第六百八十四話 成功していた召喚術
<視点 マルゴット女王>
言葉もない。
いったい何をしゃべればいいのか。
少年の姿をした目の前の人物・・・
耳に入ってきた言葉。
全て理解できておる。
妾をマーガレットと呼んだ。
息子達・・・深く考える必要など何もない、
カラドックにケイジのことであろう。
月の天使、シリス、
カラドックから何度も聞いておる。
しかしそれ以上、何を考えれば良いというのか。
いま、妾の目は眼前の少年の姿に釘付けとなっておる。
そこから一瞬でも目を離すことが出来ぬ。
当然であろう。
ここ最近でいえば、確かに少年魔王ミュラの美貌には心を奪われかけた。
じゃが比較になどならぬ。
まさに次元が違うと言うべきか、
妾のほんの数歩先にいる少年の美しさの前にはミュラすら霞む。
ああ・・・マーガレット、
異世界の妾・・・
そなたはこの少年に惹かれたのだな。
わかる、わかるぞ。
こんなものに出会ってしまえば、
この少年に見詰められてしまえば、
それまでの自分の生き方、
それら全てを失っても惜しくないと思ったのであろう。
よくぞマーガレットはこの者を射止め、カラドックを産み落としたものよ。
そして、今、
その少年は、
次元を、世界を飛び越えて妾の元へ・・・
む?
ようやく一つの考えが浮かんできおったぞ。
この者を・・・
妾は呼んだと?
そうよ、
確かに先ほど姿を露わにする前、
自分を呼び出したのは他でもない、妾と申したな?
「ようやく、話ができる状態になったかな?」
うううっ、
妾は果たしてどれほど固まっておったのかっ、
じゃが仕方あるまいよ。
これほど美しく在るものにいきなり出会したのだ、
平常心のままでいろという方が無茶というもの。
「では・・・では、そなたが、
シリス・・・異世界の妾の想い人・・・。」
そこでヤツは困ったように薄く笑いおった。
・・・その仕草すら愛おしく思える。
こちらから近づくべきであろうか。
抑えきれぬ。
今からでも歩み寄ってその小さな顔をこの胸の中に・・・ぎゅううううっと
「否定しづらい言葉だね。
けれどぎゅううっとされると困るので最初に断っておいた方がいいかな。
君が見ているこの姿は、
私が人間であった時の姿をベースにして君に見せているだけにすぎない。
端的に言ってしまえば・・・ただの虚像だ。」
虚像・・・
妾の魔眼ですらその真実を映すことも出来ぬというのか。
というか、まさか妾の願望を見透かされておるのではあるまいな?
「君の魔眼とやらは、瞳に魔力を纏わせ視覚以外の情報を感知する能力だろ?
けれども視力だろうが聴力であろうが、
もちろん魔力感知だろうが、全ての感覚機能は人間の脳で判断する。
私はその大元の脳に干渉できるんだよ。
だから、人間の如何なる能力だろうと天使の私には手が届かない。
そんな風に理解してもらえばいい。」
なんと。
麻衣殿からも少し聞いていたが、それが天使の本質の一端とやらか。
しかもカラドックさえ驚愕していた妾の魔眼の力も見透しているとは・・・。
いや、待て。
妾は何を惚けておるのじゃ。
確かに美形。
虚像だとしてもそれがどうしたと言いたいのはやまやまじゃが、
何故このタイミングで妾に会いにきたのか、
それを聞き出さねば始まるまいに。
そ、その話の流れ如何では、
この後の・・・
「何故今頃私が姿を現したのか不思議かい?」
やはり妾の心のうちをも読めるのか?
・・・いや、相手は高次元の生命体。
何があったとしても驚くことさえ無意味。
たとえこの場で息の根を止められようと、
そ、そうとも、
衣服を剥がされこのシーツの上に、
いや、ことによると、このまま床に押し倒されて荒々しく想いを遂げられたとしても一切抵抗など出来ぬのだ。
ならば覚悟を決めて・・・
「どこまで行ってもやっぱり君はマーガレットだな・・・。」
はっ!?
いかん、また妾は何を考えていた?
じゃ、じゃが今更取り繕うても仕方なきことよ、
ここはカラドックを見倣い何事もなかったかのようにスルー一択!
「コ、コホン!
そ、それはその通りじゃが・・・
聞きたいことなど山のようにあるわ!
いったい何故、そしてそなたを呼び出したのは妾とはどういうことじゃ!?」
「ああ、そこもまだ気付いていなかったか、
まあ、先に安心してもらうよ。
私がここに来たのは、挨拶、
先ほども言ったけどカラドック達が世話になったことの礼、
そしてお別れのためだよ。
マルゴット、君と話をした後、私はこの世界から永久に立ち去る。
その事ははっきりさせておこう。」
つまり、それは。
「最後の相手に妾を選んでくれたということか・・・。」
「・・・そんなロマンティックな理由じゃあない。
重ねて言うが私を呼び出したのは君だぞ。
だから帰還の際に声をかけることに不自然な事は何もないだろう。」
う、ううむ、残念、
・・・ではなくてっ!!
「い、いや、じゃから妾がそなたを呼び出したとは!?」
「思い出せるかい?
君は麻衣がメリーを最初に呼び出そうとして失敗したのを見ているだろう?」
麻衣殿?
それは魔人の・・・
ベアトリチェの黄金宮殿で、
鬼人を相手にした時の
「あの時、魔法陣の光はすぐに消えた筈だ。
召喚に失敗したんだからね。
・・・だが、君がカラドックに出会う前に使った召喚術はどうだった?
魔法陣の光はずっと残り続けていたのではなかったかい?」
あ・・・
そ、そうじゃ、
あの時はカラドックがやってきてしばらくしても、魔法陣の光が消える事はなかった。
ならば、
それはつまりあの時の召喚術は成功していた!?
つ、つまりその召喚術で妾はこの男を・・・
異世界の天使を呼び出しておったということか!?
ではあの時から?
しかしカラドック以外の姿など・・・
あ、天使は人の視力に干渉できると申しておったの!
いや、だとしても!?
「待たれよ!
確かにそなたの能力は理解した!
妾や大勢の臣下の目からも姿を消す事など容易いのであろう!
じゃがいきなり召喚された瞬間、いやそれ以前から姿を消しておらねば・・・
そうとも!
その能力が周りの人間に干渉して引き起こす能力ならば、召喚された時にはもう姿を消しているなどと・・・
いきなり出来るものなどではなかろうに!」
「ふむ、理解が早いね、
まあ、その疑問はもっともだし、私の能力だけなら確かに難しい話だね。」
「そなた、だけなら?」
「聞いているんだろう?
向こうの世界には他にも天使がいるんだ。」
「それは・・・確かに」
カラドックから聞いたのはアスラ王という男であったか。
その魔力は山脈をも吹き飛ばし、
戦士としても無双の強さを誇っていたとか。
「・・・その天使の能力は未来予知。
私が異世界から呼ばれることを事前に知っていたのさ。」
・・・む?
違うのか?
未来予知?
確かに先の妾の疑問を満足させる能力かもしれぬ。
じゃが、そうなると、
アスラ王とやらの話では・・・ない?
他にも天使はおるのか?
「・・・今の説明でも十分かもしれないけれど、事前に何が起きるかわかっていれば対策を打てる。
そこでその間に、私以外にも三人の助力者を選定して白羽の矢を射った。
そして私がこの世界に召喚された直後に、この、私の座標付近にその三人を送り込んだ。
これが今回の話の顛末さ。」
なんと・・・
それは
「では、では妾の術は・・・
妾のやろうとしたことは無駄などではなかったのだな・・・。」
「一応、術としては失敗だとは言っておくよ。
そもそもいくら君がこの世界で最高峰の術者だとしても、次元の壁を超えて生物を召喚するなんて無理だからね?
あくまで君が成功したのは、次元の壁に穴を開けて私たちの世界と繋がったところまでだ。
そんな簡単に出来るものじゃない。
一歩間違えたら、次元の狭間に潜む外来生物が呼ばれてきたっておかしくないんだよ?
二度と同じ事はしない方がいい。」
う・・・
それは
しょぼーん・・・