第七百二十一話 馬車の中で
ぶっくま、ありがとうございます!!
<視点 ケイジ>
さて、
オレ達は二台の馬車に分乗して領主の屋敷に向かっている。
先導には領主直属の騎士隊が付き、最後尾にも護衛を配置するという徹底ぶり。
今までのオレならこういう誘いは全て断ってきたわけだが、
マルゴット女王からも外交に尽くすようお願いされてる身としては、こういう面倒な呼び出しにも一々付き合わねばならないのだ。
「・・・正直、ケイジ殿がこれほどすんなり受け入れてくれるとは思わなかった。」
オレ達の馬車にはアルデヒトも乗っている。
まあ、一々こちらの内情を他国のギルド職員にぶち撒ける必要はないだろう。
だからアルデヒトでさえ、オレらが内心どう考えているかは想像できまい。
それにこちらとしても、
領主との面会にアルデヒトが同席してくれることは有り難い。
流石にオレも、初対面の貴族に失礼な態度や言動をとらないとは言い切れないからな。
「一応、これでもグリフィス公国の血が入っているからな。
顔合わせくらいならこき使われてやるさ。」
まあ、とは言え主人公はオレではない。
式典などの固い席ではオレが矢面に立っているが、パーティーとか宴席で話題の中心になるのは勇者リィナだ。
相手もおっさんなら、狼フェイスのオレよりプリティ兎のリィナの方が適任だろう。
なお、後ろの馬車にはガラダス、エスター、そしてベルリンダが乗っている。
さすがに全員呼ぶと大所帯になるしな。
ファリアとレックスは、絶対に領主に失礼な態度を取るかもしれないということでお留守番。
ランドラードは体が大きいから場所を取るという可哀想な理由でこれもお留守番らしい。
・・・あとランドラードは二日酔いにもなってるそうだ。
あんだけ大きな体でも酒には弱いらしい。
出発前にこんなやり取りがあった。
「ランドラードさん、二日酔いですか?
まだまだ修行が足りませんね、私の『ディスペル』で二日酔いくらい簡単に吹き飛ばせますよ。」
「う、うん、申し訳ない、頭が割れるように痛くて・・・」
それでベルリンダはハメを外して騒いでたのか。
まあ、その理屈は分かるんだが・・・
「ベルリンダ、
魔法で二日酔いは治せても、昨夜のご乱行はみんなの記憶から消せないからね?」
ベルリンダの耳に、
ガラダスからの痛恨の一言がなみなみと注ぎ入れられる。
「そっ、そ、そそ、それはあっ・・・?」
人は若いうちに色々失敗して成長してゆくものだと思う。
頑張れベルリンダ。
話を馬車の中に戻そう。
「それで領主様ってどんな人なの?」
本題はそっちなのだ。
リィナも気になるところだろう。
「うむ、少し気難しいところはあるが、基本的に話の分かる方だ。
我々には厳しい顔を見せることもあるが、一々身分がどうこうとかを相手にこれ見よがしに面に出すこともない。
常識的な受け答えをしているだけなら、何の問題もないと思う。」
だといいんだがな。
ところがそこでアルデヒトの顔が幾分暗くなった。
「ん?
どうした、何か心配ごとでも?」
「・・・いや、これはケイジ殿たちには伝えない方がいいのか悩んだんだが・・・。」
む?
なんかやな予感するな。
聞かないフリした方がいいのだろうか。
「実は、その領主様の弟君が半年ほど前に首を切断されて亡くなる事件が発生してな、
その犯人は未だ不明のまま・・・ということになってるんだが・・・。」
なんて物騒な・・・
と言いかけてオレでもすぐに話の流れは分かった。
そんな猟奇的な殺害方法を犯す奴なんて一人しか思い浮かばない。
「首を切断って、まさかメリーさん・・・が。」
アルデヒトは、
そこでオレの言葉がまるで聞こえなかったかのように視線を背けた。
やっぱりかよ・・・。
「ああああ・・・、それは聞かない方が良かったかも、いや、領主様の前でそういう話題をするなってことね。」
リィナにだってどういう話かわかっちまうよな。
まあ、とりあえずでも、
少なくとも領主の弟はメリーさんに首を狩られるような奴ってことで・・・
弟・・・か。
ああ、
よりによって・・・
弟かよ・・・。
「む、どうかしたか、ケイジ殿?」
・・・やはりオレの反応に不自然なところがあったんだろうな。
リィナにしても、口を挟んでいいのかどうか分からなくて挙動不審になってるし。
これはオレが説明するしかないか。
「いや、直接関係ある話じゃないんだが、
殺されても文句言えないような愚行をしでかした弟って奴が、今この場にいてな・・・。」
そこでアルデヒトは色々察してくれたらしい。
それ以上、オレにその話を追及することはやめてくれた。
いかんな。
どっちの話にしても暗い雰囲気になってしまった。
かといってわざわざ明るい話を探す必要もないしなあ。
そう思っていたところに、
オレ達の馬車は街の広場に差し掛かった。
既にこの街に来て何日か経っているが、
そこで何度か目にしたもの・・・。
「アルデヒト、もし可能なら馬車を止めてもらえないだろうか?
それほど時間をかけるつもりはない。」
「ん?
それは可能だと思うがいったい何の用で?」
オレ達の乗っている馬車はあくまで領主の馬車。
彼らに命じられているのはオレ達を領主の屋敷へ送ることだけ。
それを止めるとなると理由は必要だよな。
「偽善と思われるかもしれないが、
あそこにある街の慰霊碑に追悼の意を捧げたい。
スタンピードから街を守る為に多くの人間が亡くなったんだろう?
仮にもここには各国から勇者の認定を受けたリィナがいるんだ。
その勇者とそのパーティーで何らかの礼儀は必要じゃないかな?」
アルデヒト経由でオレの申し出を受けて、それまで硬かった先導役の隊長の顔が一気に崩れた。
「ケイジ様、
・・・何というお気遣いを・・・
我々の同僚も大勢亡くなったのです!
こちらからも是非にお願いいたします!!」
分かってる。
こんな行為はただのパフォーマンス。
けれど領主の配下の兵達にはオレ達の印象が少しでも変わるかもしれない。
それだけでも意味はあるだろう。
「何言ってんの。
そこについてはケイジは昔から全くブレてないじゃない。
分かっているからあたしも付き合うよ。
あ、近くにお花屋さんあるよね?
先にそこで花束買ってこよう。」
いつもオレのフォロー、済まんな、リィナ。
一応、後ろの馬車の「デイアフターデイ」の連中にも声をかけておく。
もちろんガラダスもベルリンダも賛同してくれた。
街の広場にいる連中は何事かと思ったかもしれない。
領主の紋章を掲げた馬車から、獣人やら冒険者スタイルの人間が降りてきたらな。
まあ、兎獣人勇者リィナがこの街に来ていることは今や有名だろう。
そのリィナを先頭に、後ろにオレやアガサ、
そして「デイアフターデイ」の三人が続く。
まあ、それこそそんな大それた儀式じゃないんだ。
リィナもそんな口の回る女でもない。
無言で花を捧げて頭を下げるだけでも絵にはなる筈だ。
果たして邪龍の起こした騒ぎ・・・この街だけでもどれほどの命が失われたのか・・・。
失ったのは人の命だけじゃない。
彼らには家族だって愛するもの達だっていただろう。
もう、その家族が全員揃うことなんて二度と無くなってしまったんだ。
それに対してオレらが出来ることなんか何もない。
・・・全く、
前世において、大勢の人間を死に至らしめたオレが、いったいどの口でと思われるかもしれないが・・・
後は出来ることとしたら・・・
この後の戦争も・・・
なるべく人の命が失われないように立ち回ることくらい、しかな。
あ、領主様のところまで行けなかった・・・