第六百八十七話 帰還
少し長くなりました。
<視点 マルゴット女王>
「其方のことをもう少し聞きたい。」
「答えられることであれば。」
「今の其方は、人の心を学んでしまった其方は・・・。」
「・・・・・・。」
「仲間の元に戻れるのか?
其方にも、仲間が、同胞がおるのであろう?」
「・・・さてね。」
!!
「では、人の心を得たことで、もう、二度と・・・。」
「言っておくけども、私は自分の使命を忘れたことも放棄することもない。
私が如何なる存在に変容しようとも。」
「・・・人と争うことになるとしてもか。」
「もちろんだ。
ただし、人間が私達天使と敵対するという未来など一つの可能性に過ぎない。」
「人と天使が共存する未来があるという話じゃったな?
願わくばそのような世界を見てみたいものよなあ。」
それならば、
この世界でヒューマンと魔族が手を取り合う姿も夢物語などでないということよな。
こうやって・・・
そう言えば、
カラドックの時代から400年後に、大空の彼方から災厄が降ってくるという話もあったな、
それもカラドックの子孫達の活躍と、
天使達の助力で防ぎきったという。
その後、妾の子孫に悲しい結末があったとも聞いておる。
メリー殿が心残りにしていたというが。
「其方はカラドックの400年後の世界から来おったのか?」
「もっと後の世界だよ。
カラドックの姿を最後に見たのは彼の髪が全て白髪になっていた頃だからね、
それから更に永い時間が過ぎた・・・
私が懐かしいという感情を口にするのはおかしいかもしれないが、
今回の転移については正直退屈はしなかった・・・。」
自分の子供達を目にする事ができたんじゃものな・・・
遠い過去に失ってしまった愛する我が子等を・・・
妾なら耐えられぬだろうなあ。
愛する者達が全て、
・・・子供達ですら妾より先に死んでしまい、その後をずっと一人で生きていかなければならぬとしたら・・・
じゃが、
その話を今回に当てはめるならば、
悠久の時間を過ごした後に、
再び子供達が、精一杯今を生きる姿を目撃出来たわけじゃ。
二人が最後に抱き合い、大泣きしていた姿を此奴はいかなる心中で見守っておったのか・・・。
「今頃、大泣きのカラドックは元の世界でラヴィニヤに慰められまくっていることだろう。」
是非その位置を代わって欲しい。
それに、そう言われるとカラドックの嫁にも会うてみたかったものよ。
「そう言えばメリー殿が、
自分たちの時代にそなたら天使が生きていたのかどうか気にしておったな。
もう一人の天使とともに、人間達が災厄を防ぐのも見守っておったのか?
この世界でケイジたちが邪龍を退けたのを見守っていたように。」
「ああ、それは契約だね、
人間達が自分たちで災厄を打ち払えるかどうかをね。
・・・それを試練と呼ぶなら人間達は見事その試練を乗り越えた。」
「それも過去の時代から予見されていたと?」
「未来を見通す能力はもう一人の天使の能力。
私達はそれを確かめるだけさ。」
「では、そなたは、
人間が試練に打ち勝つことを、信じてくれておったのじゃな。」
「・・・マルゴット。」
「なんじゃな? 旦那様よ。」
む、またしても微笑ましい雰囲気が消え去ってしまったか?
「未来はまだ何も決まっていないんだ。」
「何を・・・当たり前のことであろう?」
あ、いや、400年後の災厄からは守り切ったことは確定しておるのよな?
「人間が天使の味方になるかどうかの話だよ。
君だってさっき言ってたろう?」
麻衣殿とて気にしておったものな。
よりにもよって、カラドックが地上の人間全てを天使に売り渡すことまで想定しておった。
「それは・・・では先ほどの試練の話は何だと言うのじゃ?」
「単純に、一つの試練を乗り越えただけさ。
過去も、これからも様々な試練が訪れる。
その内のどれか一つにでも飲み込まれた時、
人間は永久に、私達と共に歩む道を失う。」
現実的に考えると有り得る話というわけか。
「それに。」
それになんであろうか?
「人間が私たちの敵になる事だって有りうると言ったろ?
そうなった場合、私達は人間を滅ぼす事になるだろう。」
「な・・・
ま、待たれよ?
じゃが、そなたの仲間には未来を読める者がおるのであろう!?
ならばそんな事にならないようにと・・・」
そこで此奴の瞳から一切の光が消えた。
「違う、
行動を共にすることはあるが奴は仲間じゃない。
明確に私達とは出自も種族も異なる生命体だ。
いずれ、そいつは人間に滅ぼされるのは確定しているそうなんだけどね。」
それも麻衣殿から聞いておる。
人類の創造主はその子供である人間に殺されるとな。
「それだけじゃない。
ヤツが人間の味方かどうかだって怪しい話だ。
麻衣を始め過去の歴史を伝える者達は、あいつを人間の守り神とでも思っているのかもしれないけどね、
とんだ茶番さ。
そんな情けなんか持っていないよ。
必要があれば何億もの人間が死んだところで気にも留めない。
・・・まあ、私も当然そう考えるけどね。」
「そ、そんな、何を言う!?
その者も、そなたも、この世界で散々」
「せいぜい物語の中に、お気に入りの登場人物がいるよっていう程度の話さ。
それですらストーリーの展開によってはその死もやむなしと受け入れる。
だから・・・。」
妾は口を挟む事が出来なかった。
それはヤツも分かっていたのであろう。
少し間を置いてから再び口を開く。
「お前たちは何も信用するな。」
妾達の踊りはいつの間にか止まっていた。
もはや耳心地の良い演奏も聞こえぬ。
ただただ妾の前に、一人の残酷にも美しい少年の姿をした男が立ち尽くすばかり。
「あいつも、私も・・・自分たち以外の全てを信用してはならない。
自分たちで手に入れたもの以外、何も信用するな。
その結果、私たち天使の仲間になるか、それとも敵になるか、
自分たち人間の頭で考えろ。
過去に何かしてくれたかなんてどうでもいい。
ヤツにはヤツの目論みがあるってだけの話なんだ。
向こうの世界で400年後に災厄が迫ってくるなんて話も一緒だ。
ヤツや私が人間を助けたんじゃあない。
もっと恐ろしい計画の一部に過ぎない可能性も考えろ。」
「もしや、其方は・・・その話をする為に・・・。」
「マルゴット、もし君が私から情や慈悲を受け取りたいと思うのなら、
この私の今の話から汲みとってくれ。
その真実を教える事が私から君への最大の贈り物なのだとね。」
重要な話だと言うのは分かる。
それに、カラドックの世界の話とはいえ、
こちらの世界にもおるのだからな、
人間の創造主とやらが。
だから分かると言えば分かるのじゃが・・・
「この時間をずっと続いて欲しいというのが、今の願いなんじゃがなあ?」
「・・・聞き分けないな、マルゴット、
これは演出なんだよ。
こういう形で話した方が、君の心が受け入れ易いだろうなあ、という下心でやってるだけなんだよ。」
正直過ぎて引くわい。
騙すなら騙すで、もっと完全に夢を見させてくれるくらい嘘で塗り固めてくれても良いのだぞ?
「・・・はあ、お主、先のケンカ別れしたという友人にも同じような態度じゃったのか?」
「ちゃんとそうなる事を計算してね。
あれは仕方のない話だったんだよ。
いつまでも死んだ人間に寄り掛かっていい事なんか何もない。
恵子にしても朱武にしても、どこかで断ち切ってやらないとならなかったんだ。」
誠実などという言葉は時に残酷よな。
「それだけの能力を持ちながらか。
その気になればずっと其奴等を騙し通せたのでは?」
「・・・・・・
それは、それこそ、人として正しい道と思うのかい、マルゴットは・・・?」
何が人としてじゃ、
何が正しいじゃ、
自分だってわかっとらんだろうに。
「さての、
正解なんぞ有りはせんと思うがなあ。
ただ、お主には『出来たこと』であったろうと思うただけじゃ。
妾には、それ以上そなたを糾弾も否定も出来ぬよ。」
「・・・そうだね、
私は敢えてしなかった。
そして、正解なんか誰にも分かるまい・・・。」
むおっ?
握り合っていた手を降ろされてしまった?
いかん!
まさかこれで終わりじゃあるまいの?
「そろそろ潮時かな・・・。」
ななな、何と言うことよっ!!
妾ともあろう者がこの夢のような時間を無駄な問答で逃してしまうとはっ!!
「の、のう?
もう少し、もう少しだけゆっくりしていかんか?
疲れたのならお尻も弾むベッドに腰を下ろすが良い。
ここには希少な年代物のワインもあるぞよ?」
「・・・ベッドもワインも必要ない。
分かっているんだろ?
そして、その先も『ない』ということに。」
部屋中埋め尽くされた花々が散ってゆく。
もう元には戻らないのだと主張する為か。
「ぬうううううっ。」
妾は頬を膨らます。
まったく融通も利かぬ天使めが。
余計な演出にだけ手間をかけよってからに。
まあ仕方あるまい。
これで本当に異世界関係のイベントは終わりとなるわけじゃな。
別れは寂しくあるも、
いつまでもメソメソしとるのは性分でないしの。
「では短い間だったけど、お別れだよ、マルゴット。
私も懐かしい顔と会えた。
君も、ケイジやリィナも、そして君も・・・
それぞれの人生を精一杯生きるといい。」
「上辺だけの言葉でないのよな・・・。」
先程此奴は演技と言いおった。
じゃがこれまでの会話の流れで分かる。
演技とは言え、此奴は嘘を一つも言うておらん。
たとえ生態すら異なる生き物同士であろうとも。
いつか未来において敵対することになるのだとしても。
そして此奴めの答えは・・・
「どちらとも言える。
私にとってもこれは夢の中の出来事のようなものなんだ。
元の世界に戻れば冷酷な現実が待っている。
それは、人間にとっても一緒だよ。」
逆に言えば、それは妾たちもこの世界において、
その冷酷な現実とやらに立ち向かわなくてはならないということではないか。
・・・今更よな。
ならば精一杯妾達は今を生き抜くのみよ。
女王と言えど、この身は様々なしがらみに雁字搦めなれど、幸いにして妾は周りに我儘し放題と思われておる事じゃしの。
それにケイジやイゾルテとて前を向いておる。
父親などおらなくともな。
愛する者を失って、涙を流す事もあろう。
その膝を屈する事もあろう。
けれどいつかは立ち上がる。
そして再び歩み始める。
後ろを振り返ることもあるであろう。
けどもじゃ。
またすぐにその顔は、その目は・・・
その先を、
未来を
「妾達は・・・
この世界の者たちは輝いておったか?」
「私が見てきた人間達同様にね。」
そうか・・・。
妾は一度この者に・・・
顔を重ね・・・
幻覚だと言われようが、
何をしようが、
その体の感触や匂いを確かめる。
いつまでもいつまでも覚えておけるようにな。
そして、奴は、
妾の最後の願いを
拒否しなかった
そのまま受け止めてくれたのじゃ。
唇と、
そしてその口の中に
柔らかい感触が滑り込んでくる
「・・・さよなら、マルゴット。」
甘美な夢はここで終いのようじゃ。
「其方のことは忘れぬぞ、妾のもう一人の旦那様。」
最後に奴めは「だから違うって」と微笑んだような気もするの。
もはやその声は聞こえなかったけれど。
急に
その姿が薄くなった。
存在すらも希薄に。
ああ、
そこに残っている姿は、
既に影に過ぎぬのじゃな。
これで、
今度こそお終いよ。
さて、
この世界の後のことは、
妾たち自身でなんとかせぬとな。
ケイジ、アスターナ、そしてイゾルテよ、
覚悟せよ。
其方たちも存分に働いてもらうからのう!
これで女王の出番は終わります。
グリフィス公国がこの後どうなるかは、
これまでのマルゴット女王の独白から想像してください。
後残すは蛇足の後日談。
舞台はトライバル王国。
次回は久しぶりのあの方の視点となります。