第八話 それは人形違いなの
<視点 メリー>
その後、ギルド職員幹部達との間で秘密会議が行われた。
続いて入って来た報告によって、
領主の弟以外にも、警護隊長、メイド長及び老齢の執事が殺されていた事が明らかになっている。
まあ、殺しちゃったのは私なのだけども。
その私をとっとと領主に引き渡す案も出たのだけれど、
その場で私が、
「あれ、十人以上の奴隷をいたぶって殺してるわよ? 公表しちゃうけどいいのですか?」
と言ったら、みんな黙りこくってしまった。
もちろん他の三名の悪行についても伝える事を忘れない。
この国の法律では奴隷と言えども虐待行為は禁じられているそうだ。
例え権力者と言えども、奴隷を殺したら重罪となる。
もちろん発覚さえしなければ罪に問うことが出来ないのはどこの世界も一緒。
私が出くわした現場では、殺された直後の親子の魂が漂っていた。
けれどそれだけで済むような話ではない。
その領主の弟の秘密の地下室には、
既に大勢の人間の苦しみ、憎しみ、恐怖の念が、悍ましい程までにこびりついていたのだ。
正確な犠牲者数を数えるのは無意味だが、あれは人間の法律でも死刑相当だろう。
もともと民間人や公共の往来などで、犯人不明の連続殺人などが起きれば、
街中の見回りや犯人捕縛などの依頼が冒険者ギルドに回ってくることもあるという。
だが、領主の敷地内であれば、自分たちの手勢で解決するのが普通である。
特に今回は、おおっぴらにできない状況であるし、
領主の兵隊たちだけで犯人を見つけようとするに違いない。
そんな話し合いが為された結果、
冒険者ギルドでは、この件は何も聞かなかった、何も知らなかったで通すことで一致した。
私は余計な口を挟まなかったけれど、
命拾いしたわね、あなたたち。
もし、私を捕縛しようとしたのなら、遠慮なくこの死神の鎌を振るうつもりでいたのよ?
さてその後、私はゴブリン討伐の日まで、ギルドの天井裏に身を落ち着かせてもらうことになった。
宿屋に泊まるお金もないし、そもそもお金があっても泊めてくれるかどうかもわからない。
それ以前に眠ることもないのだから、宿屋に泊まる意味もない。
そんな時だ。
ピンポンパンポーン!
「!?」
頭の中で電子音が鳴る。
身の危険は感じないが、いきなりの事象で身体に緊張が走る。
『メッセージを受信しました。』
続いて聞こえてきたのは抑揚のない自動音声。
「受信」!?
有り得ない。
この世界に電話や電波の概念なんかないだろう。
つまりは私の元居た世界からの干渉ということか?
・・・しかも人形メリーの・・・
いや、人間として生きていた時代の概念ですらない。
さらに昔の旧世界の文明だ。
音声と同じ文面が私の目の前に浮かぶ。
何もしないでいると、その文字列に変化はない。
指で触った方がいいのだろうか?
ゆっくりそれに手を伸ばすと、待っていたかのように画面が切り替わる。
そこには新しい文字が浮かび上がっていた・・・。
『逝きますか? 逝きませんか?』
・・・どこかで聞いたフレーズだ、
なんだっけ?
記憶の糸を辿る。
たしか・・・そう、
老人乙女とかいうアニメか漫画だった気が・・・。
皴苺とか、早逝石とか衰生石とか風前灯とか、
「ホントにおばぁさぁん」な人形達が、「老婆ミスティカ」という若返りの石を求めて戦う物語だったかしらあ?
もっとも、すぐに私の記憶を遡る作業は無意味になった。
『あ・・・すいません、間違えちゃいました、
最初のフレーズは忘れてください。』
少し殺意が沸いた。
感情が消えたままなら気にしなかったのに。
『突然のメールを失礼いたします。
まず、メリーさん!
あなたを異世界に転移させちゃいました!』
まさかとは思ったのだけど、こいつが元凶か。
私はこの世界の誰かに召喚されたのではなく、
向こうの世界から送り込まれたというわけだ。
ていうか、失礼なのはメールじゃなく、勝手に飛ばした事だろう。
『恐らくこのメールはあなたに遅れて届くと思います。
申し訳ありません、
あなたが一番遠い未来にいたものですから。』
一番と言ったか・・・。
つまり、私以外にも元の世界から送り込んだ者がいるということか。
『まずいろいろ聞きたいこと、知りたいこといっぱいあると思いますが、時間もないので最低限のことでご容赦ください。』
しない、
容赦しない、
張本人に会ったら首を刎ねる。
『前の世界みたいに、時間が無限にあるというわけでもなく、無駄にそちらの世界をうろつかれても仕方ありませんので、そちらの世界にいる限り感情を復活させています。
もう効果は楽しめていますか?』
刺激にはなったわね・・・。
そして私の生態は把握済みというわけ?
『基本的に元の世界でできたことはそちらでもできるようになっています。
ただし、システムを新しい世界に適応させるため、メリーさんの特技は全てスキルという形で再現しています。』
ふぅん・・・?
『ただし忘れてはいけません。』
何を?
『人間の感情を持ったままでは、死神の鎌で集めた死者の怨念に、あなたの心は耐えることは出来ないということを。』
ああ、忘れていた・・・。
その通りだ、
衛兵のブランデンに話しておいて、自分自身が肝心なことを忘れていたようだ。
この死神の鎌は闇属性アイテム。
そしてその最大の特徴は、
周辺の濁った瘴気のようなものをその持ち主に流し続けるということだ。
死神の鎌を衛兵のブランデンが持つのが不可能で、
この私が持てる理由は、私が人形だからではない。
・・・私に感情がないからだったのだ。
それがいまや私には感情が復活している。
ではあの領主の弟とやらを処刑した時、何も異常は起きなかったはずだが・・・。
『さて、そこで解決策を用意しました。』
解決策?
『ステータスウィンドウ、と唱えていただけますか?』
「ステータスウィンドウ・・・。」
すると目の前に画面が浮かぶ。
何やら大量の文字がまた現れた。
そこには先ほど、キャスリオンに鑑定されたことと同じような内容が並んでいた。
これがあるなら自分には鑑定を使う必要はないようだけど。
ただ、これで何を確認するんだろうか?
『そこにはあなたの様々な情報、
そして下の方に取得スキルが並んでいると思います。
それらはあなたが元の世界で無意識に使っている技や術のはずです。』
うん、その通りだ。
『そのうちの一つ、精神耐性という項目があるのを確認してください。』
精神耐性Lv.5とある。
『あなたは人間だった時、
既に高い能力を持つ精神感応者でした。
そのため、周りからの雑多に放出される感情の嵐から心を守るために、
精神障壁を作ってましたね?』
そうとも、
逆にそれができなければ、精神感応能力の持ち主の心は無防備になってしまい、精神に変調をきたしかねない。
ゆえにその能力がなければ廃人となる恐れすらあるのだ。
『その精神障壁を、こちらでは精神耐性というスキルにさせていただきました。
それで通常のメリーさんの特性として流れ込んでくる想念でも、あなたはそのスキルで耐えられるというわけです。』
つまり自動で精神障壁を発動できているというわけか。
『ただし』
なぁに?
『あくまでそれは通常の状態です。
死神の鎌ゲリュオンが恐怖や憎しみの念を集め始めたとき、そこにある精神耐性スキルですら耐えきれなくなるはずです。
これはスキルレベルと周辺の念の強弱との兼ね合いになりますが、あまりに強力な憎しみの念がそばにあったら、あなたの精神耐性スキルでは耐えきれなくなるでしょう。』
あの奴隷の親子や周辺の瘴気までは私の許容範囲だったということね。
運も良かったみたい。
『さてそこで!』
どこかしら?
『あなたの精神耐性については、常時発動型のパッシブスキル扱いとさせていただきます。
他者からの状態異常スキルからもレジストできます。
そんじょそこいらの相手なら、大体の状態異常を回避できるでしょう。』
状態異常スキルというと?
『ここでいう状態異常は、混乱、魅了、睡眠、狂乱でしょうか?
あくまで精神異常についてだけですよ?
麻痺や石化、毒などは身体への状態異常なので、そちらについては精神耐性の適用範囲外です。』
うん、でも私、人形だから、そっちも大丈夫。
ていうか石だし。
『それで話を戻しますが、
例え精神耐性スキルを持っていても、
許容範囲以上の怨念を吸収したら、
あなたの精神は崩壊してしまうでしょう。
そこであなたの職業、
処刑執行人に専用スキル、エクスキューショナーモードを搭載しました!』
何それかっこいい。
そういえば、キャスリオンが言ってたっけ。
『エクスキューショナーモードは、あなたの意志でオンオフできる、
要は、感情を生み出す機能を一時的に停止させ、
人形メリーの真価をフルに発揮する、まさしく死神の化身となるスキルです!
このエクスキューショナーモードに従属するスキルとして、先ほどの鑑定に現れなかった、
追跡、立体機動、精神干渉無効がセットされます。
精神干渉無効は、精神耐性の完全上位スキルです。
これで死神の鎌がどんなに悪想念を吸収しても、
あなたに影響はなくなるのです。』
うん、つまり、元の世界と同じに戻るだけよね?
でも普段は感情を復活させることができると考えるなら、私にとって都合のいい特典と思えればいいのだろう。
『次に戦闘システムの話です。
ただ、こちらもあなたの場合は特殊な形態となってしまいます。』
というと?
『一般の人間は、魔物やモンスターと戦うことで、経験値・スキルポイントを獲得し、レベルアップします。
レベルアップをすると、体力や素早さ、魔力などの身体パラメーターが増加します。
スキルポイントを増やすと、就いている職業に付随する各スキルを取得できるようになります。』
ああ、これは先程、キャスリオンが話した内容ね。
『ただし・・・人形であるメリーさん、
あなたにはレベルというものが存在しません。
どれだけ戦闘行為を繰り返そうとも、あなたが成長することはありません。
また、職業は処刑執行人に固定されています。
普通の人間は各ギルドで職業の変更ができますが、メリーさんにそれはできません。』
それはそうでしょう。
だって私は・・・。
『と言っても、もう気づかれているのでしょうね?
あなたは身に集めた憎しみや恐怖の感情で戦闘能力を増大させる。
故に相手が悪しき存在であればあるほど、あなたの力は最強の力を奮うようになるのですから。』
これで大体の事は把握できた。
後は実戦でこの世界の魔物とやらの力を見るだけか。
『・・・もう一つ大事な話をしましょう。』
ここでメッセージの雰囲気が変わった気がする。
これ以上、何を話すというのか?
『この世界に、あなたが知りたかったものを幾つか用意しました。』
え?
私の知りたかったもの・・・?
それは・・・
何だった?
私がこの人形の身体に転生して、既に永い時間が過ぎ去った・・・。
人間の時の記憶は持っているが、
何かを求めてこの人形の身体に転生を果たしたわけではなかったように思える。
いや、そんなことはない・・・。
単に、確実な望みを期待していなかっただけ・・・だから忘れかけているのか。
「知りたかったもの・・・。」
思わず声に漏れた・・・。
とはいえメッセージはただのメッセージ。
私の反応に関係なく自動音声は話を続けた。
『ただし誤解しないでくださいね、
こちらで用意できるものは、あなたの知りたかったことではありますが、
それは真実とは限らないとだけ、あらかじめお伝えしておきます。』
意味が分からない。
何のことを言っているの?
『わかりませんか?
何故なら真実は一つではありません。
世界が一つではないように、真実の姿もいくつもの形を持ちえます。
そこにいる人の数だけ、それぞれの姿があるのです。』
・・・何となく言わんとすることは理解できる。
けれど、それが明確な姿を現すことができない。
『例えばですが、メリーさん、
あなたは何者ですか?』
シンプルな問いかけだが、私にその答えを紡ぐことは困難だ。
『そういうことです。
でも、それぞれがあなたの知りたいことというのは間違いないはずです。』
きっとそう。
私が何者ですかと問われれば、
いくつもの真実を口にすることはできるだろう。
それらは全て正しく、だけれども一つの姿を持たない。
いや、メッセージに合わせるならこう言いなおすべきか。
一つの事象にとっては真実でも、他の事象から見れば真実ではなくなる。
そしてそこには複数の事象が同時に存在し得るのだ。
それでも私はそこにあるいくつもの姿を知りたいと思う。
きっとそういうことなのだろう。
「十分よ・・・。」
私はそれだけ口にした。
今はよく思い出せない。
でもきっと以前の私には大事なことだったんだ。
目的ができる・・・。
それだけで自分の心に色が付き始める・・・。
なんと素晴らしい事だろう。
ある程度、世界を放浪し、
自分に満足出来たら・・・いや、こんなものかと納得したら、この身を砕いて完全なる死を迎えることも考えていた。
だが少なくとも、この世界で何かを得られるというのなら、私の長い旅に意味はあったと言えるだろう。
『あ、あと、それとですね・・・。』
いま、いい感じにまとめようとしてたのにまだ何か?
『あ、あの、白い矢が突き刺さってるはずですけど、大丈夫ですよね?
人間の身体には溶けて消える仕様なんですけど、
メリーさん、人形だし・・・。
無理やり引っこ抜いても、メリーさん、再生しますから大丈夫・・・ですよね?』
とりあえず、顔を見せて?
すぐに頭を切り飛ばしてあげるから。
どこか遠くで「ウチのせいやない!」と声が聞こえた気がするけど、
きっと気のせいだろう。
一番メリーさんに印象近いのなんだろう?
雪華綺晶?
次回、再び麻衣ちゃんです!
まだ「妖魔」としてしか紹介してませんが、
この後、詳しく。