第七十六話 友達がいたの
実験的に3D画像差し込んでます。
お見苦しい部分はご容赦を。
なお、「彼女」をこの物語に登場させる予定は一切ありません。
私は顔の周りをハンカチで拭きながら、窓の留め金を外しました。
人間一人がギリギリ通れるぐらいの隙間は拡げられるので、
人形のメリーさんは易々と入ってこれますね。
なお、この部屋の窓の下はギルドの裏庭です。
一般人は勿論、冒険者でも許可がないと立ち入れません。
普段は魔物の死骸の解体など行ってるので、専門の職員がいることはあります。
実際、職員がいたのでしょうか?
メリーさんが片足またいで部屋に入ってきたとき、
一度彼女は、思い出したかのように、首を窓の下に傾けました。
「見えちゃった?」
下の方から慌てて「見てません見えてません!」
と聞こえてきます。
あの声は解体士のブッチェルでしょうかね。
後程、感想を聞かせてもらいましょう。
「いらっしゃい、メリーさん、
でもどうして窓から?」
「普通に廊下歩いてたら、職員の人が驚くかなと思って。」
私とブッチェルが代わりに驚きましたけどね。
まぁそれはいいでしょう。
「どうぞ、おかけに。
それで御用のほどは?」
アルデヒトが使っていたカップとお皿を片付けながら、
メリーさんにも紅茶煎れた方がいいかしらと悩んでいると、
軽く首を傾けて彼女はジェスチャーでそれを断りました。
あの首を傾ける仕草は、人間でいう苦笑を表現しているのかしら?
そしてメリーさんは唐突に切り出しました。
「私、この街を出るの。」
時間が止まりました。
よく考えれば、それは私にとって大歓迎な話です。
なにしろ今抱えている問題が全て解決するわけですから。
でも、じゃあなぜ、今までその手を選択できなかったのか・・・
いえ、考え自体は頭の中に浮かべてはいたのです。
この街からメリーさんに出てってもらう・・・
ですが、それは私の中では許されない話でした。
彼女は街を救った英雄、
あのままゴブリンを放っておいたら、討伐自体は可能にしろ、
大勢の犠牲者が出たことは確実です。
犯罪者の殺人にしてもそう。
話を聞くと死刑にせざるを得ない重犯罪者の首しか彼女は狩っていません。
・・・ただこの国の法から少し逸脱しているだけで・・・。
彼女自身、自分を正義の存在と主張してはいないけども、
彼女の存在によって救われる者も多いのです。
だから私は固まってしまった・・・。
これで喜んでいいのかと・・・。
「キャスリオン?」
「あ! 失礼しましたメリーさん・・・
もしかして、先ほどこの部屋でアルデヒトと話していた内容を聞かれていましたか?」
「いいえ、アルデヒトが来てたのは分かったけれど、
話の内容までは・・・。
でも、どうせ領主がらみの話なのよね?」
「・・・その通りです。
貴方の行動原理は理解しました。
あなたの取った行動が非難されるべきでないことも。
ですが、良くも悪くもあなたは人間ではない。
人間ではない以上、人間のために作られた法律の枠外にあなたはいる。
もし、このギルドに領主の弟を殺した人形が存在すると、領主様にバレた場合、
あなたをどうやって匿うべきなのか・・・。」
「であるなら、私がこのギルドを・・・街を出てしまえば、
領主の権力は私に及ばなくなるわけよね?」
「そ、そうです、それはその通りなのですが・・・!
罪を何ら犯していないあなたを追い出すのはギルドマスターとしては・・・!」
「気にする必要はないわ、
私の意志で出ていくのだもの。
それに私はこの街に何のしがらみもない。」
それは・・・その通りですね・・・。
わたしは・・・この街に愛着があります。
もちろん、ここは私が生まれ育った街という訳ではありません。
ですが、冒険者として、またはギルドマスターとして長い間この街に尽くしていた私だったら、ここから立ち去るという選択肢はありません。
逆にメリーさんはこの街に来たばかり・・・。
しかも自分の意志ですらない。
「ふふ、私はギルドマスター失格ですね、
あなたを守ることも出来ない・・・。」
またもやメリーさんは不思議そうな首の振り方をしています。
「私は守られるべき存在じゃないわよ、キャスリオン?
あなたはなんでも自分に枷をはめ過ぎではなくて?
私の大事な友人に、世界の命運を一身に背負った女の子がいたけど、
自分にできないことは、さっさと他の人にぶん投げていたわよ?」
うわぁ!
怖い、それは怖すぎます。
「そ、その人って何か勇者みたいな方なんですか?」
「立場的には王女になるのかしら、
私と知り合う前の話だけど、王位継承権第2位でありながら、王統府の命令に歯向かって、戦争してた国と勝手に同盟組んで祖国に反旗を翻して・・・。
でもって、戦局をひっくり返しつつ、大義が自分達の国に一切ないと国王に認めさせちゃったとんでもない子よ。」
「そ、それはとんでもない・・・」
「それだけ聞くと凄そうに聞こえるでしょ?
でも本人曰く、自分は何もしてない、
周りに流されてたらこんな事になっちゃっただけ、なんて言うのよ?」
それはある意味才能なんじゃないでしょうか?
それか、ユニークスキルでリアルラックがめちゃくちゃ高いとか。
いえ、でも・・・
「その方も、口ではそう言っても苦労や努力は重ねてきたのでは・・・。」
そこでメリーさんは静かになりました。
気がつくと目の焦点が私に合ってない気がします。
遠い、昔の出来事を思い出していらっしゃるのでしょうか?
「そうね、
だからこそ、周りのみんなが付いてきた。
誰もがその子の望みを叶えようとした。
大勢の人達がその子を守ろうとした。」
私にも話の流れは分かります。
守れなかったんですね、最後には。
メリーさんを動かしているのは、他人の恨みや怒り。
でも、それはあくまでも報復衝動への原動力であって、普段の日常生活には他の感情でも十分エネルギーになり得ると聞きました。
・・・それが自分の感情であっても。
「話を戻しましょうか?
キャスリオン、あなたはもう、周りのみんなからそれだけの信頼を得られているのでは?」
あ、それでこっちに話が繋がるんですね!
油断してました。
「そ、そんな私には・・・。」
「さっき、私はあなたとアルデヒトの会話までは聞こえないと言ったわよね?
でも感情の乱れはこの人形のカラダに流れ込んでくるのよ?」
えっと、それは・・・つまり。
「他人の心を暴露するのは趣味でないけども、
あなたはもう少し自分を出してもいいと思う。
それであなたの、望み通りになるとは保証出来ないけども、
少なくとも悪い結果にはならないわ?
そのぐらい、みんなも受け止めてくれるでしょう。」
「ずるいです、メリーさん、
あなたは感情がない筈ですよね?
なのに、なんでそんな他人にお節介されるのでしょう?」
「ああ、今は自分の感情は少し機能させているの。
でも、それ以前に、この人形の行動パターンに私の意志が反映されるよう、自分にルールを課しているのよ。
さもないとただの引き篭もりみたいですもの。」
「お節介があなたのルール?」
「いいえ?
受けた恩は返す。
あなたは私の隠れ家を用意してくれた。
今も私を守ろうとしてくれている。
その思いに報いようというだけの話よ?
そんな不思議な話でもないでしょ?」
そ、それはそうですけど・・・
やっぱりメリーさんはいい人、いえ、いい人形さんなんですね。
余計に彼女を守れないことを申し訳なく思います。
「ああ、付け加えると。」
メリーさんが再び口を開きました。
まだ何かあるのでしょうか。
「私はこの世界に送り込まれた何らかの理由がある筈。
それを探しに行かなければならない。」
「なるほど、そうまで言われたら気持ちよく送り出さないといけませんね、
分かりました。
旅先でのあなたの無事を祈ってます。」
「ありがとう、キャスリオン。
ではお礼替わりにもう一つ。」
「まあ、なんでしょう?」
「アルデヒトはもう一押しで落ちるわよ?」
ああああああああああああっ!!
もうこの人はあああああああっ!!
さすがに別の物語のネタバレは避けたいので、ある程度表現はぼかさせていただきます。
でも「彼女」の物語のエピローグ以降は今後流すかも。
そう言えば、カラドックの嫁さんのラヴィニヤの顔の造りは「彼女」に似ているという設定です。
ただしラヴィニヤは金髪碧眼、性格も「彼女」とは全く異なります。
待てよ、・・・てことはVRoidで髪と瞳の色だけ変えればラヴィニヤ作れるのか・・・。