第七百四十話 崩壊する未来
いぬ
「どうしてもハッピーエンドや感動的な話にはしたくないんすね、この作者。」
うりぃ
「・・・まあなあ、
けど、前の作品やメリーはんも少しだけ明かしてたからなあ。
今更知らんぷりもでけんやろ。」
いぬ
「そしておいらたちがここにいるということは。」
うりぃ
「次回予告は一週間後、麻衣はんエンドや。
そっちはほのぼのラストや、安心してええで。」
いぬ
「ほんとかなぁ・・・」
お誘いラヴィニヤ
<視点 カラドック>
「ねぇ、カラドック~」
そう、今、私が目を離せないのは最愛の妻、ラヴィニヤ。
この両腕の中の彼女をぎゅうっと抱きしめないとならないのだ。
何の遠慮もなく。
理性を抑える必要などもはや何処にもなく。
「もう~、ラヴィニヤも恵介くんたちに会いたかったぁ~、
ラヴィニヤはその夢に出してくれなかったの~?」
とはいえ、
ラヴィニヤの当然なる要望には真摯に応えねばならない。
もう少しだけ耐え忍ぶのだ、
私の理性よ!!
・・・そして確かに、
ラヴィニヤまであの世界にいけたら・・・
ケイジは・・・
ラヴィニヤになら気を許して全てを打ち明けただろうか。
それともあいつの事だから、
ラヴィニヤの天然ペースに振り回され、
言わなくていい事までうっかり口を滑らせたりしただろうか?
いやまあ・・・
落ち着いて考えてみると・・・
「けれど、その世界、ドラゴンとか魔物がたくさんいるんだよ?
身を守る力がないとちょっと厳しいかも。」
・・・なんだよね。
どんな事があってもラヴィニヤは守るつもりだが、
麻衣さんと違って彼女には危険感知能力もないからなあ。
「ええ~? ドラゴーン?
それはそれで見てみたい~!!
いいなぁ~、素敵な夢~!」
さすがに運動神経ゼ・・・
いや、危険感知能力どころか、戦闘能力ゼロのラヴィニヤを守り切れるかどうかは、この私の力をもってしても厳しいかもしれない。
下手をすると、発情期真っ盛りのオークを前にしても、ラヴィニヤは「はじめまして〜」と気軽に挨拶するような女性なのだから。
ああ、今のたとえは運動神経の話でなく危機意識の話だったね。
あと、そうだな、
もう一つだけ伝えておくか。
「それとね、その夢の中の話なんだけどね。」
「うん、なぁに~?」
「その夢じゃ、今から400年後にラヴィニヤ、
君とそっくりの女の子が生まれるんだって。
髪や瞳の色は違うそうだけど、その子が世界を破滅の危機から救うんだってさ。」
もちろんこの話は「ウィグル王列伝」には書き連ねることはできないけどね。
「ええ~、ラヴィニヤとそっくりぃ~?
その子が世界を救うのお〜?
ラヴィニヤすごーい!!」
うん、惠介たちの話ももっとしたいけど、
それだとラヴィニヤも泣き出してしまいそうだしね。
そう、私の理性が限界とかそういう話でなく。
けれどラヴィニヤはそれ以上口を開かず、
黙って私の頭を撫でてくれた。
何度も、
そして何度も・・・。
いつものラヴィニヤならこんな事はしない。
「・・・ラヴィニヤ?」
違和感を覚えた私が顔を上げると、
とても優しそうに目を細めている彼女が私の目に映る。
「とても・・・」
「うん・・・」
「とても素敵な夢だったんだね・・・。」
・・・本当に
私は腕に力を込めて、
もう一度彼女の体を抱き寄せる。
「そう、とても・・・
とても、ずっと、見ていたかった・・・
あんな世界があったら、ね・・・。」
ラヴィニヤも私の頭を抱きしめてくれる。
・・・先程、私はまだ限界ではないと言ったな。
それは嘘だ。
私のガッツははち切れんばかり。
そういえば、向こうの世界で二人のエルフに、散々焚き付けられていたような気がするのだけど。
だから。
「よいしょ!」
「きゃあ! 急にぃ!?」
ラヴィニヤを抱き抱えたまま、いきなり立ち上がったからね。
驚かれるのは仕方ない。
「と、いうわけだからね、
私は今晩、ラヴィニヤに甘えたくて仕方ないんだよ!
明日の朝まで付き合ってくれるかな?」
「あっ、朝までえ!?
っも、もうっ、そんなのラヴィニヤのカラダがもたな〜い!
で、でもいいよ〜・・・
今晩のカラドック、な、なんか凄そうな気がする〜・・・っ!」
そして私はラヴィニヤを抱えたまま、隣の寝室へと向かう。
手が塞がってるからドアノブを回せない?
そこはラヴィニヤが器用に体を捻り、
微笑みを浮かべたまま、ドアを開けてくれた。
「もしかしてウェールズに弟か妹ができちゃうかなぁ〜?
あっ、でもカラドック、ごめんなさい・・・
ラヴィニヤ、きっともう赤ちゃんは・・・。」
その一瞬だけ、
ラヴィニヤは悲しそうな顔をした。
知っている。
未来からの情報では私の子はウェールズだけだったのだろう。
本来、遺伝子異常の母親から生まれたラヴィニヤが、
日常生活に不便を感じる事なく生きてこられただけで奇跡だったのだ。
その上、無事に跡取りまで出産できた。
これ以上何を望む必要がある。
「その事は君は気にしなくていい。
それより、今夜は自分の体力がどこまで持つか、心配すべきなのはその事さ。」
「あっ、
そ、そんなカラドック、そんな悪いおじさんみたいな笑顔なんて・・・きゃあああっ!」
そして私はラヴィニヤをベッドに放り投げる。
さあ、覚悟したまえ、
我が麗しのラヴィニヤよ!!
私は還ってきたのだ!!
この悲しい世界に。
この辛い現実に。
けれど、今晩・・・
今だけは・・・
そう、
元の世界は何も変わっていない。
夢を見るのは終わり。
ここは惠介やリナちゃんがいない世界。
ミュラはまだ生きているのかもしれないが、
いずれあいつにも悲劇が待ち受けている。
それでも、私は未来のために。
私の為すことが未来のために繋がるならば。
たとえ私のしたこと、そしてこれから為すことが、
父上やアスラ王の足下にも及ばぬ小さなものだとしても。
このカラドックの、持てる力全てを使ってでも世界を復旧させてみせようではないか。
輝く未来のために。
そして・・・
<第三者視点>
カラドック達がいなくなった部屋。
デスクランプも点いたまま。
カラドックが涙で濡らした書類もそのまま・・・。
部屋の主が消え去り、
その空間には何の変化もない。
何も変わらない。
ただ一点、
ラヴィニヤも「あんなものあったかなあ」と思いつつも、
わざわざ口に出さない程度の異物だけがそこにあった。
カラドックが異世界に行く前には、
その広い机の上には存在していなかったある物。
ペーパーウェイトにしては大き過ぎるし、
形も歪だ。
何に使うために置いたのだろうか。
それは、
羊の「それ」に近い形状の、
切り取られた片方だけの角。
いつからそれがそこにあったのか、
どこからそれが持ち込まれたのか、
それがいったい何の角なのか、
部屋の清掃係も、国王の従者も、
国王の妻も息子も、最後まで誰もそれを知る事はなかった。
もちろん公式記録にもそんなものは言及すらない。
カラドックは生涯、
誰にもその秘密を明かす事はなかったのだから。
そして、カラドック国王没後、
3代目国王ウェールズの治世において。
我々は既に知っている。
ウィグル王国歴史書、「ウィグル王列伝」の記述が何の兆候もなく突然半ばにて潰える事を。
その理由は誰も知らない。
後世の歴史家たちがどれだけ議論しようとも。
どれだけ当時のその他の著作物を見つけ出そうとも。
ただ一人「黄金色の目を持った」天使だけが、
400年後に生まれた黒髪の少女に、
その秘密の一端を仄めかしたことがある。
「あの時代、二人の天使が戦ったことで、一つの都市が滅んだ。
・・・ああ、一人はまだ天使としての力を取り戻していなかったね?
では・・・その二人が手を組んだならば?
そしてもう一人の天使も完全に復活したのなら、
その二人が手を取り合うことで、
中途半端に復活したあの文明を、
この地上に生きている人類を、果たして何億人、虫ケラでも踏み潰すように虐殺することが出来たのだろうね・・・?」
もちろん、
その言葉が真実かどうか、
誰も判別出来ない。
黒髪の少女でさえも。
ただ、
国王カラドックが、不確かな話とはいえ、
その絶望にも近い未来の知識を生涯知る事がなかったのは、
きっと幸せな事であったのではないだろうか・・・。
(カラドック編 終了)