第七百十五話 秘密兵器
前回、リンボーダンスってか普通にブリッジと表現した方が良かったかと思ったけど、
その後の恵子ちゃんたちの会話が生きてくるのでこのままでいいか。
<視点 ケイジ>
背筋が凍る。
あの感覚だ。
思い浮かべるというよりかは、
突然あの記憶が呼び覚まされたというべきかもしれないな。
ただ明確にあの時とは違う。
あの時はミイラのような、
目玉のあるべき部分の奥底に触手が蠢く怪物、
いや、怪物と言っては失礼か。
邪龍に囚われたかつての聖女の成れの果て・・・から放たれた光の奔流・・・
あの時はオレ達全員が死を覚悟した。
けれど麻衣さんの、全てをひっくり返すような身も蓋もない秘術、
光を全て飲み込むダークネスオブアビスとかいう、とんでも能力で難を逃れる事ができた。
それが今、
オレ達を取り囲むように。
あの時は悪意100%だった殲滅魔法が、今はオレ達を守る為に・・・。
「うわっ!?
何ですか、この光の鎖はっ!?
あたし達全員を取り囲んでっ!!」
ただの魔術士であるバレッサには理解すら出来まい。
ベルリンダの呪文の詠唱とともに現れたその光の鎖は、渦を巻くようにオレ達の周りを取り囲み・・・
そしてそのまま垂直に立ち昇る!!
その先に向かうはトロールハイマジシャンの作り出した巨岩の群れ!!
術の発動は同時だった!!
オレ達を押し潰すべき巨岩の群れは、
重力の定めに従いその戒めから解き放たれる!!
一方、垂直に立ち昇った光の渦は、
その回転を収束させながら、尖塔のように巻き上げる!!
果たしてこの場にこの現象と、
この状況を理解できる者が何人いるか!
ただ茫然と
オレ達の真上に落ちてくるはずの巨岩が、粉々になって消滅してゆくのを眺めることしか出来ないだろう。
それはほんの数秒、
恐らく4〜5秒も掛からなかったのではないか?
気がついた時には全てが終わっていた。
ある者は地面にへたり込み、ある者は天井を見上げたまま・・・
あ、天井結構高いところまで消えちまってる・・・
2、30メートルくらい今の術で削っちまったんじゃないか?
ここがダンジョンのほぼ最下層で良かったのかもしれない。
地上まで突き抜けていたら、誰か犠牲者が出たかもしれないからな。
今の状況を説明するとしたらそれくらいか。
いや、もしかすると、全てが終わったっていうより、全てが無くなったって・・・言った方がいいかもな。
実際、この場は何の動きもない。
敵であるトロールハイマジシャンですら、何が起きたか理解出来ずにぽかーんとしたままだ。
当然そこは物音一つしなくなった静寂の・・・
「・・・ぶはあっ!?
ああああああああ、ま、魔力ぜんぶ無くなっちゃいましたああぁ、
は、発動コスト、こ、こんなに必要になるなんてえぇえぇ・・・」
その静寂を破ったのは、今の奇跡を起こした当の本人ベルリンダ。
ていうかあぶねっ!
魔力欠乏で崩れ落ちるぞっ
と思ったらストライドが駆け寄って抱き起こしてくれたか!
いい仕事だぞ、ストライド。
護衛役のランドラードもアルデヒトも武器や盾持ってるから、ベルリンダを抱き起こせないからな。
「あっ、ご、ごめんなさい、ストライドさんっ、お、お世話になりますう・・・。」
「気にしないでいいからさ。
立ってんの辛けりゃ、このままゆっくり座って。
後はみんなに任せて・・・。」
ていうか、ストライドの何が凄いって頭の切り替えの速さか。
他の連中、今になってようやくあたふたし始めたくらいだからな。
ただ・・・
戦闘そのものは終わってないんだよ!!
回復役の要であるベルリンダの魔力が尽きた以上、もう持久戦なんかやっていられない。
この先一方的に、何の反撃もさせずにトロールハイマジシャンを仕留めねばならないのだ。
その為には!
「アガサ!!」
「了解、ケイジ!!」
これは最終作戦発動の合図!
後は速やかに手順を踏んでいかねばならない。
まずオレは荷物を運んでくれたヒューズに。
「ヒューズ、今までご苦労だった、
その背中の荷物を、ゆっくりと、
地面に置いてくれ!」
「え、あ?
はい、わかりましたっ!!」
そしてアガサからも指示が飛ぶ!
「リィナ!
あなたの使命は時間稼ぎ!!」
「あいよ!
ついに『あれ』使うんだねっ!?」
この中で一番素早く動けるのはリィナだ。
彼女の縦横無尽の足捌きでトロールハイマジシャンを翻弄するのが彼女の役目。
その間に、アガサが「あの」禁断の術を放つ手筈となっている。
そこまではいい。
計画どおりなのだから。
ところがここで一つ、オレ達の計算外の事態が起こったのだ。
「はああ、びっくりしたあ、
凄いね、さすがだよベルぅ・・・
ただレックスまで目立ちやがったのはいただけないね・・・。
おい、ガラダス!
あたしもやるよ!!
クラスチェンジ頼む!!」
「え?
ファリア、君もなのかい!?
いったい何の・・・。」
「細かいことは言いっこなしだよ!
ホラ、さっさとしてくれ!
あの兎勇者に美味しいとこ、全部持ってかれるだろ!!」
「うう、君たちだけそんな隠し技持っててズルいなあ・・・はい、これでオーケーだよ、
どう?」
「よしよし・・・これで・・・
うおっしゃ!!
クラスアップ! 『舞踏戦士』!!」
舞踏戦士だと!?
それって・・・
あの時の・・・
リィナと戦った・・・
「うしゃしゃしゃしゃ!!
体軽い軽い!!
手足も指先も滑らかだねえっ!
関節もメッチャ曲がる!!
ほら、兎勇者ああああっ!!
あたしも混ぜろおおおおっ!!」
踊り子軽戦士・・・いや、
今や舞踏戦士か、
ファリアのヤツ、リィナの後追っかけてトロールハイマジシャンのところに向かいやがった。
リィナも「あんたなにやってんの?」みたいな顔で振り返ってるけど、
頼むから敵に集中してくれよな。
いや、まあ、
二人で敵の気を散らしてくれた方が成功率は高くなるか。
「だ、大丈夫なの!?
ファリア、クラスチェンジって、
ステータスアップもしてるんだろうけど、いきなり体の感覚が変わるんなら・・・。」
「あっはあ、何とかなるもんだよ!
あんたと一緒に踊れるんなら楽しいもんさ!
えっと、最初のスキルは・・・回避スキル?
『舞葉散花』!?」
な、なんだあいつ!?
今までもそんな感じはあったが、敵を目の前にして完全に踊り始めたぞ!?
け、けれど、それで当たらない!!
トロールハイマジシャンが無詠唱のストーンバレットをやたらめったら連発しても、
それこそ落葉や花びらにでも攻撃したかのようにヒラヒラかわしまくってる。
いや、これは確かに
「いい方向に想定外。」
アガサの言う通りだ。
そしてそのアガサとオレは、
地面に置かれた直方体の蓋を・・・
そしてその封印をゆっくりと破る。
今こそ・・・
オレ的には使わずにグリフィス公国に持ち帰るのが一番だと思っていたんだが・・・
相手が高い再生能力と、
しぶとい体力を誇るトロール・・・
そしてそれが異常進化個体だというならば・・・
これを使わざるを得ないだろう・・・。
「え、け、結局なにが入ってたんですか?
オレが運んだのは・・・。」
「・・・ヒューズたちも少し離れていてくれ。
いきなり飛び出してくるかもしれないからな。
暴れても取り押さえることはできるが、
とばっちりを食うかもしれない。」
両手足抑えても髪の毛使って攻撃してくるからなあ。
「いっ?
と、飛び出す? あばれる!?
生き物が入ってたんですかっ!?」
まあ、念入りに封印してたから、
箱の中で大人しくしてたと思う。
ただ、封印を破るとその反動というかな・・・。
うん、人間だったらとんでもない話・・・
いや、魔物でも酷いと言われるだろうか。
覚悟を決めよう。
「い、いいか、アガサ・・・。」
「何を今更。
外す時は一気に、それでは封印解除。」
そしてオレ達は二人掛かりで、
マルゴット女王が仕掛けた封印の魔道具を外す。
効果は主に、魔力阻害と睡眠の二つ。
ちなみに箱の中身は半分土。
栄養価の高い腐葉土入りのな。
さぞかしヒューズは重かったろう。
そしてもう半分は・・・
気のせいかな、
何か
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうだ。
ああ、これ怒ってるな。
箱の中から緑銀の燐気が立ち昇る。
「え、こ、これ、緑の・・・髪の毛?
てか、人の頭!?」
惜しい。
頭は合ってる。
だが人ではない。
お、動き出したぞ。
意識もはっきりしてきただろうな。
自分が今置かれてる状況も。
「よ・・・」
む、
声が聞こえた。
相変わらず舌ったらずの幼い声だ。
「「「え!? こ、子供!?」」」
だから違うぞ。
子供じゃない。
いや、生まれて数ヶ月なのは違いないんだろうが。
「よ、よう、せい・・・」
怒りでプルプル震えてるな。
声も辿々しいぞ。
「「「ようせい? 要請? なにを?」」」
そこは完全に違うだろうな。
「彼女」が言いたいのは・・・
「妖精・・・虐待はんたああああああああああああああああいっ!!」
あぶねっ!!
そして緑銀の髪を振り乱してアッパーカットのポーズで飛び出してきた、オレ達の最終兵器。
幼女の姿の妖精ラウネ。
なんていうんだっけ。
ああ、そうそう母さんから前世で聞いたことある。
昇◯拳っていうんだっけ?
いよいよ次回でこのダンジョンもクリアできるだろうか。