第六百八十五話 断絶
<視点 マルゴット女王>
やはり召喚術自体が無謀なる行いじゃったか。
へこむのう。
け、けれども現実に
「そ、それでもそなたは、
妾の声に応えてくれた、ということなのよな?」
「・・・・・・。」
答えてはくれぬのか。
だが諦めはせぬぞ。
「それは妾が、お主の、
異世界の妾との縁があってのことと思うて良いのかっ?」
「・・・麻衣やカラドックから聞いていないのかい?
私たち天使は地上の出来事に干渉しない。」
聞いておる。
聞いておるとも。
「だからこそ!
動けぬ自分の代わりにカラドック達を遣わせてくれたのじゃな!!」
異世界の妾の現し身マーガレットよ。
カラドックの言うておったことに間違いはなかった。
人の身にはない?
人の心など持ってない?
そんな事があろうか。
何が起こるかも分からぬ異世界の出来事にわざわざ首を突っ込み、最後の最後まで見守ってくれた、
そんなもの、そんな事、心を持たない存在に出来るわけなどなかろう。
妾は感激のあまり足早に彼の元に・・・
じゃが、
妾の望みはそこで拒絶された。
妾が何をしようとしたのか、お見通しではあったのじゃろうな。
天使は、その腕を掲げ、
寄ってくるなとでも言うように妾を阻んでしまう。
「・・・う」
「勘違いしないで欲しい。」
思わず浮かれておったが、
その口調には、確かに何の感情も込められているようには聞こえぬ。
「さっきも言ったけど、私は既に人間の身ではない。」
「だ、だからなんだと言うのじゃ!
人ではないにしても心は通わせられるのじゃろう!
この世界を見よ!
いや、そなたとて見てきたのよな!?
獣人、亜人、魔族!
様々な種族がおるが、ケイジやヨル達のようにそれぞれ手を取り合うこととて不可能ではなかったろう!
であるならば!」
「そもそも前提が違う。」
前提?
「いまマルゴットが挙げた種に差異はない。」
「・・・な?」
「生物学的にはほとんど差がないと言ったんだ。
だから違う種族なのに子供だって産めるだろう?
一方、天使といわゆる人間との間の差異は絶望的なほどの隔たりがある。
マルゴット、君はゴブリンやオークを愛情の対象として見る事が出来るのかい?」
な、何故そこでゴブリンやオークという話になるのじゃ!?
「ああ、この世界ではゴブリンやオークとでも子供は産めるのか、
なら適切な例ではなかったね、
ではそうだな、
あの邪龍を愛情の対象に見れるかい?」
「そ、そんな、
それほどまでに・・・。」
「そう、私達天使はそもそも人間達と進化の系統さえ完全に異なる。
確かに私は人間であったころ、君の現し身たるマーガレットと関係を持った。
そして彼女との間にカラドックが生まれた。
だが、それは人間の体を持っていた私であって、
いまや私は全く異なる生物なのだよ。
この姿を見せているのは君にショックを与えない為でしかない。
だから・・・必要以上に私に何かを期待するな。」
「妾にショックを与えない・・・ため?」
それほどの、
それほどの異形だというのか、天使とやらの正体は。
「惠介は・・・ケイジは私の姿を一目見て逃げ出したよ、
恐怖のあまりに、ね・・・。」
なんと・・・
「そなた・・・じゃが、それは・・・。」
「ん? なんだい?」
「そ、そうだとしても!
それは妾の心情を慮ってくれておるという事よな!?
なら、ならば!
たとえ姿形が我らのものと異なろうと、
心は・・・
心は繋がる事が出来るという証明にしかならぬわ!!」
「・・・・・・。」
「何故・・・何故否定も肯定もせぬ・・・。」
普通に考えれば、
妾の言っておる事が正しい、
だから反論できない、
そう考えるべきであろうか。
じゃが、
カラドック達が言うてた通り、
天使とは人間より遥かに高みにある高次元生命体であるというならば、
ここで妾の言葉を、否定しないのには、
何か別の意味があるような気がしてならぬ。
「何も言い返してくれぬのか・・・。」
「やはり察しがいいね、マルゴット。」
「そのような言葉が聞きたいのではない。」
「では、こう言えばいいかな?
私は君を悲しませようとは思っていない。」
!!
「その言葉を聞けるだけでも嬉しいものよ。
・・・じゃが、わざわざそんな言い回しをするということは・・・
こうも言えるのじゃな?
妾には伝えられぬ事があると。」
「・・・・・・。」
なるほど。
「ケイジが向こうの世界でそなたに殺されたと言うておったが・・・。」
「否定はしないよ。
直接手を下したのは私の従者だけどね。」
その程度の事は語れない話ではないということか。
「カラドックがケイジの始末を其方に頼んだというのも・・・。」
「カラドックはそんな事を望んでいない。
あくまで私の判断だ。」
つまり、それは・・・
む・・・なんとしたことか、
妾の瞳が熱くなってきおった。
昼間あれだけ涙を流したというのにの。
間違いない。
こやつはカラドックを庇っておる。
そればかりか・・・
そして思い出したぞ、
昼間のケイジの話を。
ケイジはこう言っておった筈じゃ。
「カラドックに誰にも相談できない問題が起きたら父親を頼れ」と。
それは恐らくケイジ本人が起こした問題なのであろう。
そしてそのことを、カラドックは誰にも頼りに出来ない、つまり誰にも知らせてはならない話。
頼れる相手は「父親」しかいなかった・・・。
それは
誰が何と言おうとも・・・
どんな難題を抱えていようと、
どんな諍いや衝突があろうとも、
一つの家族の姿ではないのか。
「で、ではケイジは何をしでかしたのじゃ?」
「違う。
私が人間だった過去の行いを清算しただけだ。
だからあいつが気に病む必要すらない。」
言わぬか。
そうよな、
此奴は・・・
此奴はケイジをも守ろうとしておるのよな・・・。
では話の向きを変えようぞ。
このまま中途半端な形で立ち去ることもあるまいに。
どうせなら最後まで付き合って欲しいものよ。
「じゃがこの世界にはもう一人のケイジがおるのであろう?
ならばまだ全てが終わってないのではないか?」
「当然だろう。
人は常に争いながら生きている。
過去の因縁のケリがついたからとて、先の人生が平和であるなどと、誰も保証してくれるはずもない。
そして人間をそう作り上げたのは他でもない、
麻衣が造物主と仰ぐ存在だ。」
それは。
「今後も、この後も、ずっと争いが、続くと・・・。」
「そうだね、
それがいつまで続くのか、終わりがあるのか、そんなものは誰も知らない。
未来の全てを見透すあの男でさえ、そこまで見えているのかどうか・・・。」
先に話していたもう一人の天使とやらか・・・。
「良いわ・・・
妾もそんな大それた望みを叶えて欲しいわけでもない。
それにカラドックや其方がこの世界からいなくなったとしても、多くの者が残っておる。
味方になってくれるかもわからぬが、世界樹の女神、魔王殿、聖女殿、
正直全く息をつく暇もないのう。」
つい強がってしまったがの。
もちろん本音は違う。
そやつらが味方どころか敵になる可能性とてあるのじゃからな。
「ああ、そうだ。」
今の話で何か思い出したのであろうか。
「うむ?」
「その聖女の護衛役に就いている令嬢、
私の人間だった時の友人なんだ。
ケンカ別れしてそのままなんでね、
出来れば気にかけてやって欲しい。
短気で、気が短く女にだらしがないヤツなんだ。
まあ、今回は性別が女だからそっち方面でやんちゃする心配はないだろうけど。」
はあっ?
「それは自分でなんとかせぬか・・・。」
というか、短気で気が短いってどれだけなのじゃ?
それと性別を女に変えられてしまったのか?
あの侯爵令嬢のことよな?
さすがにそれは少し哀れな気もするぞ。
「だから人間としての私は死んだんだって。」
「さっぱり断ち切ってはおらぬではないかっ。」
「だから君に会いに来たんだって。」
こやつ、妾を笑わせに来たのか。
いや・・・
そうではないの。
こやつは妾の求めに応じて来てくれたのだ。
ならば、
先ほどまで一人でいた妾を案じてくれたということなのか。
そう考えると思わず舞い上がってしまいそうになるのよなあ?
大地の底に眠る巨人
「中途半端に情を見せるから」
シリス
「別にいいだろ、
飼ってるイモムシに美味しそうなエサを与えて何が悪い。ていうか、貴様どの口でそんな事を。」