第七十九話 「銀の閃光」漢・ヒューズ
ふぅ、気を取り直して会議再開!
「・・・で、という状況が加わったんだが・・・。」
全員、今の喧騒は理解している。
何とも言えない空気がオレらの周りを包んでいたが・・・
「ストライド、オレ真ん中行くぜ!!」
英雄はここにいた!!
「ヒューズ! 行く気か!?」
オレたちのパーティーの中でヒューズは最もフェミニストと呼ばれる男!
軽薄そうに見える奴の名誉のために断言するが、決して奴は女を玩具の様に扱う男ではない!
まだ19才とオレらの中でも若い方だが、
子持ちの主婦から、まだ胸も膨らんでいない小さな子にまで優しい言葉を投げかける奴だ。
(はんざいだー!)
誰だ、そんなこと言うのは!?
そういう犯罪に手を染めるような奴じゃないぞ?
奴自身、女好きであることを公言して憚らないが、手を出してはいけない女性に一線を越えることはない。
どういう理屈かわからないが、社交ダンスの様に美しい全ての女性と仲良くなるのを信条としているようだ。
「・・・素敵な女性とお近づきになれるのなら、
相手が人形だろうと関係ない!!」
男だ・・・いやこいつは漢だ!!
「仕方ない・・・さすがヒューズだ、
骨はオレが拾ってやる・・・。
もう一人真ん中にはオレが行くしかないようだ・・・。」
リーダー!
ヒューズ!!
ストライド!!
みんなでオレとヒューズの名を連呼する。
良かった・・・チームが一つになれたんだ・・・。
その後は嘘みたいに落ち着いた。
魔法使いのバレッサちゃんに近づこうとするサムソンと、
猫型獣人のジルが先頭馬車に落ち着いた。
後方には防御力の高い2人を置いておく。
さぁ、行くぜ!!
・・・心なしか、女性チームからの目が、少し冷めた感じになってるのは気のせいだろうな。
気にしたら負けだ!!
「いやぁ、Cランク並みの強さを持つという、『苛烈なる戦乙女』のテラシア様と同じ馬車に乗れるとはついてますな。」
この人は依頼主のカーネルさん。
確か一族で、このハーケルンの街で何か所かお店を出していた筈。
大元締めは高齢の大旦那さんが務めていて、カーネルさんはその三男だか四男だったか。
いわゆる輸出入を行うために定期的に交易をおこなっているようだ。
とはいえ、今回は異例づくめ。
何しろ積み荷の中にとんでもないものが混ざってる。
そう、メリーさんである。
「この方が・・・ゴブリンどもを殲滅された人形の方ですか・・・。
いや、お美しい・・・。」
ギルドマスターのキャスリオン様から直接、話を聞いた時はたまげたそうだ。
そりゃそうだよね、オレも今は何とか受け入れてるけど、
最初はとんでもないと思ったもの。
「・・・お世話になるわ・・・。
それと、聞いてると思うけど余計な気遣いは無用だから・・・。」
メリーさんはそう言って、先程アルデヒトが運んできた木箱を見下ろした。
あ、あれってもしかして・・・ベッド代わりか?
「道中、普段はこの木箱の中で横たわっているから。
国境で荷物改めみたいな事されるなら、商品の人形という事にしていてもらえればいいわ。」
ああ、そういう事ね。
「私は人間じゃないから、その気になったら完全に人形のフリができる。
身動き一つしないし、瞬きも心臓さえ脈打つことはない。」
完全に無機物として振る舞えるわけだ。
運ぶ方は楽でいい。
そう言いながら、さっそくメリーさんは木箱の中に入ろうとする。
・・・棺桶じゃないんだから・・・。
「えっ?
おい、メリー、まだハーケルンの街を出る前から、もうそんなとこに引き籠るのか?」
まるで予想外とでも言うようにテラシアさんが慌て始めた。
なんか不都合でもあるのだろうか?
木箱の蓋を被せかかってたメリーさんは、にょきっと頭だけ覗かせる・・・。
うっ・・・結構かわいい構図だ。
おい、ヒューズ、目が血走ってるぞ!!
「あら、なにかしら、テラシア?
もしかして寂しかった?」
「・・・いや、そうじゃないけどよ、
一応、この馬車の中、女はあたしだけなんだよ。
別にこんな坊やたちにどうこう言うつもりはないが、話し相手として期待してたんだけどなー?」
うう、くそっ、悔しいが坊や扱いされても仕方ない。
テラシアさんに悪意はないんだ、こういう口の聞き方をしてしまうのはいつもの事。
それぐらいでまいるオレじゃない。
「あら、そうなの?
ならしばらく人の街から出るまで起きていようかしら?」
今度はもぞもぞと這い出てくる。
メリーさんもこの姿で、結構長い人生(?)を送ってきたと聞いてるけど、
この人形の姿は何才くらいのイメージなんだろう?
白い頬はあどけない曲線を保っているし、
つぶらな瞳は少女のようだ。
まだ未成年の姿にしか見えないんだよね。
おおっ?
ここでヒューズのブレイブハート発動!
「やはり美しい・・・メリー、
しばし、君の話し相手は私に務めさせてもらえないだろうか?」
あっ、こいつさり気なくメリーさんの指を包みやがった!!
メリーさんとテラシアさんの首がぐるりんと回る!!
「おお、あなたの瞳に縫い付けられた私は、まるで妖魔に魅入られたスライム!」
その例えはどうなんだ、ヒューズよ。
はっ、殺気!!
次の瞬間、オレは何も考えれずにヒューズに飛びついて、奴のカラダを組み伏せた!
寸前! オレの背中を何かが過ぎゆく気配!!
「あわわわわわっ・・・」
オレの下でヒューズが泡食ってる・・・。
「み、見たんだな、ヒューズ・・・。」
あのアラベスク文様の大鎌を見たんだろう・・・。
そーっと後ろを振り返ると、その不気味な鎌がオレの目の前にぬーっと・・・!
う、後ろでテラシアさんまでバスタードソードを抜いてるじゃねーか!!
「あー、止めてやろうかと思ったけど間に合わなかった・・・
さすが、ストライド、チームのリーダーだけはあるね?」
ほんとっすか!?
一緒になって斬りかかろうとしてないですよね、テラシアさん!?
「チッ。」
え? 今の何、舌打ち!?
メリーさん、そんな器用なことできるの?
「下手に下心を持っていなかったのが幸いしたわね、
もし、邪な感情で私の手を掴んでいたなら、
今頃、首は飛んでたわよ?」
ヒューズ・・・!
やはりお前は男だ、オレたちのヒーローだ!
だから心をしっかり持て!!
「だ、大丈夫だ・・・こんなことでオレの心は挫けない・・・!」
涙目になってるのは見なかったことにしておいてやる。
・・・この先、復活できるよな・・・?
あ、いつの間にか商人のカーネルさんが御者の隣の席に消えていった。
まぁその方が安全・・・だよな。
ハーケルンの街を出るまではオレが中にいることにした。
それまでにヒューズもメリーさんも落ち着いてもらおう。
テラシアさんも、元から口数が多い方じゃないけど、メリーさんの隣で時々会話をしているようだ。
周りの警戒は専らオレたちの役目だ。
とは言っても、城内では何かある筈もないし、今はヒューズが警戒中。
オレはそんなにやることないから、適当にメリーさん達の会話を時々聞く程度。
途中メリーさんは、フードを被りなおして馬車の窓から外の街並みを覗く。
・・・まぁ、この世界の存在じゃないということなら、
この街を見るのも、下手したらこれが最後になるんだろう。
そう思うと、オレもなんか寂しい気持ちになる・・・。
「・・・メリーさん、この街はもう隅々歩き回ったの?」
ついつい口から出ちまった。
まぁ、いくら何でも質問しただけで襲い掛かって来やしないだろうけど。
ギョロっとグレーの瞳がオレに向けられる・・・。
だ・・・大丈夫だよな・・・?
「夜の内なら結構歩き回ったわよ?
でも、衛兵さん達に呼び止められそうだったから、主に屋根の上をだけど。」
そんなとこ散歩してたのかよ!!
突っ込みたいけど我慢だ、オレ!
「でも、どうしてそんな事を聞くの?」
あ、うん、どうしてって言われても、つい・・・。
「あ、いや、メリーさん、興味深そうに街並みを見てたから・・・
もしかしたらメリーさん、ここにはもう戻ることはないのかもしれないけど・・・
ここはオレたちが生まれ育った街だしよ、
少しは覚えていて欲しいかな・・・なんて・・・。」
メリーさん、瞬きもしねーから怖えよ!
目の前の獲物をどうやって食べようかしら、なんて目で見てないよな?
・・・しばらくして、ようやくメリーさんは視線をオレから、また街並みに向けていた。
でも、そこから口にした言葉はオレに向けてのものだったと思う。
「そうね・・・、
思い出・・・記憶・・・
感情が薄い分、後になって思い出せることは少ないのだけど、
せっかくの異世界ですものね、
なるべくなら記憶に留めることができればいいわね・・・。」
窓から入ってくる風がメリーさんのウェーブされた横髪を揺らす・・・。
何を考えているのか分からないけど・・・
絵になるというか・・・かっこいいなぁ・・・。
「いいこと言うじゃないか、ストライド。」
うわっ! びっくりした!
「テラシアさん、いきなり後ろから話しかけないでくださいよ!」
いつの間にかオレの真後ろに来てやがった!
ちょっとオレが腰を上げれば、オレの頭が二つの胸の膨らみに当たりそう・・・。
「ハハッ、悪い悪い、
でもそこまで気が回るんなら、街の案内でもしてやったらどうだい?
あたしもメリーには、この街を覚えていて欲しいと思うよ。」
そうか、テラシアさんもこの街の生まれだからね。
「じゃ、じゃあオレで良ければ・・・。
メリーさん、今、通りかかっているところがこのハーケルンの市場だよ。
この時間じゃセリは終わってるけど、農作物や肉類の販売店も多い。
昼過ぎになると食事をしにくる客もいっぱい出てくるんだ。」
「へぇ・・・名物とかあるのかしら?」
「ああ、名物かぁ、
なんだろうな、オレらはどちらかというと夜の飲み屋とかを利用するのが多いしなぁ、
でも焼き物なんかポピュラーかな。
鉄板に油敷いていろんな食材を焼くんだ。
昼時だと、そういった匂いが辺りに充満しているぜ。」
後ろからテラシアさんも参加する。
「焼き肉はこの街の住人、みんな好きだろうね、
メジャーなのは猪肉かな、
あたしも良く食べにくるよ。」
あー、確かに猪肉はよく注文されてるな。
オレも勿論嫌いじゃないが、オレはバランスよく食べるタイプだ。
あんまり肉が多いと体臭がきつくなるんだよな・・・。
ハッ・・・これはテラシアさんの匂い・・・!
いや、これはこれで・・・。
ちょっと二人の間に接近しようか・・・。
触らなければ・・・うん、大丈夫なはず・・・。
ヒューズ、すまん、先に美味しい思いをさせてもらう!