第七百二十九話 不穏なアガサ
今月中に最終回までいくかしら・・・
<視点 ケイジ>
「なんだと?
アマリスがアルデヒトに見せている態度は演技!?」
ここは冒険者ギルドから少し離れた宿屋兼食堂。
オレ達が寝泊まりしてる宿屋とは別。
せっかく旅をしているんだからな。
毎回同じ場所で飯を食うのも味気ない。
時々足を伸ばして珍しい料理や名物料理を探すこともある。
「うん、少なくとも男の人に惚れている女の子の心情には程遠いよ。
むしろ冷静に、淡々と目的をクリアしていくような、そんな心理状態。」
そう言えば、確かにアマリスがアルデヒトとくっついていた時、リィナは首を傾げていたな。
あれはそういうことだったのか。
だが、しかしそうなると・・・
「何のためにそんな・・・
まるでじゃあ、ベアトリチェみたいな・・・」
「うん? ベアトリチェさん?
ええ? ベアトリチェさんは違うんじゃない?
あの人って趣味と実益を一致させているような・・・。」
なるほど、似てるようで違うのか?
いや、でも、アイツがウーサーを誘惑した時はまさしく・・・
いいや、違う!!
それはオレの前世の記憶じゃないだろうっ!?
「ケイジ?」
「あ、す、すまん、何でもない。
話を続けてくれ・・・。」
いかんな、また別世界の記憶が溢れそうになった。
思い出さないほうがいいに決まってるんだがな。
ていうか・・・そうだよな。
もともとこの世界じゃ、ベアトリチェは誰かを陥れようなんて一度もしてなかったものな。
今のはリィナのような感想になるのが当たり前だ。
「え、あ、続きって言われても、あたしの方はそれ以上話すことないんだよね。
だから後はケイジに彼女の目的は何なんだろうねって、相談したいくらいで・・・。」
「と、言われてもな・・・。
普通に考えて、上司を誘惑して何か得でもあるか?
自分のミスを大目に見て欲しいとかか?
それか、もっと大きな組織だったら、自分の出世のために上司の評価を得ようとするとか・・・」
普通ならそんなところだよな?
そしてちょうどそのタイミングで当のギルド職員の意見がでる。
「冒険者ギルドで職員の評価をするのはギルドマスターの権限。
むしろギルドマスターの前で、あんなあからさまな態度は逆効果。」
だよな。
あ、もちろんこの場にいるのはアガサだ。
ちょうど本日の勤務を終えたところに、オレ達が声をかけて食事に誘った。
今は三人で飯を食っている。
・・・そんな機会も後どれだけあるか・・・。
ん?
どうした、アガサ。
何かオレに言いたそうな・・・。
あ、目を逸らしたぞ?
オレに言い辛いことか?
そんな遠慮するような仲でもないだろうに。
ちなみに、
日勤とか勤務形態の話が出たので続きを言うと、ギルドの受付嬢には泊まり勤務もある。
もちろん一人勤務だけなんて、不用心な扱いではない。
他にも中堅どころの職員だって常時配置されている。
交代で仮眠も取れるらしい。
今のところアガサは日勤メインというだけ。
予定していた三つのダンジョン全ての調査が終われば、アガサも本格的に他の職員同様の配置となるそうだ。
そんな所で話を戻そう。
アマリスの件は、オレやリィナ二人で話あっても、建設的な議論になるとも思えないし、
かといって他の冒険者に言いふらすようなものでもない。
となると、アマリスと同じ職場で働いてるアガサに声を掛けるのは当然の成り行き。
オレ達の間柄としても、アマリスの事を知る人物としてもアガサ以上の適任者はいない。
「・・・・・・。」
・・・ううむ。
そこまでは自然な流れだと思うんだが、
どうもアガサの様子がいつもと違う。
オレ達に視線を合わせず、じっとテーブルの上を見詰めているシーンが多い。
注文した食事は鴨肉料理なんだが、
普通に美味いし、アガサにだって食事の不満があるわけでもないだろう。
ちょうどリィナが、
アマリスの行動と内心が噛み合ってないとバラした辺りからだろうか、
アガサの様子がおかしくなったの。
確かにあの場では、オレと同じくアガサも、
あの二人がただならぬ関係っぽいとしか思っていなかったそうだからな。
この話の展開についていけない部分もあるのだろうか。
ならばオレから話を振っておくとしよう。
「アガサから見て、アマリスの日頃の振る舞いに、他に何かおかしなところはあるか?」
オレの質問に、
思い出したかのように顔を上げるアガサ。
しかし、すぐに視線は明後日の方に向かう。
いや、自分の記憶を探っているのだろう、
ならばそれほどおかしな挙動とも言えないが・・・。
「・・・まだ私もそれほどアマリス先輩とはそんなに・・・。」
それは仕方ないか・・・。
冒険者ギルドで働き出したアガサには、覚える事が沢山あるわけで、
尚且つダンジョン調査まで手掛けているのだ。
日常業務ではアガサとアマリスは隣同士の配置だが、そんな互いのプライベートを曝け出すほどの余裕はないだろう。
「それこそ、世間話や互いの家族の事くらいは喋れるけども。」
まあ、せいぜいそんな所だろうな。
生まれ故郷や家族のこと・・・
ん?
家族?
そう言えば・・・
「アガサ、アマリスに姉か妹がいるって話は聞いてないか?
名前は恐らくエマリスって人だと思うんだが。」
アガサは一度髪をかきあげてから考え込むも・・・
「エマリス・・・いえ、どうだったか・・・
ただ、小さい頃からの仲のいい女の子はいると言っていたと記憶、
聞いているのは父親がいないということ、
家族の話は母親についてだけ、
姉妹の存在はもちろん、そんな名前かどうかも不明。」
ふむ、確かに似たような名前だからとて、
姉妹と判断する必要もないか。
ある地域では、先祖の名前をつけたがったりして、結果的にその地域、みんな似たり寄ったりの名前になることもあるそうだ。
不便なだけな気もするんだが・・・。
あと、父親がいないのか・・・
死んだのか親が別れたのかは、まあそこまでは他人からは聞けないよな。
そんで仲の良い女の子がいるとなると・・・
リィナが
「ん? どこかで聞いたような・・・」って顔してるよな。
そうだな、
まるで前世のオレの家庭環境みたいにも聞こえるが、まあ、それは関係ないだろう。
次に思いついたような顔で口を開くのはリィナ。
「まさかだけど、
アマリスさんが、アルデヒトさんを抱き込んでギルドの下剋上狙ってるとか?」
ううむ・・・。
確かにアルデヒトはギルドの中ではナンバーツーなんだろうが・・・。
「着眼点は悪くないとおもうが、
リィナもアルデヒトの態度覚えてるだろ?
あれはキャスリオンさんを病的なほど尊敬してたと思うぞ。
さすがにその見込みはなさそうな気がするんだが。」
「あ、あはは、そうだよね、ごめん、
言ってみただけ。」
まあ、可能性としはそれを考えてもいいかもしれない。
ただ、今のリィナが話をした時もアガサは少し動揺した感じだったよな。
いったいどういうことなんだ?
まあ、そっちは後回しにするとして・・・
あと、考えることといえば・・・
そこでリィナも、オレと同様の思考結果になったのだろう。
ただ、口に出すのはオレより早かった。
「同じ職場で働くアガサとしてはどうしたいの?」
アガサの意見はもちろん大事だ。
ただアガサのことをどれだけ思い遣っていたのか、
それはオレなんかより、やはり同性であるリィナの方が深く心配していたのかもしれない。
オレなら
「アガサはどうするつもりだ」と質問してただろうからな。
・・・まあいつものアガサなら、
「我関せず」って答えが返ってきてもおかしくないんだが。
オレとリィナはしばらく無言でアガサを見つめる。
分かってるよな?
・・・こんなところでおちゃらけるような事態にはならないからな。
だが、
アガサの反応は明らかにオレ達の予想を裏切ってくれた。
「・・・嫌。」
え、嫌?
嫌ってどういう・・・
あ、
「アガサ!?」
彼女の名前を叫んだのはリィナ。
アガサの心音の変化でオレより先に気付いたのだろう。
そしてすぐに、
アガサの瞳から大粒の涙が溢れ出したのだ。
「・・・もう嫌っ、
こんなのは嫌、一人は嫌、
みんな、みんないなくなる・・・
ヨル、麻衣、カラドック、メリーさん、、タバサ・・・
それに、ケイジやリィナまで・・・っ」
えっ
何で今その話!?
次回、エリートも人の子だよというお話。