第六百八十二話 寝所の扉を叩く者
前回予告「寝室」って書きましたけど「寝所」で。
いぬ
「新キャラ、侍女のヴィヴィさん登場ですね。」
うりぃ
「まあ名前覚えなくてもなあ・・・」
ヴィヴィ
「酷いっ!!」
いぬ
「でも姐さん、おいら達が前書きにいるってことは・・・」
うりぃ
「い、いや、もう血生臭いシーンはない筈やっ。」
ヴィヴィ
「な、 何の話ですかっ!?」
<視点 マルゴット女王>
「それではこれにて控え室の方に下がらせていただきます。
本日はお疲れ様でした。
何かございましたらご遠慮なくお申し付けくださいませ。」
「うむ、ヴィヴィにも余計な仕事をさせてしまったな。
ニムエはその後の体調はどうだ?」
終わった。
全てが終わった。
麻衣殿も、カラドックもメリー殿も三人とも元の世界へと帰っていった。
妾の心にもポッカリと穴が空いてしまったような虚しさを感じている。
カラドックたちに、
もう会えないという事実を未だに飲み込むことが出来ぬ。
明日の朝にはまた、朝食の席にひょっこり顔を出してくれるのではないかという、子供じみた錯覚すらある。
これではしばらくまともに公務など出来ようもない。
・・・とはいえ甘えてる余裕など一切ないというのにの。
カラドック達がいなくなった後も大変であった。
何から話そうかの。
メイドのニムエが突然鼻血を出してぶっ倒れおった。
医者曰く、いろいろ短時間に興奮し過ぎることがあったのだろうということ。
・・・まあ、それについては否定できぬものな。
意識はすぐに取り戻したようだが、
やむを得ぬ事態ゆえ、医務室にてしばらく休ませる他なかった。
魔王殿たち一団の見送りも必要であったな。
配下の冒険者たちは最後まで賑やかだったと思う。
死霊使いのおなごなど「カルメラちゃんはここに住む!」とダダをこねておったしの。
アスターナの事は今後真剣に考えねばなるまい。
ローゼンベルク領はクリュグに任せておけば心配いらぬであろう。
問題はアスターナを如何なる名目でこの宮殿に呼び寄せるかだが・・・
それとイゾルテの問題もあったな。
イゾルテの方は・・・
教育係から見直さねばなるまいが・・・
娘ももうじき16となる。
ふむ・・・
アスターナをイゾルテの教育係に。
という「名目」で引っ張りあげるのも良いかもしれぬな。
いくらなんでも、いきなりアスターナにこの国の重荷を負わせるわけにもいかぬしの。
いずれにしても、イゾルテにも良縁を見つけてやらねばならぬ。
妾の娘として生まれた以上、嫁ぎ先は国のメリットとなるべき所へと条件を付けざるを得ぬが、出来ることならイゾルテの想いを無碍にするような真似もしたくない。
ふう、
考えることが山のようにあるのう。
昨夜と今夜はこの悲しみに浸っていたかったものだというのに。
「ニムエはもう普通に食事なども出来るようです。
明日は平常通り勤務が可能かと。」
「それは良かった。
そなたも無理はするでないぞ。
では、妾は部屋におるでな。」
いつかはそんなタイミングでメリー殿が現れたのよな。
もうそれも懐かしき思い出よ。
「お心遣い、ありがとうございます。
ではおやすみなさいませ。」
「うむ、ではまた明日。」
「はい、失礼いたします。」
そして妾は寝所の中に入る。
後宮の最奥であるこの部屋に侵入できるものなどおる筈もないが、
どこに謀略の影が潜んでいるかもわからぬ。
内側から鍵をかけるのは当然であろう。
これでこの部屋には誰も入れぬ。
今、ここにいるのは妾一人きりよ。
誰もおらぬ。
静かなものよ。
妾の身長より高いフロアランプが部屋の中を薄く照らす。
妾の影さえも大人しい。
油は十分にある。
その炎は揺らぎもせぬものな。
さて、妾はここで一人、
何を想えば良いのであろうなあ?
この国の太公であったマリンが亡くなり、
全てを妾が取り仕切ってきた。
無論、妾一人で成し遂げたなどと思ってはおらぬ。
多くの家臣が妾を助けてくれた上での話。
今やコンラッドやベディベールも政務に携わることが多くなってはいるが・・・
まだ力不足よ。
何より経験が足りない。
いや、違う。
経験が足りなかったのは妾も一緒であったろう。
では妾とコンラッド達との違いは何か。
カリスマ。
自分で言うのも何じゃが、
かなりの昔から無茶ばかりしてきたのは自分自身がよくわかっておる。
本来であればこの国を治める器など妾に有りはせぬ。
然れども無茶、常識はずれ、無鉄砲、言われ放題じゃったが、それがある意味面白がられて今の地位に収まっているだけのこと。
そんなものを次の世代にまで求めるわけにもいかぬ。
さりとて、それに代わる求心力が息子達にあると言えようか?
玉座を継ぐだけの力など、そう簡単に身につくわけもないというのに。
弟のアルツァーはコンラッドたちに力を貸してくれるであろうか。
ケイジたちは魔物討伐には心強いが、
政治の世界に足を踏み入れたことなどないだろうしの。
まあ、ケイジもそんなものに近づこうなどとは思わぬか。
ふむ、ケイジと言えば・・・
・・・まさかと思ったが、
やはりケイジは転生者であったか。
あの後、少しケイジと話したが、
ヤツの母親であるカトレヤが亡くなった時に前世の記憶が溢れ始めたとか。
カラドックにも真実を明かせぬ原因となった、前世の行いについては聞き出すことも出来なかったが、
ケイジ曰くアルツァーの息子モードレルトに気をつけろと言う話だった。
モードレルト、
この世界におけるもう一人のケイジ。
そやつに何らかの不幸が訪れた時、
向こうの世界でのケイジと同じ運命を辿る可能性が高い、
そしてその時はこの国全てを巻き込むとは・・・。
・・・泣きたい。
泣き喚きたい。
泣き叫んでこの宮殿から逃げ出したい。
何故そんな難問ばかり妾に降りかかるのか。
もちろん邪龍という、この世界の中でも最大級に恐ろしい問題を払いのけてくれたカラドック達には感謝しておる。
・・・ならば最後まで妾の側にいてくれればいいものを。
何故に、何故にこんな
コン コン
なんぞ、今の音は。
扉から聞こえてきたノックの音。
誰かが妾の部屋の前に立ち、
その扉を叩いた。
あ り え ぬ
隣の部屋に控えているヴィヴィであろうと、
何らかの緊急事態を知らせにきた衛兵であろうと、
名乗りもあげずにドアをノックするなどあり得ぬ。
いくら妾が細かいことに拘らぬ性分だと知られていても、最低限の作法くらい弁えさせておるわ。
そもそもこんな夜中に女王の部屋の扉を叩こうというのだ。
単なる不調法やらうっかりなどあるわけもない。
それより更に不自然なことがある。
誰かが名乗りもあげずに扉を叩いてるのに、
どうして隣にいる筈のヴィヴィが何も反応しておらぬ?
まさか居眠りしているわけでもあるまい。
別れたのはほんの数分前なのだぞ?
いかん。
途轍もなく嫌な予感がする。
妾の魔眼は見たものの真実を看破するが、
扉を透かしてその先を見ることなどできぬ。
この場に麻衣殿がいたら向こうの正体を見抜けたであろうに。
コン コン
そやつはまたもや名乗りもせずにノックした。
音が聞こえる角度からはそれほど上背のある人間のようには感じぬ。
それこそ、先ほどのヴィヴィか、それより小柄な者がドアを叩いておるのだろうか。
「何者ぞ。」
警戒感いっぱいに妾は声を浴びせた。
これで名乗らぬのなら間違いなくこの宮殿のものではあるまい。
ではいったい?
メリー殿なら間違いなく、元の世界に戻った。
魔王殿たちもドラゴンの背に乗り帰っておった。
相変わらず相手の反応はない。
いい加減妾もそこまで気が長くないのでな。
扉越しに向こうは見えないとは言ったが、
精霊術なら話は別よ。
「妖精の鐘。」
この世界の全ての空間に漂う精霊達の力を借りようぞ。
別にその存在たちと会話ができるというわけではないが、
彼らの動きや反応の変化で、そこに誰かがいるのなら・・・
バカな?
精霊達が何の反応の変化も見せない?
そこには誰もおらぬとでもいうのか!?
では先ほどのノックは妾の空耳だとでも!?
あり得ぬ。
あの音はこの部屋の空気をも震わせた。
ならば間違いなく、部屋の扉は叩かれたのだ!
なのに今、そこには誰もおらぬとな!?
「名乗りも上げずに女王の寝室の扉を叩くなど、いかに無礼な振る舞いか理解できぬのか?
名乗らぬならば妾に害なす者と看做し攻撃を行う。
覚悟は良いのだな!?」
妾の再びの呼びかけにも反応はない。
ならば覚悟してもらうとしようぞ。
もはや遠慮はいるまい。
「ウィンドカッター!!」
そのまま撃てば扉に阻まれようが、
扉に近づき、その扉の向こうに起点を作れば、
障害物を通り越して術を放つ事は可能。
これならば。
術は問題なく扉の向こうに飛んでいった。
しかし何か、誰かに当たったような感覚は何もない。
やはり誰もおらぬのか?
妾は慎重に・・・
いや、ことによると、もはやこの段階で平常心を失っていたのかもしれぬ。
後から考えれば、それは無謀だったのかもしれぬ。
妾はこの時点で、外がどうなっているのか確かめようと、部屋の鍵を開けてしまったのだ。
それでも自分は慎重なつもりで・・・
ゆっくり、
ゆっくりと扉の隙間を開いていった。
誰もいない。
隙間から視線を飛ばし、
床はもちろん天井も・・・
精霊達の気配も同時に探りながら・・・
いつでも攻撃魔法を放てるように
そして扉を一気に開く!!
何もない。
誰もいない。
では、さっきの2回のノックは何だったのかと
風が。
妾の脇を小さな風が過ぎていった。
廊下の窓などどこも開いておらぬ。
扉と妾の狭い隙間を縫って。
何かが入ってきたのだ。
部屋の中に。
妾より姿の小さい、何かが。