表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
720/748

第七百二十話 キャスリオンからアガサへ

あ、な、長くなってしまいました。

この話だけはスルーしたくなかったので・・・。

<視点 キャスリオン>


 「おはようございます、アガサ。

 今日は早めに出てきてもらって申し訳ありません。」


え?

早出出勤手当?

何のことでしょう。


たかだか数十分早く出勤してもらったからと言って、そんな簡単にお金は出ませんよ?

その分、昨夜は早めに帰らせたのですから、文句を言う人などいないでしょう。


アマリス辺りは怪しいですけどね。



少なくともアガサに関してはそんな心配はなさそうです。


 「ギルドマスターへ拝礼、

 この程度、全く無問題。」


今日も肌寒いですから熱い紅茶でも淹れましょう。

それにしても気にはしないつもりではいましたが、やはりアガサの言葉遣いには違和感を覚えるものもありますね。


 「流石に日常会話に不便はないでしょうけど、挨拶の言葉までその話し方だと固くなりませんか?

 私相手にそれほど畏まる必要ありませんよ。」


アガサは私の差し出したカップを申し訳なさそうに受け取ると、

少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべました。


 「その気になれば普通に会話も可能。

 そこまで私の頭は堅くない。

 単にキャラが崩れる危険性があるだけの話。」



い、意外とどうでもいい話だったんですね・・・。


まあ、朝っぱらから硬い話をするのもなんですから、この程度を取っ掛かりとするには丁度いいのかもしれません。


さて、

アガサも呼び出された件は、ある程度予想ついているのでしょうか?

 

 「もしかして昨夜帰りがけに来ていた領主の話?」


ああ、なるほど。

確かにそのタイミングでしたね。

領主様の件も・・・この後話題にする必要があるのですが、

アガサをわざわざ早めに呼び出したのはその件とは全く関係ありません。


 「いえ、気を楽にしてください。

 貴女と少しお話しをしたかっただけなのです。」



急ぐ必要は何もありません。

ゆっくり紅茶の香りを愉しみましょう。

流石に今日は窓からメリーさんが顔を覗かせることもないでしょうしね。


アガサの方にも余裕が見られます。

昨夜は「デイアフターデイ」の昇格祝いパーティーにも顔を出していたようですが、お酒も今朝に残していないようですね。


勤務や仕事に対する意識も上等です。

本当にとてもいい人が来てくれたものです。


・・・だからそこそ早めに・・・



 「昨夜、アルデヒトにダンジョン探索の報告書を提出してもらいました。

 貴女を含め『蒼い狼』の皆様の実力は疑うべくもありませんが、あれだけの予想外の出来事にも危なげなく対処して頂いて文句のつけようもありません。」


 「主力メンバーが半減したとはいえ、すべきことに変わりは無し。

 そしてそれはこれからも。」


本当に素晴らしい。

「デイアフターデイ」の皆様についてもそうなんですが、やっぱり私って幸運の星の元に生まれついてるんですかね?


いろいろアマリスの件とか領主様の件とか、

頭の痛くなる話は消えてないんですけど、

贅沢言ってちゃいけないんでしょうかね。


 「アガサ、私が貴女へ評価している点は、戦闘時の状況判断だけの話だけではありません。

 あなたの戦闘行為や魔法への真摯な態度は、他の人達への良いお手本となってます。

 『苛烈なる戦乙女』のバレッサさんなんかは極端な例かもしれませんが、貴女の存在はこの街の魔法使いの皆さんへの道標となるでしょう。」



アガサは小さく頷きました。

そうでしょうね。

これだけの実力をお持ちで、かつてはダークエルフの街でも魔法兵団の筆頭隊員だったとのこと。


自分のことだけでなく、組織の一員としての身の在り方についてもしっかりと意識しているのでしょうね。



ですが。


 「そんな貴女に是非聞いておいてもらいたい事があるのです。」


ここからが本題です。

さて、アガサは私の話をどこまで受け止めてくれるでしょうか?


 「アガサ、

 先ほども申し上げましたが、貴女の冒険者としての実力、態度、常に先を見据える真摯な性格、全てが素晴らしい。

 私もギルドマスターとして多くの冒険者を見てきましたが、貴女に関しては文句のつけようもありません。」


言葉の上ではベタ褒めしてるようですが、

わざわざそんな話のために呼び出された訳ではないことくらい、聡明な彼女には分かってしまうでしょう。


だから彼女ははにかみもせずに小さく頷くだけ。


これからするのはその正反対の話なのですからね。


 「そんな貴女に是非見てほしいものがあるのですよ。」

 「見てほしいもの?」


そうです。

そんな完璧な貴女にこそ見てほしいもの。



 「そうです。

 今の貴女の評価はあくまでも冒険者としてのもの。

 これから上を目指す貴女には、

 是非ギルドマスターの目には何が見えているのか知っておいて欲しかったのです。」


ようやくここでアガサも私が何を言いたいのか分かったのでしょう。

この席で私が貴女に伝えたいことが何なのかと。


 「何度も言いますが、アガサ、

 貴女の冒険者としての態度は、貴女と同じように常に前を向いている全ての冒険者の良いお手本です。

 その意味で文句は全くありません。

 しかし・・・

 それは、

 あくまでも前を向いている上昇志向のある冒険者にとっての話にしか過ぎないのです。」


 「上昇志向のある冒険者・・・にしか?」


とは言え、まだアガサにはこの話の矛先がどこに向いているのかまでは理解できないでしょう。

彼女は本当の意味でのエリート。

全ての冒険者の牽引役。


なのだけれども。


 「アガサ、

 あなたの目には果たしてどれだけ視えていますか?

 冒険者ギルドに登録している冒険者なんて、

 大半はその日暮らしの小銭を稼いで、ランクアップやスキル獲得なんて、とうの昔に諦めてる連中ばっかりなんですよ?」



そこでアガサの両目が見開きました。


そう、冒険者なんてほとんどそんなものなんです。


まともな職に就けない、

堪え性もなく、

人の言うことに従うことも出来ない、

辛うじて犯罪者になるのを押し留めている最低限の一線・・・


薬草取りはまだいい方、

それこそ大きな家の草むしりや、街の清掃、ゴミ処理、下水のトラブル、

基本的な街のインフラの整備については領主様の管轄なので、普段は正規の職員がいるのですが、イレギュラーな事態が起きる時には冒険者も駆り出されます。


もちろんそれなりの給金は出ますが、戦闘行為が一切ありませんから、レベルアップなんか起こり得ません。

それでも彼らはそうやって日々を過ごしています。


そして何よりも、そんな人たちは、

それで十分だと満足しているのです。


そんな人たちに


アガサ、




貴女は貴女の何を見本として示すことが出来ますか?



 「そ、それは・・・。」


 「勘違いしないでください。

 貴女が間違っていると言う話ではないのです。

 ただギルドマスターとなった時には、そういう側にいる冒険者たちの存在を忘れてはならないという話なのですよ。」



これは難しい話です。

国の内外、ヒューマンの街には多くの冒険者ギルドが存在しますし、

ギルドマスターによっても運営方針は様々なのかもしれません。


ただ、せっかくアガサが私のギルドに来て頂いたからには、

私の考え方、冒険者への態度、方針、

それらについても覚えて欲しかったのです。


 「結論を急ぐ必要は全くありません。

 まずはいろんな冒険者の人たちを見てあげてください。

 もちろん、ケイジ様たちにもご相談なさって構いませんよ?

 私自身、これが正しいなんて正解など有りはしないと思ってます。

 でもこれは貴女が仰ったことかもしれませんが、そうやって悩んだ末に生まれた答えや経験は決して貴女を裏切りません・・・。」




そう、本当に。


魔物との戦闘を行い、生き死にの生活を送っている冒険者なんて全体のほんの一握り。


お宝発見をメインにしている「銀の閃光」の人たちでさえ、まだ精力的に活動していると言える方なのです。

彼らも依頼着手率は高い方でもあるし。


そして何よりも自分たちの命を大事してほしいと思うのならば、

たとえやる気もなく、成長すらどうでもいいと考える人たちにだって、今の暮らしと仕事を成立させてあげないとならないのです。


アガサがギルドマスターとなった時、

そんな底辺の連中のことなんか、どうでもいいと切り捨てるのもいいかもしれません。


流石に私もそんな先のことまで責任を持つつもりもありません。



ですが、せっかくアガサが私のところに来てくれたのならば・・・

私の考え方や思いを少しは引き継いで欲しい・・・。


そう思ったからこそ、

早い段階でアガサに私の気持ちを触れて欲しかった。


貴女なら、

私よりももっと素晴らしいギルドマスターになれると思うから・・・。



そう思ってたら突然アガサに両手を掴まれました!

 「ア、アガサ!?」


 「この街にやってきて、

 キャスリオン様、貴女に出会えて私は幸運!

 確かに・・・今の今まで、そう言った冒険者達のことは私の意識に存在せず!

 考えてみれば当たり前・・・

 そんな事すら私は気付いていなかった・・・。」


お、


おおう、

思った以上にアガサは私の苦言をしっかりと受け止めてくれたみたいです。



良かった・・・

きっと彼女には私の考え方は通じる・・・


そう思ったら


 「ギ、ギルドマスターっ?」


あ、あれ?

気が抜けてしまったのでしょうか・・・


は、鼻から汗が・・・い、いえ目からも、なんて


 「し、失礼、ちょっと風邪かもしれませんっ、

 鼻をかませてもらいますねっ・・・。」



あああ、ホントに締まりませんね、私は。

せっかくいいところを見せられたというのに。


だ、だからアガサ、

そんなキラキラした目でこっちを見てなくていいんですからねっ?




大きな話が終わったところで領主様からの呼び出しの話もさせていただきました。


 「この辺り一帯を治めるダリアンテ様から、是非にも招待させて欲しいとのお話しです。

 対象は貴女たち『蒼い狼』のお三方と、Aランク昇格を果たした『デイアフターデイ』の皆様。」


片や世界を救った勇者を抱えるパーティー、

そしてもう一つはこの街の顔とも言えるAランクにまで至ったパーティー。

領主様の立場から見れば不自然な要望ではありません。


 「本来、冒険者の立場で言えば・・・」


ええ、その通り。

政治権力から独立した存在である冒険者ギルドとしては、その要望を冒険者に伝えるまでは可能ですが、それ以上の義務を課すことなどできません。


・・・まあ、ぶっちゃけると、互いの良好な関係を築く上で余計な波風立てたりしないで欲しいんですけど。



 「とはいえガラダス殿については問題ないのでは?」


ええ、そうですね。

流石に公爵家の四男というのは顎が外れそうになる程驚きましたけど、

貴族の格としてはダリアンテ様より遥かに上の方。


もちろん正確には家を継がない四男では、伯爵家のダリアンテ様の方が立場は上なのですが。

家同士の話になると、そう簡単に割り切れるものでもありませんからね。


となると。


 「その話、おそらくケイジは断らない。」


私も積極的にケイジ様の事情に首を突っ込もうなどとは思いません。

思いませんが、グリフィス公国でのケイジ様の立場や境遇に何かがあったのだろうという想像は容易に出来ます。


その場合、この国の政治関係者にも接点など作りたくない、という考えをケイジ様が持っているかもとは思っていたのですが・・・



どうやら今回もいい方向に話は落ち着きそうですね。


なんとかラッキーラッキーで話が進んでくれそうで何よりです!


次回、

いよいよこの街の領主様が・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ