第六百九十七話 それぞれの事情
まさかケイジにこんな天敵が。
ケイジ
「これは天敵って言わねーだろ!」
<視点 ケイジ>
バカな。
このオレが地下一階ごときで苦戦するだと!?
「大丈夫、ケイジ!?」
「ああ! 問題ないっ、気にするなリィナ!!」
精一杯の強がりだ。
「ケイジは無理そうなら後方に下がって弓矢を使ってくれ!
この辺ならオレや『デイアフターデイ』の連中でも楽勝だぞ!?」
見かねたアルデヒトのオレへの助言。
不要だ。
こんな初っ端から躓いてなるものか。
「うおおおおおおおおっ!」
獣騎士スキル、「咆哮」。
半分ヤケッパチで放つ全体スタン技だ。
それでも目の前のコボルト共の足が止まる。
「それで十分、ケイジ!
『ウインドカッター・拡散』!!」
アガサの新技、目に見えない無数の空気の刃が前方のコボルトどもをズタズタに引き裂いた。
知能の低いコボルト程度では何が起きたかも分かるまい。
勝機とばかりにリィナと他の近接武器持ちが、未だ息のあるコボルトにトドメを刺して行く。
・・・これでこの場は片付いたけど。
だからお前ら、
オレにそんな恨みがましい目を向けながら死んでいくな・・・っ。
「す、凄い、詠唱破棄どころかウインドカッターにそんな使い方が・・・。」
魔術士バレッサがキラキラした目でアガサを見詰めている。
無理もなかろう。
詠唱破棄自体高度なテクニックであるし、
そしてそれを拡散させるなどとどうして思いつくものか。
「バレッサ、確かにこの技は私のオリジナル。
けれど、術を改変という発想は、賢王カラドックや異世界の巫女麻衣の偉業。
カラドックは殺傷力の乏しいウインドカッターを収束させることによってワイバーンをも撃破。
私が行ったのはただその応用。」
「しゅ、収束、拡散・・・
あ、いえ、でも、それをするにも、無数の刃を作れる魔力が必要・・・。」
バレッサは納得したような、絶望したような難しい顔になったな。
無理もない。
大抵の魔術士は、そこまで応用の幅を広げられる魔力量自体がないのだ。
そしてアガサは一見謙虚な説明をしているのだが、アイツの胸がタプタプと自慢げに揺れている。
「すげぇ、凄すぎる・・・。」
「銀の閃光」の一人、サムソンと言ったか。
確かに凄いんだろうが、視線がどこに釘付けになっているか丸分かりだぞ。
そのせいなのか、バレッサが虫に向けるかのような目でお前を見ているのに気付いているか?
「これだから男なんて・・・」
ん?
バレッサというエルフは過去に男問題で何かあったのだろうか。
そういや、前のスタンピードでこのサムソンという奴は大怪我負ったって言ってたな。
今この場にいるということは、ベルリンダのような治癒士に回復させてもらったということか。
まあ、今はオレの方が問題だな。
「なんだよ〜?
狼くんはそんなデリケートだったのか〜い?」
ファリアうるせーよ。
オレだって想定外だったんだ。
魔物が死に物狂いで向かってきたならば何の遠慮も要らなかった。
こちらも相応の気迫を持って向かうだけだからな。
「ファリアさん、失礼ですよ!
ちゃんとお名前で呼んであげて下さい!
ケイジ様、気にされることはありません。
むしろあなたの優しさは何よりも大事なことです!」
こういう時はむしろ庇われる方が辛い。
まあ、ベルリンダの気遣い自体は嬉しいが。
「コボルトなんか前も何度か戦ったことあったよね?
今回はケイジと近い種族だったのかな?」
リィナ、そんなバカなことあってたまるか。
そう、
何がオレの身に起こったのか。
いや、オレじゃないな。
最初に奇妙な反応を起こしたのは魔物のコボルトの方だ。
普通なら魔物の方だって敵を見つけたらまっしぐらにこちらを襲ってくるだろう。
今回に限ってヤツらはそれをせず、
戸惑いの表情を浮かべて足を止めたのだ。
もちろんこちらに戦闘しないという選択肢はない。
普通にダッシュして一体目を切り裂いた時・・・
その時のコボルトのオレを見る、「嘘だろお前」とでもいうような驚愕の瞳。
信じらない・・・いや、まるで信頼していた仲間に裏切られたかのような・・・
まさかアイツら、オレを自分たちと同じ種族だとでも思ったってのかよ・・・
そして残りの連中は、
オレに向かって反撃するよりも、まるで非難するかのような「「「ギャウギャウギャウギャウ」」」大合唱。
だからオレにテメェらの言葉は通じないっ!
そもそもお前らコボルトは犬型鬼人種であって狼型でもなんでもないだろうが!!
体毛だってないんだから、オレみたいにモフモフ要素ないよなっ!?
単に顔つきが犬っぽいってだけだろ!?
どこだ!?
いったいどこにオレと同族認定できる要素がある!?
「大丈夫かあ、地下一階でそんなていたらくなら先が思いやられるぜ。」
今度は騎士職のレックスか。
こいつも歯に衣着せずに喋るからな。
「いや、レックス、そうは言っても動きも剣筋も見事なものだったよ。
この僕でも目で追うのがやっとだった。」
「ガラダスの言う通りだな、
想定外と言えば想定外の戦いだったけど、この先に影響あるとも思えないね。」
良かった、
ガラダスとエスターはちゃんと評価してくれていたらしい。
もちろん、この先同じようにコボルトが出てきたとしても動じずに振る舞ってみせるとも。
さて、
肝心のダンジョンの中身なんだが・・・
「どうだ、ストライド?
オレは直接ダンジョンに潜ることはほとんどないから、体感的なことはわからん。
お前達の目から見てこのダンジョンに大きな変化はあるか?」
基本的にアルデヒトはそこそこの戦力として十分通用する筈だが、彼はギルド職員。
ここへは戦闘ではなく、調査監督のために同行しているのだ。
そして、現場の変化を報告できるのはこの街の冒険者しかいない。
「はあ?
・・・まだ地下一階っすからねえ、
なんとも言えねーよ・・・。
でも心なしか以前より少ない気はするっすねえ・・・。」
「む、そ、そうか・・・?」
ん?
なんか今のやり取り、不自然なところあったな。
ストライドというホビットのシーフ、
チャラいイメージこそあるものの、
人当たりはいい印象だった。
けれど今の会話は、やけにアルデヒトに対してぶっきらぼうというか、不機嫌そうな態度だよな?
しかも、返答を受けたアルデヒト自身も面食らっているような表情だ。
こいつらに何かあったのか?
オレは無意識のうちにリィナとアガサに視線を向けていた。
二人も何か感じたのだろうか?
・・・うむ、
リィナもある種の不自然さを感じたようだな。
無言で首を傾けてオレに瞬きした。
アガサはまだ数日とはいえ、
冒険者ギルドでアルデヒトと同じ空気を吸っている。
何か心当たりは・・・
アガサは否定も肯定もしない。
一瞬視線を下げただけだ。
ただその後オレを見て、すぐにダンジョンの先に指を向ける。
「・・・今は調査を優先。
次のフロアにGo!」
そうだな。
まあ、何かあるにしてもせいぜい個人間の問題だろう。
それにアイツらは二人とも基本的には戦闘に参加しない。
ならオレは自分の仕事に専念するだけだ。
ちなみについこないだまで
サムソンはバレッサちゃんにそれとなくアタックしてました。