第六百八十話 告白
<視点 ニムエ>
「いやああああああああああああああっ!!
兄上様ああああああああああああああああっ!!」
イゾルテ様が狂ったような叫び声を上げた。
先程までは何とか理性で耐えられていたのだろうけども、カラドック様が永遠に消え去ってしまったという現実を目の前にして、
そんなものは崩壊してしまったのだろう。
「皆の者、イゾルテを抑えよっ!」
すぐさまコンラッド様たちやお付きの者たちでイゾルテ様を
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
今度は誰っ!?
あ、ケ、ケイジ様がまた崩れ落ちたっ!?
「カラドックゥゥッ!!
カラドックウウウウウッ!!」
まるで獣のような叫び声。
イゾルテ様や、先程の押し殺したようなケイジ様よりもっと遠慮なく、
今度は抑える必要など何もないとばかりに大声で!
「すまんっ、オレはお前に最後まで・・・
オレは最後までお前をををををををを!!」
あまりのことにたった今、泣き叫んでいた筈のイゾルテ様まで静かになられてしまった。
「ケ、ケイジ兄上様っ?」
恐らくイゾルテ様は自分と同じく、ケイジ様も悲しんでいると思っているのだろう、
四つん這いになったケイジ様の上に、リィナ様と共に優しく覆い被さる。
でも、
今のケイジ様のセリフはどういうことか。
「最後までお前を」
その後に続く言葉は何?
すぐに連想する単語はある。
すなわち「騙していた」?
まさか。
本当に?
それで正しいの?
騙していたというのなら、いったい何を?
あ、
うずくまるケイジ様の元に近づく人が
ま、魔王様っ!?
「・・・バカだよね、君は。」
少年の姿をした魔王様は眼下のケイジ様に向かって小さく呟く。
一瞬、ケイジ様は反応しかけたけども、
魔王様の言葉など聞こえなかったかのように、まだ泣き叫び続けている。
イゾルテ様はキッと厳しい視線を魔王様に向け、
リィナ様は言葉で・・・
「ミュラ君!
いくらなんでも今のケイジにそんなっ・・・」
「どうして言わなかったんだい?
オレの名前は加藤惠介だって。」
そこでリィナ様の抗議の声は止まってしまった。
え
「ミュラ君、ど、どうしてそれを!?」
そこで魔王様は顔をリィナ様に向ける。
「やっぱりリィナも知っていたんだね。」
「あ、そ、それは・・・」
ど、どういうこと?
今の加藤惠介って人の名前よね?
ど、どこかで聞いたような・・・
そしてその答えは他の誰でもない、
メリーさんが教えてくれる。
「加藤惠介?
それは・・・あの男、斐山優一の、
もう一人の息子の名前よね?
確か、部下の裏切りで殺されたはずの・・・」
あ
そ、そうだ。
確か最初にメリーさんがこの宮殿にやって来た時に聞いた名前。
確かそんなことを言っていた気がする!
え、じゃ、じゃあ、
ケイジ様はカラドック様の本当の弟だったってこと!?
それすなわちケイジ様は転生者!?
なんで!?
確かにそれならさっきのシーンで、ケイジ様がカラドック様の弟の本音を喋ることに矛盾はないけども、
逆になんで今までそれをご本人に明かさなかったのよ!!
あ、いえ、それを今、魔王様が問うているのよね?
「オ、オレにはヤツの弟を名乗る資格などない・・・!」
「意味がわからないよ。
一人っ子の僕には、二人の仲は良かったと羨むくらいだったのだけど。」
あ、でもそれはよくある事。
私も他の友人たちに「弟様がいらっしゃるなら可愛くて仕方ないでしょう」と言われるのだけど、あんなくそ生意気で訳の分からない行動原理を持つ弟など可愛いわけがない。
・・・時々変に甘えてくるから憎めないのだけど。
と、時々よっ!!
デレてなんかいないんだからねっ!!
私の話をしている場合ではない。
肝心なのは今、目の前に起きていること。
「だからこそ、だ・・・!
リナが殺されたあの時から、
加藤惠介なんて男は存在しないっ!!
そんな男は消滅したんだ!
そしてオレは、あの男に・・・
シリスを憎む余り、ヤツの残した全てを否定しようとして・・・
全てを・・・
それまで持っていた全てを捨て去ってしまったんだっ!!」
具体的になにをされたのだろう。
名前を捨てたくらいならまだ分かる。
でもそれだけ?
そして納得出来ないのは、魔王様だけでなくメリーさんも同様か。
「どういうこと?
ウィグル王列伝には、加藤惠介はリナという女性と共に、裏切り者の将校の手により殺されたとあった筈だけど、
加藤惠介はその後も生きながらえていたといでもいうの?」
ウィグル王列伝というのはカラドック様が書かれたあちらの世界の歴史書なんだっけか。
つまり歴史書に書かれていることは真実ではないと・・・。
「・・・生きている。
20年後に天使シリスに殺されるまで、
加藤惠介は生きていた・・・。」
な
シリスって、カラドック様と、そ、その弟様、すなわち今の話に出ていた加藤惠介って人のお父さんよねっ!?
そのお父さんが、
実の息子を・・・殺したっ!?
「歴史書には天使シリスは二度と姿を現さなかったって・・・」
「それは明確な嘘だな。
だがそれでいい。
カラドックは後にオレが生きている事を知った。
そしてその始末を父親に、
天使シリスに願ったんだ・・・。
それが、さっきオレがカラドックに伝えた未来に必ず起きる事実なんだ・・・。」
待って待って!
それじゃあ実の父親が息子を殺したどころか、
実の兄もまた弟を殺すよう依頼したとでもいうのっ?
だからどうしてそんなことにっ!?
「ではケイジ、あなたは、あいつに、
斐山優一に殺されたというの?
息子であるはずのあなたを?
それを兄であるカラドックが望んで?」
じゃあさっきのカラドック様の告白は何なのっ!?
あれだけカラドック様は弟様の死を引き摺っていた筈なのに!!
「・・・だいたいそんなところだ。
オレが直接シリスから聞いたのは、
『オレのことは父親である貴方の責任ではないのか』と、
カラドックがシリスに説教かましたらしい。
ホント、凄いよなカラドックは・・・。」
いえ、待って。
確かにその、神様だかなんだか分からないけど、その天使って人に説教できるカラドック様は凄いわよ?
でも、今の話の皆さんて、全員家族なのよねっ!?
なのにどうしてケイジ様は殺されなければならないの?
いったいケイジ様は何をしでかしたのっ?
「ケイジ、あなたは一体・・・。」
「やってはならない罪を犯した・・・。
その辺で勘弁してくれないか。
リィナにも麻衣さんにも、オレの犯した罪の内容は教えていないんだ・・・。」
「罪を・・・そう、
あなたも・・・。」
そのままメリーさんは口を閉じた。
あなたも、と言ったからにはメリーさんにも、後悔するような罪があったのか。
いや、さっきメリーさん自身が、女王に問われた時、人にはそれぞれ真実があるのだから、他人が聞いても意味はないみたいなことを言っていた。
ならメリーさんも、
ケイジ様の真実を無理に聞く必要ないと思っただけなのかもしれない。
その代わりということなのか、ケイジ様は他にも隠していたお話があったようだ。
「実を言うと、下手したら、オレはメリーさんに首を刈られるかもしれないと怯えていたんだよ・・・。」
え
何がどうしてそんな
あ、そ、そうだった。
メリーさんは非業の死を遂げた人たちの苦しみや無念の恨みを吸い取って・・・
まさかケイジ様、人の命を?
次回でメリーさんも退場。
その次あたりで未回収の伏線などを。