第七百十九話 打ち上げ
なかなか話が進まないなあ。
<視点 ケイジ>
「それでストライドさんたち、大丈夫だったの?」
「ああ、意外とアイツら順応性もあるみたいでな。
最初はオレの説明にも半信半疑だったようだが、今は六人がかりでラウネの世話真っ最中だ。
流石に今晩はこの飲み会には来れないだろうがな。」
そう、ここは冒険者ギルドからそう距離も離れてない普通の飲み屋。
オレやリィナにアガサは、「デイアフターデイ」のAランク昇格お祝いパーティーに招かれて、この飲み屋の片隅で酒を煽っている。
「デイアフターデイ」の連中も、このハーケルンの街に腰を落ち着けて、それほど馴染んでると言えるほど長い時間を過ごした訳でもないが、
かつてのスタンピードでの活躍や、ベルリンダやランドラードが治癒士として活動しまくってたおかげで、地元の人間たちからも高い評価を得ているらしい。
この飲み屋にもそんな連中が集まって大盛り上がりをしている。
いや、それ以上に彼女たちのキャラクターによるところも大きいのだろう。
「ああ〜、ケイジさぁん〜っ!!
そんな端っこにいないで私たちと一緒に飲んでくださいよおおおおっ!
今日はほんとにありがとうございましたああっ!!」
ベルリンダの顔が酒で真っ赤っかだ。
年頃の娘がこんな無防備でどうすると言いたいところだが、
酔っ払いつつもファリアやレックスがちゃんとお守りをしているようだ。
なるほど、フォーメーションもバッチリか。
そのまま悪い虫には気をつけろよな。
オレは適当にベルリンダをあしらってから、
楽しそうな顔をしつつもまだ素面でいるガラダスに話しかける。
さすがに公爵家の血筋だな。
こんな場所でも我を忘れることもないのだろう。
「・・・例の話はベルリンダには?」
言わずと知れた彼女たちの前世の話である。
もちろんオレには何の確証もない。
あの場に麻衣さんがいたらもう少し確実な話もできたかもしれないが、
オレにはそれを証明する手段なんか何一つないからな。
「ああ、うん・・・、
せっかくなんだけど、まだちょっとその話をするにはタイミングというか・・・ね?」
「ま、このノリじゃ色んな意味で難しいわな。」
見ればギターみたいな弦楽器持った吟遊詩人に合わせて、ファリアが踊り始めている。
むさい髭面のおっさん連中が、かぶりつくような位置でその踊りを食い入るように集まってきているのはわかるんだが、
どうしてそのおっさん連中の中に、
ベルリンダ、お前も混じってファリアに声援飛ばしてんだ?
「ぬーげ! ぬーげ!! ぬーげ!!」
何をだよ!?
「あっはっは、楽しいなあ、エスター!
実家にいたらみんなでこんな楽しい生活なんか送れなかったろうね!」
「・・・はあ、後始末するヤツの身にもなってくれよ・・・、
まあ確かに楽しいけどね。」
まあ楽しいなら何よりだ。
もはやこの世界には邪龍もいない。
余計な重荷を担がなくてよくなったんだとしたら、自由な冒険者生活を満喫するといいさ。
「アガサさあああああんっ!!」
おっと?
「苛烈なる戦乙女」のバレッサがオレたちのテーブルに乱入してきたぞ。
「お願いしまあすうう!
あたしを弟子にしてくださああい!!」
すでに酔っ払ってんな。
だが強くなりたいというのは本音だろう。
アガサの実力はあまりに規格外だからな。
魔法を生業にするものにとって、アガサという存在はまさしく自分の理想像と言えるのかもしれない。
「とは言えさすがにギルド職員の身で、個人を指導するのは困難。」
だよな。
今回みたいにギルド職員が現場で魔法を放つこと自体特例なんだ。
ダンジョン探索はあと二回残っているが、
割り当てとなる冒険者パーティーもすでに決まっている。
「苛烈なる戦乙女」の出番ももう残っていないのだ。
「そんなああああああっ!
お姉さまと呼ばせてくださいよおおおおっ!?」
ん?
なんか方向性違くないか?
「わ、悪いな、アガサさん、
バレッサのヤツ、テラシアを上回る胸の持ち主に出会えて、ちょっとおかしくなってるだけなんだ。
気にしないでくれないか?」
「いやあああああああ、放してゼフィさあああああんっ!
あの豊かな胸の中に埋まりたいのおおおおおおおっ!!」
泣き喚くバレッサを同じパーティーの弓使い、
ゼフィという女が回収していった。
・・・どこにでも変わり者はいるらしい。
するとオレは背後に何かの気配を感じた。
殺気・・・のようなものではないから、ビビるほどのものではない。
ふと振り返るとジョッキを抱えてテラシアが無言で立っていた。
こいつもオレたちに何か言いたいことでもあるのかな?
「・・・いや、今日は色々迷惑かけた・・・。」
お?
意外と殊勝な言葉が出てきたな。
いや、多分テラシア本人より、さっきのバレッサの言動についてかもしれないな。
「気にすることはない。
五体満足で帰ってこれればそれだけで収穫はあったようなものだろう。」
実際、強力な魔物と何度も出会しているんだ。
レベルアップもしてるだろ?
「気も使ってくれてるみたいで済まないな・・・。」
オレやリィナに至ってはほとんどレベル変わらんしな。
まだテラシアやバレッサのレベルなら、これからも成長する余地は大きい。
さっきのバレッサみたいに直接的な指導しろと言われたら難しいが、そういった機会を提供するだけなら何とか出来ると思うんだよ。
そこのところはアガサも大いに同意してくれた。
「ただ・・・。」
ん?
どうした、アガサ。
「どうもキャスリオン様は違うことを考えている可能性有り。
今の状況を手放しで喜んでいないというのが私の予感。」
なんでもアガサは明日の朝、ギルドマスターに話があると言われたらしい。
なんだろうな?
普通に考えるとアガサの有能ぶりに目を付けて、とんでもない無茶な仕事を依頼してきたりとかあるのだろうか?
うーん、何とも言えんな。
アガサなら何でも解決してしまいそうな気もするし、逆にお門違いの話を持ってこられたら、アガサとてもどうしようもあるまい。
まあ手伝い程度でよければ、いくらでも首を突っ込んでやるけどな。
そしてこの件については、この街の冒険者であるテラシアの意見は大いに参考にできる。
と言っても、アガサへの用件というよりかは、ギルドマスター・キャスリオンへの人物評の話。
「あの人はあたしの目から見ても、色々な角度から物事を見極めることができる人だ。
それに単なる嫌がらせや意地悪をするような懐の狭い人でもない。
そのキャスリオン様がアガサに話があるというなら、アガサか、または冒険者ギルドにとって悪い話じゃないと思うけどね。」
オレもまだキャスリオンという人間と出会って、そんなに時間は経っていない。
それでもオレたちやアガサの扱いについて、十分気を遣ってくれてるのも分かる。
恐らくテラシアの言う通りなのだろう。
それに何と言ってもアガサはこれからもこのギルドに世話になるんだ。
なら、オレたちも恩を前払いしとかないとな。
「でも何だかんだ言って、
ケイジにとってもいい方向に話は転がってんでしょ?」
オレは黙って頷く。
リィナの話はこの場で大きな声で言えることではない。
それは今大騒ぎしている「デイアフターデイ」の連中の事だ。
もちろん彼らが、前時代の邪龍討伐メンバーの生まれ変わりなんてものは予想だにしてなかった話だ。
単にガラダスがこの国の公爵家に連なる出自だというだけで十分、オレ達に・・・
マルゴット女王やグリフィス公国にとってプラスとなる出会いであると思える。
これが、
この先、外交的にどんな影響を及ぼすのか・・・。
一度女王に報告書を送っておくとしよう。
次回は
キャスリオンとアガサのお話会
領主様の呼び出しはその後に。