第八十五話 ダナンの後悔
「うわあああああっ!!」
・・・えっと。
ここどこだっけ・・・。
思わず辺りをキョロキョロする・・・。
見慣れた景色だ。
ただ、周りの連中が僕の事を驚いたように注視している・・・。
「あ、あれ?」
「なんですか、ダナン主任、今頃目を覚ましたんですか~?」
調剤担当のミンミンの声だ・・・。
うん、間違いなく本人だ。
「あ、あけましておめでとうございます? ミンミンさん?」
「寝起きにその訳の分からない挨拶は健在ですか、もう昼ですよ~?」
え、顔を見上げると確かに表は明るい。
「い、いま何時くらい?」
「10分くらい前に鐘が鳴ってましたから、11時過ぎたぐらいですかね~?」
なにがどうなってんだっけ・・・。
僕は余程、寝ぼけ顔を晒していたんだろう、
ミンミンが水差しとコップを持ってきてくれた。
「まだ寝ぼけてます?
「う、うん、どうやら・・・。」
彼女はため息をつく。
「昨夜の記憶は?」
昨夜?
あ、え、えーと。
「あ、確か冒険者ギルドで四つ腕熊の討伐パーティーに呼ばれたんだった!」
「ようやく思い出しましたか、
ダナン主任、そこで酔いつぶれちゃったんですよ、
主任の家より、こっちのギルドの方が近いし、ここ24時間開いてるから、
冒険者の皆さんがここに連れてきてくれたというわけです。」
うわああ、やっちゃったかぁ・・・。
「それは皆さんに迷惑かけたなぁ、後でお詫びにいってくるよ。」
「それがいいと思います。
それにしても珍しいですね、そこまで主任が酔っぱらうなんて。」
「うーん、確かに僕はお酒そんなに強くないけど、丸々一晩眠っちゃうなんて・・・。」
「なんでも新しくデビューした冒険者の子や、ベルナさんたちに囲まれてたって聞きましたけど?」
「うぐっ! それでか・・・。
煽られるままに飲みすぎちゃったのか・・・。」
確かに途中まではそんな記憶がある。
ああ、後でどんな顔して冒険者ギルドにいこう?
それにしても、ミンミンにしても他の職員にしても忙しそうだな、
僕が抜けていたせいもあるのだろうか?
「あ、ミンミン、やけに忙しそうだけど調剤の緊急依頼でもあったの?」
でも、その割には悲壮感もない。
どっちかというと楽しそうに仕事している感じだ。
そして彼女は手も休めずに、僕をバカにしたように笑う。
「ハァァァ?
まだ寝ぼけてますぅ?
昨日、希少な材料集めてきてくれたのどなたでしたっけぇ!?
鮮度がいいうちに調合しなかったら、薬の効能悪くなるでしょう!?」
「あっ! そうだ!
あ、えっ、もうやってくれてるの!?」
「主任が体張って集めてきたんですから、このぐらいは代わりにやりますよ!
ホラ、起きたんならどいてください、
顔でも洗ってきて!」
わーい、追い出されるように起こされた。
ミンミンは有能なんだけど、上司の僕に対して何の遠慮も見せないな。
・・・いや、よく考えたら僕の周りの女性、みんなか。
ただ、
なんていうか、昨夜は有意義な一日だった。
・・・刺激が多すぎたともいう。
異世界人だという麻衣ちゃんと出会えたこともあるし、
あんな方法で希少な薬草や材料を探し当てるなんてことも初めて体験したし、
・・・妖魔なんて初めて見た!!
普通は、そんなものが村の近くに現れたら討伐隊が結成されてもおかしくないのだけど、
僕ら人間と普通に会話して、人間を襲う事もないという・・・。
ちょっとあぶなっかしい態度だったけど・・・。
そしてあの蛇のカラダを持った妖魔・・・
大きかったな・・・
はっ、い、いや、何を考えてるんだ、僕は!!
それにしても、
さっき見た夢・・・
まさか・・・あれは・・・。
いやいや、あれきっと、あのラミィさんとかいう妖魔の衝撃というか刺激が僕にとって強過ぎたんだ、
それでタイミング的に麻衣ちゃんとイメージが重なって夢に現れたってこんなんだろう、
うん、きっとそうだ・・・!
ドキドキ・・・
それから、
そんなこんなで僕は冒険者ギルドの前までやってきたのだが。
冒険者ギルドの敷居を跨ぐ・・・。
昨日の今日で何がどうってこともないだろうけど・・・。
うわっ、みんなで入り口の僕を睨んできた・・・。
顔見たことある人もいるようだけど、知り合いってわけでもないし・・・。
あ、受付チョコちゃんか、
他の冒険者の対応中だね、
一瞬目が合った気がしたけど、今日はホントに目を合わせられない!
ケーニッヒさんでもいないかな。
うん、あの人の場合、目がどこにあるかわからないのだけど。
チィン!
あれ?
チョコちゃんが受付カウンターの呼び鈴を鳴らしてくれた?
ああ、どうしよ、今日は依頼に来たわけじゃないしな。
・・・って言ってる間にケーニ・・・じゃなくてエステハンさんかぁ!?
「んー、どうしたチョコ・・・って、おお!
医療ギルドのダナンかぁっ!
昨夜は盛り上がったなぁ!!」
うう、いろんな意味で怖いぞ、この笑顔・・・。
「あ、す、すいません、
昨日はホントにお世話になったみたいで・・・。」
「ワハハハハ、なんでぇ、一晩経ったらもとの性格に戻っちまいやがったか、
あのままのキャラでも面白かったのによ!?」
ええええええっ!
「す、すいません、あんまりよく覚えてなくて、
何か私、とんでもないことやってませんよね?」
と、そこでいきなり背中叩かれた!
だっ、だれ?
と、振り向いたらベルナさんか!!
ダメだ、目を見れない・・・!
「よぉ、ダナン!
昨日は楽しかったな!
お前にあんな一面あるとは思わなかったぜ、
今度、一緒に飲もうぜぇ!?」
「えっ、は、はい、あの、私なにか失礼なことしてませんよね?」
そこで何故か彼女の様子がビクリとしたような・・・。
「んっ・・・、あ、そ、そうだな、
大丈夫だ、と、特に何もなかったぜ。」
なんでそこで、言い淀むんですか!?
「そんで今日はどうしたんだ?
昨日の依頼分ならもう金は受け取ってるし、
また新しい依頼か?」
あ、良かった、そっちはうっすらと記憶に残ってる気がしたけど、
ちゃんと依頼料、払ったものね。
「あ、い、いえ、今日は昨夜のお詫びにご挨拶をと・・・。
私を医療ギルドまで運んでくださったって聞いて・・・。」
「おお、律儀だな、
オレが運んだんだが、まぁ気にするな。
あのままここで寝かしといても良かったかもしれんが、
朝になって身ぐるみ剥がされてることもありそうだったからな、
さすがにギルド所属の人間なら自業自得だと言ってやるところだが、
お得意さんだしな、
そこら辺はサービスよ、サービス!」
とてもありがたいです、エステハンさん。
「あ、ありがとうございます、
それで・・・エステハンさん、私は一体昨夜何を・・・?」
「ん・・・お、おう、そ、それはだな。」
そこでなんであなたまで目を逸らすんですか!!
あれ? エステハンさんの目が僕の後ろのベルナさんに、
あ、これ向こうも視線合わせないみたいだな。
仕方なく、僕は受付応対中のチョコちゃんに・・・
あれぇっ!?
一瞬で知らないふりされたぞぉぉっ!?
あ、あとは僕の事を知ってて、教えてくれそうと言ったら・・・。
「あ、ち、ちなみに今日は麻衣ちゃんは・・・?」
「おお、彼女か、
今日は午前中、調べものだか買い物とか言ってたかな?
午後はこっちにも顔見せるよう言ってたかな?
何しろ、昨日の依頼達成でEランクにアップしたしな。
装備も少し贅沢にするだろう。」
「えっ!?
冒険者登録してたったの二、三日でランクアップしたんですか!?」
「そりゃそうさ、
あんたが出した依頼、全部パーフェクトに採集したんだろ?
そりゃこっちも最高得点つけんわけにもいかんだろ。」
ああ、そうだよね。
僕もあんな短時間で全部見つけられるなんて思ってもいなかった。
偶然見つかったケースもあったけど、
冒険者クエストは結果が全てだものね。
「ていうか、そのランクアップの件も、昨夜の打ち上げのお題に追加されてたけどな。」
「すいません、そう言われればそんな気もします・・・。
でも実績と能力は僕自身、この目で見てますけど、
あんな体格の女の子が凄いですね・・・?」
そこでベルナさんが話に割り込んできた。
「いや、あの子、只者じゃないよ、
ダナン覚えてる?
昨夜、宴席でケーニッヒさんが悪戯しかけようとしたの。」
「えっ!?
あの人が!? 年齢差ありすぎるでしょ!!」
あれ? ベルナさんが呆れたような表情を・・・
え、そこで溜め息をどうしてつくかな?
「あのなぁ、いや、あたしも表現悪かった。
そういうんじゃなくてさぁ、
ケーニッヒさん、冒険者の気構えとして、宴席でも気を抜かずにいれるかどうか、
みんなで騒いでるまーちゃんの背後からナイフ持って近づいたのさ。」
「えええっ!?」
「もちろん、半分は悪戯だよ?
それに反応できなかったからってEランク昇格を無効にするわけじゃない。
あくまでも今後の注意としてってつもりで背後に忍び寄ったのさ、
ところが物音一つ立てなかったはずのケーニッヒさんの殺気を読んだのか、
彼女は直前で振り返って、ケーリッヒさんを制して見せたのさ。」
・・・そこまで高性能なのか、あの子の探知能力・・・。
「さすがに、まーちゃんも少し不満気にしてたけどね、
『そーゆーのやめてくださいねっ』て言ったら、
・・・ケーニッヒさんも酒入ってたせいか、土下座して謝ってたよ。」
うわぁ、凄いなぁ。
「で、どうする、ダナン、午後にでも来るか?」
「あ、いえ、さすがに何度も向こうを抜け出すのは・・・。
もし麻衣ちゃんが来たら、謝ってたって・・・
あっ! 僕、彼女に対しても何もしてませんよね?
もし取り返しのつかないことをしていたのなら、直接謝りにまいりますが・・・!?」
ああ、また目を逸らすぅ!
「い、いや、別に彼女自身にも、そういう謝罪は不要だとは思うぞ、
ただ、騒がせて悪かったってぐらいは伝えといてやってもいいが・・・。」
・・・
「わ、わかりました、そ、それじゃお願いしていいですか。」
少なくとも僕は個人的に誰かに変なマネはしてないってことでいいのかな?
ちょっとだけ安心したけど・・・。
結局、この日は彼女には会えなかった。
この村にいる限り、顔くらいはどこかで見ることができるだろう。
実際、その通りだった。
僕が冒険者ギルドに依頼をかけに行くときや、成功したクエストの収穫物を引き取りに行くときなど、何度か麻衣ちゃんの姿を見かけたことはあった。
けれど、引っ込み思案な僕の性格のせいもあるのだろうけど、
彼女に面と向かって話しかけられた機会はついに訪れなかった。
彼女はだいたい、どこかのパーティーに臨時に参加して、ダンジョンや捜索クエストで数多くの功績をあげていたようだ。
時々、お互いを視線が会う事もあったけど、
他人行儀に会釈し合う事で精いっぱいだったんだ。
・・・当たり前だよね、
別に僕だって、たった一度、依頼をかけて、彼女は冒険者としてその依頼を受けただけの関係。
僕や医療ギルドの専属冒険者になるならともかく、ただの取引相手より関係が薄い・・・。
あれ?
・・・ていうか、どうして僕はそんな事を気にしているんだろう?
あんな顔も体も幼い女の子に・・・
いや、実年齢はそんなに幼くないのは知っているけど・・・
確かにあの二人っきりの探索はいろいろ刺激になった。
僕自身、ドキドキしたし、心が揺れ動いたのは自覚している。
でも、それってあの時の状況下だけのことと思っていたのに。
もしかしたらあの酔っぱらった晩に見た夢を引きずっているのだろうか?
・・・逢いたい・・・。
「久しぶり、その後、活躍してるみたいだね、でも無理しちゃいけないよ。」
そんな陳腐なセリフでもいいから麻衣ちゃんとまた話がしたい。
彼女はまた、僕なんかに気さくな笑顔を向けてくれるだろうか?
あの夜、いまだに僕が何をしたのか誰も教えてくれないけど、
麻衣ちゃんが僕を避けるような真似を仕出かしていないことを信じたい。
そして一か月が経った。
僕はその知らせを聞いた時、この一か月間、何もしてこなかった自分を殴りたくなった。
なぜ、ほんのひとかけらの勇気を奮い起さなかったのか!?
その情報を教えてくれたのはベルナさんだった。
「おい、ダナン、お前聞いてなかったのか?
まーちゃん、明日の朝、この村から出ていくんだぞ?」
・・・目の前が真っ暗になった。
次回から麻衣ちゃん視点に戻ります。