第七百十話 下準備
<視点 ケイジ>
長年の勘が告げている。
この先にいるのは強敵だ。
リィナとオレの聴覚・嗅覚で、
向こう側がどうなって何がいるのかは大体把握できた。
問題はそこにいる魔物の正体とその数。
体臭、鉄の匂い、間違いなく武装したトロール。
今さっき倒した奴は木製の棍棒持ちだった。
となるとこの先にいるのはトロールファイターか。
アルデヒトの話だとエリアボスの資格は十分。
リィナの耳は複数の足音を聞きつけている。
オレの鼻でもそれぞれ微妙に異なる匂いが嗅ぎ分けられているのだ、
恐らく三、四人といったところだろうか。
「アルデヒト、この先の地形は?」
カラドックがいれば精霊術で把握できたんだけどな。
或いは麻衣さんの遠隔透視でも事足りる。
しかし今は二人ともいない。
当たり前と言えば当たり前だけどな。
「うむ、流石にオレも記憶が・・・
いや、マップを確認させてくれ。
・・・そうだ、この先に広場がある。
確か礼拝所のような造りだったと思うが、実際の用途はわかっていない。
恐らく50メートルもないだろう。」
「てことは行き止まりか?」
それだったらまたアガサにメイルシュトローム使ってもらおうか?
「いや、この道は回廊になっていて、
礼拝所の先にも道がある。
ただ確かにそこでエリアボスがいる確率は高いと聞いている。」
ダメか。
まあ、そんな上手い話もないだろう。
「ケイジ、それ跳ね返ってきたらあたし達もお陀仏だからね、わかってる?」
「も、もちろんわかってるぞ。
ちょっと楽できないか思っただけで。」
さっきはアガサのアースクリエイトが使えての作戦だったからな。
この狭い道では不可能だ。
ん?
待てよ?
「それでアルデヒト、その礼拝所とか言う場所の天井の高さはわかるか?」
「高さだと?
それこそ、記憶が・・・マップにもそこまで書かれてないし・・・
いや、待ってくれ、確か結構高かったぞ?
見上げても手とか届きそうなレベルではなかったし・・・恐らく5〜6メートルくらいだったと思うが・・・
信用し過ぎないでくれると助かる。」
「ああ、いいよ、十分な情報だ。」
トロールの身長が平均2メートル前後。
さっきの個体もその程度だった。
トロールファイターが上位種とはいえ、流石にそんな極端にデカいと言うこともあるまい。
それで天井5、6メートル・・・か。
オレは荷物を預けている「銀の閃光」のヒューズという男を一度見てから・・・
いや、正確にはヒューズの背中の荷物を見てから、
アガサに視線を向けた。
コクン。
アガサの無言の頷き。
こちらはOKと。
その後オレは「銀の閃光」のリーダー、ストライドに話がある。
「ストライドだったな、少し話をしていいか?」
おっと、びっくりさせてしまったかな?
まさかエリアボスとの戦闘直前で話しかけられるとは思っていなかったようだ。
「な、なんすか?
オレらに出来ることなんて、そんなに・・・。」
そんな難しいことをしてもらおうとは思っていない。
ただ先に承諾を得て置かないとな。
「ストライド、単刀直入に聞きたい。
ストライド・・・いや、そっちのチーム全員に聞くが、女の子は好きか?」
「「「「「「はあ・・・?」」」」」」
あ、いかん、
聞き方、間違えたか。
その時オレの頭がかち割れるかと
「ギャアアアアアアアアアアッ!?」
痛い痛い!!
目から火花出たっ!!
「ケイジ!
お前はほんとおバカかっ!!
このタイミングで聞くことじゃないだろ!!
見なよ!?
『銀の閃光』の皆さん固まっちゃったじゃないかっ!!」
ぐおおおおおおおっ
だ、だからって天叢雲剣の柄で脳天ぶっ叩かなくたって・・・
あああ、レックスとファリア、腹を抱えて笑い転げていやがる・・・。
「ごめんよ、ストライドさん、いくらなんでも失礼だったよね?」
「えっ、あっ、意表はつかれましたけど、失礼ってことはないですよっ!
ていうか、それについては安心してくださいっ!
オレらは全員、女の子は大好きです!!」
「あ、あ、そ、そう、
そ、そんな力込めなくてもいいんだけどね?」
リィナのせっかくの気遣いは無駄なようだな。
全員鼻の息を荒くしていい笑顔で頷いている。
そしてもちろんオレは、
事前に彼らが女好きだという話を聞いている。
だからそこ今回の調査に付き合ってもらっているのだ。
む?
テラシアとバレッサが虫でも見るような目で・・・
あの視線、オレは含まれていないよな?
いや、話を戻そう。
「申し訳ない、オレの聞き方が悪かった。
この先の展開なんだが、状況によってはオレ達の秘密兵器を使うことになるかもしれない。
ただそれには大きなリスクがあってな。」
「リ、リスクっすか?」
「ああ、確実に敵を葬ることが出来るんだが・・・いや、リスクというより対価を求められるっていう方が分かりやすいかな?」
「そ、そこまでは、何とかわかります。
でもそれと女の子となんの関係が?」
「うむ、そこでその女の子の話になるんだが、求められる対価というのが、その女の子を満足させられるというか、長時間付き合ってもらわなければならなくなるので、体力が必要になってくるんだよ。」
その途端、ストライドの顔が安心したのか思いっきり綻ぶ。
ああ・・・心がズキリと・・・
「ああ、そんなことですかっ、
お任せください!
オレたちは女性には常に優しく在れがモットーですからね!
相手が寝たきりのお婆さんでも、遊び盛りのちっちゃなお嬢様でもお相手できますよ!」
・・・素晴らしい心掛けだな。
他のメンバーもウンウン頷いている。
・・・それだけに、
騙すみたいで少しだけ良心が咎めるのだけど。
「そうか、助かる。
まあ全員で6人もいれば、きっと満足、
いや、次の朝は昼ごろまで起きてこれないくらいで済むだろう。
よろしく頼む。」
「そ、それはパワフルな子なんですね、
大丈夫です、覚悟決めますよ!
なあ、みんな!!」
「「「「「おお!!」」」」」
よし、一応言質は取った。
アレを使わないに越したことはないが、
万が一ということもあるからな。
む、後ろでベルリンダがキラキラした目でストライドたちを見ているな。
「・・・素晴らしいです、
なんと爽やかな心根の持ち主たちなのでしょう。」
うん、まあ多少大袈裟な気がするが、
オレもあいつらは根がいいやつらだとは思う。
・・・ただ、テラシアとバレッサの視線だけはおかしいぞ?
「・・・こないだ、女の子は胸の膨らみかけがいいなんてサムソンさん言ってましたよ・・・?」
「あたしはあのヒューズってやつが、酒屋のおかみさんの尻をずーっと見てたの知ってるけどね。」
・・・カラドック、聞いてくれ。
オレはスルースキルを身につけつつあるんだ。
きっとオレはこの世界で生き抜いてやるからな。
そろそろ敵との距離も近づいてきたな。
向こうもオレ達の存在を掴んでいるかもしれない。
「ベルリンダ。」
「は、はい、なんでしょう!?」
「すまないが、またみんなにプロテクションシールドを張ってくれないか?
こんな大人数で大変だとは思うが・・・。」
「いいえ、大丈夫です!
お任せくださいっ!!」
まだ余裕はあるようだな、
それは嬉しい誤算だ。
恐らくこれが最後の戦いとなるだろう。
全体的にこのダンジョンは魔物の発生率が極端に落ちている。
帰り道も苦労はしないと思う。
ならここでベルリンダを消耗させることになったとしても不安はあるまい。
それと
「ガラダスにテラシア。」
「ああ、なんだい?」
「あたしに用なんかあるのかい?」
二人とも暇そうだしな。
「最後の敵もオレ達で倒すつもりでいるが、
討ち漏らしや、敵の数によっては後ろに抜けられるかもしれない。
自分達の事はもちろん、直接攻撃には参加しない『銀の閃光』やベルリンダを守ってやってくれないか。」
「ふふ、言われるまでもないことだよ。
なんなら僕らで倒しちゃってもいいってことだね?」
「はっ、ケイジ様のお許しが出たとあっちゃあ、遠慮する必要ないってことだね、
感謝するよ、最後に見せ場を作ってくれてね。」
いや、お前らはオレ達の後ろだからな?
オレより前に出るなよ?
そしてオレ達は最後の舞台へと足を踏み入れる。
既にベルリンダのプロテクションシールドは展開済み。
オレやリィナが抜かれることはないと思うが念のためだ。
いざとなったらリィナの天叢雲剣で一網打尽に出来るんだがな、
アレやると他のみんなもしばらく行動不能になるからな。
オレやアガサは慣れてるからいいけど、
特に猫獣人のジルは、感覚が鋭過ぎるだけにしばらく立ち上がることもできなくなるだろう。
さて、いよいよ最後の戦いか。
狭いところだと
アガサや天叢雲剣の範囲攻撃は、
強力過ぎて仲間にも被害が及ぶかも、
という戦いになります。
連携なんて取れるような間柄じゃありませんからね。