの購入費も諸費用として請求。その他諸々。


 あ、こいつ思った以上にクズでいやした。


 このデータを晒してやれれば、あの課長もただでは済まないのでしょうが、あっしはパソコンを使い方なんて知りやせんしね。

 それ以外の方法にしやしょうかね。


 お、近くに若い女がやってまいりましたね。なにやら指示を仰ぎにきたみたいでやすね。


 ここだ!


 あっしは若い女の尻に体ごとぶつかりやした。


「きゃっ。」


 女は自分の尻をとっさに抑え、課長を睨みつけやす。今の時代はセクハラに厳しいでやすからね。

 課長は突然女が上げた声に、びっくりしてやした。しかも何もしていないのに、イキナリ睨まれたら意味が分からないでしょう。


 若い女は急ぎ足で課長から離れ、自分の席に戻り涙目で伏せておりやす。

 ほう、周りの女性社員からの冷たい目が課長に降り注いでいやすね。


「ちがう、私は何もしていないぞ。」

 課長は慌て無罪を主張しますが、視線の冷たさは何もかわりやせん。

 課長ざまぁでやすが、若い女性の方には悪いことをしやしたね。ごめんなさい。


 課長はその場の空気から逃れるためか、席を立ち部屋を出ていきやす。

 あっしも急いでその後を付けていきやす。


 そのまま外階段の踊り場まで歩いていき、タバコを取り出し火をつけておりやした。

 なるほど、ここが喫煙所でやすね。タバコは体に悪いって聞きやしたよ。


「いったい何だったんだ、私は何もしていないっていうのに。」

 課長は苛立った様子で独り言をいっておりやす。


 小さい灰皿は、タバコの灰で山積みになっておりやすね。

 課長はタバコを吸い終わり、2本目を吸おうとライターを手に持つ。


 ここだ!


 あっしは猛スピードでタバコの灰皿に体当たりをしやした。


 どばっと灰皿はひっくり返り、課長の方へ灰が飛んでいきやす。

 課長のジャケットとズボンは灰で白く汚れていやした。


「うおっ。マジかよ、最悪だ。今日はクライアントとの打ち合わせがあるっていうのに。」

 課長ざまぁ。


 そこに1人の人間が近づいてきやした。若い男でやすね。


「あれ課長どうしたんですか。女の子たちに睨まれたからってタバコに八つ当たりっすか。」

「違うわ。風で灰皿が急にひっくり返ったんだよ。ちょうどいいお前、ここを片付けておけ。」

「うわ、マジっすか。わかりましたよ、此処はやっておくんで課長は早く着替えてきた方がいいですよ。」


 課長はジャケットを脱いで、手で叩きながら元居た部屋へ向かって廊下を歩いていきやす。


「おぉ、課長じゃないか、そんな灰だらけでどうかしたのかね。」

 そう声をかけて来たのは、恰幅が良いオッサンでやした。頭の毛が少しズレているのが気になりやす。


「社長、おはようございます。いや、先ほど風で灰皿が倒れてしまいましてね。」


 なるほど、こいつは課長の更に課長になるわけでやすね。


 それから暫く立ち話をした後、社長は振り返って去っていこうとしている。

 ここだ!

 あっしは壁を駆け上り、天井近くから社長の頭へ飛び降りて体当たりをかましやす。


「「あっ。」」

 2人の声が同時に響きやした。


 狙いどおり、カツラが落ちやした。しかも上手いことに丁度課長の手にカツラが落ちていきやした。


「課長、どういうつもりかな。」


 社長の顔が真っ赤になっておりやす。反対にもう一人の男は顔が青くなっておりやすが。


「いえ、私ではありません。今ネズミが天井の方から落ちてきたのです。この目でしっかりと見ました。」

「ほう、ネズミねぇ。ならば、なぜ君の手に私のカツラがあるのかね。」

「こ、これは、たまたま私の方に落ちてき来まして・・・。」


 ほうほう、必死に弁解していやすが、社長の方は聞く耳を持っておりやせんね。


 たしかこの社長も、夜中まで働いている社員に、私物を運ばせたりしているようでいやすし、どっちもざまぁでやすね。


 その後フラフラと机がある部屋に戻ると、そこでは何やら騒ぎが起こっておりやした。

 もしかして、最初のセクハラ事件のことでありやしょうかね。


「あ、課長だ。」

「あれ?なんか服がしろくない?」

「これどうするんだろう。本当だったらクビ切られるレベルのことだし。」


 騒めき立つ室内に課長は顔を顰めておりやす。

 既に連続で悪い事態が起きているので、少し警戒している様子でもありやすね。


「あの、課長。これはどういうことでしょうか。」


 声をかけて来たのは、朝から疲れ切った顔をした男。夜中まで残業をしていた男でいやすね。

 先ほどはこの課長に説教され、伏し目がちだったのに、今は怒りを込めたような目つきになっておりやす。

 そして、何やら紙の束をつかんで突き付けておりやす。


 そこで突き出された書類を覗き込むと、なにやら見覚えがある内容でやすね。


 ピンクなサロンの代金を交際費の経費として請求。不倫相手の女とのホテル代は臨時的な交通費として請求。引くレベルのキツめなSMグッズの購入費も諸費用として請求。その他諸々。


 書かれていたのは課長がパソコンで確認していた不正の数々。


 あぁ、さっきセクハラ騒ぎがあったとき、慌てて出て行ったからファイルを消し忘れたようでいやすね。


「さぁ、応えてください。課長これはどういうことですか。」


 これでこの課長も追い詰められやした。

 さきほど会社の頂点である社長に睨まれておりやしたし、きっともうこの職場にはいられないでしょう。

 お上に捕まるかまではわかりやせんが、この先厳しい現実が待っているのは間違いありやせんね。

 

 これで、あの残業していた男も楽になるといいでやすね。

 あっしは疲れたので、眠らせてもらいやす。ネズミは夜行性なんでいやすよ。





 深夜、再びあっしは同じ建物へと忍び込んでいやした。

 あの後どうなったのかは知りやせんので、一応様子を見にいってみたくなりやした。



 むむ、昨日と同じで、まだ明かりが点いていやすね。

 あらら、これも昨日と同じようにあの男が1人残っておりやした。

 しかし、昨日と違って眠っている様子。机に伏せて寝息を立てていやす。そして、傍には食べかけのカップラーメンが置いてありやす。


 あっしは天井裏から出てきて、床に下りやした。

 このカップラーメンは昼間のお駄賃として頂いておきやす。


 あっしは素早くカップラーメンに飛び掛かり、残りを平らげます。

 旨い!


「でたな、ネズミ。」


 急に声が聞こえて、あっしは驚いて硬直してしまいやす。


「ネズミがオフィス内に出るから捕まえておけなんて社長が言うせいで、今日も居残りだ。ていうか、こういうのは罠を仕掛けるとか業者に任せるとかしろよ。」


 男は網をあっしに向けて振り下ろしてきやす。

「お前のせいでまた家に帰れないんだよ。」




 ちょっと待って、あっしはアンタのために頑張ったんでやすよ~~~~。


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