6. 魔王軍の女幹部は今日も憂鬱
惑星『ヌェーヨ』では、人間と魔族がお互いに領地を得たいが為に、血で血を洗うような戦いを繰り返していた。
人間と魔族との戦いは、現在人間側が攻勢に出ており、勢いに押された事もあり魔族は大きく領地を奪われていた。
そこまで魔族が押されている理由。それは魔王様の不在にある。
約50年前、当時人間側の最高戦力であった勇者の手により、魔王国を治めていた魔王様は討たれてしまった。
統治者でありながら更に魔族の最高戦力であった魔王の死。
それからというもの、魔族は足並みをそろえることも出来ず、じわりじわりと人間の軍に押されていってしまったのだ。
人間側の戦力として、2つの集団が大きいウエイトを占めている。
まず王国の騎士や兵士が所属する王国軍である。
王国軍は圧倒的な人数と、連携のとれた戦い方で着実な勝利を収めようとしてくる。
正面から軍同士で戦えば魔王軍に少なくない犠牲が出てしまう。
次に、軍には所属していないが、個人または少人数での戦闘が得意な冒険者達。
彼らは大人数での戦闘は苦手である。そのため正面から魔王軍とぶつかり合えば、十中八九魔王軍が勝利するだろう。
しかし、彼らが正面から戦うことは無い。
少人数でパーティを組み、油断している時に強襲を仕掛けたり、罠を張って待ち伏せたりと、正攻法でない戦法で局地的に魔王軍に襲い掛かる。
王国軍との正面衝突の合間合間で冒険者に攻撃された時は、目も当てられない悲惨な結果になる。
そういう状況だけは絶対に避けなければならないのだ。
魔王軍幹部の女性であるテモール。彼女は暗い顔で呟く。
「最悪だ・・・どうしてこうなった。」
彼女は最悪の事態になった原因を探るべく、ここ数日の記憶を思い出す。
~テモールの回想~
人間の王が治める国の王都。人間社会の中心地がこの街になる。
そして、彼女はこの街の酒場で働いていた。
魔族の見た目は千差万別であり。モンスターに近い者から、人間と見間違えるような見た目の者もいる。
彼女は人間に近い見た目をしており、少し変装をすれば何の問題もなく、人間社会に溶け込むことが出来たのだ。
そんな彼女が、なぜ人間の町の酒場で働いているのかというと、勿論魔王軍としての仕事である。
この酒場では、飲食業の他に大きな業務を担っていた。
それは人材の斡旋である。
酒場の人材斡旋は人間側の戦力である、冒険者に対するものだ。
パーティを組んでいない者や、人数を増やし戦力を増強したいパーティを仲介しているのである。
「うふふ、今日も色んな人間たちがパーティを組むために集まってくる。私が足を引っ張りあうようにマッチングしているのにも気づかずにね。」
そう、彼女は人間のパーティが上手く機能して魔王軍が倒されないよう、変な組み合わせを紹介し続けていた。
この潔癖そうな女は如何しようかしら。そうね、この戦力はあるけど酒飲みでだらしない男性と組んで貰おうかしら。
きっと、男性とそりが合わず直ぐに喧嘩を始めるはず。
こっちの魔法使いの少年は・・・魔法使い同士で組んでいる3人組に混ぜてしまおう。
本来パーティはバランスが重要なもの。
だけども全員が、遠距離攻撃の魔法が得意な魔法使い同士で組ませたら、面白くらい接近戦に弱くなることでしょう。
ふふふ、今日も人間達に破滅へのマッチングをしてやりましたわ。
そんな彼女に、仲間の魔族から通信魔法を使用した連絡が届いたのは夜、就寝前の美容健康体操をしていた時のことであった。
「あら、魔王国の宰相様じゃないですか。そちらから連絡をしてくるなんて珍しいですわね。」
通信魔法は日本の電話のように、遠い場所にいる人物と会話ができる魔法である。
「あぁ、夜分遅くにすまないねテモール。どうしても君に急ぎ伝えておきたい事があったんだよ。」
宰相はどうも興奮した様子で、少し早口気味に話を続ける。
「ついに、ついに来たんだ。神からの啓示だ。次なる魔王の誕生が決まったんだよ。あぁ、50年間なんど夢に見たことか。新しい魔王様が誕生すれば人間達を倒し、八つ裂きにしてやることが出来るぞ。」
なんと、魔王様が新たに誕生する知らせだった。
この内容で本当であれば、宰相である彼が興奮することも頷ける。
「それは喜ばしいことだわ。それで天啓では他に何か言っていなかったのかしら。」
テモールとしても更なる詳細が気になるところだ。
「あぁ、それなんだが、時期やどういう種族の魔王様かは教えて貰っていないんだ。他に神が仰った事といえば、小さい声で最恐最悪な魔王になるとだけ伝えてこられた。ただ気になるのは、何故か神は苛立った様子に感じられたところだな。」
テモールはゴクリと唾を飲み込む。
最恐最悪の魔王。それは悪の血が疼く魔族にとって、何よりも高い評価の誉め言葉である。
その魔王様さえ誕生してしまえば、人間軍の戦線を押し返すどころか、人間を滅ぼすことも可能なのかもしれない。
「宰相様、私とても嬉しいです。魔王様の誕生が待ちどうしくて堪りませんわ。」
「あぁ、私も楽しみで仕方がない。もしまた天啓があったら連絡を入れる。では私は他の者にも連絡をしたいので失礼するよ。」
そう言って、宰相は通信魔法を切った。
連絡ぐらい部下にやらせれば良いと思わなくもないが、おそらく宰相も自分の口からこの内容を伝えたいのであろう。なんかテンション高かったし。
「でも、興奮してしまうのも仕方がないこと。私だって興奮して今日は眠れそうにありませんもの。」
翌朝。彼女は一睡もせずに、職場である酒場へ出勤した。
・・・眠い。
眠っていないのだから、当然である。
「おはようテモール。なんだか疲れた顔をしているけど大丈夫かい?」
そう声をかけてきたのは酒場の利用している冒険者だ。
彼は冒険者の中でもトップクラスの実力を持ち、次代の勇者候補とまで言われている。
因みに勇者は人間側の最高戦力であり、人間の中で最も強いものが神の目によって選ばれるのだ。
神に選ばれた者は、勇者魔法という超威力の広範囲攻撃が可能になる。
神は魔族にも人間にもフェアに力を与える存在だ。魔王様が誕生すれば、おそらく勇者も近いうちに誕生するのであろう。
しかし、これはチャンスでもある。
人間側は勇者が誕生すれば、国を挙げて勇者をバックアップし始めるはずだ。強力な勇者を後押しすることで、更に圧倒的な戦力へと変貌させていくのである。
もし、その勇者を魔王様の力で倒すことが出来たのであれば。人間国は集中し過ぎた戦力を全て失ってしまうのである。
そう、勇者を倒せば一気に形勢が傾き、負けた方は大きく衰退する。かつて魔王様を失った我が国のように。
私ができることは、勇者の周りに足を引っ張る人材を宛がうこと。
ふふふ、まずはこの勇者候補の冒険者を苦しめてやらなくちゃね。
「なぁ、テモールは彼氏とかいるのか。」
はっ?
いきなり何のはなしですか?
「えーと、急にいかがされたのかしら。私にお付き合いしているお方はおりませんが、どうしてその様なことを聞かれるのでしょうか。」
ふん、今は誰とも付き合っていないけど、私は玉の輿狙いなの。今度誕生する魔王様に見初められて幸せを手に入れる予定なの。ついでに言うと魔王様はイケメンの予定なの(願望)。
「いや、俺はその・・・・テモール。お前のことが好きなんだ。どうか俺と付き合ってくれ!」
彼は急に声を張り上げ、私に告白をしてきた。
周りにいる人物も驚いた顔でコチラを見てくる。
へっ?
私、魔族だから人間のことは好きになれませんわ?
「俺は更に強くなって、多くの魔族を屠り、貴族や王族に召し使える。そしてお前に幸せな暮らしをさせてやる。だから、俺と結婚してくれ。
死ねっ!
なに私の同族殺す宣言してくれているんですの?
あと、最初は『付き合ってくれ』だったのに、結婚ってさぁ、要求がランクアップしているじゃないですか。図々しいですわね。
「ちょっと待った。その話は聞き捨てならないな。」
今度は、酒場に居た他の冒険者が立ち上がる。
「テモールさん、俺も君が好きなんだ。俺の方が魔族を多く屠り、君を幸せにできる。俺と結婚してくれ。」
ちょっと、増えないでください。私の同族殺しても嬉しくないですから。むしろ不幸ですから。
「いや、俺こそが!」
うるせぇ、3人目ですわ。
「いや我こそが。」「いや、僕だって。」「吾輩、吾輩。」「ふん、余に決まっている。」
おい多すぎですわ。黙ってください。そして吾輩って言ったやつ、お前はどこの閣下ですか。
「あ、あの、皆さんのお気持ちは嬉しいのですが、私はだれとも結婚する気はn「俺が先に声をかけたんだ、お前らはすっこんでろ。」
断りのセリフを遮られました。貴方もすっこんで頂いて結構ですわ。
「なんだと、俺は5年も前から彼女に目を付けていたんだ。今更引けるか。」
そんなこと言われても気持ち悪いですからね。5年間も見られ続けていたとか気持ち悪いですからね。
「んだと~、このタコ助が。」「やんのかコノ野郎。」「ぶっ飛ばしてやる。」「余の魔法の前にひれ伏すがいい。」
最悪ですわ。誰とも付き合う気が無いのに、私を掛けた争いが始まってしまいました。
拳と拳がぶつかり合い、魔法が酒場の中を飛び交う。
やめて、私のために争わないで。
あれ?でも、人間同士で潰しあうのは私たち魔族にとって良いことですわね。
やめないで、私のために争って。
でも、同僚の女性からの視線がすごく冷たいですの。人間関係とか私にとってどうでもいいコトだけども、ちょっと理不尽だと思いますの。
私を掛けた争いは、結局10分もせずに終わりました。
最初に結婚を申し込んできた冒険者が、圧倒的な力で全員をねじ伏せてきました。さすが次期勇者候補と言われるだけのことはあります。
「ふう、雑魚どもが俺のテモールに手を出そうなんて100年早いぜ・・・さぁテモール邪魔者は居なくなった。俺と結婚をしよう。」
「ごめんなさい。」
もちろん速攻で振りましたわ。そもそも戦って勝ち残ったら結婚するなんて誰も言っておりませんもの。
しかし、彼はショックを受けたのだろう、2・3歩後ずさる。
「ば、ばかな。俺を振るというのか。」
「申し訳ございませんが、私は貴方のことをお慕いしておりませんし、今後もそうなる予定もございません。」
ですので、さっさと諦めてください。
「嫌だ、このままテモールをあきらめて、他の男に取られるようなことがあったら、俺は生きていけねぇ。」
では死んで頂いても一向にかまいませんわ。
しかしここで彼の目に強く淀んだ光がこもった。何やら良からぬ決意をした目だ。
「ならば、ならばテモール。僕は君を殺して僕だけのモノにする。君は死んで僕だけの心の中にあり続けるんだ。」
サイコパスーだったー。勇者候補なのにサイコパスだったー。魔族より危ない思考の持ち主ですわー。
彼は腰に差してあったナイフを取り出す。ナイフは彼の手元で鈍く輝く。
それを見た他の人たちは、勇者候補の彼を止めるべく押さえつけようとするが、誰も彼を止めることは出来ない。
私の正面まで来た彼は、どこか悲しくも優しそうな表情でほほ笑む。
「さようならだテモール。だけど僕たちは心の中でずっと一緒にいるんだ。」
そういってナイフを私の首に向かって突き出した。
「ていっ。」
私の拳が、彼の顔面に突き刺さる。右のストレートが綺麗に決まりました。
鼻血を噴き出して、反対の壁際まで吹き飛ぶサイコパス。
その光景に誰もが、あんぐりと口を開けている。
これでも魔王軍の幹部ですわ。無防備にナイフと突き出してくる冒険者など敵ではありませんの。
壁にぶち当たった彼はピクリとも動かないで、白目を剥いている。どうやら先ほどの一撃で気を失ったようだ。
私を殺そうとするからですわ。いい気味ですこと。
それから彼は憲兵に引き取られ、牢に入ることとなりました。
懲役10年以上の実刑が決まったようです。
心情的には打ち首になってほしいところではありますが、事件が未遂で終わったこともあり、そこまでの罪にはならないらしいです。
それから暫くは平和な日常が続いていました。勿論足を引っ張りあうような人材の斡旋は続けています。
しかし、思いもよらない展開で、彼は牢から出てきて、再び私と会うことになってしまいました。
なんと、彼は本当に勇者に選ばれてしまったのである。
これには国も困ってしまった。
サイコパスな犯罪者を牢から出すのは国としても面白くはないのだが、勇者に選ばれた超戦力を戦場で使わない訳にはいかなかったのだ。
そして、国の権力者の耳に1つの情報が入る。
なんと、この勇者になった男を、1撃で倒した女性が居たというではないか。
国としては何としても、その女性を勇者と一緒に魔王討伐に向けて旅立たせたいのである。勇者と勇者を倒した女。この二人なら魔王を倒してくれると。
そうしてテモールは無理やり職場を辞めさせられ旅立つことになった。
自分を殺そうとした勇者と、同族の頂点に立つ魔王様を討伐するための旅に。
「あぁ、愛しのテモール。また君と一緒に居られるなんて嬉しいよ。ずっとずっと一緒に居ようね。魔王を倒した後もずっと一緒だ。あはははは。」
魔王軍幹部の女性であるテモール。彼女は暗い顔で呟く。
「最悪だ・・・どうしてこうなった。」
2/9(日) テモールの口調を変更しました。