第八十話 ブランデン再び
ぶっくま、ありがとうございます!
そろそろ城門が近いな・・・。
城下町の案内もここまでか。
オレが美味しい思いを堪能してしばらくすると、メリーさんは何かを見つけたように身を乗り出した。
そのまま馬車が走り続けていれば、過ぎ去ってしまうだけなのだが、
一応、城から外に出るには多少の手続きがある。
その為、オレたちを含め城外に出ようという連中は一度足止めを食うわけだ。
まぁこっちは商人たちの交易が理由となっているので、手続きには何の問題もない。
だがようやく俺たちの番になって、フードを被ったままのメリーが声を上げた。
「ブランデン様。」
ブランデン?
あ、確か城内の警備を担当してる衛兵じゃなかったっけ?
なんで城門の警護なんかやってるんだ?
配置換えにでもなったのか?
そのブランデンが訝しげにメリーさんを見上げた。
一瞬、目を見開いたが、すぐに普通の顔に戻ったようだ。
今の感じからすると面識があるんだな。
「おお、メリーか、
商人の馬車に乗ってどうしたんだ?」
「異国で、私と同じ転移者が発見されたというので会いに行くところよ、
せっかく行き先が同じだというから、同乗させてもらってるの。」
「そういうことか、
ではこの国を出るのだな・・・ん?」
そこでブランデンは何か思いついたようだ。
思いついたというか、何かに気が付いた?
もっともメリーはそんな様子など構わずに質問をする。
「ブランデン様は城内の警護ではないのですか?
それともこちらも担当なのでしょうか?」
さっきオレが気になったことだ。
まぁどうでもいいとは思うんだが。
だが、結構、これは重要な話のようだ。
「・・・うむ、先日・・・ちょうどメリーと会った前日だな・・・。
領主のダリアンテ様のご親族が殺されたのだが、未だ犯人が見つかってない。
城の者の話だと鋭利な刃物で首を切断されたというが・・・。」
それ、もしかしてメリーさんじゃん!?
つーか、もしメリーさんがやったんなら、領主の弟はとんでもない犯罪やってたってことだぞ?
つーか、みるみるブランデンの顔が険しくなっていくんだが・・・。
もしかしなくてもこいつも気づいたっぽい?
ブランデンが馬車にゆっくり近づいてきてメリーを見上げる。
「・・・メリー、少し聞きたいことがある。
こっちに降りてきてくれないか?」
「そうは言われても、今の私はこの馬車の積み荷扱い。
馬車の手続きが終われば、出ていかねばならないのだけど?」
ブランデンの槍を掴む手に力が入る。
「必要なら強制的に馬車を止めるが・・・。」
やべーな、きな臭いことになって来たぞ?
どうする・・・ってあれ?
テラシアさんが馬車から降りてきた?
「ん? 貴様は・・・赤髪のテラシアか?」
「嬉しいねぇ、一介の衛兵さんにまで名前を憶えられてるとは光栄だ。」
「女性の身で多くの魔物を討伐していると聞いている。
以前より敬意を以てその名を聞いていたが、今は私が用があるのはそこの人形なのだ。」
「メリーも言ったろ?
今の彼女は積み荷扱いなんだ。
そしてそれはあたし達冒険者の警護対象なんだよ。
だからまずは用があるならあたしを通しな。」
あ、そういう理屈つけるんだ。
ていうか・・・オレも黙ってられないな?
よいしょっと!
「ん? ホビットか、お前は?」
「ああ、一応、オレも冒険者の端くれなんで。
この街を救ってくれた英雄は護りますよ。」
ブランデンは怪訝そうな顔をする。
「英雄? 何を言ってるんだ?」
「あれ? 聞いてないんですか?
メリーは街の外で増殖していたゴブリンの集団を殆ど一人で殲滅した英雄ですよ?
ゴブリンメイジやホブゴブリンすらをもね。
おかげでオレらに犠牲はゼロだ。
その恩も忘れるわけにはいかないんでね。」
「ひ・・・一人でだと!?
ゴブリンの大発生とその討伐は聞いていたが・・・まさかメリーによるものだったとは?」
ありゃ、ホントに知らなかったみたいだな。
まぁそれはどうでもいい。
肝心なのは、たった一人で上位ゴブリンをも屠るメリーさんを前にして、
このブランデンという男は強硬手段を取るつもりなのかという事。
・・・もっともメリーさんは恨みや憎しみを糧にして強くなるって話だから、
このブランデンが悪さするような奴でなければ、メリーさんは殆ど力を発揮できない筈。
だからやっぱりオレらが守らないとならないんだよ。
ただ、出来ればさっきの話聞いて引いてくんないかな?
あ、おい、この男、槍を傾けかけたぞ?
チャキ!
こっちはテラシアさんがバスタードソード抜きかけてる!!
けど、テラシアさんの次の行動は、落ち着いた調子でブランデンに語りかけるというものだった。
「・・・あんた、ブランデンって言ったっけ?」
「そうだ・・・。」
「あんた、奥さんか娘はいる?」
え? なんの話!?
「どちらもいるな・・・それがどうした?
脅しでもかけるつもりか・・・!?
言っておくが私にそれは逆効果だぞ・・・!
家族に危害を加えられたからと言って職務を蔑ろにすることはないし、
そして危害を加えたものに容赦をすることもない!」
するとテラシアさんはとんでもないとでも言うように首を振った。
「違うよ、
そんな話じゃない。
あたしは女として喋ってる。
あんたの奥さんや娘さんと同じ女性としてね。」
「・・・言っている意味が分からないんだが。」
あ、オレも良くわかりません。
メリーは話に首を突っ込まずにさっきと同じ姿勢のまま、事の成り行きを見守っているようだ。
「まぁ聞いてくれよ、
あたしたちは『苛烈なる戦乙女』ってパーティーでね、
メンバー全員女なんだよ、珍しいだろ?
別に男子禁制ってつもりでもなかったんだが、
何故かそんな連中ばかり集まっちまったのさ・・・。」
「そんな連中?」
「真っ当な家族がいたら、自分の可愛い娘を冒険者なんかにするわけないだろ。」
ああ、そういう事か。
「・・・それぞれ、事情があるという事か。」
「ああ、別に不幸自慢をするわけじゃねーよ?
でもな、そんな連中が冒険者なんてやってるのは、自分たちと同じ境遇の人間を他に作りたくないってことなんだよ。」
「・・・・・・。」
「前回、ゴブリンどもの犠牲になった女たちを見たかい?
・・・死ぬのも生きるのも地獄だぜ・・・。
それでもメリーがいたおかげで被害はこの街に及ぶことはなかったんだ。
男のあんたに想像できるか?
何の抵抗も出来ずに、襲われる女性たちの恐怖を・・・苦痛と絶望を!」
ああ、やっぱりテラシアさんも、領主の弟を殺したのがメリーさんだってわかってるみたいだな。
「・・・メリーの活躍はわかった。
だが今は・・・。」
「それだけじゃねーよ。」
「なに?」
「メリーがこの街や周辺でやってくれたことはそれだけじゃない。
さっきも言ったように、何の力もない女子供に暴虐の限りを尽くしていた糞ヤローどもを、彼女は全て斬り刻んでくれたんだ!
あたし達でもどうしようもできない腐った豚どもをな!!」
そこに領主の弟が含まれるんですね、
何やったんだ、あの豚。
でもそうだよな、
オレら冒険者は、魔物や山賊は相手にできても、権力者だけにはどうにもできない。
それをメリーさんは裁いたんだ・・・。
そうか、テラシアさん・・・そうだよな、わかったよ。
「ブランデンさんよ、あんたが気にしなきゃいけないのは、
自分の家族が危害を加えられるかどうかじゃない。
あんたの家族に危害を加えようとしていたかもしれない連中から、それを未然に防いでくれたのがメリーなんだってことだ。
・・・まぁ、あんたが自分の家族の命より仕事が大事だってんなら、話はこれで終わりだ。」
うっわ、ブランデンとかいうおっさん、
眉間のしわが凄いことになってる。
でも、テラシアさんの言う通りだよな。
既に被害に遭った人たちはどうにもならない。
それでも、これ以上、被害は出ないんだ・・・。
やがてブランデンは苦しそうに言葉を吐き出した・・・。
「確かに、私には力ない女性たちの恐怖や絶望などわからない・・・。」
ん?
「だが・・・愛する者を失った悲しみや辛さは分かるつもりだぞ・・・!」
お!?
ブランデンの野郎背中を見せやがった!
「私は何も聞かなかった!
さっさとこの街をでるがいい!!」
おお! かっこいいぞ、ブランデン!!
お前も漢だ!!
馬車が動き始める・・・。
商人のカーネルさんや御者も空気読んだな。
てか、オレらを置いていくなよ?
急いで馬車に乗り込まないと。
最後に、ブランデンの背中にメリーさんが声をかける。
「ブランデン様、ありがとう。」
人形の身のためか、その言葉に感情は乗っているようには聞こえない。
それでも確かに、その言葉は彼の心に届いたようだ。
しばらくブランデンは動かなかった。
馬車がその場から離れるとともに、どんどん彼の姿は小さくなってゆく。
まぁ、後は知ったこっちゃねぇ・・・。
せめて、メリーさんを見逃したことが領主様にバレねぇことを祈るだけだな。
もし首になったら、冒険者ギルドの扉でも叩くことだな。
最悪、『伝説の担い手』のイブリンが身の振り方を考えてくれるだろうぜ。
あいつも宮勤めに失敗した口らしいからな。
・・・城門を出た後、後ろを見ていたオレとテラシアさんに、メリーさんが声をかけてきた。
「二人ともありがとう・・・。」
・・・っと、不意打ちきたっ!!
テラシアさんはメリーさんを振り返りもせずに手をあげた。
あ、これ恥ずかしがってる反応だ。
いや、オレもちょっと恥ずかしいからわかる。
えーっと、な、何か言わないとだよな・・・。
「き、気にしないでいいよ、
い、いや、当然のことをしたまでさぁっ!!」
「何か、お礼でもしてあげたいところだけど・・・。」
「だから気にしなくていいって・・・あ。」
「ん? 何か思いついた?」
「え、い、いや、もし良ければなんだけど・・・。」
「何かしら?」
「メリーさんの、ゆ、指とか触らせてもらっていいいかな・・・?」
別に指フェチってわけじゃないぞ?
さっき、ヒューズがそれで失敗したから、
リターンマッチというか、どんな触り心地なんだろうか、気になって・・・。
あ、あれ?
メリーさん表情は変わらないけど・・・その薄目はなあぁに!?
うわ、テラシアさんが気持ちの悪いもの見る目でオレの事?
「変態・・・。」
「ああ、これは本物の変態だな・・・。」
いや、なんでよ!?
「言い方酷いっすよ、で・・・それでいいんすかね?」
オレは恐る恐る手を伸ばしてみた・・・。
メリーさんは拒絶する気配を見せない。
よ、よし・・・オレはやったぞ!!
うん、ツルツルのスベスベだ!!
それに精巧な造りだな・・・!
これは固さ以外、本物の女性の手と区別できないよ!
思わず人差し指とか小指までもその滑らかさを堪能していると、
またもやメリーさんから心無い一言が。
「へんたい・・・。」
「ああ、筋金入りのへんたいだな・・・。」
だからなんでだよ!!