第六十八話 おおかみ君はデリケート
さて、私も何か役に立たないとね。
「妖精の鐘。」
私は杖を掲げてその名を告げる。
術者周辺のサイコエネルギーの乱れを感知する術だ。
呪文というとおこがましい。
それは事象を起こすキーワードに過ぎない。
これを魔法というカテゴリーに入れるのは多少抵抗がある。
この世界の理なら精霊術の一つなのだろう。
だが私にとってそれはどちらかというと物理現象の範疇に属するものだ。
この世界の魔法とは、
私の世界でいうサイキックと似て非なる現象のような気がする。
いや、現象そのものだけなら同じものなのだろう。
だが、そこにたどり着くまでの手法が明確に異なる。
この世界で私が理解したところによる理屈は単純明解。
体の中にある魔力を稼働し、
各属性に変換、それを外部に放出させるのが魔法。
また、
体の中の魔力を、その土地に偏在する魔力と同調させ、
その土地の魔力を意のままに使おうというのが精霊術。
現象を顕現させるには魔法が簡易。
精霊術はその魔力を同調させるという行為が困難なために、その技術を習得させる事が出来る者が圧倒的に少ない。
ただし一度コントロールする事が出来れば、後の魔力消費は外部のエネルギーを使うだけなので、
大規模な術や、長時間使用するには精霊術はとても優れた技能と認識されている。
もともとサイキックと言う現象や能力が、科学的に解明されているわけではないが、
私の世界でいうサイキックは、もっと観念的なものだと思う。
別に術式とか変換とか、特に手法とかは存在しない。
各自がそれぞれのビジョンに沿うように力を振るうだけ。
実際私も出来ることは出来るがそんな大したことは出来ない。
軽い物を動かしたり、
簡素なシールドを張るぐらいだ。
ここでいう精霊術は、
元の世界だと、なんと分類すればいいのだろうか?
私の得意とする術は、母に倣ってそのままドルイド魔術と呼んではいるが、その原理を深く追求する事もなかった。
元の世界の魔術には、一応体系なり、術を行使する上での理論はある。
だが、自分で言うのもなんだが、全て眉唾物と言える。
どんな理屈をもってきた所で、
使えるのが母と私だけだったのだから、
それはもう術とは言えない。
もし、ドルイド魔術とやらに完璧な理論が完成しているなら、
私達以外の人間にも使えるはずである。
もっとも、
この考え方自体、近代科学と言うものを知っている私だからこそ言えるものかもしれない。
恐らくではあるが、
私達の使うドルイド魔術も大きく言えばサイキックの一種なのだろう。
だが、私達は他の観念能力者達のように自由自在に使う事が出来ない。
その代わり、ある一種の暗示とでも言うか、決まったセオリーや手順をなぞることによってそれを超常能力と言える現象までに昇華させる事が出来るのだろう。
それが私なりの魔術の解釈だ。
従って、この世界の魔法体系も、
同じようにセオリー、手順を学べば彼ら同様に、この世界の魔法を身に付けられる筈だと思う。
実際、生活魔法は四属性全て取得している。
それと上級魔法と言われる氷系も。
だが、雷系や光系、また、レベルの高い魔法はまだスキルポイントもなく取得出来てもいない。
この世界では適性や素質がなければ、どんなにスキルポイントを稼いでも取得出来ないそうだ。
・・・この辺りで元の世界の魔術概念が通用しなくなっているよね。
だいたいスキルポイントって何さ?
私は探求者でも研究者でもないし、
またそこまでの時間も余裕もあるわけではない。
それに、術を使うと言うなら、
元の世界からお世話になっているドルイド魔術を使う方が信頼できるし確実だ。
だから私の場合、魔術士に職業適性があろうがなかろうが、精霊術をメインに活用する。
それで間違いないだろう。
私は私に出来る事をする。
それが最善の結果になる筈だ。
さて、先ほどの「妖精の鐘」。
術式コストはそんなに高くないから無詠唱でもいける。
効果は魔力の揺らぎを術者に伝える。
感知系能力者や高位の魔術士にも備わっている能力だが、
魔力的揺らぎの大きさや性質も具体的に把握できる。
イメージ的には自分を中心に拡がった立体的な蜘蛛の巣。
マイナス点は常時発動出来ない事と、
探知範囲が少々狭い。
半径30メートル程か。
岩陰に潜むゴーストや下位悪霊程度なら簡単に見つけられるが、
遠距離からの小規模魔力弾などは、事前には察知出来ない。
ないよりかはマシと言うだけの術である。
「え?」
探知精霊術を使った側から私は気の抜けた声を漏らしてしまう。
ふと、左右の腕の辺りに柔らかな感触と暖かい温もりを感じたからだ。
「た、タバサにアガサ?」
二人のエルフが私の腕を掴んで、
何やら意味深な視線を浴びせてきたぞ?
「初めて見る精霊術、もっと詳しく優しく教授を所望・・・。」
「ア、アガサ、教えるのはいいけど、そのトロンとした目はなに!?」
「我々とは異なる魔法体系による精霊術、私たちの前に拡がる大きな可能性。」
「タバサ、そ、そ、足が、太ももそんなピッタリと!?」
これ、まさか誘惑されてるの!?
前方のリィナちゃんが素っ頓狂な声を上げて振り返る。
「こらこら! エロエルフっ!!
初っ端から行動に出るんじゃないっ!」
「エロとは心外、
ダークエルフたる者、魔道を究めるに、このカラダはその道具。」
「むしろ女として生まれたからには、その血を取り入れる事は僥倖。」
「え、いや、あの、言ったよね?
私は向こうの世界に妻も子もっ!」
「カラドックは大国の王、
ならば外に子ができても普通の事。」
「エルフは種族全体で子どもを養育、
カラドックは如何なる心配も不要。」
この人たち確信犯だ!
ケイジ、ヘルプミー!
だが、一番冷たかったのは彼だった。
「モテモテだな、カラドック、
さすが異世界の賢王だ。」
毛深い獣人の顔で表情が読めない。
けどキミ、このパーティーのリーダーだよね?
いけない、
これはパーティー結成早々チームワークが崩れる危機だ。
「き、君ら、これじゃケイジの立場が・・・。」
「その心配も不要。
私たちはリィナを敬意をもって認知。」
「ケイジが魔力持ちだったら、喜んでこの身を投げ打っていたものを。」
ここで予想外の展開が起きる。
なんと兎耳のリィナちゃんが小走りで私の前までやって来たと思ったら、
両脇のエルフたちを見渡しながらニヒッと笑ったのだ。
ガバチョ!
「わあっ!!」
リィナちゃんまで抱き付きに来たっ!?
「ぬっ!?
ここでウサギさんのその行動は予測不能!!」
「フン、さすがはリィナ、弾けるような瑞々しい肌は抵抗困難っ!!」
た、確かに吸い付いてくるような肌だっ
・・・って何を言っているんだ、私は!
国王はこんな事で籠絡されないっ!
一方、リィナちゃんは私に向かって、
まさしく目と鼻の先の至近距離から悪戯っぽく舌を出す。
「へへーんだ、
なんか向こうの世界のあたしとやらと比べられそうで、もやもやしてたんだよね、
あたしはあたし!
勘違いしないでよね!?
カラドックの弟の幼馴染さんじゃあないんだ!
勝手にあたしの行動パターン分かり切ってると思ったら大間違いだぜ!」
・・・そうか、
ああ、それもそうだね。
向こうの世界とこっちのリィナちゃんに関係があるのかどうかはともかく、
本人にしてみたら接点は何もないんだ。
知識も記憶もない。
もちろん向こうで何かしでかしていたとしても責任なんか何もない。
そんな人物と比べられたっていい気はしないよな。
「そ、そうだね、
リィナちゃんの言う通りだ。
配慮が足りなかった、謝るよっ
て・・・君らスリスリは止めろっ!」
いくらなんだって私だって男だぞ?
まあ一対一でないからこそ、何とか耐えられるが、
・・・それより
「ケイジ! 黙って見てないで止め・・・」
私の言葉が、止まったことで、
女性陣が後ろのケイジを振り返っていた。
「・・・・・・」
止めてくれるどころか、止まっていたのはケイジの方だった。
いや、それはいい。
ただ、
信じられない物でも見たかのように、
あんぐりと口を開けて目が点になっていた。
大きな口の中に見える牙と舌が所在無さげに佇んでいる。
これはあれだ。
よっぽどリィナちゃんの行動がショックだったと見える。
リィナちゃんからも「あ」とか間抜けな声が出てた。
「ここに来て新たなケイジの一面。」
「これはまた更なる興奮を発見。」
嬉しそうだな、エルフたち。
純朴な狼さんをイジるのがそんなに楽しいか。
「ね、キミら、これから魔物出てくるかもしれないんだから、
ケイジに精神的ダメージ負わせたままじゃマズいだろ?
ちょっとは配慮してあげなよ?」
彼のメンタルって強いのかな、脆いのかな?
さっきのリィナちゃんじゃないけど、
弟の恵介と比べたら申し訳ないなあ?
けどあいつ、メンタルあんまり強くなかった気がしたような・・・。
とりあえず女性陣は私の言葉に同意してくれたらしい。
そのまま、私の拘束を解いてケイジに3人で群がり始めた。
「ごめんよ、ケイジ、
でもお前、度量が広いから気にしないよな?」
いや、リィナちゃん、その言葉は残酷過ぎるから。
「許してケイジ、
避妊してくれるならこのカラダ一晩貴方の自由。」
「パパには内緒、
ケイジなら信頼できるから好きなだけ同衾。」
過激すぎるぞ君達。
「どわわっ! お前らぁ!?」
ようやく我に返ったか。
まあ、仲の良い奴らだな。
「ケイジ、キミは人気あるな。」
さっきの仕返しじゃないよ。
本当にそう思う。
「カラドック!
お前、覚えてろっ!!」
んん?
私は何もしてないぞお?
基本的にリィナちゃんの体で体毛ふさふさなのは、耳や尻尾と手足の甲くらいです。
あとはツルツルのぷにぷにです。